第8章 Ep1:リセマラ
## 1. 運命の回転
真っ白な空間。
音がない。光すらない。
レティシアが瞼を開きかけたとき、突然——ピンッ!——という甲高い電子音が耳朶を刺した。
視界がチラつく。
フレーム落ち? いや違う。ローディング画面だ。青い進捗バーが、ゆっくりと右に進んでいく。
『Loading...』
『●●●●●●●●●●』
「何が起きて……」
言葉を発した瞬間、景色が一変した。
光。
まばゆい、ネオンカラーの光。
レティシアが目を開けると、目の前に巨大な「ガチャ筐体」が鎮座していた。これまで経験した乙女ゲーム、サバイバルゲーム、王妃戦争——全てを遥か後ろに追いやるような、本当に「ゲーム的な」装置である。
筐体はメタリックシルバーで、側面に無数のLEDが埋め込まれている。正面の大スクリーンには、キラキラと光のエフェクトが踊り、『WELCOME TO GACHA!』というテキストが脈打つように点滅していた。透明のレバーの中には、色とりどりの玉が詰まっている。まるで、子どもが喜ぶゲームセンターの景品回収機のように。
前章の岩盤破壊による強制終了から復帰した世界は、どうやら完全に別ゲームになってしまったらしい。
「レティシア、ここどこ?」
マリエルの声が聞こえた。彼女は右側に立っており、筐体の前で首を傾げている。背景をよく見ると、他にも無数のガチャ筐体が整列していた。それはまるで、ゲームセンターの光景である。
『Welcome to 8th Loop!』
『ガチャはゲームの全てです』
『まずは初回無料ガチャを引いてください』
「……嫌な予感がするわ」
レティシアは違和感を覚えた。これまでのループで彼女が学んだのは、『世界が新しくなるたびに、その世界のルールが優先される』ということだ。今、このソシャゲ的な世界観が完全に適用されているのだとしたら……
「引かないと始まらないよ、レティシア。ソシャゲは最初の10連が命だからね。SR以上が出れば、もう勝ったようなもんだよ!」
マリエルの声に僅かな興奮が混じっている。彼女はゲーマーだ。新作ゲームへの適応は、レティシアより遥かに早い。
「ちょっと待ちなさい。ここにいる時間は限定されているはずよ。情報を整理してから——」
「でもここで何もしなければ、ゲームは進まないよ」
その通りだ。
レティシアは深呼吸した。
落ち着け。自分たちは既に7周のループを経験している。乙女ゲーム、ダンジョン、信仰ゲーム、恋愛ゲーム、カードバトル、クイズ、そしてサバイバルゲーム。どの世界でも、彼女たちは最後には適応し、突破してきた。
「……わかったわ。引きましょう」
二人は(今は普通の手に戻っている)、ガチャのレバーを握った。
レバーの感触は硬い。まるで本物のアーケード機のようだ。
「では、参ります」
レティシアが息を整えて、強く引き下ろした。
ゴロン。
ゴロン。
ゴロン。
筐体内の玉が、機械的に回転する。エフェクトが光り、BGMが上昇する。その光学的な演出は、まるで本当に何か重大な出来事が起ころうとしているかのようだ。それは、プレイヤーの期待心を最大限に煽るための仕組みだ。
そして——ピン!——
筐体の下部に玉が落ちてくる。
レティシアの玉は、地味な**青色**。
マリエルの玉は、少しマシな**銀色**。
フレーバーテキストが表示される。
『Result: [N] 村娘A(戦力外)』
『Rarity: COMMON』
『Status: HP12 / ATK3 / DEF1 / MAG2 / SPD1』
『Result: [R] 見習い聖女(微妙)』
『Rarity: RARE』
『Status: HP15 / ATK4 / DEF3 / MAG8 / SPD4』
沈黙。
レティシアは画面を凝視したまま、動かなくなった。
「はぁぁぁ!? N!?」
やがて、怒声が響き渡った。
「N!? つまり、最低レア度ですか!? 私は、以前は『公爵令嬢』『聖女候補』『王妃』……様々な立場を経験してきたのよ!? なぜ今、『村娘A』などという、モブキャラ以下の身分に貶められなければならないのか!?」
「あーあ、Rかぁ……。まあ、初回だからね。何もない状態よりはマシか。せめてSRは欲しかったなぁ……」
マリエルの声には、既にして諦めが混じっていた。
排出されたアバターは、見るからに低予算な「村娘の服」と「見習いのローブ」だった。色褪せた布地、素朴な縫製、どこにも装飾がない。それは、乙女ゲーム的な華麗さや、ゲーム的な豪奢さなど、微塵も感じさせない。まさに『モブキャラ』としか言いようがない出立である。
ステータス画面を開くと、レティシアの項目はすべて「G」か「F」。戦闘力の下から数えた方が早い。これはもう『プレイ可能なキャラ』ではなく『最初に用意された弱い敵』レベルだ。
「なぜこんなことに……」
レティシアはメニュー画面をタップした。各種機能が表示される。その中に、大事な選択肢を探す。
