第14話_蓄積と準備
あの夜の気配は、翌朝になると消えていた。
その後十日間——小さな侵入者が断続的に来た以外は、表向き静かだった。だが俺は油断しなかった。
野生のコボルトが四回、合計十一匹。森の獣が二度、どちらも入口付近で追い払えた。奴隷狩りらしき人間が一度、二人組で来たが二層目まで侵入する前に撤退した。合計収入:約1,100P。
DP残高:11,900P。
それと、もう一つ変化があった。シアの権能の精度が、俺の予想より早く上がっていた。
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昼過ぎ、コボルト三匹が一層目に入り込んだ。俺が意識を向け直すより少し早く——一番の落とし穴が開いた。コボルトの一匹が落ちた。続けて二番が開いた。もう一匹が足を止めた。残る一匹が踵を返した。
シアが一人でやっていた。
『今の、お前がやったのか』
奥の空間でシアが顔を上げた。
「ケンジが別のことしてたみたいだったから」
『感知できていたか』
「三匹、入口から入ってきて、一番の穴の手前で少し迷った後に入ってきた。合ってる?」
合っていた。細部まで正確だった。
『いつからそこまで見えるようになった』
「最近は、ゴブリンの動きも何となくわかる。感情はわからないけど、どこにいて、どっちを向いてるかくらいなら」
俺は少しの間、その報告を処理した。
権能の訓練開始時、シアの感知は「何かいる」という程度だった。今は個体の位置と向きがわかる。一ヶ月でここまで来た。
『よくなっている』
「今日は褒めてくれるんだ」
『事実を言っている』
「わかってる」シアが少し笑った。
「ありがとう」
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その翌日、シアが採集から戻ったとき、少し考えこむ様子だった。
『どうした』
「人に会った」
俺の意識が鋭くなった。
「怖い人じゃない。行商人みたいな感じだった。荷物を背負って、一人で歩いてた」
『何を言われた』
「『この辺に洞穴があると聞いたんだが、見たことはあるかい』って」
噂が外まで届いている。予想より速い。
『何と答えた』
「『わたしも旅の途中で、通りがかりなので詳しくはわかりません』って。ここ最近は外に来る前にちゃんと服を整えるようにしてたから、そんなにおかしくは見えなかったと思う」
『相手の反応は』
「『そうか、邪魔したね』って言って行っちゃった。あんまり不審がってなかった」
俺は状況を整理した。行商人が洞穴の噂を持っているということは、近隣の村や街道にその情報が流れている。悪意を持った者が来る前に、ただの好奇心で来る者が増えてくるかもしれない。これは想定より少し早い段階での変化だ。
だが今は、別のことに意識が向いていた。
シアが一人で状況を判断して、適切に対処した。俺への相談なしに。戻ってから報告してきた。
その順番が、少し前と逆になっていた。
少し前なら、迷いながら帰ってきて「どうすればよかったか」と聞いてきただろう。今日は「こう対処した」という事後報告だった。判断が先に来るようになっている。
『よく対処した』
「えっ、珍しい」
『珍しくない』
「いや、珍しいよ。言い方が違う。いつもは『悪くない』とか『まあそれでいい』って感じなのに、今日は最初から『よく対処した』だった」
俺は自分の言葉を振り返った。確かにそうだった。
理由を考えたが、うまく言語化できなかった。
『……どちらでも意味は同じだ』
「意味は同じでも受け取り方が違う。でもいいよ、ありがとう」
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その夜、シアが眠ってから、俺は三層目の拡張計画を進めながら、ひとつのことを考えていた。
シアはもう、大概のことを一人でできる。
採集、外での対応、権能の行使、戦闘支援。どれも最初と比べて格段に変わった。怖がる前に考えるようになった。判断してから動くようになった。
これは一ヶ月前に俺が抱いていた目標に近い。
目標、というのは意識してそう設定したわけではなかった。ただ、コアとして動き続けながら、どこかで「この子が一人でも生きていけるようになれば」と思っていた。何かあって俺が動けなくなったとき、シアが路頭に迷わないように。そのくらいになればいい、という程度の、静かな目標だ。
近づいている。
ただ、近づいているということを確認すると同時に、また別の感覚もあった。
シアがいなくても俺は困らない。だがシアが俺なしで生きていける状態になることと、実際にそうなることは別の話だ。後者は俺が望まない。前者だけを望む。
それが保護者というものの仕事なのかもしれない、と俺は思った。「いなくても大丈夫」な状態にすることを目指しながら、「いなくなる」ことを望まない。その矛盾を矛盾とも思わず続けていく。
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翌朝、俺はシアに計画を話した。
『三層目を追加する。それと、今の戦力を整理して強化したい。Eランクの基準を調べたところ、三層以上が最低条件らしい』
「Eランクになると何が変わるの」
『冒険者ギルドにダンジョンとして正式認定される。来る者が変わる。奴隷狩りより、正規の冒険者の方が多くなる』
「それっていいこと?」
『交渉できる相手が来るということだ。今来る連中とは話ができない』
シアが少し考えた。
「じゃあ目指す価値はある。三層以上って言ったけど、何層まで増やすの?」
『最低でも五層だ。今のペースで三ヶ月以内に届く』
「結構かかるね」
『焦っても仕方がない。着実にやる』
シアが頷いた。それから少し間を置いて言った。
「ケンジって、ちゃんとゴールを持って動いてるね。いつでも次に何をするかが決まってる」
『計画しなければ動けない』
「わたしはいつも行き当たりばったりだったな」シアが言った。「ここに来る前は特に。次のことなんて考えられなかった」
『今は考えられているか』
「うん。今日何するか、明日何するか、それくらいは」シアが少し笑った。「ケンジのおかげかもしれない」
そういう言い方は、少し過分だと思った。俺がやったのは場所を提供して、権能を教えて、一緒にいただけだ。シアが変わったのはシア自身の力だ。
だがそれを言い返すより、黙っておく方が今はいい気がした。
『三層目は今日から着手する。手伝えるなら頼む』
「任せて」
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三層目の拡張を始めた。2,000P消費。DP残高:9,900P。
設計はシアと相談しながら決めた。今回は俺が案を出してシアが調整する形ではなく、シアが最初に「こうしたい」を持ってきた。二層目よりはっきりした意見だった。「迷路みたいにしたい」「でも行き止まりだらけにはしたくない」「モンスターが動きやすくて人間が動きにくい形」。
それを聞きながら、俺は少し前と比べて何かが変わったと感じた。
最初の頃、シアはこの洞穴を「ケンジのダンジョン」だと思っていた。自分はそこに住まわせてもらっている、という感覚が強かった。今は違う。設計を考えるときの話し方が、「私たちのダンジョン」を前提にしている。
それは、正確だ。
そして俺にとって、悪くない変化だった。
三層目の権能行使が完了した瞬間、シアが念話で言った。
『ケンジ、これで……Eランクに届く?』
俺は少し間を置いてから答えた。
『届く。あとは——冒険者が来るだけだ』
シアが黙った。その沈黙の意味は、俺にもわかった。
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DP残高:9,900P
配備戦力:ゴブリン×11体 落とし穴×6か所 宝箱×1
三層目拡張着手:-2,000P消費済み(※層追加コストは倍々:2層目1,000P・3層目2,000P・4層目4,000P)
現在のダンジョン規模:3層(三層目構築中) 推定ランク:E以下
Eランクまでの目安:あと1層(4層目:4,000P)・戦力増強でEランク達成見込み
今話の成果:シアの権能精度が想定より早く向上。外部対応を独立して実行。
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次話は明日の17:00に投稿します。
1日1話投稿の予定になります。
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