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第16話_Eランクの現実

 Eランク基準達成から三日。来た。


 俺は入り口付近に張り付かせているコボルト二体の視覚を通じて、彼らの姿を観察した。


 四人パーティ。盾役を先頭に、後衛三人——短弓のエルフ、小柄な頭巾の人物、両手短剣の若い男。全員、冒険者ギルドの証章を胸につけている。動きに無駄がない。装備の質が、これまでの連中とまるで違う。


『ケンジ、来たね』


 シアの声が念話越しに届いた。彼女は今、三層に設けた生活空間の隅で、俺が最近整備した小さな水場のそばに座っているはずだ。


『ああ。見ている』


『何人?』


『四人。Dランクパーティとみていい。装備がしっかりしている』


 ちなみにDランクというのは、シアに教えてもらった冒険者の格付けだ。「熟練の戦士相当」という基準で、これまで相手にしてきた野盗や無頼漢の類とは練度が根本的に違う。連携もとれているだろうし、罠への対処経験もあるはずだ。


 俺は迷わず第一層の防衛配置を頭の中で確認した。


 一層の入り口から奥へ向かう通路には、左右から挟み込む形でゴブリンを六体配置してある。通路の中間地点には落とし穴を二か所、その奥に毒ガストラップを一基。さらに奥の分岐点に強化コボルトを四体。


 Eランクの基準を満たすよう整えた布陣だが、相手がDランクなら早々に突破される可能性もある。


 Eランクのダンジョンを攻略できる最低基準が「Dランク四名以上」だ。今来ているパーティはその最低条件をぴったり満たしている。


 状況確認、終わり。あとはやるだけだ。


 四人が入り口に踏み込んできた。


 盾役の男が先頭で、後ろの三人がほどよい間隔を開けてついてくる。連携の練度が高い。油断したら厄介なことになるかもしれない。


 俺は第一陣のゴブリン六体に「動け」という意志を送った。


 ゴブリンたちが壁の影から飛び出す。左右から三体ずつ、通路を挟み込む形での奇襲だ。


 盾役の男が即座に反応した。


 盾を前に突き出してゴブリンの爪を弾き、体重を乗せた踏み込みで一体を壁に叩きつける。後ろのエルフが矢を番えた、と思ったら次の瞬間には二体のゴブリンの眉間に矢が刺さっていた。


 速い。


 小柄な人物は後方で待機したまま、薬瓶の一つを取り出して手に持っている。前衛が崩れたときの備えだろう。若い男は短剣二本を逆手に持ち直し、残るゴブリン二体へ踊り込んだ。こちらも動きが洗練されている。


 六体全滅まで、おそらく三十秒もかかっていなかった。


『早いね』


 シアが念話越しに呟いた。


『ああ』


 俺は短く返しながら、次の仕掛けへ意識を向けた。


 落とし穴その一。


 盾役の男は通路を進む前に、足元を軽く叩いて確認していた。几帳面な動きだ。最初の落とし穴は見破られる可能性が高い。


 だが二か所目は、一か所目のすぐ奥に設置してある。一か所目に気づいたことで警戒が若干緩む、その瞬間を狙った配置だ。


 俺の読みは半分当たり、半分外れた。


 盾役の男は二か所目も足元を叩いて確認し、回避した。ただ後続の若い男が少し間合いを詰めすぎていて、盾役が止まった瞬間に前に出てしまった。落とし穴の上で一瞬足を踏み外し、片膝をついた。


