第28話_調査員の影
一週間が静かに過ぎた。
毎日のように来訪者があった。Dランク相当の冒険者が二組か三組。たまに盗賊崩れが混じる。全員、一層か二層で撃退した。リスポーンで戻ってくる者も出始めて、「本当に死なない」という認識が少しずつ定着してきている。
DP残高は31,200Pまで回復した。魔法陣トラップも一基補充した。防衛の穴は概ね塞がった。
そういう朝に、シアが採集から戻ってきて言った。
「来た。ギルドの人っぽい」
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『何人だ』
「一人。中年くらいの男の人。ギルドの証章を胸に付けてた。武器はあるけど、戦う気配じゃない。ノートを持ってた」
ノートを持った一人。
偵察ではない。記録するために来た人間だ。
『どこにいる』
「入口から少し離れた木陰。こっちをじっと見てる」
俺はシアに念話を送った。
『出て行って話しかけろ。自然に。採集から戻ってきた子どもが、珍しい人を見つけた程度の体で』
『……やれる』
短い間があった。シアの気配が入口の方へ動いた。
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シアが外に出た。感知から消えた。
待つ。
十分ほどして、シアが戻ってきた。
「話した」
『どんな人だった』
「ハロルドって名乗った。ギルドの調査担当。予備調査って言ってた。正式な調査の前に、状況確認をするための来訪だって」
『何を聞かれた』
「このダンジョンのこと。最近来た人が『死ななかった』と報告しているのは事実か、とか。入口付近に人が住んでいる痕跡があるがダンジョンマスターがいるのか、とか」
直球だった。
『何と答えた』
「死ななかったのは本当だと思う、自分も何度か中から生きて戻ってくる人を見た、って。ダンジョンマスターについては——」シアが少し間を置いた。「『いると思う』とだけ言った」
『いると思う、か』
「嘘はついてない。でも確定もしてない。ケンジが言ったから」
正確な対応だ。俺は先週、伝える内容と伝えない内容を決めていた。「ダンジョンマスターの存在」は認める。「それが誰か、どこにいるか」は伝えない。今日のシアの返し方はその通りだった。
「あと——」シアが続けた。「ハロルドさんが自分で中に入ってもいいかって聞いてきた」
『何と答えた』
「どうぞって言った」
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ハロルドが一人で入口に向かってくる気配がした。
武器を腰に差しているが、手は出していない。ノートと炭筆を取り出している。書き記しながら進む気だ。
一層に入ってきた。
俺はゴブリンを出さなかった。
来訪者には応戦するのが通常の対応だ。だが今日の相手は戦いに来た人間ではない。攻撃すれば「敵対的なダンジョン」という記録が残る。ギルドにそう報告されれば、今後の関係に響く。
見せる。ただし全部は見せない。
ハロルドが通路を進んでいく。落とし穴の位置を確認している。トラップの種類を観察している。ゴブリンが出ないことに気づいて、少し立ち止まった。
「……おかしいな」
小さく呟いた。「なぜ何も出ない」という顔だ。
俺は一番の落とし穴だけ、静かに開いた。
ハロルドが足元を見た。穴の深さを確認した。縁の形状を観察した。ノートに書き込んでいる。
落とし穴を閉じた。
ハロルドが少し後退した。穴が開いて閉じた——誰かが操作している。そう判断した顔だった。
「……意志がある」
また呟いた。外套の男が最初に来たとき、同じことを言っていたのを思い出した。だがあの男の声とは温度が違った。驚きの中に、恐れより先に——興味があった。
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ハロルドは二層の入口まで来て、止まった。
先に進もうとはしなかった。入口の縁に手を当てて、通路の奥を覗き込んだ。暗くて見えない。ただ何かがいることは、気配でわかったのかもしれない。
引き返してきた。
一層をゆっくりと戻りながら、通路の壁を手で触れていた。地形の形状を確かめている。入口まで来て、外に出た。
シアが入口付近で待っていた。
「どうでしたか」
「面白いダンジョンだ」ハロルドの声が聞こえた。「通常の魔物の巣と違う。統制されている。攻撃してこなかったのは……俺が脅威でないと判断したからか?」
「どうでしょう」シアが答えた。「わたしにはわからないです」
「君はここに住んでいるのか」
「ときどき使わせてもらっています」
「ダンジョンマスターと話したことは?」
シアが少しの間を置いた。
「あります」
ハロルドが息を呑む気配があった。
