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第29話_中間強化

 一ヶ月が経った。


 ハロルドが来た日から、来訪者の数が一段増えた。噂は噂を呼ぶ。「ギルドが調査に来た」という事実が、「信用できるダンジョンだ」という意味に変換されて広まったらしい。死なないダンジョンへの信頼度が上がり、修行目的の冒険者が週に五組から八組に増えた。


 収入が安定した。


 DP残高は一ヶ月で31,200Pから62,400Pまで積み上がっていた。


 その朝、シアが採集から戻ってきて言った。


「ねえ、ケンジ。そろそろ大きくする時期じゃない?」


 俺も同じことを考えていた。


────────────────────────────────────


『5層から10層に拡張する』


 シアが目を丸くした。「一気に5層分?」


『今がタイミングだ。DP残高に余裕がある。来訪者が増えて収入が安定している。冒険者ギルドの正式調査が来る前に、Dランク相当の構造を整えておきたい』


 Dランクダンジョンの条件は5層以上から10層。今の5層ではEランクに留まる。10層まで拡張すれば、ランク認定の基準に届く。認定されれば来訪者の質と量がさらに上がる。


「10層、どんな形にするの」


『それを今日決める。お前に聞きたいことがある』


「わたしに?」


『各層にテーマを持たせたい。今の1〜5層は機能優先で作った。6〜10層は、来た冒険者が「違う場所に来た」と感じる構造にする。そのためのアイデアが欲しい』


 シアが少し考えた。膝を抱えて、天井を見上げる、考えるときの姿勢だ。


「違う場所、かあ」


────────────────────────────────────


「ねえ、水ってどのくらい使える?」


『DP消費なしで壁から染み出す水を制御できる。大規模な水場も作れる』


「じゃあ、水の層にする。床に水が張ってて、膝くらいまで浸かりながら戦う場所」


 俺はその案を頭の中で展開した。


 水中では動きが制限される。人間の足が遅くなる。ゴブリンやコボルトも同じだが、こちらは配置を調整できる。待ち伏せに特化した構造にすれば、水中戦での防衛側の優位が作れる。


『採用する。6層を水の層にする』


「次は炎がいい」シアが続けた。「天井から炎が出てくるやつ。人がうっかり踏んだら火が出る床でもいい」


『7層を炎の層にする。火炎トラップを床と天井の両方に仕込む。DP消費が増えるが、視覚的なインパクトがある』


「視覚的なインパクト、大事だよ。来た人が話したくなるから。死なないから試せるし、炎に焙られて戻ってくる体験は絶対話のネタになる」


 それは正確な観察だった。修行目的の来訪者が増えた理由の一つは「体験を語れる場所」という評判だ。死なないから限界まで追い込める。その体験が口コミになる。炎の層は、その口コミの質を上げる。


『お前は営業の才能がある』


「褒めてる?」


『事実を言っている』


 シアが少し笑った。


────────────────────────────────────


「8層は迷路にしたい。本当に迷子になるくらい複雑な」


『設計が難しい。行き止まりを作りすぎると来訪者がそこで力尽きてリスポーンになる。迷路は深すぎてもいけない』


「じゃあ、正解の道が一本あって、外れると行き止まりに戻される感じ。ループする迷路」


『ループ構造か』


「うん。歩いてたら同じ場所に戻ってくる。方向感覚が狂う。焦る。そこにゴブリンが出てくる」


 俺はその設計を検討した。ループ構造は地形改造の権能で実現可能だ。DP消費なしで通路を入り組ませることができる。問題は感知の複雑さだが、俺が洞穴全体を把握している以上、自分たちが迷子になることはない。


