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第7章 Ep10:TNT

## 1. サーバーの核(コア)


 虚無(ヴォイド)とは、何か。


 それは、データがない空間。座標軸すら怪しい領域。通常のゲーム世界の『背景ファイル』として存在する、むき出しのプログラム空間だった。


 二人が落ち続けて、どの程度の時間が経過したかは不明だ。時間という概念がこの空間に存在するのか、さえも疑問である。


 だが、やがて『何か』が見えた。


 不自然に浮遊する、岩盤の立方体だった。巨大な立方体。それは、通常のブロック単位では表現できないほどの大きさで、虚無の中に静かに存在していた。


「あれが……」


 レティシアは見上げた。その視線が向かう先には、システムの最深部。管理者領域。あらゆる『ゲーム仕様』を統括する、世界の『心臓部(コア)』だった。


「この世界の心臓部(コア)ね」


 その岩盤の立方体は、あらゆる物理干渉を受け付けない。絶対不可侵の領域。管理者権限によって『触れることを許さない』設計になっていた。


「あれが、このクソゲーの核かぁ……」


 マリエルが呟く。その瞳には、怒りと決意が同時に存在していた。


「殴っても壊れない。ピストンでも動かせない。爆発判定も無視される。完全にロックされてる」


 マリエルはツルハシを投げ捨てた。その音はしない。虚無に投げ捨てられたツルハシは、どこかへ消えていく。


「物理的破壊は無理みたいだね」


「なら、どうするの?」


 レティシアが問い返した。この状況は絶望的だ。ボスを倒しても出口がなく、岩盤を破壊しても壊れず、そして今は、世界そのものの『核』を前にしている。


 その時、マリエルの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。


「処理落ち(ラグ)で落とす」


 その笑顔は、最初の周回で領都を火の海にした時と同じ、『破壊者』そのものの笑顔だった。


「『処理落ちで落とす』?」


「このチャンク(区画)に、処理しきれないほどのエンティティ(実体)を発生させる」


 マリエルは説明を続けた。その理論は、システムエンジニアの視点からも全く成立するものだった。


「サーバーの負荷を最大化させて、強制的に処理能力を上回らせる。すると、システムが異常を検知して、強制終了する。つまり、『サーバーダウン』だね」


「あ……なるほど。」


 レティシアも理解した。それは『ハッキング』というより『DDoS攻撃(分散サービス妨害)』だ。システムに無理な処理を押し付けることで、その正常動作を不可能にする。


「このチャンク内に、数千、数万のエンティティを発生させれば、サーバーの計算処理能力は限界を超える。そしたら、システムは『もう管理できない』って判断して、自ら崩壊する」


「つまり、世界そのものを『道連れ』にするってことね」


「そういうこと。やりましょう」


## 2. 芸術は爆発だ


「レティシア、回路を組んで。あたしが持ってる最強の『TNT無限増殖機』の設計図を教えるから」


 マリエルがインベントリを漁り始めた。


「……貴女、なんでそんな凶悪な知識を持ってるのよ」


 レティシアは呆れと感心が半々だった。


「走者としての基本知識だよ。この世界の仕様を完全に理解するには、『最悪の使い道』も知ってないとね」


 マリエルの説明は、単なる『テクニック集』ではなく、『システム破壊の完全マニュアル』だった。


 だが、レティシアの手は早かった。


 粘着ピストン。スライムブロック。ディテクターレール。そして、何本ものレッドストーンワイヤー。


 それらを組み合わせて、彼女は『TNT無限増殖機』を構築した。それは、マイナーな回路技術だけでなく、『システムバグの徹底利用』を前提とした、悪魔的な装置だった。


 その仕組みは、こうだ。


 ディテクターレール上を、カートが移動する。そのカート上のTNTが、ピストンの力で弾き出される。その弾き出された瞬間に、また新しいTNTが生成される。このループを無限に繰り返す。その結果、TNTが消費されることなく、無限に『起爆』を続けることができるのだ。


「完成した」


 レティシアが宣言した。その回路は、確かに『完璧』だった。


「いくよ!」


 マリエルが回路のスイッチを入れた。クロック回路に電力が流れ、全てのピストンが同時に動き始めた。


「クロック回路接続!」


 ガシャンガシャンガシャン!


 凄まじい勢いで回路が動き出した。一秒間に数十個のTNT(着火済み)が、虚無の中へと投下される。


 投下されたTNTたちは、ただの『岩盤の立方体』へと降り注ぐ。


 シュシュシュシュシュ……


 引火音。何千ものTNTが、一斉に爆発を開始する。


 ドォォォォォォォォン!!


