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第18話_反省と再設計

 昨日の夜から、俺とシアはずっと話し合っていた。


 正確には、俺が考えてシアが補足して、また俺が考えて、という繰り返しだ。シアは三層の見取り図を念話越しに説明しながら、ときどき「ここはこうしたらどうかな」と口を挟んでくる。


 最初のうちは「聞いてから判断する」という姿勢で聞いていた。


 だが話を聞くうちに、シアの視点が思ったより使えることに気づいた。


 俺はITの仕事をしていた人間だ。システムを設計するときの頭の使い方は、「全体の流れを整理して、ボトルネックを潰す」だ。ダンジョンの防衛設計も同じ考え方でやってきた。侵入者の動線を読んで、要所に戦力とトラップを置く。


 だがシアの発想は少し違った。


『ねえ、ケンジ。冒険者って、なんで前から来ると思ってるの?』


 昨夜、シアがそう言った。


 俺は少し考えた。


『前しか入り口がないからだ』


『入り口は一か所だけど、通路の中はどうなの?』


『……通路が複数ある場所は分岐する』


『じゃあ、分岐したあとの合流地点に戦力を置いたら、どっちから来ても同じ場所で戦えるよね』


 俺はその発想を頭の中で展開した。


 なるほど。


 今までの配置は「入り口から順番に守る」という発想だった。だが冒険者は地図を作りながら進む。どの分岐を選べば安全かを考えながら動く。合流地点に強い壁を作れば、どのルートを選んでも同じ場所でぶつかることになる。


 シアが続けた。


『あと、トラップって入ってくる人に当てようとしてるでしょ。でも逃げていく人のほうが焦ってて、引っかかりやすいんじゃないかな』


 俺は黙った。


 退路にトラップを仕掛ける。


 考えたことがなかったわけではない。ただ、優先度を低く見ていた。「撃退するなら前から止めればいい」という発想だった。だがシアの言う通り、退路を封じることで戦闘の質が変わる。前からの圧力と後ろからの不安を同時に与えられる。


『……お前、それをどこで覚えた』


『覚えたっていうか、昨日見てて思っただけ。あの人たち、帰るとき焦ってたじゃない。もし退路にトラップがあったら、もっと早く撤退してたと思う』


 俺は昨日の四人が三層から引き返す場面を思い出した。確かに、撤退の足取りが少し速かった。疲弊していたからというより、早く外に出たかったからという動き方だった。


 シアの観察は正しかった。


 それが昨夜の話だ。


 今朝になって、俺は設計の方針を大きく二つ変えることにした。


 一つ目。各層の通路設計を「追い込み型」に変える。


 入り口から一本道ではなく、複数のルートが中央の一点に収束する構造にする。どのルートを選んでも最終的に同じ「関所」を通らなければ次の層に進めない。関所にはその層で最も強い戦力を置く。


 二つ目。退路にトラップを仕掛ける。


 侵入者が撤退を始めた瞬間に起動できる仕掛けを、各層の後半に設置する。ただし死に至るようなものではなく、足止めと消耗を狙うものでいい。目的は「もう一度来たくない」と思わせることだ。


 問題はDPだ。


 今の残高は7,555P。この状態で全層を作り直すのは無理だ。優先度をつけて、金のかかる部分から手をつける。


 まず一層と二層の通路を組み替える。これは権能の行使だけで済む部分が多い。トラップの位置を変えるのもDP不要だ。


 次に戦力の再生成。強化オークを一体(200P)、コボルトを六体(90P)補充する。通常ゴブリンも九体に戻す(90P)。合計380P消費。


 残高は7,175Pになる計算だ。


 俺が頭の中で数字を整理していると、シアが口を開いた。


『ケンジ、一個聞いていい?』


『何だ』


『通路を変えるの、私も手伝えるよね』


 権能の話だ。シアはダンジョンマスターとして、俺の権能の一部を行使できる。通路の形状変更も、小規模なものならシアにもできる。


『できる。ただし壁を動かすのはDPを消費する場合がある。今は節約したい』


『わかった。じゃあ、DPがかからない範囲でやってみる』


 シアがそう言って、少し間があった。


 三層の通路の一部が、微妙に変化する感覚があった。


 壁を動かしたのではなく、通路の途中にある岩の突起を少しずらして、視線を遮る形を作ったらしい。DP消費なし。だが効果はある。通路を進んでいると、突き当たりに戦力がいるのが見えない。


