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第32話_Dランクへの道中編

 翌朝、俺はシアと話し合いを始めた。


 まず戦力の確認だ。昨日の戦闘でゴブリンが五体、コボルトが二体、2層の強化オークが機能停止した。ガルムは今朝までに5層の定位置に戻っているが、まだ万全ではない。


『優先順位を決める。まず2層の強化オークを再生成する。200P。それとゴブリン三体を補充する。30P。コボルトは二体補充する。30P』


「それで何Pになるの、残高」


『今の残高が77,450P。再生成に使うのは260P。差し引き77,190P』


「結構残ってるね」


『ただし8層の拡張に32,000P必要だ。積み立て中だ』


「8層って、迷路にする予定の」


『そうだ。早ければ来週中に積み上がる』


 シアが少し考えた。


「Cランクのあの人たちが来る前に、8層まで完成させたい」


『俺も同じことを考えている。ただし彼女たちが何日後に来るかはわからない。早ければ三日後かもしれない』


「三日で8層の拡張は難しい?」


『DPは届く。ただし内装整備が間に合わない。骨格だけ作ってあとはシアに任せる形になる』


「やる」シアが即答した。「骨格だけ作ってくれれば、迷路の形はわたしが考える」


────────────────────────────────────


 その日の午後、8層を開いた。32,000P消費。


 DP残高:45,190P。


 空洞ができた。7層の炎の層の奥に、まだ何もない広い空間だ。俺は通路の骨格だけを掘り出した。分岐が三か所、合流点が一か所、行き止まりが五か所。ループ構造の基礎だ。


 シアが感知を使って全体を確認した。


「うーん」


『どうした』


「なんか、まだ迷路っぽくない。四角四角してる」


『骨格だから当然だ。そこからお前が調整する』


「わかった。じゃあまず、この分岐の角度を変えてほしい。真っ直ぐすぎると見通せる」


 シアの指示に従って、分岐の角度を少しずらした。DP消費なしの地形改造だ。


「あと、天井の高さを途中で変えてほしい。高いところから低いところに急に変わると、人が驚いて視線が下に向く。そこで横から出る」


『そこに何を置く』


「コボルト。暗がりから横に出てくるコボルト」


 俺はコボルトを八体、8層に追加配置することにした。8層専属の戦力だ。


 作業しながら、シアが言った。


「ループってさ、最初に戻ってくるだけじゃなくて、戻ってきたことに気づかないのが怖いんだよね」


『どういうことだ』


「同じ場所なのに違う方向から入ってくると、同じ場所だってわからない。だから壁の形を少しずつ変えてほしい。同じように見えるけど実は少しずつ違う、みたいな」


 それは手間のかかる提案だった。だが正確な指摘でもある。迷路の怖さは「迷っている」という自覚にある。微妙に違う壁面が続くことで、「前に来た場所かもしれない、来ていないかもしれない」という判断を狂わせられる。


『やる。時間はかかるが』


「急がなくていい。来る前に間に合えば」


────────────────────────────────────


 三日後の朝、彼女たちが来た。


 シアが採集から戻るより先に気配を感知した。入口の外、五人の気配だ。前回と同じ構成だ。


『シア』


 シアがまだ外にいた。採集の途中だ。


『今すぐ洞穴に戻れ。あの五人が来た』


『わかった』


 シアが急いで戻ってきた。少し息を切らせながら荷物を置いた。


「間に合った」


『4層より奥に下がっていろ。今日は8層まで来る可能性がある』


「8層、昨日やっと形になったばっかりなのに」


『だから今日が最初の検証になる』


 シアが一度だけ頷いた。それから念話で言った。


『頑張って、ケンジ』


 珍しい言葉だった。俺は少し考えてから答えた。


『お前もだ』


────────────────────────────────────


 1層の戦闘は前回より速く終わった。


 五人は前回の攻略データを使っている。落とし穴の位置を覚えている。ゴブリンが出てくる角度を把握している。補充した三体のゴブリンは新顔だったが、配置パターンが前回と変わっていなかったせいで、すぐに対処された。


