第24話_外の情報収集
ワイバーンの気配が消えたのは、三日後のことだった。
正確には「消えた」と断言できるほど確かな変化ではない。鳥の声が戻ってきた。虫の音が普通に聞こえるようになった。上空の重い振動がなくなった。それだけだ。縄張りを捨てたのか、一時的に離れただけなのか、判断できない。
『どう思う』とシアが念話で聞いてきた。
『様子見だ。今日は南東方向に限定したまま採集に出ていい。ただし四百メートルを超えるな。上空は常に確認しろ』
『わかった』
シアが外に出た。三十分後、いつもより少ない収穫を持って戻ってきた。
「南東は木の実が少ない。代わりに——」シアが少し迷ってから言った。「代わりに、人の気配があった」
俺の感知が引き締まった。
『何人だ』
「二人。声が聞こえた。冒険者っぽかった。装備の音と、話し方で」
『何を話していた』
「聞き取れたのは一部だけど——このダンジョンのことを話してた」
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シアが聞き取れた内容を整理するとこうだ。
二人の冒険者が、この洞穴について話し合っていた。「死なないダンジョン」という言葉が出た。「あそこは変だ、罠かもしれない」という声もあった。もう一人が「いや、俺は本物だと思う、あの四人が三度戻ったのを見た」と返した。
三度。
俺はその数字を頭に入れた。あの四人組——盾役を先頭にした熟練パーティ——は二度の攻略に来た。三度目は来ていない。だがこちらからは見えないところで、三度目の偵察か、あるいはギルドへの報告に動いていた可能性がある。
「他にも聞こえたことがある」シアが続けた。「ギルドがこのダンジョンに調査員を送る話が出てるって。時期はわからないけど、もうそういう話になってるみたいだった」
調査員。
想定の範囲内だが、想定より早い。Eランク認定から日が浅い。調査が入るとすれば、それはこのダンジョンが「通常と異なる」と判断されたからだ。死なないダンジョン、という話が早くもギルドの耳に届いているなら、関心を持つのは当然だろう。
『その二人は、どこに向かっていった』
「南の方。街道の方向だと思う」
街道。近隣の集落か、あるいはもっと大きな街へ向かったか。
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その夜、俺はシアと長い話し合いをした。
テーマは一つだ。ギルドの調査員が来たとき、どう対応するか。
「会って話せばいいんじゃないの」とシアが言った。「ダンジョンマスターがいるって、伝えれば」
『それは選択肢の一つだ。ただし、伝えた後にどうなるかが問題だ』
「どうなるの」
『わからない。ダンジョンマスターが公式に存在を明かした前例があるかどうかも、俺には不明だ。歓迎されるかもしれないし、排除しようとする者が出るかもしれない』
シアが黙った。
『お前のことを思うと、慎重にしたい。ダンジョンマスターの殺害は法的に禁じられていないと聞いた。コアを壊すことは禁止されているが、お前を傷つけることは——』
「知ってる」シアの声が少し低くなった。「わたしみたいな立場の子は、特に。法の穴をついてくる人間がいるのも、よく知ってる」
そうだ。それがある。
「でも」シアが続けた。「ずっと隠れてるわけにもいかないよね。ギルドの調査員が来て、このダンジョンが変だって気づいたら、勝手に解釈する。その解釈が間違ってたら——もっとまずいことになるかもしれない」
正しい観察だった。
情報の空白は、相手が勝手に埋める。埋められた情報が俺たちに不利な形になる可能性は低くない。外套の男のように「コアを処理してマスターを回収する」という結論に至る者も、情報が少ないほど出やすい。
『だとすれば、こちらから情報をコントロールすることが重要になる』
「コントロール、か」シアが少し考えた。「どういう形で」
『調査員が来たとき、お前が出て行って話す。ただし伝える内容と伝えない内容を事前に決めておく』
「わたしが、一人で?」
『今は俺が外に出る手段がない。念話でそばについているが、実際に話すのはお前だ』
シアが少し黙った。
「……やれる、と思う。でもケンジ、一個だけ確認していい」
『何だ』
「わたしがエルフだってことは、言わない方がいい?」
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難しい問いだった。
エルフであることを隠すのは難しい。耳を見れば一目でわかる。帽子や布で隠す手もあるが、「エルフが隠れて生きている」という事実は、逆に注意を引く可能性がある。
『隠すより、先に言う方がいいかもしれない』
「え」
『隠すと後から露見したときに信頼を失う。最初から言えば、相手の反応で信用できる相手かどうかを測れる。ただし、迷い子だということは言う必要はない』
「迷い子じゃなければ……何?」
『このダンジョンのマスターだ。それだけでいい』
シアがしばらく黙っていた。
「……なんか、すごいね。そう考えたことなかった」
『お前はここのマスターだ。それは事実だ。後ろめたい要素は何もない』
「うん」シアの声が少しだけ変わった。「そうだね。そうだった」
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翌日、シアはまた外に出た。
