第31話_Dランクへの道前編
6層が初めて戦場になったのは、翌日のことだった。
Dランク相当の四人パーティ。修行目的で来た連中だ。一層から順番に降りてきて、5層のガルムに弾かれてリスポーンした。6層には届かなかった。
その翌日も同じだった。三人組が3層で力尽きた。
6層は静かなままだった。
シアが少し拍子抜けした様子で言った。
「なかなか来ないね、6層まで」
『今の来訪者はEランクのダンジョンを攻略できる水準だ。6層まで到達するにはそれ以上が必要になる』
「どのくらいの実力?」
『Cランク以上だ』
「……Cランク」シアが少し考えた。「それって来るの?」
『来る。いつかは必ず来る』
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それから二週間が経った。
その間にDP残高は順調に積み上がり、7層の拡張も完了した。炎の層だ。床のトラップ板を踏むと炎が噴き出す仕掛けと、天井からの火炎トラップを組み合わせた。視覚的な圧迫感は6層の水場より大きい。初めて来た冒険者が足を踏み入れた瞬間に炎が走る光景は、死なないとわかっていてもひるむはずだ。
DP残高は73,400Pまで回復した。
そしてその朝、来た。
入口の気配を感知した瞬間に、俺は違いを認識した。
これまでと、質が違う。
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五人パーティ。
先頭を歩くのは大柄な女性だ。全身鎧で、背中に大剣を背負っている。動きに迷いがない。地面の踏み方が違う。一歩ごとに重心を確認しながら進む、罠慣れした歩き方だ。
後ろに続く四人もそれぞれ異なる装備を持っている。小盾と短剣の軽装が二人。弓を背負った長身の男。それと、ローブを纏った小柄な人物——魔法使いだ。杖を手に持っているが、詠唱はまだしていない。
全員の動きが統率されている。前後の間隔、左右の視野確認、立ち止まるタイミング——まるで息が合っている。長く一緒に動いてきた者同士の連携だ。
ギルドの証章が見えた。
Cランクだ。
俺はシアに念話を入れた。
『来た。Cランクパーティだ。今日は6層まで届くかもしれない』
短い間があった。
『……本当に来たんだ』
『備えろ。お前は4層以降に下がっていろ』
『わかった』
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1層の戦闘が始まった。
先頭の女が通路に入ってきた瞬間、ゴブリン三体が左右から飛びかかった。
女が大剣を抜かなかった。
左腕の盾で一体を弾き、右足で二体目を蹴り飛ばした。三体目が喉元に飛びかかろうとしたところを、後ろから来た短剣使いの一人がすれ違いざまに仕留めた。
三秒かかっていない。
一番の落とし穴を起動した。女の足元が開いた。女は落ちなかった。左足が縁に引っかかった瞬間に跳んで、反対側の壁を蹴って体勢を立て直した。
俺の読み通りには動いてくれない。
後衛の二人が前に出た。短剣使いが左の通路から壁沿いに進む。弓使いが後方で矢を構える。魔法使いが杖を掲げた。詠唱が始まった。
毒ガストラップを起動した。
煙が広がった。短剣使いが布で口を塞ぐ。弓使いが一歩退く。だが魔法使いの詠唱が止まらない。
煙の中で杖が光った。
通路の壁が震えた。土の魔法だ。床の落とし穴が、外側から塞がれた。強制的に閉じた。俺の権能が干渉を受けている。
外套の男が来たとき以来の感覚だった。だが外套の男より精度が高い。俺の権能を塞ぐのではなく、地形そのものを書き換えている。
これはまずい。
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一層の突破まで、十五分かかった。
これまでの来訪者で最も早い。外套の男の七人組に匹敵する速度だ。しかし外套の男は俺の罠を読んで避けた。今日の五人は読む前に対処した。
俺はゴブリンの残数を確認した。一層に配置していた七体のうち、五体が動けなくなっていた。リスポーンで入口に戻された者もいるが、一層の防衛戦力はほぼ消耗しきった。
2層に入ってくる。
強化オークが関所に立っている。本来なら2層の壁になるはずだ。だが今日の五人を相手に、どこまで保つか。
女が強化オークを見た。少しも足を緩めなかった。大剣を背中から抜いた。
「壁の右側、注意」と女が言った。「下から土の匂いがする」
落とし穴だ。感知した。一言で言い当てた。
魔法使いが再び杖を持ち上げた。今度は火だ。炎の球が強化オークの足元に炸裂した。動きが止まった一瞬、女が正面から踏み込んだ。
大剣が強化オークの腹に入った。
深い。強化オークが壁にもたれた。
後衛の短剣使い二人がフォローに入って、三分足らずで強化オークが膝をついた。