「……直接、話せるのか」
「はい」
「今も、話せるか」
「たぶん。聞いてみます」
シアが念話を入れてきた。
『ケンジ。この人に何か伝える?』
俺は少し考えた。
今日が最初の接触だ。多くを語る必要はない。ただ、「存在する」という事実だけは伝えておく価値がある。敵ではないこと。話ができること。それだけで十分だ。
『一言だけ伝えろ。「歓迎する」と』
『……それだけ?』
『それだけでいい』
シアが声に出した。
「歓迎するって」
ハロルドが長い間、黙っていた。
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「……わかった」
ハロルドがそう言った。声が少し変わっていた。
「正式な調査を申請する。時間はかかるが、ギルドとして改めて来る。その際はまた、話を聞かせてほしい」
「はい」とシアが答えた。
「一つだけ聞いていい」ハロルドが続けた。「死なないダンジョン——本当に、殺す気がないのか?」
シアが俺に念話を入れてきた。
『ケンジ、答える?』
『ああ』
「ここで死んでほしくない、と思っているそうです」
また間があった。
「……そうか」ハロルドの声は静かだった。「わかった。また来る」
足音が遠ざかっていった。
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シアが洞穴に戻ってきた。
奥の空間まで来て、岩壁の前に座った。いつもの位置だ。
「……緊張した」
『よくやった』
「ちゃんとできてたかな」
『できていた。伝えるべきことを伝えた。伝えなくていいことは伝えなかった』
シアが少し息を吐いた。
「ハロルドさん、怖い人じゃなかった。びっくりした」
『ギルドの人間が全員敵というわけではない』
「うん。なんか、ちゃんと話を聞こうとしてた。ダンジョンを壊そうとか、わたしをどうこうしようとか、そういう気配じゃなかった」
それは俺も感じていた。ハロルドの動き方は「調べに来た人間」のものだった。害意ではなく、好奇心と職務意識が混ざっていた。
『正式な調査が来る前に、もう少し準備が必要だ』
「どんな準備?」
『伝えることと伝えないことの線引きを、もう一度整理する。今日の「歓迎する」は正解だったが、次はもっと複雑な質問が来る』
「わかった。一緒に考えよう」
シアがそう言って、膝を抱えた。考えるときの姿勢だ。
今日の出来事を整理した。ギルドの調査担当が来た。中を見た。シアと話した。「また来る」と言って去った。
「敵ではない」という最初の印象は、俺にとって予想より大きかった。
転生してから今日まで、外から来るものはほぼ全て「排除する相手」だった。奴隷狩り、野盗、強引な冒険者。ハロルドは違った。こちらを「調べる相手」として来て、こちらの言葉を「聞く相手」として帰った。
そういう人間が外にいる。
それだけで、今日は十分な一日だった。
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夜、シアが眠りにつく前に念話で言った。
『ケンジ』
『何だ』
『正式な調査、楽しみだね』
楽しみ。
その言葉が今日二度目に出てきた。シアはよくその言葉を使う。俺にはまだその感覚がはっきりとはわからないが——嫌ではなかった。
『そうかもしれない』
シアが笑った気配があった。それから静かになった。
洞穴の外では今夜も何組かの気配がある。明日も来るだろう。そしていつか、ギルドの正式な調査が入る。
その日が来たとき、俺たちはどんな形でここに立っているのか。
今夜はまだ、その答えは出ていない。
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DP残高:31,200P
配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人) コボルト×6体
落とし穴×10か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 魔法陣トラップ×1(補充済み) 宝箱×1
本日の収支:+650P(通常来訪者撃退)
現在のダンジョン規模:5層 推定ランク:E
確定事項:ギルド調査担当ハロルドが予備調査に来訪。シアが対応。「歓迎する」を伝達。ハロルドは「また来る・正式調査を申請する」と言って去った。
課題:正式調査に向けた準備(伝える内容・伝えない内容の再整理)。シアの外交対応力のさらなる強化。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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