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第6章 Ep8:結婚式RTA

## 1. 誓いのキスの強要


 翌日、王宮の大聖堂。


 その時計は午前10時を指していた。本来であれば、この国の王家の結婚式は、国全体の祝日となり、民衆が街に溢れ返る日だ。だが今、大聖堂の周囲には、異常な静寂が漂っていた。


 兵士たちが立ち並ぶ。しかし彼らの目には、光がなかった。瞳孔は、ゲーム内でNPC化した時のそれと同じ。完全なる無視情報空間。洗脳または何らかの魔法的支配下にある人間たちだ。


 祭壇の前で、フレデリックはレティシア(全身モザイク)の手を優雅に引いていた。その動作は、貴族の婚礼作法を完璧に守っているものだった。


「さあ、誓いのキスを」


 彼の声は、甘い蜂蜜のように流れてくる。だがその奥底には、「データの最終的な獲得」という意図が隠されていた。


「これで君は、法的かつ魔法的に、私の『コレクション』になる。完全に。永遠に」


 フレデリックの目が、プレイヤーの視点でレティシアをスキャンしていた。


 彼の目的は明確だ。レティシアを「生きた標本」としてガラスケースに並べること。彼女が足掻き、苦しみ、悔恨し、そして絶望する。その全ての瞬間を、永遠に「観賞」し続けるということだ。


 逃げようにも、周囲は兵士たちで埋め尽くされている。戸口には、白目を剥いた衛兵が立っている。この状況は、完全なる「ゲームオーバー状態」だ。


「お嬢様、逃げてぇぇぇ!」


 マリエルの声が、かすかに聖堂の片隅から聞こえた。彼女も、同様に兵士たちに拘束されている。


「標本になっちゃうよぉぉ! 生涯をコレクションのために過ごしちゃう!」


 その言葉は、冗談ではなく、純粋な恐怖の叫びだった。


「……諦めないわよ」


 レティシアの指が、そっとドレスの内側に触れた。そこには、第5章で準備した「ポーション瓶(投擲用)」が隠されていた。あれは、敵兵たちの魔法的支配を一時的に無効化する、自家製の破格アイテムだ。


 レティシアはそれを握りしめた。この瞬間が、この世界で「ゲームをハックする」唯一の機会かもしれない。


 その時――


## 2. ステンドグラスの破壊


 ドゴォォォォォォォン!!!


 大聖堂の右側壁面にあった、巨大なステンドグラスが、外側から一気に粉々に砕け散った。


 それは爆発ではない。破壊だ。戦闘だ。


 瓦礫の煙と共に、血まみれの人影が現れた。一人。二人。三人。四人。五人。


 全員、レティシアの元カレたちだった。


「意義ありぃぃぃぃ!!!」


 一番最初に飛び込んできたのは、ユリウス。彼の体には、複数の刀傷があった。隣国の国境警備兵たちとの戦闘の痕跡だ。


「レティシア! 俺が助けに来たぞ!」


 続いて、グレンが飛び込んでくる。彼の背中には弓矢が刺さっているが、気にしていない。


「いや、足を切って私が背負う! そうすれば逃げられない!」


 3番目。サイラス。彼は氷属性の魔法使いだ。体中が凍傷で赤くなっている。


「氷漬けにして永遠に保存する! 温度管理は完璧にするから!」


 4番目。ルシウス。宰相だが、なぜか手には手術用のナイフを握りしめている。


「全ての生体データを私が管理する! 心拍数、呼吸数、脳波まで!」


 最後に、ギルバート。情報屋だが、魔法の拘束具を複数持参している。


「誰もいない地下で二人きりで暮らす! 他の奴らと顔を合わせる必要がない!」


 ――その瞬間、レティシアの脳は確認した。


 この5人の「狂気」は、実はまだ「コンシステンシーがある」ということを。


 ユリウスは支配欲だが、グレンは独占欲だ。サイラスは保存欲。ルシウスは管理欲。ギルバートは隔離欲。


 全員の主張が、実は(悪い意味で)ブレていない。それぞれが自分たちの「狂気の一貫性」を持っているのだ。


 これは、ゲーム的に言えば、「複数のボスキャラが同時にスポーン」した状態だ。最悪だ。


「くっ……」


 フレデリックが、その完璧な笑顔を一瞬だけ歪ませた。


「君たち……」


 彼は剣を抜いた。その刃には、魔力が宿っている。


「……私のコレクションに触れないでくれるかい?」


 彼の冷酷な瞳が、5人の元カレたちに向かった。


 ここに、「ストーカー王子 vs ヤンデレ連合軍」の最終決戦が幕を開けた。


 レティシアは、その光景を見て思った。


 ――この状況、本当に「バグ」か。それとも、システムの仕様か。


## 3. 同時求婚イベント


 戦闘が開始される前に、フレデリックと元カレたちが互いに一瞬だけ睨み合う。その瞬間、何かが起こった。


「レティシア! 俺と結婚しろぉぉぉ!」


 ユリウスが右手を伸ばす。同時に、グレンも。サイラスも。ルシウスも。ギルバートも。


 そしてフレデリックまでもが、その完璧に整った顔で、同時に左手をレティシアに差し出した。


 ――全6人が、同時に求婚した。


 システムが、その異常を認識した。


『Event: Proposal from Julius』

『Event: Proposal from Glen』

『Event: Proposal from Cyrus』

『Event: Proposal from Lucius』

『Event: Proposal from Gilbert』

『Event: Proposal from Frederick』


 ピロン!

 ピロン!

 ピロン!

 ピロン!

 ピロン!

 ピロン!


 レティシアの視界が、無数の「選択肢ウィンドウ」で埋め尽くされた。


 ウィンドウが重なり、さらに重なり、さらに重なる。


【ユリウスと結婚しますか?】

【Yes / No】


【グレンと結婚しますか?】

【Yes / No】


【サイラスと結婚しますか?】

【Yes / No】


【ルシウスと結婚しますか?】

【Yes / No】


【ギルバートと結婚しますか?】

【Yes / No】


【フレデリックと結婚しますか?】

【Yes / No】


 ウィンドウはさらに増殖する。各キャラクターの「詳細情報ウィンドウ」「相性度表示」「統計データ」。それに加えて、イベント進行度、クエスト完了条件、そして謎の「追加オプション」まで表示される。


「ちょっ、何これ……ウィンドウが多すぎて前が見えないんですけど!?」


 レティシアが悲鳴を上げる。彼女の視界は、完全にウィンドウ群に覆い尽くされている。


「お嬢様、処理落ちしてるよ! カクついてる!」


 マリエルもそれを認識した。彼女のRTA走者的な観察眼が、世界の「フレームレート低下」を察知している。


 実際に、神聖堂の光が、かすかにちらつき始めていた。


 高解像度のイケメンたちが一箇所に密集し、高負荷なエフェクト(愛の波動、または呼べば「ヤンデレ濃度MAX」の圧倒的存在感)を放出したため、世界のグラフィックスエンジンが悲鳴を上げ始めた。


 ちらつく。

 ちらつく。

 ウィンドウが増殖し、増殖し、増殖する。


 選択肢は増え続け、それぞれがサブウィンドウを生成し、さらに何かを呼び出している。


 まるで、ゲーム開始時のバグのように。


「システムエラー発生……」


 かすかな電子音が聞こえた。


 それは、「世界が処理しきれない」という悲鳴だった。


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