第30話_シアの誕生日
シアが何気なく言ったのは、朝の採集から戻ってきた後のことだった。
「ねえ、ケンジ。わたし、たぶんそろそろ誕生日なんだけど」
採集の荷物を下ろしながら、独り言に近い調子で言った。
『たぶん、というのは』
「正確にはわからないんだよね。エルフって、誕生日をそこまで気にしない種族だし。親から聞いた記憶もぼんやりしてて。ただ、こんな季節だったと思う、みたいな感じ」
こんな季節。
今は秋の入り口だ。洞穴の中からでも、外気の温度が下がり始めていることはわかる。シアが採集から持ち帰る植物の種類が変わってきた。夏の茸から、根菜と木の実の比率が増えた。
『何歳になる』
「わからない」シアがあっさり言った。「エルフは年を数えない人も多いから。たぶんわたしも数えてない」
『見た目は十二歳程度だ』
「エルフは老化が遅いから。実際はもっと上だと思う。でも何歳かは本当にわからない」
俺は少しの間、その話を頭の中に置いた。
誕生日がわからない。年齢もわからない。それがシアにとっては当たり前のことらしく、不満そうでも悲しそうでもなかった。ただ、こんな季節だったと思う——そう言いながら食事を始めた。
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その日の午後、普段通りの来訪者があった。
Dランク相当の二人組。一層で片方がリスポーンして戻ってきた。もう一人が撤退した。DP収入:300P。
俺はDP収支を確認しながら、もう一つのことを考えていた。
誕生日。
正確にはわからないが、たぶんこの季節。シアがそう言ったのは、何かを求めているからではないと思う。本当に何気なく言っただけだ。誕生日を思い出したから、口に出した。それだけだろう。
だが。
俺はいつから、「だが」と続けるようになったのか。
自問しながら、権能の一覧を確認した。宝箱:並(100P)・上(500P)。
生成できる宝箱の中身は、基本的に「ダンジョンの素材」だ。魔石、鉱石、薬草。換金価値のあるものが入っている。それがダンジョンの宝箱の一般的な中身だ。
ただし、中身は俺が指定できる。
今まで意識したことがなかったが——ダンジョン内にある石の中から、形や質感が良いものを選んで箱に入れる、というのは権能の範囲内でできる。DP消費なしで。
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翌日の朝、シアが採集に出た後、俺は洞穴の各層を丁寧に感知した。
石を探した。
ダンジョンの岩盤は主に灰色と茶色だ。変化に乏しい。だが層を掘り進めていく中で、ところどころに質感の違う石が混じっていることがある。6層の水の層を作ったとき、水辺の石の中に少し光を帯びたものがあった。水晶に近い成分が混じっているらしく、コアの薄い光を受けてわずかに白く反射する。
取り出すことができるかどうか、試してみた。
地形改造の権能で岩盤を削るのと同じ要領で、その石を周囲の岩から切り離した。直径三センチほどの、不規則な形の石だ。完全に透明ではない。ところどころ白い靄がかかったような内側がある。だがコアの光を当てると、その靄が光を散らして、薄いが確かな輝きを持つ。
俺にはこれが綺麗かどうか判断できない。色がわからない。
だがシアなら判断できる。
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シアが採集から戻ってきた。
俺は何も言わなかった。
その日の夕方、二組目の来訪者があった。五人パーティ。二層まで進んで撤退した。収入650P。DP残高:57,500P。
夕食の後、シアが水場の横に花を一輪置いた。外で採ってきたものだ。秋の花は小ぶりで、色が濃いとシアが言った。俺には色がわからない。だがそこにあることはわかる。
「今日、外で変な実を見つけた。食べられるかどうかわからなくて持って帰らなかったけど」
『何色だ』
「赤い。小さい。鳥が食べてたから毒ではないと思う」
『鳥が食べても人間が食べられるとは限らない。正解だ』
「でしょ」シアが少し得意そうにした。「ケンジに言われる前に判断したから」
『成長した』
「また褒めてくれた。今日は珍しい」
俺は返事をしなかった。
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翌朝。
シアが目を覚ます前に、俺は準備を済ませた。
昨日取り出しておいた石を、宝箱の並(100P消費)の中に入れた。宝箱を奥の空間の壁際——シアの棚のすぐ近く——に置いた。目立たないが、気づかないはずのない位置だ。
シアが目を覚ました。顔を洗った。水を飲んだ。
棚の方を見た。
止まった。
「……宝箱?」
『開けろ』
シアが宝箱に近づいた。蓋を開けた。中を覗き込んだ。
しばらく、何も言わなかった。
「……石」
『そうだ』
「これ、ダンジョンの中にあった石?」
『6層の水辺で採った。光を当てると少し輝く。DP消費なしで取り出せた』
シアがその石を手に取った。それからコアの光に向けた。
光が散った。白い靄が光を受けて、薄く輝いた。
「……綺麗」
小さな声だった。
『そうか』
「綺麗だよ、本当に。これ、もらっていい?」
『やると言っているから宝箱に入れた』
「……ありがとう」
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シアがしばらく石を手の中で転がしていた。
それから顔を上げて、岩壁の方を見た。
