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第8章 Ep7:詫び石

## 1. 孤独な周回


 マリエルが家から出てこなくなってから、3日が過ぎた。


 フレンドリストの彼女の名前の横には『最終ログイン:3日前』の文字が表示されている。


 レティシアは何度も、マリエルのフレンド詳細ページを開いては、すぐに閉じていた。それは、友人の「死」を何度も確認しているような行為だった。


 確認しても、状況は変わらない。マリエルは来ない。


「……はぁ。一人だと効率落ちるわね」


 レティシアは一人でスライムを殴っていた。


 マリエルがいれば、的確な指示(という名の強制)でサクサク進むデイリークエストも、一人だとただの苦行だ。最適化されたパーティ構成を組んでいるはずなのに、何故か攻撃の手ごたえが鈍い。


 心の問題なのだろう。


 レティシアは冷徹な分析力で、その原因を理解していた。同時に、その理解は、彼女の心にさらなる重苦しさをもたらしていた。


「スライム第6体……残りHP15%……通常攻撃で倒す……」


 一人でつぶやきながら、ゲームを進めている。かつてのマリエルなら、『ここはスキルぶっぱでいいよ! 次のボス戦に石回復が間に合う!』という現金な判断を下すはずだった。


 だが、今は静寂だけが返ってくる。


 広場のベンチに座り、二人分のスペースがあるのに、一人で座っている。


「このまま引退しちゃうのかしら……」


 レティシアは空を見上げた。


 ドット絵で描かれた空は、何の奥行きもない。ただの2次元の背景画像。だが、その背景に、彼女は今、「虚しさ」という実在しないはずの感情を投影していた。


 爆死のショックは、計り知れない。


 レティシアも、マリエルと一緒に、その瞬間を見守っていたのだ。金色の玉が出た時の期待。そして、ギルバートが出た時の絶望を。


 所詮はゲーム。されどゲーム。


 本気で入れ込んでいた分、裏切られた時の反動は大きいのだ。それは、ソシャゲの運営による「完璧な設計」の産物だった。


 プレイヤーの感情を揺さぶり、期待させ、裏切ることで、さらなる「リベンジ課金」を促す。そのための演出。そのための確率。そのための、ガチャシステム。


 マリエルは、その完璧な仕組みの中で、無意識に、見事に、破壊されてしまった。


「マリエル……」


 レティシアは、フレンドリストを開く。


 相手のステータス画面には、まだ彼女のアバターが立っていた。『最終ログイン:3日前』。だが、その横には『オフラインメッセージ送信可』という項目も表示されている。


 レティシアは、メッセージ送信欄をタップした。


『久しぶりだね。今、一人でクエストをやってるけど、つまらないわ。早く帰ってきてよ。待ってるんだからね』


 送信ボタンを押す。


 メッセージは、彼女のオフラインメールボックスに格納された。相手がログインするまで、そこに眠り続けるだろう。


 何か、墓碑銘を読んでいるような気がした。


## 2. 緊急メンテナンス


 その時。


 画面が突然暗転した。


 強制的にタイトル画面に戻されている。システムエラーのような、唐突な割り込みだ。


『Emergency Maintenance』

『只今、緊急メンテナンスを実施しております』

『終了予定時刻:未定』


「えっ……メンテ?」


 レティシアは時計を確認した。午後3時15分。通常のメンテナンス時間帯ではない。これは「緊急」だ。


 ツイッター(のような情報ウィンドウ)を確認すると、運営からのお知らせが出ていた。


『【緊急メンテナンス開始】只今、致命的な不具合の修正およびサーバー機器のトラブル対応のため、緊急メンテナンスを実施しております。プレイヤーの皆様にはご迷惑をおかけし申し訳ございません。』


 『致命的な不具合』『サーバー機器のトラブル』。


 不穏な単語が並ぶ。レティシアは、元SE出身の直感で、それの意味を理解していた。


 この言葉は、単なる「バグ修正」ではない。


 それは、システムの根幹に関わるレベルの問題を暗示しているのだ。


「まさか……このままサービス終了(サ終)ってことはないわよね?」


 レティシアは不安になった。


 もしこの世界が終われば、自分たちはどうなるのか。


 オフラインの闇に消えるのか、それとも——別のゲーム世界にループするのか。最初の周回から続いてきた「ゲーム世界のサイクル」が、ここで終わるはずはない。だが、確実な保証はどこにもない。


