第7章 Ep1:四角い地獄の朝
## 1. ボクセル体型への目覚め
チュンチュン。
鳥のような音が聞こえた。それが本物の音なのか、サウンドシステムが生成したSE(効果音)なのか、レティシアには判別できない。重要なのは、その音が「朝」を意味していることだった。
四角い太陽が昇ってくる。
それは完璧に直角な立方体の塊で、地平線(これもやたら幾何学的な線)の上をゆっくり移動していた。ブロック状の世界に、ブロック状の光源が生まれていく。
(……夢か。これまた悪夢か)
レティシアは、硬い地面の上で意識を取り戻した。感覚は確かにある。冷たい土の感触が、身体全体を通じて伝わってくる。しかし「身体」というものの定義が、完全に破壊されていた。
起き上がろうとしたとき——
「あ、あああああ——」
悲鳴が出た。自分の声だと認識するまでに、一秒かかった。
何かが違う。すべてが違う。
自分の腕を見下ろした。かつてのしなやかな腕ではなく、肌色をした太い直方体だった。完全に真っ直ぐで、曲げる関節がない。それは「腕」というより、木製の柱に近かった。
足も同様だ。足を見ると、四角い台のような形状になっていた。これはもはや「脚」ではなく、「サポート」「スタンド」の域である。
(これは……本当になんなの……)
前の周回での戦いの記憶が、フラッシュバックのように脳内に蘇った。「好感度オーバーフローのデッドロック」。あの世界では、自分とマリエルが何度も関係性の臨界点に追い詰められた。それで世界がクラッシュして——
そして次の周回が始まった。
だが、その過程で何が起きたのか。正確なメモリ(記憶)は曖昧だ。ただ、一つだけ確かなことがある。
あの四人の賢者たちは、いなくなった。
いつかの周回で没収された「賢者の四重奏」——シャルル、ロキ、ジェム、クラウス。あの四つの声が、今は聞こえない。自分たちは完全に一人だ。
いや、マリエルがいる。だが——
「あ、あぁぁぁぁーーーーー!」
隣から獣のような叫び声が上がった。
レティシアは反射的に身体を回転させた。ボクセル体型のため、回転も「カクッ」とした不自然な動きになったが、それはこの際問題ではない。
マリエルが起き上がっていた。彼女もまた、ボクセル型に改造されていた。しかし彼女の表情は、恐怖ではなく——
「うわぁぁぁぁーーーーーー!!!」
喜びだった。
「これって、もしかして……」
マリエルの瞳が輝いていた。レティシアは、そこに「自分たちとは異なる種族の生き物」を見た。
「Minecraft!!!」
## 2. ジェネレーション・ギャップの初衝突
「何? 何をそんなに騒いでるの」
レティシアが戸惑いを口にした。周囲を見回すと、典型的なファンタジー世界など、どこにもない。代わりに見えるのは、完全に直角で構成された風景だ。
草ブロック、土ブロック、そして遠くには樫の木が立っていた。その樹幹は茶色のブロック。枝葉は緑のブロック。すべてが立方体の集合体である。空も青のブロック。地平線さえも、完璧な直線だ。
実は人工的な、データセット的な風景。
『System Message: 7周目開始』
『Current Biome: Plains(平原)』
『Difficulty: Hard』
『Health: 20/20』
「あああ、やった!」マリエルは両腕(動かせない直方体)を高く上げた。「このグラフィック、この仕様感!絶対にMinecraftだよ!」
「サバイバル……? ゲーム……?」
レティシアの脳が、この状況を処理しきれていなかった。彼女の知識のなかでは、「ゲーム」は乙女ゲームか、高度なRPGシステムを備えた異世界だった。こんな「低ポリゴン数」で、かつ「ボクセル」という単位で物質が定義されている世界は、経験がない。
「あー、やっぱりね」
マリエルは楽しそうに周囲を見渡した。その姿態は、一人のゲーマーが新作ゲームを起動した直後のそれだ。初期装備ゼロ、フラットマップ、難易度ハード。すべてが揃っている。
「このバイオームなら、まずは『木』を確保しなきゃ。素材がないと何もできないんだよ」
「木? 何のための木? 斧もないのに、どうやって……」
だが、マリエルはもう動いていた。
## 3. 木を殴る文化衝撃
「こうやるの!」
マリエルは、迷うことなく、四角い「拳」で目の前の樫の木を殴った。
**ドスッ!**
空気を切り裂く音が響いた。ボクセル体型のため、それは人間的な拳ではなく、何かの機械が衝撃を与えたような硬い音だった。
**ドスッ!ドスッ!**
容赦ない連打だ。木の幹のブロックに、ひびが入り始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
