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第8章 Ep3:ログインボーナス

## 1. 朝のファンファーレ


 日付が変わった瞬間。現実世界でいえば、深夜0時である。


 レティシアとマリエルは、この『ソシャゲ空間』の中で眠っていなかったが(そもそも『眠り』の概念がこの世界に存在するかも怪しい)、何かの『切り替わり』を感じた。


 ビッビッビッ!


 脳内に直接響く、けたたましい電子音。


 それは『ゲーム内の朝』を知らせるファンファーレだ。


 ドーン!


 システムメッセージが大きく表示される。


『Login Bonus!』

『Day 1 of Your Adventure!』


 目の前にスタンプカードが現れた。まるで、スターバックスのポイントカードのようなデザインだ。


『[□□□□□□□□□□]』


 1日目のマスに、ピンク色の「ポンッ」とスタンプが押された。


『Reward: 魔法石 50個』


『毎日ログインして、限定報酬をゲット!』

『7日目:魔法石 500個!』

『30日目:SSR確定チケット!』


 レティシアが叫んだ。


「お金よ! 石が貰えたわ!」


 昨日のチュートリアルで、この石こそが命(行動力)であり力(ガチャ)であることを学んだ。50個という数字は、彼女には『富』に見えた。


「50個もあれば、いい装備が買えるんじゃない?」


 レティシアは期待に目を輝かせた。


 しかし。


「…………ごめんレティシア。いいにくいんだけど」


 マリエルが申し訳なさそうに言った。


 その声色から、『悪い知らせ』が来ることが分かった。


「何かしら」


「10連ガチャ1回、石3,000個なんだ」


 沈黙。


「…………は?」


 レティシアの脳は、その数字を処理しようとした。しかし、その数字のあまりの大きさに、処理が停止した。


「3000……個?」


「そう。10回連続でガチャを引くのに、3000個必要。つまり、今日貰った50個は、その1/60」


## 2. 時間を売るか、魂を売るか


 レティシアは、頭の中で計算機を回転させた。彼女は元SEだ。数値計算など、瞬時にできる。


『1日:50個』

『10連1回:3,000個』


「…………60日?」


 その数字は、決してスマートではない。確かに、2ヶ月でガチャが1回引ける。だが、それは『実に長い期間』だ。


「10連を1回引くのに、2ヶ月も毎日ログインしなきゃいけないの?」


「そうだよ。そしてそれは『確定の出現率ではない』。つまり、3000個貯めて10連を引いても、強いキャラが出る保証はない」


「保証がない……?」


「SSRの出現確率は3%。その中で『ピックアップ対象』の確率は0.7%。つまり、期待値としては……」


 マリエルも計算に入った。


「0.7%の確率で当選する。裏を返すと、99.3%の確率で『ハズレ』。つまり、1回の10連で当選する確率は、宝くじ並みだ」


「では、『確実に当選させる』には?」


「『天井』という仕組みがある。300連(90,000個)引けば、確定で最高レアが出る」


 レティシアは絶句した。


「300連…………900……000」


 90,000個。


 1日50個で……


「1,800日」


 それは。


「……5年?」


「そう。天井まで貯めるなら、えーと…………5年くらい」


 現実が突きつけられた。


「正気じゃないわ! 私たちの寿命が尽きるわよ! 乙女ゲームの周期は最長でも1ヶ月くらいだったのに、このゲームは『5年で1キャラ確定』ですか!?」


「それが『基本プレイ無料』の対価だよ。時間をかけるか、お金(リアルマネー)を入れるか。どちらかを選ばなきゃいけないの。ゲーム側はね、『絶対に両方は許さない』という設計思想で、このゲームを作ってるんだ」