『採用する。8層をループ迷路にする』


「9層は暗くしたい。光が全くない層」


『今は俺がコアの光で全層を薄く照らしている。9層だけ完全に消すことはできる』


「真っ暗闇の中で戦う層。コボルトは暗闇でも動けるって聞いたことある。人間には不利」


 コボルトの暗闇適応は俺も把握していた。完全な暗闇では人間の動きが著しく低下する。そこにコボルトを複数配置すれば、数の差以上の効果が出る。


『9層を暗闇の層にする。コボルトを集中配置する』


「10層はガルムがいる場所にしてたんだよね」


『5層にいる。10層に移す』


「ガルムに会うまでに9つの層を突破しなきゃいけない。最後の壁として置く」


『それが10層の役割だ』


 シアが頷いた。「うん、いい感じ」


────────────────────────────────────


 設計が決まったのは昼前だった。


 6層:水の層。床に10センチから30センチの水深。通路は広めで、水中での戦闘を前提にした配置。

 7層:炎の層。床の一部に踏むと火炎が噴き出すトラップ。天井にも火炎トラップを追加。視覚的な圧迫感を重視。

 8層:ループ迷路。正解ルートは一本、外れると同じ場所に戻される構造。ゴブリンが要所に待機。

 9層:暗闇の層。コア光を完全消灯。コボルト集中配置。

 10層:最終層。ガルムを5層から移動させて配置。


 拡張コストの計算をした。


 6層追加:8,000P。7層:16,000P。8層:32,000P。9層:64,000P。10層:128,000P。


 合計248,000P。


 今の残高62,400Pでは全く足りない。


『一度に全部はできない。順番に積み上げていく』


「どこから始める?」


『6層から。今すぐ8,000Pで拡張する』


 DP残高:62,400P → 54,400P。


 権能を行使した。


────────────────────────────────────


 6層が開いた。


 既存の5層の奥に、新しい空間が掘り開けられる感覚がある。DP消費は空間の確保のみで、内装は権能と地形改造を組み合わせて作る。


 まず水だ。


 壁面から染み出す水を6層全体に集めた。排水路を作らず、低い部分に溜まるように地形を調整する。一時間ほどで、6層の床に水が張り始めた。深いところで30センチ。浅いところで10センチ。通路の形に沿って水位が変わる自然な地形になった。


 シアが感知を使って確認した。


「水の音がする。ちゃんと張れてる?」


『張れている。試しに感知してみろ』


 シアが目を閉じた。しばらく集中した後、顔が少し変わった。


「……足元が違う感じ。通路が広くて、でもなんか、重たい感じがする」


『水の抵抗だ。感知でそこまでわかるようになったか』


「最近、精度が上がってる気がする」


 俺も感じていた。シアの感知は最初の頃とは別物になっている。個々のモンスターの動きだけでなく、空間の質や密度の変化まで読めるようになってきている。


『では次だ。ゴブリン四体を6層の水中に配置する』


「水の中で戦えるの、ゴブリン」


『得意ではない。だが苦手でもない。人間より水中への適応が高い。水中でのゴブリンとの戦闘は、陸上より難しくなる』


 シアがゴブリン四体を6層に誘導する。俺が全体を制御しながら、シアが細部の配置を調整する。二人の権能が重なって動く感覚が、今日は特に滑らかだった。


────────────────────────────────────


 夕方までかけて、6層の基本整備が終わった。


 水張り、ゴブリン四体の配置、落とし穴二か所(水中に設置すると発見が遅れる)、壁面に苔を生やす——これはシアの提案だ。生命魔法で水辺に育つ植物を繁茂させることで、視界が悪くなる。


「苔で視界が悪くなるかな」


『人間の視点では効果がある。コアの感知には関係ない』


「じゃあわたしたちには見えてて、来た人には見えにくい、ってこと?」


『正確には、感知している俺には見えている。お前も感知で把握できる』


「有利だね」シアが少し得意そうにした。「わたしのアイデアが機能した」


『機能した』


 シアが笑った。


 6層が完成した一日だった。残る7層から10層はDP次第だが、方向性は決まった。毎週少しずつ積み上げながら、半年後を目処に10層まで整える計画だ。


────────────────────────────────────


 夜、DP収支を確認した。


 残高:54,400P(6層拡張後)。今日の来訪者から+2,150P。差し引き:56,550P。


 次の7層拡張まで、あと16,000P不足している。今のペースなら二週間から三週間で届く。


 シアが眠りにつく前に言った。


「ねえ、ケンジ。6層ができたら、来た人はびっくりするかな」


『びっくりすると思う』


「死なないから水に浸かりながら戦える。それで溺れかけてもリスポーンで戻ってくる」


『そういう体験をした冒険者が外で話す。また来る者が増える』


「口コミって大事だね」


『お前が言い出したことだ』


「そうだった」シアが少し笑った。「ケンジに教えてあげたんだった」


 俺は何も返さなかった。返す必要もなかった。シアの声が段々と眠そうになっていく。


 今日、6層が生まれた。水の音がする新しい空間だ。まだモンスターを置いたばかりで、来訪者に試されてもいない。本当に機能するかどうかは、最初の戦闘が来て初めてわかる。


 だが俺には確信がある。


 シアのアイデアで作った層だから。


────────────────────────────────────


 シアが寝息を立て始めた。


 俺は6層の水面を感知した。薄い光の下で、水がかすかに揺れている。コボルトが水中を動き回っているのかもしれない。あるいは壁から染み出す水の流れで揺れているだけかもしれない。


 その隣には、まだ何もない空間がある。7層になる予定の場所だ。今はただの空洞で、炎もトラップも何もない。


 16,000P貯まったら、そこに炎を灯す。


 その次は迷路。その次は闇。その次にガルムが立つ。


 今夜、それはまだ遠い話だ。


 でも確かに、積み上がっている。


────────────────────────────────────


             *


DP残高:56,550P

配備戦力:ゴブリン×13体(強化2含む・6層に4体追加) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人・10層移動予定) コボルト×6体

落とし穴×12か所(6層に2追加) 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 魔法陣トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+2,150P(通常来訪者撃退) 6層拡張:-8,000P

現在のダンジョン規模:6層(7〜10層は計画中) 推定ランク:E

6層整備完了:水の層(水深10〜30cm・ゴブリン×4・落とし穴×2・苔による視界遮断)

拡張計画:7層(炎)16,000P・8層(迷路)32,000P・9層(闇)64,000P・10層(ガルム最終層)128,000P 合計残240,000P必要

課題:7層拡張まであと約16,000P。DP蓄積継続。ギルド正式調査への備え継続。


────────────────────────────────────


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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