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第9章 Ep2:限界突破——あるいは、自分自身のリストラ

## 1. 成長の天井(シーリング)


 ネオ・スライムに瞬殺されてから三日。

 私は愚直にフィールドの端にいる「旧世代スライム(HP 500)」を延々と狩り続けていた。こいつだけは唯一、私の攻撃力999でもまともに倒せる。一撃で確殺。だが——


 『経験値を獲得しました:0 EXP』


 経験値が入らない。

 何度倒しても、何匹屠っても、レベルゲージは微動だにしない。


 『Level Max (99) - Experience gain disabled at level cap.』


 レベル99。旧バージョンの上限(キャップ)。

 この天井は、まるでコンクリートを塗り固めた防空壕の天井のように、私の頭上に重くのしかかっていた。


 「……経験値が入らないわ。何度やっても0」


 私は草原に座り込み、疲弊した声で呟いた。伝説の剣を地面に突き刺し、それに凭(もた)れかかる。

 三日間、ひたすら旧世代の雑魚を狩り続けた。合計で1万匹は倒したと思う。それでもレベルは99のまま。経験値バーの端に「MAX」の文字が居座り続け、数値は1ミリたりとも動かない。


 「そりゃそうだよ。旧キャップに到達してるんだから」


 マリエルが木の枝をポキポキ折りながら、淡々と説明する。彼女はこの三日間、私のように無駄な努力はせず、ひたすら情報収集に徹していた。


 「これ以上強くなるには、『限界突破(リミットブレイク)』が必要なの」


 「限界突破?」


 「うん。このシステムでは、キャラクターの同一個体を『素材』として合成することで、レベル上限が解放される仕組みになってるの」


 私は耳を疑った。一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


 「同一個体を……合成?」


 「そう。自分と全く同じキャラクターを重ねるの。1回重ねれば1凸(いちとつ)でレベル上限が10,000に。2凸で30,000。3凸で50,000。完凸(4回合成)すればレベル99,999まで解放される」


 「ちょっと待って。それって、『私』をもう一人見つけてきて、その『私』を素材にして、今の『私』に喰わせるということ?」


 「端的に言えばそうだね」


 マリエルがあっけらかんと頷いた。


 「……ドッペルゲンガーの共食いじゃない、それ」


 「ソシャゲのお約束だよ。通称『凸(とつ)』。コレクション欲を刺激しつつ、同一キャラの複数所持に意味を持たせることでガチャ回転率を上げる、極めて洗練された集金メカニズムだね」


