第7章 Ep5:村人ガチャの地獄
## 1. 村の発見
サバイバル生活、およそ5日目。
二人は、拠点から北北東方向に進んでいた。その目的は「新しいバイオーム(地形)の探索」だったが——
平原の彼方に、人工的な建築物群が見えた。
「村だ!」
マリエルが声を上げた。
「レティシア、村があったよ!」
その光景は、こもり続けた地下洞窟や、単調なボクセル平原とは異なる「新世界」に見えた。
茶色の木造家屋。石造りの柱。そして、何より——
「人間?」
レティシアは、走って駆け寄った。
こもり続けたボクセル世界で、まともな「知識を持つNPC」に会える。それは、精神的な救済を意味していた。
村の中を探索すると、複数の「村人」たちを発見した。
彼らの風貌は奇妙だった。長い鼻。奇妙なローブ(衣装)。そして——完全に直角なボクセル体型。
「こんにちは!」
レティシアが、精いっぱいの笑顔で挨拶した。
「旅の者です。この村には、どうすれば立ち寄れますか?」
村人は、レティシアを見た。
その瞬間——
「ハァン?」
返ってきたのは、音声というより「音」だった。
「え……?」
「フゥン……」
別の村人も、同様の返答をした。
彼らの瞳には、知的な光がない。まるでAI(人工知能)でも、最小限の能力でしか動作していないコンピュータのように見える。
レティシアは、何度も話しかけた。
「村の長はいますか?」
「ハァン」
「この世界のルールについて、何かご存知ですか?」
「フゥン……」
「そもそも、あなたたちは言葉を理解してるんですか?」
「ハァン!」
返ってくるのは「ハァン」と「フゥン」のみだ。その中には、感情も意思も存在しないように見える。
「ダメだわね。言葉が通じない」
レティシアは、呆れた表情で呟いた。
「この世界のNPC、知能指数が本当に低いんじゃなくて? それとも、何か『仕様』の問題か」
## 2. 村人の本質
マリエルが、横に立った。
その目はギラギラと輝いていた——それは「狩人」が獲物を見つけた時の光だ。
「違うよ、レティシア」
「え?」
「彼らは『会話』するためにいるんじゃなくて、『取引』するためにいるの」
マリエルはインベントリを開いた。
「見てて。村人は『職業』に応じて、固定の取引アイテムを提供する。これは——無限資源の『自動販売機』だよ」
「自動販売機……?」
「そう。例えば、この『農民』なら、《小麦》を渡すと《エメラルド》をくれる。そして『司書』なら、エメラルドを渡すと『エンチャント本』をくれる」
マリエルの声は興奮していた。
「『修繕』『効率V』『鋭さV』——彼らは『宝の山』だよ。RPG的には『NPC』でも、システム的には『リソース生成機』なんだよ」
(つまり、村人も『機械』と同じ扱いってことか)
レティシアは、その視点の「冷徹さ」に少し戦慄した。
同時に——
それが真実だと理解した。
この世界では、すべてがシステムの一部なのだ。村人も、モンスターも、アイテムも——全部が「プログラム」の構成要素に過ぎない。
## 3. 村人の監禁
マリエルは、素早く行動した。
まず、木材からボートを製造した。
そして、村人の一人を強引にボートに乗せた。
「ハァン!(戸惑いの声)」
無理やり、ボートを牽引する。マリエルはそれを拠点へと運んだ。
「さあ、ここが君の新しいお家だよ」
マリエルは、村人を1×2マス(ブロック単位で幅1、奥行き2)の狭い個室に押し込んだ。
その個室は、完全に密閉されていた。窓もない。光源もない。外界との連絡手段もない。
まさに「獄舎」だ。
「ハァン……?」
村人は、戸惑った声を出した。
「気に入らない?」
マリエルは、その個室の中に「書見台(エンチャント本の設置台)」を置いた。
すると、村人の職業が変わった。
「司書」から「防具職人」へ。
提供するアイテムが変わる。
「えっ」
「また職業リセット」
マリエルは、書見台をぶち壊し、再度設置した。
すると、また職業が変わる。
「武器職人」へ。
「ハァン!(悲鳴?)」
「……マリエル。何をやってるの?」
レティシアが、恐る恐る問いかけた。
「『厳選』だよ」
マリエルの声は、平静だった。
「いい『修繕』の本を出すまで、何度も職を変えさせるの。これを『ガチャ』って呼ぶんだよ。村人ガチャ」
(ガチャ……つまり、確率的に良いアイテムが出るまで、延々と『試行』を繰り返す)
レティシアは、その作業を見ていた。
村人は、毎回書見台がリセットされるたびに「ハァン」と声を出していた。
それが「苦痛」の声なのか、単なる「ステータス変更音」なのか——
判別不可能だった。
## 4. 倫理の崩壊
「ひどい……!」
レティシアが、ついに声を上げた。
「これじゃ『監禁』じゃない! 奴隷労働よ!」
マリエルは、その抗議に対して、淡々と答えた。
「何言ってるの? 外に放り出してゾンビに襲われるより、ここで安全に暮らせるんだから『Win-Win』でしょ?」
「貴女の言うWin-Win、だいぶ歪んでない!?」
だが——
マリエルは、続けた。
「ほらレティシア。この人が『修繕』の本を出しましたよ」
書見台の上に、一冊の本が現れた。
『修繕』エンチャント。
それを読むことで、道具は「壊れない」という仕様が付加される。
無限の耐久力。
それはレティシアの「自動化設備」にとって、メンテナンスフリー化を意味していた。
つまり——
セットアンドフォーゲット(設置して放置)の完全な実現だ。
レティシアの脳内で、何かが「揺らいだ」。
(いや、ちょっと待ってよ)
彼女は、その誘惑に抗おうとした。
(これは『倫理』に反してる。村人は『人間』じゃなくても、NPCとしての『人格』がある。それを無視して、ただの『機械』として使役するのは——)
だが——
『修繕』の本の「輝き」が、彼女の論理的思考を上書きしていった。
## 5. 自動化への堕落
「……分かったわ」
レティシアは、静かに言った。
同時に、彼女は「何か大事なもの」を失った気がした。
倫理観?人間らしさ?いつかの周回で誓った「世界を変える」という使命?
