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第7章 Ep3:地下世界の論理

## 1. 二つの採掘哲学


 地上の拠点から、レティシアは「坑道マイン」の入口を掘り始めていた。


 動作は慎重だ。石のつるはしで丁寧に、階段状に坑道を掘り下げていく。その過程で——


「支柱を立てて……石ブロックで補強。崩落防止は最優先。あとは松明を等間隔に配置して、照度を確保するわね」


 彼女の脳内には、SE時代のプロジェクト管理思想が存在していた。安全係数を考慮した設計。予測可能性。段階的な進行。すべてが「長期的なインフラ構築」を想定していた。


 それは「ゲーム」ではなく「現実の鉱山経営」に近い思想だ。


 だが——


「ちょ、ちょっと待って」


 マリエルが、呆れたような声を上げた。


「レティシア、その方法だと、いつまで経ってもダイヤなんて見つかりませんよ?」


「え?」


 レティシアは、自分の採掘戦略に自信があった。だが、その自信は瞬時に揺さぶられた。


「でも『ダンジョン(地下施設)』というのは、雰囲気も大事じゃない。物資の発掘と同時に、リスク管理も——」


「そんな『古き良きファミコンRPG』みたいなことを言ってる場合じゃないよ」


 マリエルは、その横に並んで立った。彼女の目は、完全に「攻略情報」に基づいた計算で満ちていた。


「今のトレンドは『ブランチマイニング』だよ。効率重視。最短距離で鉱石密度の高い領域に到達するんだ」


「ブランチ……何?」


「枝分かれ採掘法。簡単に言えば、一直線で特定の『Y座標』まで掘り下げて、そこから『枝』のように採掘網を展開する。これが現在の『メタ(最適解)』なんだよ」


 マリエルは、自分のインベントリ画面を表示した。そこには「座標情報」が記録されていた——正確には、彼女の脳内に「ゲーム攻略のテンプレート」が記憶されていた。


「例えば、Y座標11。その高さが『ダイヤ採掘の最適スポット』なんだよ。そこまで直下掘り。その後、幅1マス、高さ2マスの通路を『田の字型』に展開する。これで最大の効率で鉱石を集められるよ」


 直下掘り(ブラインド・ダウン・マイニング)。


 レティシアは、その言葉の危険性を理解した。


「ちょっと待ってよ。直下掘り? 足元のブロックを掘り抜くなんて自殺行為じゃない。落下ダメージだけじゃなく、溶岩の可能性だって——」


「大丈夫だよ」


 マリエルは全く動じていなかった。


「『水バケツ着地』の準備は完了してる。足元のブロックを掘り抜いた瞬間に水を流せば、落下速度がゼロになる。完全に安全な『チート的採掘技法』だよ」


(チート的……つまり、システムの穴を突いた戦略ってことか)


 マリエルは躊躇なく足元の石を掘り始めた。


 **ザザザッ!**


 規則的な破壊音が響き渡る。彼女の動きに無駄はない。すべてが計算済みだ。この世界——最新のサバイバルゲーム——において、彼女の知識はレティシアを完全に凌駕していた。


## 2. 地下世界


 Y座標11への到達は、想像以上に深かった。


 地表からおよそ60ブロック分。ボクセル単位で降下していく過程は、徐々に「光源を失う絶望感」に満ちていた。松明を配置していても、その光は周囲わずか12ブロック程度。その外側は、完全に黒だ。


 カン、カン、カン……


 石を掘る音が、延々と続く。


 二人は、黙々と採掘を続けていた。その光景は、もはや「冒険」ではなく「作業」に見えた。


 マリエルはテンポよく、レティシアはそれに追従するように。


 その過程で——


 奇妙な「深層生物」たちが出現した。クモ。スケルトン。洞窟蜘蛛。すべてがボクセル体型で、すべてが攻撃的だ。だがマリエルの指示に従い、レティシアは彼らを撃退することができた。


 ただし、その過程で何度か死亡しかけた。


 特に「クリーパー」との遭遇は危機的だった。そのモンスターは、接近した瞬間に自爆する習性があり——


「爆発されるまえに逃げて!」


 マリエルの叫びとともに、二人は逃げ出した。その結果、資源の一部を失ったが、それでも前進を続けた。


「……ねえ、マリエル」


 ようやく、レティシアが口を開いた。


 一息つきながら、彼女は呟いた。


「最近のゲームって、みんなこういうことをするの?」


 マリエルは、つるはしの振りを止めず答えた。


「冒険というより……『作業』じゃない。規則的に、効率化されて、感情が入り込む余地のない……」


 マリエルは、一度動きを止めた。彼女の目は、しかし依然として前方を向いていた。


「『冒険』? それは古い定義だよ」


「古い……?」


「RPGの黎明期は、確かに『未知の地図を埋める』『物語を追体験する』のが目的だった。でも現代のゲーマーは違う。効率化、最適解の追求、記録の更新——これが楽しさなんだよ」


 マリエルの声には、熱がこもっていた。


「限られた時間でエンディングに到達するには、無駄を省くのが一番。Any%走者の常識だよ。スピードランの世界では、感情なんて入り込む余地がない。ただ、数値化された成果を追求するのみ」