 十分で1層突破。前回より五分速い。


 2層に入ってくる。


 今日の2層は補充した強化オークが関所に立っている。前回倒したのと同じ個体ではない。だが同じ強化オークだ。五人はそれを一目見た。


「同じか、別個体か」弓使いが言った。


「倒しても意味はない」と魔法使いが答えた。「コアが無事な限り補充される」


 その理解は正確だった。ダンジョンコアが機能している限り、倒したモンスターは再生成される。それを理解した上で攻略を組み立てている。


 2層の戦闘は前回より効率的だった。前回二十分かかった強化オークとの戦闘を、今回は十四分で終わらせた。消耗品の使い方が違う。前回は消耗品を惜しんで力押しした部分があった。今日は最初から消耗品を使って時間を短縮している。


 計算された攻略だ。


────────────────────────────────────


 3層を抜けて、4層へ。


 4層では今日、コボルトを集中配置していた。前回は薄かった層だ。コボルト六体が暗がりに潜んでいる。


 短剣使いの一人が暗がりを見た。「何かいる」と言った。


 コボルトが飛び出した。


 短剣使いが即座に対処した。だが六体同時は捌ききれない。二体が背後から飛びかかった。短剣使いの一人が倒れた。


 リスポーンが発動した。入口に戻された。


 残り四人。


 四人は立ち止まらなかった。残る四体のコボルトを処理して、5層へ向かった。


 俺はシアに念話を入れた。


『5層はガルムに任せる。お前は6層の入口で待機しろ。六層に来たら合図する』


『わかった。6層の水、今日もちゃんと張れてる?』


『確認した。問題ない。苔の配置も変えていない』


『オーケー』


────────────────────────────────────


 ガルムとの戦闘は前回より長かった。


 四人だが、前回より連携が洗練されていた。弓使いが視線を囮にしてガルムの注意を引く間に、女が左側から攻める。魔法使いが足元に土魔法をかけて動きを鈍らせる。短剣使いが傷口を狙って削る。


