第6章 Ep9:処理落ち
## 1. 最初の警告
それは突然だった。
朝起きたレティシアが、まず気付いたのは音声だった。
「おは……よ……う」
マリエルの声が、不自然に遅れている。
「マリエル?」
「あ……あ……え……?」
レティシアの声も、反響していた。二重音声。ディレイがかかったように。
心臓に嫌な予感が走る。
昨日、6人の男たちが勢揃いして、全員が同時に求婚してきたのだ。
モザイク処理を施された自分たちに。
無限の好感度を持つ彼らに。
その時点で、世界のメモリメータが黄色く染まっていたのだ。
## 2. カクつく現実
午前10時。
レティシアが外に出ようとした瞬間、視界がコマ送りになった。
ガ……ガ……ガ……。
一秒当たりのフレームレートが、徐々に低下していく。
最初は60FPS。
次は30。
そして15。
もはや、人間の目でも「カクカク」と認識できるレベルだ。
「え、何これ……」
レティシアが一歩踏み出そうとしても、足が前に出るまでに数秒かかる。
手を挙げるのにも、3フレーム必要だ。
自分の体が自分のものではないような感覚。
この感覚は……SE時代に経験がある。
サーバーの過負荷。
リソース枯渇。
処理能力の限界超過。
「ま……り……え……る……」
隣のマリエルも同じだ。
モザイク処理された体が、スローモーション並みの速度で動く。
彼女の顔(モザイクなので、実際には見えないが)は青ざめているはずだ。
「こ……れ……は……ヤバい」
そして次の瞬間、それが現実になった。
玉座の間へ続く廊下から、6人の男たちが同時に現れた。
フレデリック。ユリウス。グレン。サイラス。ルシウス。そしてギルバート。
全員が同じスピードで、ゆっくり、しかし確実に距離を詰めてくる。
## 3. 高負荷の原因分析
「あ……あ……あ……」
ユリウスの口が開きっぱなしになり、音声がループしている。
「け……け……っこ……ん……ん……ん……」
ホラーだ。バグった音声。バグった動き。
レティシアの脳が高速で分析を開始する。
インフラオタクの本領発揮。
原因は明白。複合的な要因が重なっているのだ。
**1. テクスチャの過剰品質**
全員が「メインヒロイン・ヒーロー専用の高解像度テクスチャ」を持ったキャラだ。
1キャラあたり、フルHD環境での描写に必要なデータ量は莫大。
髪の一本一本。
目の虹彩。
肌の質感。
服のシワ。
靴の泥跡。
これら全てが、最高品質で実装されている。
**2. 同時発動イベント**
そして、6人全員が「求婚イベント」を同時発動させたのだ。
各イベントは、当然ながら「パーティクルエフェクト」「背景エフェクト」「音声処理」「カメラアニメーション」を伴う。
現在、6個分のイベントが、同時に同じスペースで再生されている。
薔薇が舞う。
雪が舞う。
光が輝く。
光が冷たく照らす。
光が……光が……光が……。
**3. 無限好感度データ**
だが、最大の問題は別のところにあった。
各キャラの好感度は「無限」に設定されている。
つまり、メモリ上に「無限」という値が、6回、保存されている。
普通、好感度は「0~100」という有限値だ。
だが、この6周目では、誰もが完全攻略状態。
完全告白状態。
完全愛しすぎ状態。
その好感度データが「無限」なのだ。
無限を、6個、同時に処理する。
システムが、困惑するのは当たり前だ。
**4. モザイク処理の特殊性**
そもそもレティシアとマリエルが受けている「モザイク処理」も、計算量が多い。
全身を「100ピクセル×100ピクセルのブロック」で覆う処理は、通常のテクスチャ描写より遥かに複雑だ。
なぜなら、動くたびに「モザイクをかけ直す」必要があるからだ。
フレームごとに、全身を再計算。
フレームごとに、全身を再処理。
それが、2人、同時に。
## 4. 世界の悲鳴
これら全てが、一箇所に集中した。
レティシアの立つ玉座の間。
容量20GB程度の小さな屋内エリア。
そこに、6個分のメインキャラ。
6個分の高解像度テクスチャ。
6個分のイベントエフェクト。
6個分の無限好感度データ。
2個分の複雑なモザイク処理。
それはもう、インフラが悲鳴を上げるに決まっている。
「フ……ッ……フ……ッ……」
フレームレートが、さらに低下する。
15FPS。
8FPS。
4FPS。
もはや、動画ではなく「紙芝居」だ。
そして、景色が歪み始めた。
バグったNPCたちが、カクカクとした、ぎこちない動きで少しずつ距離を詰めてくる。
その動きは人間離れしている。
まるで、モーションキャプチャのデータが破損したかのように。
背骨が逆に曲がり、腕が異常な角度に伸び、顔が三角形に歪む。
フレデリックの目が、頭の後ろ側に出現した。
ユリウスの手が、体から離れてピクピク動く。
グレンの身体が、透明と不透明を繰り返す。
「や……ば……い……」
レティシアが呟く。
「こ……の……ま……ま……じゃ……」
マリエルの声も、同じく遅れている。
## 5. 最後の警告
空に、赤い警告が表示された。
『⚠️ System Critical Warning ⚠️』
『GPU Memory Usage: 98%』
『CPU Load: 193%』
『Thermal Throttle Activated』
『High Load Detected.』
『Please close unnecessary applications.』
『Please terminate conflicting processes.』
選択肢が表示される。
『[Yes, Close] [No, Continue]』
だが。
「離せ! 彼女は俺のものだ!」
フレデリック。
ウィンドウを無視して、レティシアに飛びかかる。
「待ちたまえ! 彼女は俺が守護する!」
ユリウス。
ウィンドウの前に、自分の体を盾のように広げる。
「Yes(結婚する)」ボタンが、ウィンドウの上に表示される。
全員が、それを押させようと必死だ。
ウィンドウは増殖し、画面を埋め尽くす。
『Yes / Yes / Yes / Yes / Yes / Yes』
全員が「No」という選択肢を消去していた。
## 6. フリーズ寸前
「ちょ……待て……」
レティシアが、ウィンドウを閉じようと手を伸ばす。
だが、処理落ちのため、その手は3秒かけて動く。
ブツッ。
音が、完全に途切れた。
BGMも、環境音も、男たちの声も、全て沈黙した。
世界の色が、一瞬、反転した。
次に、ノイズが走る。
画面のあちこちに、意味不明なテクスチャバグが出現する。
薔薇の花びらが、三角ポリゴンに崩壊する。
石床が、浮遊し始める。
空間そのものが、圧縮されたJPEG画像のように、ブロック状に歪む。
もはや限界だ。
次に何らかのアクション(キー入力)があれば、この世界は完全にフリーズする。
進むこともできず。
戻ることもできず。
ただ、永遠に「読み込み中」の状態で、フリーズし続けるだろう。
「あはは……」
レティシアは、苦笑した。
モザイク越しに、目を閉じる。
「別ルート多すぎ……」
6周目。
全身モザイク。
好感度無限。
愛されすぎて、世界が壊れた。
それは、プログラマーにとって最高のコメディであり、最高のホラーだった。
ブツ……ブ……ブ……ブ……
音声が、断片化する。
「お……わ……る……」
レティシアは呟いた。
6周目の終わりは、愛の重さに耐えきれなかった世界の「過熱暴走」だった。