 爆発のエフェクトが重なりすぎて、視界が真っ白になる。虚無自体が、光の海に変わる。爆風が全方向へと拡散し、『岩盤の立方体』を包み込む。


 だが、装置は止まらない。


 次々と新しいTNTが生成され、爆発の連鎖が終わらない。その連続性は、もはや『爆発』というより『恒常的な波状砲撃』だった。


「続けて! もっと!」


 レティシアが叫ぶ。その声は、エンジニアのそれになっていた。最大効率での破壊。最適化された爆破。すべてが計算づくの、純粋な『システム破壊』だ。


 マリエルはさらに回路を並列化した。複数のディテクターレール。複数のカート。複数のピストン。


 その結果。


 1秒間に数百個のTNTが起爆する。


 ドォォォォォォォォォォォォン!!!


 もはや音は『ノイズ』と化していた。爆発音が重なりすぎて、単一の音ではなく、不快なホワイトノイズになる。


 画面(視界)は完全にフリーズしていた。爆光と爆風で、何も見えない。ただ、『破壊が続いている』という感覚だけが存在する。


## 3. サーバーダウン


『Warning: Entity count exceed 10,000』


『Warning: Entity count exceed 50,000』


『Warning: Tick skipping detected』


『Warning: Memory usage critical』


 空に警告ログが、次々と流れていった。システムの悲鳴が、可視化されている。


「まだよ! もっと! もっと負荷をかけて!」


 レティシアはさらに回路を追加した。複数のチャンクに渡る、超高密度な爆弾工場。彼女は、もはや『プレイヤー』ではなく、『敵』になっていた。


 世界に対する、敵。


 システムに対する、テロリスト。


 その意識は、完全にマリエルのそれと一致していた。


 1秒間に数百個のTNTが、1秒間に数千個へ。1秒間に数万個へ。


 ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!


 もはや爆発は『爆発』ではなく、虚無そのものが『燃える』かのような光景だった。


『Warning: CPU usage: 100%』


『Warning: CPU usage: 150%』


『Warning: CPU usage: exceeds maximum threshold』


 警告はもはや『警告』ではなく、『絶望の叫び』へと変わっていた。


「やった……止まった……」


 マリエルが呟いた。


 その瞬間、全ての音が消えた。


 爆発音もノイズも、何もかも。虚無は静寂に包まれた。動かない世界。フリーズした宇宙。全てが停止している。


 それは——サーバーの死だった。


『System Error: Out of Memory.』


『System Error: Stack Overflow.』


『System Error: Data Corruption.』


『Server is shutting down...』


『10...9...8...7...6...5...4...3...2...1...』


 カウントダウンが始まった。システムが、最後の弔いを行っている。あるいは、『絶望のカウント』かもしれない。


 プツン。


 画面が暗転した。


 四角い体も、岩盤も、爆発も、虚無も、全てが闇に消えていく。


 何もない。


 ただの黒。


 世界は、完全に失われた。


## エピローグ


 暗い虚無の中で、マリエルが呟く。


「さよなら、クソゲー。次はもっとマシな世界で会いましょう」


 その言葉は、このサバイバル世界への、最後の別れの辞だった。


 同時に、レティシアも静かに呟く。


「本当に……色々なことがあったゲームね」


 彼女たちは、このサバイバル世界で多くのことを学んだ。レティシアは『インフラ構築者』として、自動化帝国を築き上げた。マリエルは『RTA走者』として、システムの欠陥を徹底的に突き詰めた。


 そして何より。


 二人は『協力』することの価値を学んだ。


 秩序と混沌。インフラと破壊。論理と直感。その両立は、最初は『戦争』だったが、やがて『協力』へと変わった。


 そして、その協力の結果が『世界の破壊』であるという、何ともゲーム的な皮肉。


 この周回も、これで完結。


 二人のテロリストの手によって、サバイバル世界は物理的に(ハードウェア的に)破壊された。


 彼女たちの全ての業績は、今や『歴史』ではなく『データ』でもなく、完全に『無』へと帰した。


 レッドストーン回路による自動化帝国も、TNT無限増殖機による超兵器も、全て消える。


 だが、その『消える』ことも含めて、彼女たちの『世界改変』戦争は、完全にして完璧な「勝利」だったのかもしれない。


 次の周回では、新しいゲーム世界が待っている。


 また異なるルール。また異なる敵。また異なる絶望。


 だが、今度は。


 二人は一緒だ。


(第7章 完)


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