 俺は確認した。


『……それは使える』


『でしょ?』


 シアが少し得意そうな気配を出した。


 俺は黙って認めた。確かに使える。視線を遮るだけで、侵入者の判断が遅れる。判断が遅れれば対応が遅れる。こちらの奇襲が通りやすくなる。


 午前中いっぱいかけて、一層と二層の通路を作り直した。


 一層は入り口から三方向に分岐して、中央の広間に収束する構造にした。広間にゴブリン集団を集中配置する。どのルートから来ても同じ場所で戦う羽目になる。分岐の手前に落とし穴を各ルートに一か所ずつ。退路側にシアが岩の突起で視線遮断を追加した。


 二層は迷路の構造を複雑化した。シアの提案した「合流地点の関所」を採用し、強化オーク一体をそこに配備する。コボルトは関所の手前の分岐に伏せさせる。退路への火炎トラップを一か所追加した。


 作業が一段落した昼過ぎ、シアが念話で言った。


『ねえ、ケンジ。今の一層と二層、昨日より全然強くなったと思う?』


 俺は正直に答えた。


『昨日よりはな。ただ問題は三層だ。あそこは戦力が薄い。シアの生活空間があるせいで通路の設計を大きく変えられない』


 シアが少し黙った。


『……私の荷物、もっと奥に移そうか』


『それができるなら助かる』


『じゃあやってみる。水場は動かせないけど、寝てるところと荷物は四層寄りに移せると思う』


 シアが動き始めた。


 気配が三層の奥と四層の境界あたりを行き来している。荷物を運んでいるのだろう。


 しばらくして、シアが戻ってきた。


『できた。三層の前半は全部使えるよ』


 俺は三層の前半を改めて確認した。水場はそのままだが、シアの寝床と荷物がなくなったことで、通路に新しい選択肢が生まれた。水場の手前に追加の分岐を作れる。


 追加の落とし穴を一か所設置した(20P消費)。


 全体の再設計が一通り終わったのは夕方だった。


 俺は完成した配置を頭の中で一周確認した。


 完璧ではない。また来た冒険者を完全に止められる保証はない。だが昨日までとは根本的に構造が変わっている。同じ手は通じない。


 それで十分だ。


『ケンジ』


 シアが静かに呼んだ。


『何だ』


『今日、一日かけて作り直したじゃない』


『ああ』


『……昨日、すごく怖かったんだけど』


 俺は黙って続きを待った。


『今日こうして作り直してたら、少し落ち着いてきた。なんでかな』


 俺は少し考えた。


『やることがあるからじゃないか』


『そうかな』


『怖いのは変わらない。でも対策してれば、同じ怖さじゃなくなる』


 シアが少し黙った。


『……うん』


 静かな返事だった。


 俺はそれ以上何も言わなかった。


 やることはまだある。モンスターの再生成、トラップの最終調整、DP収支の見直し。


 感傷に浸る暇はない。


 だが今日一日、シアは文句も言わずに荷物を運んで、通路の改修を手伝って、ろくに休まずに動き続けた。


 それだけのことは、俺の中にきちんと記録された。


 さて、次に来る連中がいつ来るかはわからない。


 だが来たときには、昨日とは違う景色を見せてやれる。


 それだけで今日は十分だ。


---


DP残高:7,155P

配備戦力:ゴブリン×9体(強化2含む) 強化オーク×1体(再生成) コボルト×6体(再生成)

落とし穴×8か所(各層に再配置) 毒ガストラップ×1 火炎トラップ×2(退路側追加) 宝箱×1

本日の収支:戦闘なし モンスター再生成:-380P 落とし穴追加:-20P 純増:-400P

現在のダンジョン規模:5層 推定ランク:E

課題:三層の防衛力がまだ薄い。戦力・DP両面での継続的な積み上げが必要。ただし設計思想の刷新は完了。次回来訪時の検証が待たれる。


次話は明日の17:00に投稿します。


1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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