今日は採集よりも「聞く」ことを目的にした。俺からの提案だ。入口付近に最近冒険者が来ているなら、その流れを汲んで街道側に少し近づいてみる。誰かと会えば、自然な会話の中から情報を引き出す。
四十分後、シアが戻ってきた。
「会った」
『誰だ』
「行商人。一人。荷物を持って歩いてた。昨日の二人とは別の人」
『何を話した』
「最初は普通の挨拶だけ。でも相手がこの辺りを歩いてるのが珍しいって言ったから、『近くに面白いダンジョンがあるから見物に来た』って言った」
上手い返し方だ、と俺は思った。嘘をついていない。
「そしたら相手も色々教えてくれた。このダンジョンの噂はもうかなり広まってるみたい。死なないダンジョンって呼ばれてる。信じてない人も多いけど、信じてる人は修行目的で来ようとしてるって」
『他には』
「ワイバーンの話も聞いた。行商人も知ってた。三日前から北西の山に一頭いるって、近隣の村では警戒してるって。でも今日は南の方に移動したらしいって。縄張りを探してる段階で、まだ定まってないだろうって言ってた」
行商人は情報を持っていた。村との行き来がある者は、こうした情報が自然に集まる。
「あと——」シアが少し間を置いた。「ギルドの調査員が来週あたりにこのダンジョンに向かうって話が街道沿いの宿で出てたって、教えてくれた」
来週。
思ったより早い。
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「ケンジ」
『何だ』
「わたし、もっと外に出た方がいいと思う」
予想していた言葉ではあった。
「ダンジョンの中にいるだけだと、情報が入ってこない。今日みたいに少し歩けば、知らなかったことがたくさんわかる。ワイバーンの動きも、ギルドの話も、冒険者たちの噂も——全部、外に出て初めて聞けた」
正しい。
俺も同じことを考えていた。シアが外に出ることへのリスクは常にある。だが情報なしで判断を続けることにも、別の種類のリスクがある。今日の行商人との会話だけで、俺の手元にある情報の量は倍以上になった。
『条件を決める』
「うん」
『一人で遠くに行くな。行くなら俺の念話が届く範囲——五百メートル以内。それと、怪しいと感じたら即戻れ。理由は後でいい』
「わかった」
『ワイバーンが南に移動したという話は、今日時点の情報だ。明日以降は変わる可能性がある。毎日出る前に気配を確認する』
「それもわかった」シアが少し笑った気配があった。「ケンジって、許可を出すときでも条件が多いね」
『心配するな、という方が無理だ』
シアが黙った。
少しの間があって、念話で返ってきた。
『……ありがとう』
声ではなく、念話だった。それだけ、伝えたかったということだろう。
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夜、俺はシアが眠ってから今日集まった情報を整理した。
ワイバーンは南に移動中。縄張りがまだ定まっていない段階で、当面は様子見が続く。シアの採集制限は徐々に緩められるかもしれないが、完全に解除するのはまだ早い。
ギルドの調査員が来週にも来る。相手がどんな人間かはわからない。ただ、シアが迎えることは決まった。伝える内容と伝えない内容の準備を、今週中にやっておく必要がある。
死なないダンジョンの噂は、思ったより速く広まっている。修行目的で来ようとしている冒険者がいる。これはDP収入の増加につながる話だ。ワイバーンが落ち着けば、その流れが加速する。
考えることが増えた。
だがそれは、関わりが増えたということでもある。転生してから今日まで、俺の世界はこの洞穴の中だけだった。外は「来るものを撃退する」対象だった。今日から少し、外が「情報を得る場所」に変わった。
小さな変化だが、確かな変化だ。
DP収支を確認した。今日も戦闘はなかった。残高は動いていない。
だが何かが、確かに積み重なった一日だった。
——それと、もう一つ。
シアが「もっと外に出たい」と言った。出ることを恐れるのではなく、出ることを望んだ。洞穴に逃げ込んできた最初の夜からは、想像もできない変化だ。
その変化が、今日俺には少し重たく、そして悪くなく感じられた。
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DP残高:8,175P(変動なし)
配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む) 強化オーク×1体(2層関所) 強化オーク【ガルム】×1体(5層番人) コボルト×6体(入口付近待機2含む)
落とし穴×10か所 毒ガストラップ×2 火炎トラップ×2 宝箱×1
本日の収支:±0P(戦闘なし)
現在のダンジョン規模:5層 推定ランク:E
今日の収穫:ワイバーン南方に移動中・縄張り未確定。ギルド調査員が来週にも来訪予定。死なないダンジョンの噂が街道沿いに広まりつつある。シアの外出・情報収集を条件付きで定例化。
未解決の課題:ギルド調査員来訪への対応準備(伝える内容と伝えない内容の整理)。外部情報・ギルドコネクションの不足は依然として継続課題。
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