第17話_敗北の代償
昨日の四人組が帰ってから、俺はシアと一晩かけて防衛配置の見直しをした。
とはいえ、使えるDPには限りがある。強化オーク二体を再生成すると400P飛ぶ。コボルトを前の水準まで戻すにもDPがいる。宝箱の中身を充実させれば冒険者を引きつける効果があるが、それも金がかかる。
結局、昨夜中にできたのはここまでだった。
強化オークを一体だけ再生成(200P)。コボルトを四体補充(60P)。二層の通路にシアの提案を取り入れて、曲がり角を一か所増やした。これは権能の行使で済むのでDPの消費はない。
合計260P消費。DP残高は8,255P。
まだ足りないとわかっていた。
昨日の四人が今日また来るとしたら、改修した二層で足止めできるかどうか五分五分だ。
だから昨夜、シアにこう言っておいた。
『三層の奥にある水場の部屋、お前の荷物を全部まとめておけ。最悪の場合、四層の最奥に下がってもらう』
シアは少し黙ってから答えた。
『……わかった』
いつもなら「なんで?」とか「大丈夫だよ」とか返してくるのに、その一言だけだった。昨日の戦闘を見ていたから、冗談ではないとわかったのだろう。
賢明な判断だ。
そして今朝。
昨日の四人が来た。
俺は入り口付近で気配を捉えた瞬間にそれとわかった。動きのパターンが昨日と同じだ。盾役を先頭に、エルフ、小柄な人物、若い男の順。昨日より動きが少し慎重になっている。一晩休んで作戦を練り直してきたのだろう。
嫌な予感がした。
一層は昨日よりも早く突破された。
理由は単純だ。昨日のうちにゴブリンの配置と罠の位置を相当把握されていた。エルフが地図を持っていた。あれは正確なマッピングだったらしい。一層の落とし穴二か所は最初から迂回され、毒ガストラップは全員が息を止めて走り抜けた。
ゴブリンの奇襲も、昨日より出てくる位置を読まれていた。盾役が壁に背をつけながら進んでいたせいで、挟み込みの角度が潰されていた。
七分で一層突破。昨日の半分以下だ。
『一層、抜けられた』
シアの声に緊張がにじんでいた。
『わかってる。二層で止める』
俺は二層の配置を最終確認した。
再生成した強化オーク一体が三層への階段手前に構えている。シアが増やした曲がり角の先に、コボルト四体をまとめて待機させた。落とし穴は三か所。火炎トラップは昨日と別の位置に移した。
四人が二層に踏み込んでくる。
最初の曲がり角。エルフが先に地図を見て首を傾けた。昨日と違う。増やした曲がり角に気づいた。
しかし読み直しに時間はかからなかった。盾役が壁を叩いて確認しながら、慎重に先へ進む。
落とし穴一か所目。これは昨日も見破られた位置に近い。また回避された。
二か所目。ここは昨日とは別の場所に設置した。盾役が一瞬足を止めたが、慎重に足元を確かめながら通り抜けた。
三か所目は廊下の狭い部分に仕掛けてある。ここで盾役の足が半分踏み外した。完全には落ちなかったが、体勢が崩れた。
その瞬間にコボルト四体を突撃させた。
崩れた盾役にコボルト二体が組みつく。後衛二人がエルフと若い男を引き離そうとする残り二体に対応する。
乱戦だ。だが昨日と違い、小柄な人物が最初から動いていた。
盾役の体勢が崩れると同時に、何かの薬を盾役の足元に投げた。着地すると同時に白い霧が広がる。コボルトが怯んで動きが止まる。その隙に盾役が立て直した。
対コボルト対策を用意してきた。
昨日の戦闘を分析したのだろう。厄介すぎる。
コボルト四体は結局七分ほどで全滅した。昨日より早い。
残る強化オーク一体との戦闘が三層への階段手前で始まった。
一対四だ。昨日は二体で挟み込んだが、今日は一体しかいない。盾役と若い男が前衛で圧力をかけ、エルフが後方から矢を放ち続ける。
強化オークは頑健だ。矢が刺さっても動きが止まらない。盾役の剣を何度か受け流した。だが数の差は埋めようがない。
十二分の戦闘の末、強化オークが倒れた。
『三層に入ってくる』
シアの声が一段低くなった。
『わかった。お前は四層へ下がれ』
『……でも』
『下がれ』
少し間があった。
『……わかった』
シアの気配が四層の奥へ移動していくのを感じた。
三層は生活空間を兼ねている。シアが日々過ごしている場所だ。水場、寝床、シアが植えた小さな草木。俺がDP消費なしで整えてきた空間。
四人がそこへ踏み込んでくる。
三層の防衛戦力は、残ったゴブリン十体だけだった。昨日の戦闘の消耗で強化ゴブリンが二体、通常ゴブリンが八体という状態だ。
正直、これでは厳しい。
ゴブリンの奇襲は一度目こそ効いた。三層は通路が複雑で、シアの居住空間があるために視界が遮られる部分が多い。その分だけ奇襲の角度がある。
だが四人の連携は崩れなかった。