 彼女は、フレンドリストを開いた。


 『最終ログイン:3日前』。


 マリエルは、この不安を知ることもなく、オフラインのままだ。


 もしもの時、マリエルに知らせる手段はない。


 その焦燥感が、レティシアの心を圧迫していた。


 待つこと1時間。待つこと2時間。


 やがて、夜になった。


 通常、このゲームは夜間にメンテナンスを行うことはない。24時間営業が「基本プレイ無料」の強みなのだから。


 だが、今回は違う。


 終了予定時刻は「未定」。つまり、いつまで続くか分からない。


 レティシアは、スマートフォンを握りしめたまま、時間を待った。


 午前0時を超える。日付が変わる。レティシアはまだ、画面を見つめていた。


 午前0時を超えてから、さらに数時間。その時、ようやく——


『メンテナンス完了』

『ログイン可能になりました』


 リロード画面が出現した。


 レティシアは、恐る恐るゲームへのアクセスを試みた。


## 3. 運営からの手紙


 恐る恐るログインする。


 タイトル画面から、通常のゲーム画面へ。


 世界はまだそこにあった。


 広場も、スライムも、ベンチも——すべてが無傷で存在していた。


 レティシアは思わず、深呼吸をした。


 だが、その直後、ゲーム画面に異変が起きた。


 受信箱(プレゼントボックス)に、赤い「新着」アイコンが点灯している。通常、お詫びアイテムを送られることはない。だが、緊急メンテナンスの場合は別だ。運営は、プレイヤーの時間損失に対して、アイテムで補填することが多い。


 恐る恐る、メールを開く。


『件名:緊急メンテナンスのお詫び』

『内容:ユーザーの皆様には多大なるご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。本件につきましては、運営一同、深く反省いたしております。つきましては、下記のアイテムをお送りさせていただきます。何かご不明な点がございましたら、お問い合わせください。』

『添付アイテム:魔法石 3,000個』


「さ、三千!?」


 レティシアは目を疑った。


 3,000個。


 それは、彼女たちが60日間ログインし続けてようやく手に入るはずの、血と汗と涙の結晶と同等の価値だ。


 毎日50個のログインボーナス。クエストクリア時のドロップボーナス。イベント参加による報酬。すべてを合算しても、1ヶ月で1,500個が限界。


 つまり、3,000個というのは、「2ヶ月間の生涯収入」に相当する。


「運営、気前良すぎない!? バグったの!?」


 これは異例だ。通常、メンテナンスのお詫びは、せいぜい500個程度。だが、3,000個というのは、あまりにも太っ腹すぎている。


 何か、起きているのだろう。運営側で。


 だが、その理由が何であれ、これは現実だ。3,000個の石が、レティシアの手元に、今この瞬間に到達した。


 その直後だった。


 **『ピロン♪』**


 友人ログイン通知の音。


『System: Friend [Mariel] has logged in.』


「え?」


 まさか。


 光の粒子と共に、目の前に見習い聖女のアバターが出現した。


 金色の髪。きらきらとした大きな目。聖女らしい衣装。その表情には、今しがた「絶望から復活」したばかりの、歓喜の光が宿っていた。


「詫び石!? 詫び石3000個ってマジ!?」


 マリエルだ。


 ついさっきまでの引退ムードはどこへやら、現金な笑顔で飛びついてきた。


 3日間の沈黙。3日間のオフライン。3日間の絶望。すべてが、この一つのメールで、一瞬にして吹き飛んでしまった。


「ちょ、マリエル! 心配して損したわ! 石が配られた途端に戻ってくるなんて!」


 レティシアは、同時に安堵と呆れを感じていた。


 マリエルは、友人の懸念を無視して、受信箱の石をインベントリに追加した。ガチャに必要なリソースは、この一瞬で、彼女の手に握られたのだ。


「当たり前だよレティシア! これはただの石じゃない。運営がくれた『リベンジの機会(チャンス)』だよ!」


 マリエルの目に、再び狂気(ギャンブル)の炎が宿る。


 詫び石3000個。


 それはすなわち、もう一度「10連ガチャ」が引けることを意味していた。


 かつて前の周回で、二人は「運命に逆らう」ことを誓った。だが、この瞬間、マリエルの心は、その誓いなど忘れて、新たなギャンブルへと飛び込もうとしていた。


 レティシアは、それを見て、ため息をついた。


「マリエル……あなたは本当に……」


 だが、その言葉は、自分自身への批判でもあった。


 彼女とて、この3,000個の石の到着を心待ちにしていたはずなのだ。マリエルが戻ってくることを。そして——


 彼女も、このリベンジの機会に、ほんの少しの期待を感じていた。


 ソシャゲの完璧な設計の前では、誰もが無力なのだ。


 たとえ、その本質が「搾取」であると分かっていても。



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