「『リスタート』『リセット』『やり直し』……どれでもいいから、この不条理から逃れる手段を……!」
## 2. リセマラ不可
「やり直しよ! リセットボタンはどこ!?」
レティシアが叫ぶ。
その指が、アカウント設定のメニューを開く。
しかし、メニュー画面の「アカウント削除」ボタンには、不吉な警告文が浮かぶように表示されていた。
『Warning: 全てのセーブデータが消去されます』
『⚠️ IMPORTANT ⚠️』
『過去の記憶も完全に消滅します』
『この世界で経験した全ての知識は失われます』
『あなたは再び無垢な新人プレイヤーとなります。』
『本当によろしいですか?』
「……記憶が消えるのはまずいよ」
マリエルが身を乗り出してきた。彼女の表情は真剣だ。
「攻略情報まで失っちゃう。それどころか、あたしたちがループしてることも忘れちゃうんだ。そしたら、この村娘のまま、一生を終えることになるよ」
レティシアは奥歯を噛みしめた。
その通りだ。自分たちはループしているからこそ、強くてニューゲームができていたのだ。記憶を消してしまえば、ただの無力な村娘として、この理不尽なソシャゲ世界の奴隷となり、一生を終えることになる。
「くっ…………この『クソ雑魚ボディ』で始めるしかないの…………?」
レティシアはウィンドウを閉じた。もう後戻りはない。
不承不承、彼女は受け入れることにした。
「つまり、今回のループは『このステータスでスタートする』ってわけね。前のループでは石を全部失ってたし、何か法則があるのかもしれない。メモに記録しておきましょう」
マリエルは既にノートを取り出していた。彼女はゲーマーらしく、各ループの『初期条件』を記録する癖がついている。
「では、この世界の『システム』を理解することから始めましょう」
レティシアが意を決した時、再び電子音が鳴り響いた。
『Your Adventure Begins Here!』
『Let's Start Your Quest!』
## 3. スタミナの呪い
「とりあえず、情報収集に行きましょう」
レティシアが一歩踏み出した。
ピロン♪
『Stamina: 4 / 5』
その瞬間、レティシアの体は鉛のように重くなった。筋肉に違和感が走り、脚が明らかに緩慢な動きになった。
「何が……? 何かが……」
もう一歩踏み出す。
ピロン♪
『Stamina: 3 / 5』
「ちょ、ちょっと! 歩くだけで何かが減っていくんだけど!? 何このシステム!?」
マリエルが急いで詳細情報を開く。
『Help Menu』
『全ての「行動」には「スタミナ」を消費します』
『スタミナが0になると、行動不能状態に陥ります』
『回復手段:』
『1. 自然回復(30分につき1ポイント回復)』
『2. 「魔法石(課金アイテム)」を使用することで即座に5ポイント回復』
レティシアはその情報を読むたびに、顔面が蒼白になっていった。
「最大値が5しかないのに、30分に1回復? つまり……」
早速、電卓を出した。彼女はプログラマーだ。数値計算など容易い。
「スタミナ最大値5。自然回復は30分で1。つまり、一日24時間で、最大でもスタミナの自然回復は……48回復ってわけね。そしてこのゲームでクエストを1回やるのに、おそらく2~5のスタミナが必要。すると、一日にできるプレイ時間は……最大でも10分程度ですか」
「えぇ!? 一日10分!?」
「自由な移動も、探索も、努力すらも許されない」
レティシアは絶望した。
「ここは『課金(石)』こそが全ての、地獄のソシャゲ世界だったのだ。我々は『時間を奪われた囚人』。そして、その時間を買う唯一の手段が『現実の金銭』……」
その時、背景が目に入った。
ガチャ筐体の奥に、他のプレイヤーたちが何人も座っている。彼らはスマートフォンを片手に、虚ろな目で画面を見つめている。時々、スマートフォンから悲鳴や歓声が聞こえるが、その顔には喜びや悔しさではなく、『義務感』と『虚無』しか映っていない。
「あの人たち……」
「『アクティブユーザー』だよ。毎日ログインして、スタミナが尽きるまでプレイして、さらに課金して……の繰り返し。いわば、このゲームの『歯車』だね」
マリエルも不安そうに呟いた。
「あたしたちも、そっち側に堕ちるのか……?」
レティシアは前を見据えた。
「いいえ。我々は、前のループで『協力体制』を確立した。そして『ループ』の知識がある。ならば、この世界でも『システムを破壊する方法』を見つけるしかない。ただし……」
彼女はメニュー画面をもう一度開いた。
『Menu』
『- Gacha』
『- Quest』
『- Home』
『- Shop』
『- Settings』
「……メニュー画面からしか世界に干渉できない。つまり、『現実のデバイス』が必要だ。スマートフォンのような……」
かくして、二人は『最も理不尽な世界』への冒険を始めることになったのである。




