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第6章 Ep10:デッドロック

## 1. ウィンドウの増殖


 ピロン! ピロン! ピロン!


 無数のウィンドウが重なり合い、もはや画面(視界)は埋め尽くされていた。


 『Yes / Yes / Yes / Yes / ...』


 選択肢に「No」がない。

 6人の男たち(とマリエル)が、同時にレティシアの手、足、髪、魂を掴もうとする。


 「離せ! 彼女は俺のものだ!」

 「データ破損のリスクがあります! 私がバックアップを!」

 「凍らせて永遠に!」


 全員の判定が接触し、互いに干渉し合っている。

 物理演算エンジンが悲鳴を上げ、キャラクターたちが震えながら融合し始めた。


## 2. システムの葛藤


 ウィンドウは、次々と増えていく。


 『[Accept Marriage Proposal from Frederick]』

 『[Accept Marriage Proposal from Julius]』

 『[Accept Marriage Proposal from Glen]』

 『[Accept Marriage Proposal from Cyrus]』

 『[Accept Marriage Proposal from Lucius]』

 『[Accept Marriage Proposal from Gilbert]』

 『[URGENT: Execute Backup Protocol]』


 計7つのウィンドウが、同時に「Yes」を待っている。


 システムの観点からすると、この状況は「デッドロック」の典型例だ。


 プロセスAフレデリックは、イベント「結婚」の完了を待っている。

 だが「結婚」イベントを完了させるには、他の全イベント(マリエルのバックアップ、他の求婚)を終わらせなければならない。


 プロセスBユリウスも同じ。

 プロセスCグレンも同じ。

 

 全員が、全員の処理終了を待っている。


 つまり、**永遠に、決着がつかない**。


「待……ってくれ……」


 レティシアが、何とかウィンドウを閉じようとする。

 だが、処理落ちのため、マウスカーソルは1秒に1ピクセル程度しか動かない。


 「Ok」ボタンに辿り着くのに、あと47秒かかるだろう。


 その間に、6人全員が彼女を掴む。


## 3. 融合の悪夢


 そして、不可避の瞬間が来た。


 フレデリック、ユリウス、グレン、サイラス、ルシウス、ギルバート。

 6人全員の手が、同時にレティシアに接触した。


 システムの衝突判定が、完全に混乱した。


 6人の身体が、レティシアの身体と「接触している」という判定で固定されるのだ。

 離れるつもりで動いても、システムは「接触継続」の判定を出す。


 なぜなら、誰も「離れるコマンド」を入力していないから。


 全員が「掴み続ける」というコマンドを送り続けている。


 結果として、6人の身体は、レティシアの身体を中心に、互いに接触したまま動かない。


 さらに、物理演算エンジンが「6人が同時に同じ物体に接触している」という矛盾を処理しようと、狂乱し始める。


 フレデリックの身体が、ユリウスに圧縮される。

 ユリウスの身体が、グレンに押し潰される。

 グレンの身体が、サイラスに……。


 6人全員が、互いを圧縮し合い、融合し始める。


 ああ、この光景だ。


 プログラマーが最も恐れる「複雑度の呪い」。

 複数のプロセスが互いに矛盾した要求を出す時の、システムの狂乱。


「……止まった」


 レティシア(モザイク)だけが、辛うじて意識を保っていた。


## 4. 永遠の停止


 ブツッ。


 不意に、全ての音が止まった。


 BGMが止まった。

 効果音が止まった。

 男たちの声が止まった。

 自分の心臓の鼓動さえ、止まった気がする。


 フレデリックが伸ばした手が、空中で静止した。

 舞い散る花びらも、崩れ落ちる瓦礫も、全てがその場に縫い止められている。


 世界が、停止した。


『System Error: Deadlock Detected.』

『Process Infinite Wait Loop Established.』

『All Processes Suspended.』

『This application is not responding.』


 空に、システムエラーメッセージが浮かぶ。


 複数のイベントフラグが同時に立ち、互いが互いの処理終了を待ち続ける「デッドロック」状態。


 世界は完全にフリーズしたのだ。


 だが。


 レティシアだけが、かろうじて動ける。


 モザイク処理が、複雑さゆえに、独立したスレッドで動作しているのだろう。

 他のプロセスが全て止まった今でも、その複雑な計算は続いている。


「あはは……」


 レティシアは、静かに笑った。


 モザイク越しに、見えない顔が歪む。


 彼女は、動かないフレデリックの頬(モザイク越しに触れているので、実際には何も見えないが)を軽く叩いた。


 パン、と。


 音が出ない。

 世界は、完全に静寂に満ちていた。


「さよなら、ヤンデレ王子」


 彼女は呟いた。


「貴方の愛は重すぎて……メモリに乗り切らなかったわ」


 それは、純粋な真実だった。


 愛情値が「無限」ということは、その愛情データを格納するのに「無限のメモリ」が必要ということだ。


 現実は、有限である。

 