 落ちてはいない。だが体勢が崩れた。


 エルフが素早く彼の腕を引いてフォローした。


 連携が良い、と認めざるを得なかった。


 毒ガストラップ区画に差し掛かったところで、俺は発動タイミングを少し遅らせた。先頭の盾役が通り過ぎてから起動させることで、中後衛の三人に毒を浴びせる作戦だ。


 しかしエルフが何かに気づいたらしい。天井付近にある噴出口を指さして盾役に何か告げ、全員が一斉に走り抜けた。


 毒ガスは廊下に広がったが、誰の鎧にも浸透しきれなかった。小柄な人物が素早く解毒薬を全員に配っていた。備えがある。


 分岐点の強化コボルト四体との戦闘も、三分ほどで決着がついた。


 コボルトは数が多く、弓と挟撃で対応できるほど甘くはないはずだったが、エルフの矢が精確すぎた。遠距離から二体を仕留められた時点で、数の優位が消えた。


 第二層への階段前に立った四人は、息が乱れている様子もなかった。


『……思ったより強い』


 シアが念話越しに呟いた。


『ああ』


 俺は素直に認めた。


 Eランクのダンジョン攻略ができる冒険者は、俺が今まで想定していたよりずっと練度が高い。一層は突破された。想定の範囲内ではあったが、突破の速さが想定より早い。


 問題は二層だ。


 二層には強化オークを二体配置し、迷路状の通路に複数の落とし穴と火炎トラップを組み合わせてある。コアへの道はまだ遠い。だが、「遠い」と「届かない」は違う。


 俺は二層の配置をもう一度確認しながら、判断を下した。


 二層で守り切る。コアへの道を渡すわけにはいかない。


『シア』


『何?』


『二層の強化オーク二体、今すぐ通路の分岐点へ移動させろ。侵入者が迷路に入ったと同時に、退路も塞ぐように後ろに一体回せ』


 短い間があった。


『……わかった』


 シアの権能が動く感覚が、薄く伝わってきた。


 まだ精度が荒い。でも方向は合っている。


 四人が二層へ踏み込んでくる。


 迷路の最初の分岐で、エルフが左右を確認しながら何かを呟いた。地図を取り出している。マッピングしながら進むつもりらしい。準備がいい。


 俺は火炎トラップの起動タイミングを調整しながら、通路の奥で待ち構える強化オークの動きを制御した。


 強化オークの一体が、通路の角を曲がった先に潜んでいる。気配を消しているわけではないが、通路が狭く視界が悪い。


 盾役が角を曲がった瞬間、オークが正面から圧力をかけた。


 盾役が踏みとどまり、叫び声を上げながら押し返す。これで前衛の足が止まった。


 その瞬間、後方に回り込ませた二体目のオークが退路側から詰めた。


 挟み込み成功。


 後衛のエルフと小柄な人物が振り返り、背後からのオークに対応しようとする。しかし通路が狭い。弓を番えるには距離が足りない。エルフが弓を背負い直し、腰のナイフを抜いた。