 レティシアは天を仰いだ。


『無料ほど高いものはない』


 その言葉の意味を、身を持って理解した。


 無料だから、その『代金』は『時間』として搾取される。

 無料だから、その『代金』は『課金願望』として吸い上げられる。

 無料だから、その『代金』は『プレイヤーの人生』として消費される。


「では、課金すればいいのですか?」


「そうだね。でもレティシア、君は『無課金の意地』で前のループを越えたでしょ?」


 マリエルが指摘した。


 前章のサバイバルゲームで、レティシアは『資源を無駄にしない』『自分たちで工夫する』という意地で、世界を攻略した。


「…………一概には言えませんね。これは単なる『努力』では越えられない、『システムの壁』です」


## 3. 日課(デイリー)という名の労働


『Daily Mission Updated!』


 さらに、新しいウィンドウが開く。


『毎日クリアすると報酬をゲット!』


『Daily Missions』


『- [ ] スライムを10体倒す(報酬:魔法石 5個)』

『- [ ] クエストを3回クリアする(報酬:魔法石 10個)』

『- [ ] キャラクターを1回強化する(報酬:経験値)』

『- [ ] ショップで1回購入する(報酬:ポイント)』


『全てクリアボーナス:魔法石 30個』


 レティシアが叫んだ。


「またスライム? 昨日も倒したじゃない。というか、朝になったら『報酬が全部リセットされた』という意味ですか?」


「そう。『デイリー』は毎日同じことを繰り返すのが仕様」


「飽きませんか?」


「飽きるとかじゃないの。歯磨きと同じ。毎日歯を磨かないと、歯が腐って落ちるでしょ? このゲームも同じ。毎日デイリーをやらないと、他のプレイヤーに差をつけられて、ランキングで追い抜かれちゃう」


 マリエルの目は死んでいた。


 それはゲームを楽しんでいる目ではない。


 それはシステムに飼い慣らされた、『アクティブユーザー』の目だ。


 彼女は続けた。


「スマートフォンゲーム的な快感ってのは『進度が上がる喜び』『報酬をゲットする喜び』にある。だけど、それは『ゲームを楽しむ』ことではなく『目標達成の快感』に脳が反応してるだけ。脳科学的には『報酬刺激による中毒』と同じ。つまり、あたしたちは『薬物中毒者』と同じ脳状態になってる」


「つまり、『楽しい』というより『やらないと気持ち悪い』という感覚ですね」


「その通り。そういった『習慣化』を科学的に設計したのが、このソシャゲというゲームジャンルだ」


 レティシアはメニュー画面を眺めた。


『Menu』

『- Quest(クエスト)』

『- Daily Mission(デイリー)』

『- Guild War(ギルド戦争)』

『- Event Quest(イベント)』

『- Gacha(ガチャ)』

『- Shop(ショップ)』

『- Settings(設定)』


 『毎日やることリスト』が、これだけ用意されている。


 その全てを『毎日』こなさなければ、報酬を逃す。

 報酬を逃せば、他のプレイヤーに追い抜かれる。

 追い抜かれれば、ランキング報酬を失う。

 報酬を失えば、課金への誘引が強くなる。


「これは…………『完全な悪循環』ですね」


「そうだよ。『楽しむゲーム』じゃなくて『費やすゲーム』。『時間と金を吸い上げるシステム』だ」


 マリエルは虚ろな目で立ち上がった。


「さあ行こうレティシア。スタミナが漏れちゃう前に消費しないと」


「…………漏れ……?」


「スタミナが自然回復している。つまり、『使わない時間』が『損失』に感じられるようになる。ゲーム的な快楽中毒に陥らせるための仕組み。つまり、プレイヤーは『常にスタミナをフルで使う』という義務感に駆られる。それが『アクティブ』の定義」


「狂っています」


「そう。このゲームジャンルは『狂っている』。だけど、それが人間の『欲望と習慣の弱さ』を巧みに利用した、『最強の搾取ビジネスモデル』だ。だからこそ、世界で最も売上を上げてるゲームジャンルなんだ」


 二人は虚ろな目で、昨日と同じ草原へ向かった。


『Quest: Field 1-1 - Slime Forest』


『敵:Slime × 10』


 昨日と同じスライムを。

 昨日と同じコマンドで。

 昨日と同じ単調さで。


 叩き続けた。


『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』

『Damage: 1』


 そこに冒険のワクワク感は、微塵もなかった。


 ただ『義務的に』『報酬目当てに』『システムに従って』


 レティシアはボタンを押し続けた。


『Reward: 魔法石 5個』


 画面に表示される報酬を見て、彼女は何かが『欠落している』ことに気づいた。


 それは『喜び』だ。


 5個の石を手にしても、嬉しくない。

 なぜなら、それは『3000個への到達』には、ほぼ影響しないからだ。


「そっか。ゲームって本来は『成長を感じる喜び』が重要なはずなのに、このゲームは『成長の感覚を完全に麻痺させてる』」


 レティシアは呟いた。


「毎日50個貰ったって、『3000個への進捗』は約1.6%。数字としては『増えてる』のに、『成長している』という感覚がない。だから『虚無』になる」


 つまり、それはゲームではなく『数字を動かす作業』だ。


『ゲームなのに楽しくない』


 そのパラドックスが、レティシアの心を蝕み始めていた。


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