盾役が前を固め、エルフが後方から視野を確保しながら矢を放つ。小柄な人物は常に安全な位置を保ちながら全体を支援する。若い男が機動力を生かして左右の脅威を潰していく。
ゴブリンが一体、二体と倒されていった。
俺は残った戦力をかき集めて、水場の前に集中させた。ここから先は渡さない。コアへの道はまだ二層分ある。四層にはシアがいる。
だが数が足りなかった。
四人が水場の前で一度立ち止まった。盾役が辺りを見回している。シアが育てた草木に目を留めた。「……誰かが住んでいるのか?」という顔だった。
それがわかって、俺の中で何かが冷えた。
シアの生活の痕跡が、ここにある。外の人間に見られている。
感情に名前をつけるなら、不快だ。
俺は残るゴブリン四体に最後の突撃命令を出した。
結果は三体が撃ち落とされ、一体が盾役の盾に弾かれた。四層への階段を守るように最後の一体が立ちはだかったが、若い男に素早く仕留められた。
三層突破。
俺は四層への階段口の両脇に、あらかじめ設置していた魔法陣トラップを起動した。
500P消費。全財産の六分の一が一瞬で飛んだ。
魔法陣が展開すると同時に閃光と衝撃波が走る。四人が一斉に後退した。盾役が盾で直撃を受けて膝をつく。エルフが壁に叩きつけられた。若い男が吹き飛んで通路の壁に背中をぶつけた。
四人が動きを止めた。
十秒ほど誰も動かなかった。
小柄な人物が真っ先に立ち上がり、仲間たちの状態を確認し始めた。盾役が頭を振りながら片膝から立ち上がる。エルフが壁に手をついて息を整えている。若い男は起き上がったが、腕を庇うような仕草をしていた。
盾役が四層への階段を見つめた。
俺は静かに待った。
魔法陣トラップの残響がまだ廊下に漂っている。四層の奥にシアがいる。
盾役が、階段から目を離した。
振り返り、来た道を指さした。
撤退だ。
俺は四人が三層を引き返し、二層を抜け、一層を通って外に出るまでのあいだ、ずっと黙って見送った。
入り口が静かになった。
静寂が戻ってきた。
しばらくして、シアの気配が四層の奥から三層へ戻ってくるのを感じた。
『……終わった?』
『ああ』
シアが水場の前まで来た。気配が、そこで止まった。
きっと、散らかった三層の様子を見ているのだろう。倒れたゴブリンの残骸。荒れた通路。踏み荒らされた草木。
『……草、踏まれてる』
静かな声だった。
『後で直せる』
『うん』
間があった。
『怖かった』
シアがそう言った。声は落ち着いていたが、正直な言葉だった。
俺は少し考えてから答えた。
『そうだな。今日は俺の負けだった』
『でも撃退できたよ』
『三層まで入られた。シアを四層に追いやった。これは負けだ』
シアが黙った。
俺も黙った。
残ったDPを確認した。8,255Pから魔法陣トラップの500Pが消えた。戦闘中に倒されたモンスターの再生成コストを引いていくと、現在の残高はおそらく7,600P台だ。
足りない。全てが足りない。
強化オークは今すぐ再生成できるが、それでは根本的な解決にならない。冒険者はまた来る。昨日より早く、今日より巧みに。
今の防衛設計は「野盗や野生モンスターを弾く」ことを想定して作ったものだ。だが冒険者は違う。分析する。記録する。対策を練って戻ってくる。
俺はシステムエンジニアとして働いていた頃のことを、ふと思い出した。
要件が変わった。設計を作り直す。当たり前のことだ。
感傷に浸っている場合じゃない。
『シア』
『何?』
『三層の見取り図、もう一度教えてくれ。作り直す』
シアが少し間を置いた。
『……今から?』
『今から』
また間があった。今度は短かった。
『わかった。じゃあまず水場の周りから説明するね』
シアの声が、少しだけ戻ってきた。
俺はシアの話を聞きながら、防衛設計の全面見直しに取り掛かった。
まだまだ足りない。
だが、何が足りないかはわかった。それで十分だ。
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DP残高:7,555P
配備戦力:ゴブリン×3体(強化1含む・9体喪失) 強化オーク×0体(1体喪失) コボルト×0体(4体喪失)
落とし穴×3か所 毒ガストラップ×1 火炎トラップ×1 魔法陣トラップ×0(1基消費) 宝箱×1
本日の収支:+600P(Dランク冒険者×4撃退) 魔法陣トラップ起動:-500P 純増:+100P
現在のダンジョン規模:5層 推定ランク:E
課題:冒険者による分析・再挑戦を想定した防衛設計への全面移行が急務。現状の戦力・トラップ配置では次回来訪時にコア層まで到達される危険性あり。設計思想そのものの刷新が必要。
次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