2層突破。
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3層に入ってきた。
シアの生活空間があった痕跡の残る層だ。水場、草木、棚。今は荷物を4層に移してあるが、生活感は消えていない。
女が入口で立ち止まった。
水場を見た。棚を見た。草木を見た。
「……誰か住んでいる」
後ろの弓使いが「前も聞いた。ダンジョンマスターがいるらしい」と答えた。
「今もいるか」
「さあ」
女が少し間を置いた。それから前に進んだ。
3層の防衛は今日、薄かった。一層と二層の消耗が大きく、配置できているのはゴブリン五体とコボルト二体だ。シアが壁沿いに植物を伸ばして視線を切る補助をしてくれているが、五人相手には心もとない。
ゴブリンの突撃。コボルトが側面を突く。だが女の大剣が一薙ぎで二体を吹き飛ばした。弓使いが上から矢を放ってコボルトを仕留めた。短剣使い二人が残るゴブリンを素早く処理した。
魔法使いが洞穴の壁を観察している。戦闘ではなく、ダンジョンの構造を分析している。
3層突破まで十分。
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4層に入ってくる。
シアがいる。
『シア、5層に下がれ』
『5層はガルムがいる』
『わかっている。ガルムの手前まで下がっていればいい』
『……わかった』
シアの気配が移動した。4層を抜けて5層の入口付近へ。
4層は今日の状態では薄い。一層から三層の消耗で、動かせる戦力がほとんど残っていない。残るゴブリン二体とコボルト四体を4層の通路に集めた。
五人が4層に踏み込んできた。
コボルトが暗がりから飛びかかった。短剣使いの一人が腕を噛まれた。だが弓使いが即座に矢を放ってコボルトを仕留めた。残るゴブリンとコボルトも次々に対処された。
消耗が速い。
俺は残りの戦力を数えた。
5層にガルム。それだけだ。
4層を抜けてきた五人が、5層の入口で止まった。
女が手を上げた。全員が動きを止めた。
先を見ている。5層の通路の奥に、ガルムが立っている。
「……大きいな」女が言った。「見たことのない個体だ」
弓使いが矢を番えた。魔法使いが詠唱を始めた。
『ケンジ』シアの念話が届いた。『ガルム、大丈夫?』
俺は少しの間、5層の奥を感知した。ガルムが立っている。二段階強化の強化オーク。今この瞬間、このダンジョンで最も強い個体だ。
だが。
五人を見ていた。疲労はある。消耗品を使っている。それでも隊列が崩れていない。
『わからない』と俺は答えた。
『正直だね』
『見てみなければわからない』
シアが少し笑う気配があった。
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魔法使いの詠唱が完成した。
炎の塊が5層の通路を走った。ガルムの正面に直撃した。
ガルムは動じなかった。
分厚い皮膚が炎を受け止めた。多少の焦げ跡が残ったが、動きが止まらない。低く唸って、前に踏み出した。地面が震えた。
女が大剣を構えた。
ガルムが通路の幅いっぱいに広がりながら前進してくる。これ以上は通さない、という圧力だ。シアが「番人」と呼んだのは正確だった。ガルムはそういう存在として、今日ここに立っている。
女がガルムの前に出た。
「全員、バックアップを頼む」
後衛四人が散開した。弓使いが角度を変えて矢を放ち続ける。魔法使いが次の詠唱を始めた。短剣使い二人が左右から挟もうとする。
ガルムが一人を払った。短剣使いの一人が壁に叩きつけられた。動かなくなった。
リスポーンが発動した。
入口に戻された。
四対一になった。
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戦闘は長かった。
二十分以上続いた。ガルムは矢を何本受けても止まらなかった。魔法の炎を受けても前進した。女の大剣が何度も入ったが、倒れなかった。
だが四人の消耗も積み重なっていた。
魔法使いの詠唱が遅くなった。残弾が減っているのか、弓使いの矢の精度が落ちた。女の動きに、ごくわずかな鈍さが出始めた。
短剣使いが魔法使いに何かを言った。魔法使いが頷いた。
消耗品を取り出した。回復薬だ。全員に回した。
女がガルムに向かって踏み込んだ。
今日一番の踏み込みだった。大剣がガルムの肩口に深く入った。ガルムが初めてよろめいた。
弓使いが間髪入れずに矢を放った。首の付け根に入った。
ガルムが膝をついた。
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5層を、突破された。
ガルムがリスポーンで戻された。入口で目覚めたガルムは、ゆっくりと5層へ戻っていくだろう。その姿を見た五人が、何を思ったかはわからない。
