第7章 Ep4:自動化への目覚め
## 1. 赤い粉との邂逅
拠点の作業台の前。
マリエルは、ブランチマイニングの成果物を整理していた。鉄鉱石、石炭、ラピスラズリ——各種リソースが、インベントリ内でスタック(積み重ねられ)ていく。
その中に——
大量の「赤い粉」があった。
レッドストーン。その名前さえ、マリエルは知っていた。だが、RTA攻略では不要な「ゴミ」として認識していた。
「あー、この『レッドストーン』、インベントリ圧迫するんだよね。ぶっちゃけ、RTAじゃ使わないし、捨てていい?」
マリエルは、その赤い粉をぽいぽいと地面に落とし始めた。
「待ちなさい」
レティシアが、その動作を止めた。
彼女の目が、急速に変色した。いや、正確には「フォーカス」が変わった。
SE時代のコードレビューに没頭するときの、あの「モード」に変わったのだ。
地面に撒かれた赤い粉が、微弱な「信号」を放っていることに気づいたのだ。
「これ……信号を伝達しているわね」
レティシアは、その粉を仔細に調べた。
粒一つ一つが、ほんのかすかな赤色を発していた。それは単なる「光」ではなく、何か「構造化された情報」を放っているように見える。
彼女はレッドストーン松明を手に取った。その松明を、粉の流れ(パターン)の末端に置くと——
松明の明滅と同期するように、粉の光り方が変化した。
パチンッ。パチンッ。パチンッ。
その反応は、規則的だった。
「0と1……」
レティシアの声が、かすかに震えていた。
「これは魔法じゃない。論理回路よ」
## 2. SE魂の覚醒
その瞬間——
レティシアの脳内で、何かが「ブート」した。
「えっ、ちょっと待って。これってもしかして」
マリエルが問いかけたが、レティシアはもう彼女の声を聞いていなかった。
彼女の両眼が光り始めていた。それは狂気に満ちた光だ。いつかの周回で「魔導インターネット」を構築した時の、あの「SE魂の覚醒」が、ここで再現されようとしていたのだ。
「ノット回路……オア回路……パルサー回路……」
レティシアの手が、高速で動き始めた。
地面に、レッドストーンダストを撒く。その上にレッドストーンリピーター(中継装置)を配置する。ピストンを設置する。観察者ブロックを配置する。
その過程で、彼女の脳内には「ゲーム」の概念が、すべて「コンピュータ」に上書きされていった。
ピストン=アクチュエータ(機械的動作装置)
レッドストーン=電気信号
オブザーバー=センサー
ホッパー=データストレージ
それらを組み合わせることで——
完璧な「自動化システム」を構築できるのだ。
「NOT回路を基本に……。そこにAND、OR、XORを組み合わせて……」
複雑怪奇な幾何学模様が、地面に描かれていく。
それは「美しい」というより「怖い」と言った方が正確かもしれない。数学的完璧性がここに体現されていた。
「え、なにこれ。怖い。地面が勝手に動いてる——」
マリエルが、恐る恐る呟いた。確かに、地面に配置されたピストンやリピーターが、パチパチと音を立てながら動き始めていたのだ。
それは「生命を持つ機械」のそれに見えた。
「見ていなさい、マリエル」
レティシアの声は、もはや「人間」のそれではなかった。完全に「開発者モード」に突入していた。
「これが『文明』よ。人間が人間を超える瞬間。人力から自動化へ。この転換こそが、全ての進歩の源なのよ」
## 3. 自動化機械の構築
数時間が経過した。
拠点の隣に——
巨大なプラント(工業施設)が出現していた。
その外観は、到底「ゲーム」の産物とは思えない。複雑に入り組んだレッドストーン回路。規則正しく動くピストンの群。水流が制御される枝管。そしてそのすべてが、一つの「目的」に向かって最適化されていた。
全自動小麦収穫機。
仕組みは、このようなものだ——
育った小麦の上に、水流を流す。水流が小麦を押し流す。その過程で小麦ブロックは自動的に破壊される。破壊された小麦アイテムは、さらに下流の水流に押し流され、ホッパー(漏斗型のデータ収集装置)に流れ込む。ホッパーがアイテムを自動で吸い上げ、その下のチェスト(ストレージ)に自動保存される。
そしてその全過程が、クロック信号(一定時間ごとのパルス)で自動制御されていた。
**ガシャン! ガシャン! シュゴォォォ!**
機械音の繰り返しだ。
「す、すげぇぇぇ!!」
マリエルが、目を輝かせて叫んだ。
「何もしなくても小麦が増えていく! 見て、ホッパーにどんどんアイテムが溜まってる!」
確かに。チェストの中に、小麦アイテムが、自動的に蓄積されていく。レティシアもマリエルも、何もしていない。ただ、機械が勝手に「労働」している。