レティシアが声を上げた。「手が痛いでしょ!そんなことして!」
「痛くないよ」マリエルは笑顔のままだった。「こういう『仕様』だもん。このゲーム、プレイヤーは物理的ダメージを無視できるんだよ」
(仕様……この女、本当にこのゲームを知ってるのか)
**ポンッ!**
幹の一部が消え、小さなドロップアイテム——「原木」——が地面に落ちた。それはまさにゲームアイテムのそれで、ゆっくり回転しながら浮遊している。
「ほら、ドロップした!」マリエルは振り返った。「レティシアもやってみて。素材集めは、今後ずーっと大事だからね!」
レティシアは、しぶしぶと木に近づいた。
(本当にこんなことをするのか)
ボクセル体型の手を、樫の樹幹に接触させた。完全に直角な「拳」が、完全に直角なブロックに触れる。それは物理的というより、データセット同士の「コリジョン検出」に近い感覚だった。
**ポコッ。**
柔い音がした。
**ポコッ。**
とても柔い。全力で殴っているわけではないため、ブロックはゆっくりと破損し始めた。
「……野蛮ね。私の知ってるゲームは、もっとこう、『この村人に話しかけてフラグを立てて……』みたいな、論理的な進行順序があるものだけど」
「そんな悠長なこと言ってたら、夜までに死ぬよ?」
マリエルの声には、緊迫感が宿っていた。
「このジャンルは『初動』が命なんだよ。最初の夜を生き残れるかどうかで、その後の展開が決まる。時間がない」
(時間がない……? これもゲームシステムの一部か)
レティシアが原木を3本集めたとき、マリエルは既に8本を確保していた。その手つきは完全に「慣れ」ていた——無駄がない。
## 4. 文明の夜明け感
マリエルはインベントリを開いた。
『System: Inventory Open』
浮遊する原木たちが、マリエルの両腕の間に仮想的に表示される。まるで透視図のようなUIが、ボクセル世界に浮かんでいた。
「原木4本を、こうやって組み合わせて……」
4本の原木をグリッド状に配置すると——
『System: Wood Planks Crafted ×4』
4本の「木材」が生成された。
「素材を加工したら、次はこれを2×2で並べると、『作業台』ができるよ」
レティシアもマリエルに倣って、木材を自分のインベントリで組み合わせた。
『System: Crafting Table Crafted』
目の前に、木製のテーブルが現れた。マリエルはそれを地面に設置した。
**ザッ。**
地面にテーブルがセットされる。完全に四角い、4×4ブロックサイズの作業机だ。
レティシアも、自分が作った作業台を設置した。
その瞬間だった。
何かが、脳内で「クリック」した。
(これは……)
レティシアの思考が、急速に加速した。
(記憶容量の拡張か? データ構造の再編成? いや……これは『アップグレード』だ)
作業台という道具。それは単なる工作机ではなく、この世界における「インフラストラクチャの強化」を意味していた。物質を組み合わせることで、より複雑な物質を生み出す。その先に、より高度な機械——もしくはシステムがあるはずだ。
(ゲームシステムとしては、この『作業台』が『ハブ』になるのか。すべての道具生成の基点。なるほど……効率化)
マリエルは横に立った。
「どうしたの? 呆けてるみたいだけど」
「これ……で何ができる?」
「工具とか、武器とか、防具とか……まずは『つるはし(ピッケル)』を作るよ。石つるはしが作れれば、今度は『採掘』フェーズに入れる」
(つるはし……採掘フェーズ。つまり、段階的な進化があるってことか)
レティシアは深く息を吸った。
目の前の景色は、まだ完全には理解できていない。だが、一つだけ確かに感じたことがあった。
この周回では、「システム」が、「世界のルール」が、自分にも理解可能な形で現れているということだ。
四重奏がいなくても、自分たちには知恵がある。マリエルは最新ゲームの知識を持ち、自分はシステム設計の論理を持っている。
(もしかして……この組み合わせなら……)
夕焼けの色が、ブロック状の空に広がり始めていた。夜が近い。
でもその前に、レティシアは一つだけ確認したいことがあった。
「マリエル。貴女、本当にこのゲーム、得意なの?」
マリエルの瞳が輝いた。
「得意どころか、RTA走者界では、Minecraftはトップティアのゲームだよ。あたしも何百時間とプレイしてる。今回は——」
マリエルは夕焼けを見上げた。
「あたしがレティシアを引っ張る。最後のクリアまで、絶対に」
その言葉に、レティシアは少しだけ、安心した。
『System: The sun is setting...』
ボクセル体型のまま、二人は夜に備えることにした。