すべてが、「効率化」という快感の前に、霧散していった。
「やるからには、徹底的にやりましょう」
レティシアは、既に「エンジニア・モード」に突入していた。
「その個室、手動でリセットするのは非効率だわ。『粘着ピストン』で書見台を『自動可動式』にする」
マリエルが目を輝かせた。
「さっすが工場長! 話が早い!」
数時間後。
村人が「監禁される個室」は、完全に自動化された。
ピストンが規則正しく動き、書見台が自動で破壊・再設置される。
すると、村人の職業が自動的に変わり続ける。
「ハァン……」
村人の声は、もはや「抗議」ではなく「絶望」に聞こえた。
それでも、レティシアは動きを止めなかった。
「次は『複数村人の同時運用』だわね。別々の職業で、複数の『修繕本』が出るようにシステム化する」
マリエルが、別の村人をボートで運んできた。
「はい、入ってねー」
また別の1×2個室。またリセット装置。
次々と村人たちが「労働施設」に投入されていった。
彼らの声は、夜な夜な響き渡った。
「ハァン」
「フゥン」
それはもはや「言葉」ではなく、「機械音」に聞こえた。
## 6. 破壊の本質
レティシアは、その光景を眺めながら、深く思考していた。
(私は何をしてるんだろう)
彼女の脳内には、二つの『自分』が存在していた。
一つは「倫理的なレティシア」——村人を人間として扱い、彼らの権利を尊重すべきと考える存在。
もう一つは「エンジニアのレティシア」——効率化のためには、あらゆる『障害』を排除すべきと考える存在。
そしていま、後者が完全に支配していた。
(でも……本当に『悪い』ことなのか?)
彼女は自問した。
(この村人たちは『NPC』だ。知能はない。感情もない。ただのプログラムの集合体に過ぎない。ならば、彼らを『リソース生成機』として使用することは『道徳的』とも言える)
その「言い訳」が、自分の心を支配していく。
まるで『仕様書』に書かれた『プログラム』のように。
『System: All automatic village trading systems are now operational』
『Efficiency: 200%』
『Warning: Villager wellbeing is below normal parameters』
システムメッセージが、虚空に浮かんだ。
それは、レティシアの「堕落」を客観的に記録していた。
## 7. 無限の幻想
一週間後。
拠点の隣に、巨大な「村人管理施設」が完成していた。
10個以上の個室。
各々に、自動職業リセット機構。
そして——
自動的に「修繕本」「鋭さ本」「効率本」を生成し続けるシステム。
すべてが『効率的』に動作していた。
「完璧だ」
レティシアは、その施設の前で呟いた。
それは、もはや「ゲーム」の内容物ではなく、「工場」のそれだった。
完全に『自動化』された『強制労働所』。
村人たちはそこで、永遠に「ハァン」と声を上げ続けるのだろう。
マリエルが、横に立った。
「なあ、レティシア。これ、本当にいいの?」
「何が?」
「村人たちを、こんなふうに……」
マリエルの声には、わずかな「躊躇」が含まれていた。
だが、レティシアは答えた。
「彼らはNPCだ。知能がない。感情がない。ならば——」
「……でも」
「次のボス戦に向けて、完璧な装備が必要だ。この施設がなけりゃ、あたしたちは……」
レティシアは、その言葉を遮った。
「分かってる。これは『必要悪』なんだって。生き残るためには、こうするしかないんだって」
彼女の目は、完全に「個別の考えを失った」状態だった。
それはもう、「人間」というより「プログラム」のそれに見えた。
『System: You have discovered infinite resources』
『Congratulations: Your factory is now fully self-sufficient』
『Warning: This may violate village autonomy protocols...』
システムメッセージが、最後の警告を発した。
だが、レティシアはそれを無視していた。
村人たちの「ハァン」という声だけが、夜な夜な響き続けるのだった。
彼女の倫理観の「破壊音」を、背景として。