 接近戦は苦手なのか、動きが少し硬い。


 そこに火炎トラップを起動した。後方のオークの隣の壁から炎が噴き出す。


 オークが怯み、四人が一斉に前方へ押し込まれた。前方のオークとの間合いが詰まる。盾役が叫ぶ。若い男が挟まれながらも短剣を振るい続けた。


 戦闘が乱戦になった。


 五分が経過した頃、前方のオークが膝をついた。


 盾役と若い男の連続攻撃が通ったらしい。


 後方のオークも、小柄な人物が取り出した何かの薬を顔に浴びてひるんだところを、エルフが首筋にナイフを差し込んで倒した。


 四人が荒い息をついて立ち止まる。


 盾役の腕に深い切り傷がある。若い男は肩口を押さえていた。


 小柄な人物が急いで傷口に手当てをし始めた。回復役か。


 俺は二層の残りの配置を確認した。


 まだコボルトが六体、落とし穴が三か所ある。ただし今の戦闘でDP消費の計算が狂い始めている。強化オーク二体が倒されたのは予想より早かった。


 DP収支を確認する。


 獲得:一層突破分と二層戦闘分を合わせてまだ集計中だが、大きなマイナスにはなっていない。問題はこの先だ。


 残りの戦力で二層を抑えきれるか。


『ケンジ』


 シアが念話で呼んだ。


『何だ』


『この人たち、かなり怪我してる。このまま続けるかな』


 俺は戦闘後の四人を観察した。


 盾役は傷の手当てを受けながらも、仲間と低い声で話し合っている。言葉は聞こえないが、表情は穏やかだった。撤退を話し合っている顔ではない。


 次の瞬間、盾役が立ち上がり、奥へ向かって顎をしゃくった。


 続行する気だ。


 俺は内心で舌打ちをした。


 冒険者というのは、こういう顔をしているのか。


 傷を負っても、疲弊しても、それでも前に進む。


 やっかいな連中だ。


 まあ、そういう相手だとわかっていれば、こちらも対策がとれる。


 俺は残りのコボルト六体の配置を素早く組み替えた。通路の両側ではなく、一か所に集めて迎撃集団を作る。数の圧力で足を止める。そのあいだに落とし穴で後衛を削る。


 四人が再び動き出した。


 コボルト六体の集団が正面から現れたとき、盾役がわずかに足を止めた。数と密度を見て、一瞬だけ表情が変わった。


 それでも前に出た。


 しかし、ここで若い男が落とし穴に落ちた。


 完全に落ちたわけではなく、縁に腕を引っかけて止まった。だが体を引き上げる間に戦列が崩れ、コボルトの集団が隙間に押し込んできた。


 乱戦になった。


 盾役が吼えながらコボルトを薙ぎ払う。エルフが狭い通路の中で器用にナイフを使い続ける。若い男は穴から引き上げられた後、少し動きが鈍くなっていた。


 小柄な人物が後方から回復に専念している。消耗品を相当使っているはずだ。


 七分ほどの戦闘の末、コボルト六体が全滅した。


 四人の疲弊は明らかだった。盾役の傷が増え、若い男は壁に手をついて息を整えている。エルフも頬に傷が走っていた。


 小柄な人物が仲間たちを見回し、何かを言った。


 盾役が頷き、今度は奥への通路ではなく来た方向を向いた。


 撤退だ。


 俺は邪魔をしなかった。


 四人がゆっくりと二層を引き返し、一層を抜けて、ダンジョンの外に出ていった。


 入り口が静かになった。


 俺はしばらく無言でいた。


 二層まで突破された。


 入り口を塞ぐまで追い詰められたわけではない。だが二層のほぼ半分を突破されたのは事実だ。


 初期の野盗や野生モンスターとは、まるで話が違う。冒険者というのは、こういう存在なのか。


 Eランク基準を達成したということは、これと同じレベルの連中がまた来るということだ。ひょっとしたら今日の四人がまた来るかもしれない。


『終わったね』


 シアが穏やかな声で言った。


『ああ』


『すごかったね、あの人たち。こんなに強いとは思ってなかった』


『来るのは分かってた。ただ、俺の防衛が甘かった』


 シアが少し間を置いた。


『……でも、追い返せたよ?』


『今回はな』


 俺は二層の損耗状況を整理し始めた。強化オーク二体の喪失。コボルト六体の喪失。消費したDP、補充に必要なDP。


 計算は単純だ。現在の防衛力のままではいずれ突破される。


 改修が必要だ。


『ケンジ』


 シアがまた呼んだ。


『何だ』


『見直すんでしょ、配置』


『そうだ』


『じゃあ私も考えていい? 二層の通路、あそこの曲がり角、もう少し複雑にできると思う』


 俺は少し考えた。


 今日のシアは、俺の指示をきちんとこなした。オークの再配置もそれなりに上手くいった。


『言ってみろ』


 シアが話し始めた。


 俺は静かに耳を傾けながら、今日の防衛戦を整理し続けた。


 Eランクの現実は、思ったより手強い。


 だが今日分かったこともある。どこが甘かったか、どこが通用したか。


 次は同じ手に引っかからないよう、きちんと備えればいい。


 そこへシアが念話を入れてきた。


『ケンジ。あの人たち……また来ると思う?』


『来る』俺は即答した。『明日かもしれない』


 シアが少し間を置いた。


『じゃあ、今夜中に直す?』


 俺は一層目の配置を頭に浮かべながら答えた。


『ああ。手伝ってくれ』


---


DP残高:8,515P

配備戦力:ゴブリン×12体(強化2含む) 強化オーク×0体(2体喪失・未再生成) コボルト×2体(6体喪失・未再生成)

落とし穴×5か所 毒ガストラップ×1 火炎トラップ×1 宝箱×1

本日の収支:+600P(Dランク冒険者×4撃退) ゴブリン再生成2体:-20P 純増:+580P

現在のダンジョン規模:5層 推定ランク:E

課題:強化オーク・コボルトの喪失により2層の防衛力が大幅低下。冒険者向けの防衛設計への全面的な見直しが急務。次回来訪時に2層突破の可能性が高く、3層までの防衛ラインの再構築が必要。


続きを楽しんでいただけたら、ブックマーク・評価いただけると励みになります。


次話は明日の17:00に投稿します。

1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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