 「洗練……?」


 「ゲーム開発者としては、という意味で」


 マリエルは枝を投げ捨て、軽い口調で恐ろしいことを言う。

 だが私には、その仕組みの「裏側」が見える。SE(システムエンジニア)として腐るほど見てきた、レガシーシステムの末路だ。


 「つまり、旧バージョンの私はもうこのままでは成長できない。新しい素材を合成しないと、永遠にレベル99のまま。インフレしていく世界に置いていかれる一方——」


 「そういうこと」


 これは、IT業界で言う「EOL(End Of Life)」だ。

 サポート終了。パッチ提供打ち切り。セキュリティアップデートなし。

 つまり私は、もう「保守対象外」のレガシーシステムなのだ。



## 2. 廃盤の恐怖


 「なるほどね。じゃあ、その『素材の私』を探しに行きましょう。ガチャで引けばいいんでしょ?」


 私は立ち上がり、気を取り直してガチャ画面に手を伸ばした。

 過去のループで何度も目にした、虹色に輝く召喚の円陣。これを回せば、もう一人の「レティシア」が出てくるはずだ。


 「無理だよ」


 マリエルが即答した。


 「……え?」


 「レティシア(旧Ver)は、もう排出停止になった『型落ちキャラ』だから。今のガチャプールからは二度と出ないの」


 ガチャ画面の「排出一覧」をスクロールする。

 R、SR、SSR、UR……何百というキャラクターのアイコンが並ぶ中を、私は自分の名前を必死に探した。

 ない。

 どこにもない。

 「レティシア・ノクターン」の名前は、排出テーブルから完全に削除されていた。


 代わりに、一覧の最後尾にこう書かれている。


 『※以下のキャラクターはVer 2.0アップデートに伴い排出を終了しました』

 『対象:レティシア(旧)、マリエル(旧)、他872体』


 872体。

 旧バージョンのキャラクターが、一斉に「型落ち」として廃盤にされている。


 「つまり、私は一生レベル99のまま。1凸もできない。インフレの波に置いていかれた化石ってこと……?」


 「うん。このままだと、そうなるね」


 マリエルの声に同情はなかった。

 いや、同情がないのではない。彼女もまた同じ状況なのだ。彼女の「マリエル(旧)」もまた、排出停止リストに名を連ねている。


 「じゃあ、どうすればいいのよ!? レベル99で打ち止め、経験値も入らない、凸もできない。詰みじゃない!」


 「乗り換えるしかないね」


 マリエルがガチャ画面をスワイプし、あるバナーを表示した。


 「『現環境(メタ)』に合わせた、新しい自分に」



## 3. 新世代(ニュージェネレーション)


 バナーに描かれていたのは——私だった。


 いや、正確には「私に似た誰か」だった。

 金髪。紅い瞳。ノクターン公爵家の紋章入りのドレス。それは確かに私の特徴だ。

 だが、その姿は今の私とは比べ物にならないほど華やかだった。背後には魔導回路のような蒼い光の翼が展開され、右手には見たこともない光輝く大剣が握られている。髪は風もないのに優雅にたなびき、瞳は宝石のように複雑な光を宿している。


 『★新登場★ UR [覚醒] レティシア・ラ・メル・フェルナン』

 『初期攻撃力:500,000』

 『スキル:オーバークロック・ドリル(全体攻撃+防御無視)』


 50万。初期攻撃力が50万。

 今の私の攻撃力が、全ステータスカンストでようやく999。

 レベル1の段階で、500倍の差がある。


 「レベル1で……500倍……!?」


 声が裏返った。


 「うん。これがVer 2.0仕様の新しい君。スキルにドリルって入ってるのが芸が細かいよね。運営、君のキャラ設定ちゃんと把握してるみたい」


 「把握してるくせに、誰よ『ラ・メル・フェルナン』って。私の家名はノクターンよ。姓まで勝手に新規実装しないでちょうだい」


 マリエルは呑気なことを言っているが、私の頭の中では嵐が吹き荒れていた。


 500倍。

 私がこれまで、八つの世界を渡り歩き、八回の死を乗り越えて到達したレベル99、攻撃力999という頂き。

 それが、新キャラの「初期値」にすら遠く及ばない。

 ゼロから始めた新人の初日のステータスが、ベテランの生涯の集大成を踏み越えていく。


 SE時代にも、同じ光景を見た。

 20年かけて習得したCOBOLの技術を持つベテランエンジニアが、Python3ヶ月目の新卒に「レガシーおじさん」と呼ばれる世界。あの時のベテランの背中の寂しさが、今なら痛いほどわかる。


 「悔しいけど、これが現実よ……」


 私は震える手でガチャ画面に触れた。


 「旧キャラに愛着を持って使い続けるのは、縛りプレイかマゾヒストだけ。……いえ、私は縛りプレイを愛する者だけど、さすがにこれは度が過ぎるわ」


 「じゃあ、引く?」


 「引くしかないでしょう。私が私をリストラするなんて、悪夢みたいな話だけど」


 私はガチャボタンに指を置いた。


 画面が暗転し、虹色の召喚陣が展開される。

 光の粒子が渦を巻き、天から一筋の光が降り注ぐ。派手すぎる演出。プレイヤーのドーパミンを最大効率で搾り取るために最適化された、計算し尽くされた視覚効果。


 光が弾けた。


 『UR確定!』


 画面の中央に、あの華やかな「新しい私」が立っていた。

 光の翼を広げ、大剣を構え、自信に満ちた微笑みを浮かべている。

 まるで、「やっと本当の私に出会えたわね」とでも言いたげに。


 私は、画面の中の「彼女」と目が合った気がした。

 同じ金髪、同じ紅い瞳。だが、纏うオーラが違う。彼女は生まれながらにして500倍の力を持つ、新時代の寵児だ。

 対する今の私は、八回もの死闘を経てようやく999に到達した、旧時代の遺物。


 「さようなら、昨日の最強だった私……」


 私は呟き、「編成変更」ボタンを押した。


 旧レティシアのアイコンがパーティ枠から外れ、代わりにUR [覚醒] レティシアが前衛に配置される。

 その瞬間、旧レティシアのアイコンは「控え」の最下段、埃を被った倉庫の奥底へとスライドしていった。


 (……ごめんなさい。八回分の私。あなたの戦いは、無駄じゃなかったと思いたいわ)


 新しい「私」のステータスが画面に表示される。

 レベル1。攻撃力500,000。


 レベル1なのに、旧時代のカンスト値の500倍。

 その理不尽な数字を前に、私は小さく、けれど確かに、歯を食いしばった。


 インフレの波に飲まれないために、自分自身を捨てる。

 これが、この世界で「生き残る」ということなのだ。


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