「これなら食料問題は解決だね! 放置してるだけで無限に増えるとか、バグ技みたい!」
「バグじゃないわ」
レティシアは、その機械装置を眺めながら答えた。
「『仕様』を正しく組み合わせた『自動化』よ。バグは『意図しない動作』。でもこれは『完全に意図された動作』。システムの穴ではなく、システム自体の『才能』を引き出したのよ」
彼女は満足げに腕を組んだ。ボクセル型の四角い腕ではあるが、その姿勢には本物の「エンジニアの誇り」が満ち溢れていた。
「RTA(人力の限界への挑戦)も素晴らしい。確かに。だけど——」
レティシアの目は、再び輝いていた。
「自動化こそが、真の勝利よ。人間の手を借りずに、システムが勝手に目標を達成する。その瞬間。それが『文明』なのよ」
マリエルは、その言葉の重さを理解した。
彼女はRTA走者としてプレイヤースキルの極限に挑戦してきた。だがレティシアは、それとは別の道——「システム設計」という道を追求していた。
その二つの道が、ここで「交差」したのだ。
## 4. 役割分担の確立
「さあ、次は『鉄工所』を作るわよ」
レティシアは、既に次のプロジェクトを思考していた。
「アイアンゴーレム——あの鉄製の巨体が自動で湧き出る装置を作る。そして、彼らが自動的に倒れるように設計する。その過程で、彼らが落とす『鉄インゴット』を自動回収するわけよ」
「え、ゴーレムを自動で倒すの?」
マリエルは、その概念に少し戸惑った。
「そう。『敵ファクトリ』を『味方に変えるファクトリ』に再構築するってわけね。システムの本質を理解すれば、何でも可能。敵も味方も、ただのリソース生成装置に過ぎないのよ」
その言葉には、どこか冷徹さが含まれていた。
同時に、レティシアのこれまでの葛藤が、一つの「解答」に到達したことを意味していた。
いつかの周回で四重奏を失った時、彼女は「AIアシスタントなし」で戦う必要性を悟った。
前の周回の「好感度オーバーフロー」では、システムの限界を知った。
そして今、この周回で——
彼女は「システムそのものを設計する立場」に、ついに到達したのだ。
「レティシア。その自動化工場が完成したら、あたしたちはどこに向かうの?」
マリエルが、素朴に問いかけた。
「エンダードラゴン討伐だ。この世界のボスへ。そしてクリア。次の周回へ」
「そっか。つまり、これ全部——」
マリエルは、周囲の自動化施設を見回した。
「無意味じゃん。次の周回で全部リセットされるし」
「そこだ」
レティシアは、マリエルを見つめた。
「貴女が『効率』を求めるのと同じように、私は『自動化』を求める。無意味だろうが、リセットされようが——それでもこの『最適な仕様』を追求する。それが『人間らしい』ってもんよ」
その言葉には、深い真実が含まれていた。
もしかして、自分たちが「ゲーム」だと思っていたこの世界——
実は「仕様書(紙=神)」に記載された「運命」を、ただなぞっているに過ぎないのかもしれない。
だが同時に——
その「運命」の中で、自分たちが「選択」し、「創造」する瞬間は、確実に存在するのだ。
## 5. 新しい時代へ
数日後。
拠点は、完全に変貌していた。
全自動小麦収穫機。アイアンゴーレムファーム。自動精錬所。自動防具製造システム。
すべてが、レティシアの論理回路によって、完璧に統合されていた。
マリエルは、その光景を見ながら呟いた。
「結局さ、あたしたちって何やってんだろうね」
「何やってるって?」
「いや、RTA(最速クリア)を目指すあたしと、自動化を目指すレティシア。別々のベクトルなのに、なぜか同じゴール(エンダードラゴン討伐)に向かってる。不思議じゃない?」
レティシアは、その問いに対して、深く考えた。
「貴女も、私も、同じ『仕様書』に従ってるんじゃないのかな」
「仕様書?」
「そ。この世界のルール。もしくは、より大きく言えば、我々を支配している『何か』。その『仕様』の中で、我々は『自由に選択している』と思い込まされてる。だが実は——」
レティシアは、手に握った「ダイヤ」を見つめた。
あの「賢者の石の欠片」を。
「——全部が『決まってた』のかもね」
だが、同時に彼女は別のことも理解していた。
たとえ「決まってた」としても。
たとえ「仕様書に支配されてた」としても。
その中で、自分たちが「何か」を創造する瞬間は、確実に存在するということを。
『System: Automatic Farms are now fully operational』
『Efficiency: 100%』
ゲームシステムのメッセージが、虚空に浮かんだ。
それはレティシアにとって、最高の褒賞だった。