 故に、矛盾は起こる。

 矛盾が起こると、システムは崩壊する。


 愛されすぎて、死ぬ。


 それが、この世界の法則だった。


## 5. 世界の崩壊


 静寂の中で、レティシアは歩く。


 6人の男たちは、完全に動かない。

 マリエル(モザイク)も、意識を失ったのか、あるいはバックアップ処理中なのか、応答がない。


 だが、世界そのものが、崩れ始めていた。


 画面のあちこちに、ノイズが走る。

 カラーパレットが、単調になっていく。

 解像度が、低下していく。


 それは「画像ファイルの破損」の光景。

 JPEGの圧縮で、データが失われていく様子。


 壁が、四角いブロック状に見える。

 床が、グラデーションのない平面になる。

 空が、単色に。


 全てが、シンプルになっていく。


 あるいは、「再起動」のプロセスなのかもしれない。


 システムが、デッドロック状態から脱出するために、自動で「システムの再構築」を開始しているのだ。


## 6. 7周目への強制遷移


 そして、それが完了した。


 黒い画面。

 ノイズ。

 再起動の音。


 チュンチュン。


 小鳥のさえずり。

 それは、環境音(SE)だ。

 実際の小鳥ではなく、ゲームの「朝が来たことを示す音」。


 「……ん?」


 レティシアは目を覚ました。


 体が重い。

 いや。

 硬い。


 手を目の前に持ってくる。

 

 そこにあるのは、丸みのある人間の手ではなかった。

 「直方体」の手だった。


 ブロック状の指。

 角ばった掌。

 まるで、積み木のような。


 「……は?」


 起き上がろうとすると、ガクガクとした動きになる。

 関節がない。

 肉体がない。


 あるのは、単純な「立方体」の集合体。


 鏡を見るまでもない。

 彼女の体は、積み木のような「ボクセル(立方体)」の集合体になっていた。


『System Message: World Reload Complete.』

『Restarting in Safe Mode: Low Polygon Mode.』

『7周目開始』

『Penalty: Low Polygon Mode (Voxel Style)』

『Reason: High polygon models caused critical system failure. Downgrading for stability.』

『WARNING: System damage may be irreversible.』


 システムメッセージが表示される。


「……え」


 レティシアは、呆然と自分の体を眺めた。


「カクカクしすぎでしょぉぉぉ!?」


 彼女は叫んだが、声も「ボクセル化」しているのか、くぐもった、四角い音になっていた。


## 7. ボクセル世界


 窓から外を見る。


 そこは、全てがブロックで構成された、荒涼とした大地だった。


 文明は崩壊していた。


 城も砦も、王国の設備も、全て消滅している。


 あるのは、ただの「立方体」だけ。


 土のブロック。

 石のブロック。

 草のブロック。

 木のブロック。


 全てが、単純な形状に「ダウングレード」されている。


 この世界は……「マインクラフト」だ。


 あるいは、それに類するボクセルベースの3Dゲーム。


 「サバイバル生活」が始まろうとしていた。


 ボクセルの体で。

 ボクセルの世界で。

 ボクセルのブロックを殴ることで、素材を手に入れ、生き延びるしかない。


 レティシアは、窓のそばに置かれた「木のブロック」を見つめた。


 かつての王子たちは、どこにいるのか。


 いや、そもそも「存在する」のか。


 このボクセル化された世界には、あの「高解像度」の美しい王子たちは、プレイできない「ファイル形式」なのだ。


 あるいは、再度のローディングを待っているのか。


 それとも、永遠に「デッドロック状態」のまま、フリーズし続けているのか。


 分からない。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 「6周目は終わった」


 レティシアは、立ち上がった。


 ガクガクとした動きで。


 ボクセルの体で。


 新しい世界へ。


## 第6章 完

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