 レティシアは、その言葉の核にある「冷徹さ」を感じた。


 それはゲームの話ではなく、もっと根深い「人生哲学の相違」を示していた。


「味気ないわね」


「で、でも『クリアできなきゃ意味がない』でしょ?」


 マリエルは、自分のインベントリを表示した。


「見て。石ブロック3スタック。赤石1スタック。既に効率的な資源回収が成立してる。この速度なら、2ゲーム日以内にはエンディングに到達できるよ」


 数値。統計。効率。


 それはレティシアも、SE時代に散々経験した「最適化の快感」ではあった。だが同時に——


 この世界が、完全に「システムに支配されている」という事実を、改めて思い知らされた。


「本当に……」


 レティシアは呟いた。


「この『ゲーム』って、本当にゲームなのかな。それとも……何か別の、もっと悪質な『仕様書』に支配されてるってわけじゃ」


 マリエルは答えなかった。


 代わりに、つるはしをさらに振るった。


 カン。カン。カン。


## 3. 深層への到達


 ついに、Y座標11に到達した。


 マリエルが、その座標を確認した——インベントリの「座標ログ」機能を使って。


「ここだよ。Y11。ダイヤの最密集地帯」


 二人は、ここから「田の字型」の採掘パターンを展開し始めた。北方向、南方向、東方向、西方向に、それぞれ幅1ブロック、高さ2ブロックの通路を掘っていく。


 その過程で、各種鉱石が出現し始めた。


 鉄鉱石。赤石。ラピスラズリ(青い鉱石)。


「赤石だね。これは後で役立つよ」


 マリエルは、赤い粉末を回収した。レティシアは、その鉱石が何なのか、理解していなかった。


(赤石……何かの『マジック成分』か? それとも『電力』に相当する何か?)


 暗闇の中で、松明の明かりだけが頼りだ。


 その瞬間——


 レティシアのつるはしが、何かに触れた。


 その感触は、通常の「石」ではない。


 もっと硬い。もっと冷たい。そして——


 もっと「特別な」ものだ。


## 4. 青白い輝き


 その瞬間、松明の光が反射した。


 青白く、深く、虹色の光を放つ鉱石。


 それはダイヤモンド。だが——


 通常のダイヤモンドではない。その輝きは、もっと深い。もっと複雑だ。その鉱石を見た瞬間、レティシアの脳内には奇妙な「共鳴」が生じた。


 それは——


 いつかの周回で失った「賢者の石」のそれに、非常に似ていたのだ。


 あの四人の精霊たちが宿っていた、あの強力なマジックスファクター。その「片割れ」か、「エコー」か、「フラグメント」か。


 何かが、自分たちに「訴えかけている」ような感覚だ。


「きました!」


 マリエルが声を上げた。その目は光っていた。


「ダイヤだ!これで『エンチャントテーブル』が作れる。装備強化して、『エンダードラゴン討伐』の準備が完了できるよ!」


 エンダードラゴン——この世界のボスモンスター。倒すことが、この周回のクリア条件らしい。


「え、ちょっと待ってよ」


 レティシアは、その急速な展開に着いていけなかった。


「まだ防具も『革装備』なんだけど。本当に戦えるの?」


「大丈夫だよ。当たらなければどうということはない」


 マリエルは、ダイヤを高く掲げた。その表情には、勝利への確信があった。


「RTAなら、鉄装備すら作らないこともあるよ。むしろ防具を作る時間は『無駄』なんだ。ボスまで最短距離で走って、倒す。それだけ」


 その言葉は、冷徹だった。


「でも、死んだら……」


「その時は別周回で」


 マリエルはドヤ顔で答えた。


「リセットループの利点を活かすんだよ。1周クリアに失敗してもいい。次の周回で成功すればいい。この『仕様』なら、無限のトライアンドエラーが可能だからさ」


 レティシアは、その言葉に戦慄した。


(無限のトライアンドエラー……つまり、失敗にペナルティがない。だから、効率だけを追求できる。それは……本当に『ゲーム』なのか?)


 だが、同時に理解もした。


 マリエルの戦略は、システムレベルで見れば「正解」なのだ。


 この世界が「リセット可能」である限り、失敗は単なる「データの削除」に過ぎない。だから、最速最優で目標達成を目指すことが、唯一の「倫理的」選択肢になるのだ。


## 5. 伏線——賢者の石の欠片


 だが、レティシアはそこで、一つの疑問を抱いた。


(このダイヤ……もしかして)


 彼女は、ダイヤを手に取った。


 その瞬間、かすかな「プレッシャー」を感じた。


 あの四人の賢者たちが、「何か」を伝えようとしているような——


 いや、それは彼女の思い込みかもしれない。


 だが、確実に言えることがある。


 このダイヤは、通常のダイヤではなく、何か「別の力」を秘めているということだ。


『System: You obtained Diamond x1』


『Hint: This fragment has particular resonance...』


 ほんのかすかなシステムメッセージが、レティシアの視界をよぎった。


 そして、もう一つの気付き。


 この世界は「紙」で支配されているという、あの論文の存在。


「世界が『仕様書(紙=神)』に支配されている」という伏線。


 もしかして、このダイヤも——


 あの「仕様書」に記載された『アイテム』の一つなのかもしれない。


 マリエルは、既に次のステップを考えていた。


「よし。エンチャントテーブル製造ラインを整備して、装備強化して、ボス討伐へ。計画通り進行してるね」


 計画通り。


 その言葉が、レティシアの心に重くのしかかった。


(本当に、計画通りなのか。それとも……我々は、既に『仕様書』に記載された『運命』を、ただなぞっているだけなのか)


 深い地下で、二人の影が揺らいだ。


 松明の光に照らされて。

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