 それでも二十五分かかった。ガルムの防御力はそれだけのものがある。


 だが最終的に倒された。


 ガルムがリスポーンで入口に戻された。


 前回より早く、4層でリスポーンが一件出た分の消耗はある。だが残り四人は6層の入口に立った。


 水の音がする。


 女が足を踏み入れた。今度は躊躇しなかった。前回の経験がある。水中に何かが潜んでいることも知っている。


「潜んでいるものがある。水面を見るな」と女が言った。「波紋を見ろ」


 鋭い。


 だが今日の俺は、前回と同じ場所にゴブリンを置いていない。


────────────────────────────────────


 6層の戦闘は前回より激しかった。


 水の中を動くゴブリン四体が、今日は天井寄りの壁の影から飛び込んだ。水面の波紋を見ていた四人の視線より高い位置から来た。


 弓使いが即座に矢を番えたが、水中での動作で腕が遅れた。矢が外れた。


 女がゴブリンを盾で弾いた。膝まで水があると、踏ん張りが効かない。いつもの動作より力が入らない。弾いたゴブリンがそのまま水面に落ちて、また水中に潜った。


 魔法使いが炎の魔法を放った。水面が沸騰した。熱蒸気が通路に充満した。コボルトを二体が炎に巻き込まれた。リスポーンで戻された。


 短剣使いが転倒した。水中で足を引っかけた。その瞬間、ゴブリンが二体飛びかかった。短剣使いがもがいた。水を飲んだ。


 リスポーンが発動した。


 残り三人。


 三人になっても、女は進むことを選んだ。


 七分の戦闘の末、6層のゴブリンを四体全て仕留めた。三人は消耗していた。魔法使いが膝に手をついて、息を整えていた。弓使いの矢筒が残り三本になっていた。


 それでも三人は立っていた。


 6層の奥に、7層への降り口がある。


────────────────────────────────────


 7層に足を踏み入れた瞬間、女が止まった。


 炎の匂いがした。


 床の一部が微かに光っている。踏み板の接触面だ。


「トラップ床だ」女が言った。「踏むな」


 三人が慎重に進んだ。踏み板を避けながら。一枚、二枚、三枚。


 だが七枚目、弓使いが踏んだ。


 炎が噴き上がった。天井からも炎が降りてきた。上下から挟まれた形になった。弓使いが叫び声を上げた。


 リスポーンが発動した。


 残り二人。


 女と魔法使いだ。


 魔法使いが女の腕を掴んだ。「これ以上は無理だ」


 女が前を見た。7層の奥はまだ続いている。8層への入口まで、おそらくあと数十メートルある。


 女が少しの間、動かなかった。


 それから魔法使いの方を向いた。


「引き上げる」


────────────────────────────────────


 二人がゆっくりと引き返した。


 6層、5層、4層、3層、2層、1層。全ての層を抜けて、入口から外に出た。


 外でリスポーンした仲間たちと合流する気配がした。五人が揃った。しばらく話し合う声が聞こえた。内容は聞き取れない。


 シアが6層から戻ってきた。


『終わった?』


『引き上げた。7層まで来て、弓使いが炎のトラップを踏んでリスポーンした。そこで撤退した』


 短い間があった。


『……7層まで来たんだ』


『そうだ』


『8層は?』


『届かなかった。今日のところは』


 シアが少し黙った。


『じゃあ、まだ8層は使われてない』


『そうだ。次に来たときに届くかどうか』


「……次が来たら、もう撃退できないかもしれない」


 声に出してシアが言った。念話ではなく、声だった。


 俺は少し考えてから答えた。


『かもしれない。だがそれは次のことだ。今日は撃退した』


「うん」シアが静かに言った。「今日は勝ったね」


────────────────────────────────────


 DP収支を確認した。


 Cランク相当五名から4,050P。ただし今日は4層でのリスポーン一件と6層のゴブリン四体・コボルト二体の損耗がある。再生成コストを差し引いても、今日の純増は3,400Pほどになる。


 DP残高:48,590P。


 8層の整備を続けながら、同時に戦力を補充しなければならない。


 シアが夕食を食べながら言った。


「ねえ、ケンジ。あの女の人、また来ると思う?」


『来ると思う』


「なんで?」


『7層まで来た。8層まであと少しだとわかっている。そこで止まれる人間は少ない』


「来たら……8層まで届く?」


『届くかもしれない。だから8層の仕上げを急ぐ』


 シアが少し間を置いた。


『ねえ、ケンジ』


『何だ』


『8層のループ、まだ完成してないところがある。明日、一緒に仕上げる?』


 俺は少し考えた。


『ああ』


『じゃあ明日、また一緒にやろう』


 シアが当たり前のように言った。一緒に、という言葉が、今日はいつもと少し違う重さで届いた。


 ガルムが倒された。7層まで踏み込まれた。次は8層に届くかもしれない。


 それでも今日、俺たちは撃退した。


 そしてまた、明日に備える。


 それだけのことだが——その繰り返しが、今のこの迷宮を作っている。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:48,590P

配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む・補充済み) 強化オーク×1体(2層関所・再生成済み) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人・回復中) コボルト×6体(補充済み)

落とし穴×12か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+4,050P(Cランク相当×5撃退) 損耗再生成:-650P 純増:+3,400P

現在のダンジョン規模:8層(骨格完成・仕上げ作業中)

今日の確認事項:Cランクパーティが7層まで到達。炎トラップで撤退を引き出した。6層(水の層)の配置変更が機能。8層はまだ未到達。

課題:8層の仕上げ(ループ迷路の完成)。次回来訪時は8層まで到達される可能性が高い。ガルムの防衛配置の見直し検討。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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