「ねえ、ケンジ。誕生日だから?」
『たぶんそのくらいの時期だと言っていた』
「それだけで?」
『それだけで十分だろう』
シアが少し黙った。
「ケンジって、なんか」
『なんかじゃわからない』
「うまく言えない」シアが石を握ったまま笑った。「ありがとう、って、もう言ったけど。もう一回言う。ありがとう」
『わかった』
それだけだった。
俺はそれ以上何も言わなかった。シアも特別なことを言わなかった。普段通りに採集の準備を始めて、いつも通り「行ってくる」と言って外に出た。
ただ一つ違ったのは、出かける前に石を棚の上に置いていったことだ。白い花の隣に、水辺の石が並んだ。形はわかる。どんな白でどんな光かは、俺にはわからない。
でも、そこにあることはわかる。
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昼前に来訪者があった。三人パーティ。初めて来た顔ぶれだ。動きが慎重で、記録を取りながら進んでいる。ギルドの関係者かもしれないが、証章は確認できなかった。一層を見て回って、戦闘せずに引き返した。
収入なし。ただし情報として記録した。
来訪者の種類が少しずつ変わってきている。戦いに来る者だけでなく、見に来る者、確かめに来る者、記録しに来る者。このダンジョンに対する外の認識が、層を重ねるように厚くなっていっている。
シアが採集から戻ってきた。
「今日、街道沿いで冒険者の話し声が聞こえた」
『何を話していた』
「このダンジョンのこと。『修行するなら死なないダンジョンが一番だ』って。名前がついてた」
『名前』
「『鍛錬の迷宮』って呼ばれてた」
鍛錬の迷宮。
俺はその呼び名を頭の中に置いた。名前がついた。外の人間がつけた名前だ。俺がつけたわけでも、シアがつけたわけでもない。だが「死なないダンジョン」より具体的で、修行場としての機能を表している。
『悪くない名前だ』
「でしょ。わたしも気に入った」シアが少し嬉しそうに笑った。「鍛錬の迷宮のマスター、って呼ばれるんだね、わたし」
『まだ正式にそう呼ばれているわけではない』
「でも、そう思っておいていい?」
俺は少しの間を置いた。
『好きにしろ』
シアが笑った。
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夜、シアが眠りにつく前に言った。
「ケンジ」
『何だ』
「今日、誕生日っぽい日で良かった」
『たぶんそのくらいの時期、という話だったが』
「いいの。そういうことにしておく」シアが少し間を置いた。「誕生日に石をもらったの、初めて」
『これまで誕生日を祝ってもらったことはなかったのか』
「集落にいた頃は、たぶんあった。覚えてないけど」
俺は何も言わなかった。
集落にいた頃、という言葉が出てきたときの温度を、俺は知っている。シアが過去を語るときの声の質だ。重くなるわけではない。ただ少しだけ、別の場所を見るような声になる。
「でも今日があればいい」シアが続けた。「石、綺麗だった。ありがとう、ケンジ」
『さっきも言った』
「何度言ってもいい」
それからシアが笑って、目を閉じた。鼓動がゆっくりと落ち着いていく。眠りに向かっていく。
俺は光をゆっくりと絞った。いつもの習慣だ。
棚の上に、白い花と水辺の石が並んでいる。形はわかる。どんな光があるかはわからない。ただそこにあることはわかる。
シアが持って帰ってきたものと、俺が置いたものが、同じ棚に並んでいる。
それで十分だった。
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翌朝、シアが目を覚ますと同時に念話が届いた。
『ねえ、ケンジ。今日また来訪者が来るとして——6層、もう試される?』
『来れば試される』
『ちゃんと機能するかな』
『やってみなければわからない。ただ——』
『ただ?』
『お前が設計した層だ。機能すると思っている』
シアが少し間を置いた。
『……それ、ちゃんと褒めてくれてる』
『事実を言っている』
『でも褒めてくれてる』
俺は返事をしなかった。シアが笑う気配があった。
今日も来訪者が来るだろう。6層が初めて戦場になるかもしれない。鍛錬の迷宮という名前が、さらに広まっていくかもしれない。
その先に何があるかは、まだわからない。
ただ今朝、シアは機嫌よく採集に出て行った。棚の上の石は、今日もそこにある。
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DP残高:58,150P
配備戦力:ゴブリン×13体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人) コボルト×6体
落とし穴×12か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 魔法陣トラップ×1 宝箱×1
本日の収支:+1,600P(来訪者複数・詳細略)
現在のダンジョン規模:6層 推定ランク:E
外部情報:このダンジョンが「鍛錬の迷宮」と呼ばれ始めていることをシアが確認。
6層:今日時点では戦闘実績なし。初の来訪者を待つ状態。
課題:6層の実戦検証。7層拡張まであと約14,850P。ギルド正式調査への備え継続。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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