6層の入口が、今日初めて人間を迎えようとしていた。
水の音がする。壁から染み出した水が床を満たしている音だ。6層はシアが設計した層だ。水の中での戦闘。動きが制限される。俺の魔物は待ち伏せに特化している。
五人が6層の入口で立ち止まった。
水面を見た。
「……水場か」女が言った。「珍しいな」
弓使いが床の水深を確認するように足を少し入れた。膝下まである。「動きが鈍くなる」と言った。
魔法使いが顔を上げて俺の方を見た——正確にはコアの方向を見た。「意図的に作られている。この先も続いているか」
誰も返事をしなかった。
女が一歩、水の中に踏み込んだ。
その瞬間、4体のゴブリンが水中から浮かび上がった。水面に潜んでいた。シアが苔で視界を遮っていた部分だ。
水が跳ねた。
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そこで今日の戦闘は終わった。
女が片手を上げた。合図だ。全員が止まった。
「引き上げる」
「6層を突破できる消耗品が残っていない」と魔法使いが言った。「今日はここまでだ」
五人がゆっくりと引き返していった。4層、3層、2層、1層。それぞれの層の構造を確認しながら戻る。記録しながら戻る。
入口の外に出た。
俺は感知を向けた。五人が外で話し合っている。声は届かないが、気配でわかる。議論している。おそらく今日の攻略内容と、次の作戦を。
シアが4層から戻ってきた。
『終わった?』
『引き返した。6層の入口まで来て、ゴブリンが出たところで撤退した』
短い間があった。
『……ゴブリンが出たところで、って』
『水の中に潜んでいた。お前が苔で視界を遮った部分だ』
またしばらく沈黙があった。
『……それって、わたしのアイデアが効いたってこと?』
『そうだ』
『やった』
静かな一言だった。だが声の温度がいつもと違った。
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夜、DP収支を確認した。
今日の五人から得た収入は大きかった。Cランク相当五人で3,600P。それに加えて、リスポーンした短剣使いの分も含めると合計で4,050Pの収入になった。
DP残高:77,450P。
だが今日の戦闘で失ったものもある。強化オークが1体(2層関所の個体)と、ゴブリン複数体が機能停止した。再生成コストを引くと純増は3,100P程度だ。
それよりも気になることがある。
五人は今日の攻略を持ち帰る。ギルドに報告する可能性が高い。Cランクパーティが6層の入口まで到達した、という事実が外に出る。
『シア』
『何?』
『あの五人、また来ると思うか』
シアが少し考えた。
『来ると思う。あの人たち、帰り方が「また来る」の顔だった』
俺にはその「顔」はわからない。だがシアには見えた。
『そうか』
『ケンジはどう思う?』
『来てほしい、と思っている』
シアが少し間を置いた。
『……それ、珍しいね』
『何がだ』
『ケンジが来てほしいって思うの、珍しい気がして』
俺は少し考えた。確かにそうかもしれない。今まで来るものは「撃退する相手」だった。来てほしいと思ったことはなかった。
だが今日の五人は違った。
ガルムを倒した。6層まで届いた。シアの設計が機能した。そういう相手だった。
『強い相手が来ると、こちらも強くなる。そういうことかもしれない』
『なんかいい話だ』シアが笑った。『じゃあ、また来てくれるといいね』
また来る。そしてまた戦う。
そのたびに、俺もシアも、少しずつ強くなっていく。
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DP残高:77,450P
配備戦力:ゴブリン×8体(強化2含む・5体機能停止→再生成待ち) 強化オーク×0体(2層関所の個体が機能停止) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人・機能回復中) コボルト×4体(2体機能停止)
落とし穴×12か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+4,050P(Cランク相当×5撃退) 損耗再生成予算:-950P 純増:+3,100P
現在のダンジョン規模:7層(8〜10層は計画中)
今日の確認事項:Cランクパーティが6層入口まで到達。6層の水中待ち伏せ(シア設計)が機能し撤退を引き出した。ガルムが初めて本格的な戦闘を経験・突破された。
課題:戦力の早急な再建。2層関所の強化オーク再生成(200P)が最優先。Cランクパーティの再来に備えた防衛強化。
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