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第1章 Ep6:行政リファクタリングと、メイドたちの憂鬱


 領地到着の翌朝。

 私は領主執務室の重厚なマホガニー製のデスク(ただし片脚が腐って短くなっており、分厚い古書が噛ませてある)の奥で、革張りの椅子に深く腰掛け、目の前に積み上げられた書類の山(紙束のタワー)を凄まじい形相で睨みつけていた。


「……なるほど。これが『予算がない』理由ね」


 重々しい口調で呟く私の目の前には、昨日屋敷の玄関で私を小馬鹿にした出迎え方をしていた太った家令――ガロン男爵が、脂汗を浮かべて立っていた。

 彼は昨日までの横柄な態度とは打って変わり、血走った私の目つきと、背後に控えるアイリーンの(物理的な)見えないプレッシャーに怯えながら、慇懃無礼に揉み手をして頭を下げた。


「さ、左様でございます、お嬢様。当ノクターン家の財政は長年火の車でして……道路整備や下水工事など、夢のまた夢。まずは王都への上納金と、格式を保つための最低限の維持費を確保せねばならず……」


 ガロン男爵の口からスラスラと出てくる言い訳(仕様説明)は、前世のIT業界で言うところの、典型的な「スパゲッティコード」だった。

 領地の修繕費の帳簿を参照しろと指示すれば、「それには建設ギルドの許可証が必要だ」と言われ、その許可証の申請状況を確認すれば「土木委員会の印鑑と複数の署名が必要で現在審議中だ」と言われ、さらにその委員会は月に一度しか開かれない……。

 データ(資金と承認)の処理がどこに行き着くのか全く分からない、複雑に絡まり合った悪意ある迷路。

 責任の所在を有耶無耶にし、中間マージンを抜くために意図的に「ブラックボックス化」された、腐敗行政の到達点である。


「お言葉ですが、齢十五のお嬢様には、複雑怪奇な領地経営の実務経験がございません。ここはひとつ、私ども長年この地を治めてきた『専門家ベテラン』にすべてお任せいただき、お嬢様は温かいお部屋で優雅に刺繍や読書でも楽しんでおられた方が、領民のためにもよろしいかと……」


 ガロン男爵の細い目が、ねっとりと私を値踏みするように動いた。

 完全に舐めきっている。

 彼は私が、領地の書類など読んだこともない「お飾りの小娘」だと思っているのだ。普通の、それこそ王都の温室で育った乙女ゲームのヒロインや令嬢であれば、この複雑怪奇な長ゼリフと専門用語の羅列に煙に巻かれ、「なら……あなたに任せるわ」と丸投げして終わるだろう。


 だが、今の私は、最悪のデスマーチの果てに前世を終え、この狂った世界で「バグ絶対殺すウーマン」として覚醒したインフラ屋である。

 仕様のダミーに騙されるほど、私の目は濁っていない。


「……ねえ、ガロン男爵」

「はい、何なりと」

「貴方、見事なまでにメモリリークしてるわよ」


 私はペンを置き、ゆっくりと立ち上がって、執務室の壁に架けられた巨大な油絵――誇り高きノクターン家先代当主の肖像画の前まで歩み寄った。


「な、なにを……めもり……? 訳の分からない言葉を……」

「ロキ。構造スキャン。隠し金庫バックドアの特定と位置の割り出し」


 私はドレスの懐から「黒のアーティファクト」を取り出し、カメラレンズを肖像画に向けた。

 画面上のAR(拡張現実)アプリが即座に起動し、壁の向こう側の空洞と金属密度を検知して、赤いターゲット枠でロックオンする。


了解ラジャー。肖像画の裏、壁面内部に鉛コーティングされた金属反応あり。魔力ロックじゃなくて、ただの物理的なダイヤル式の旧型金庫だね。……解析クラック開始。五、四、三、二、一……はい完了。ダイヤルの正解パスワードは『1129(イイニク)』だよ。頭悪すぎるでしょ、このおっさん』


 男爵の酷い語呂合わせのパスワードに、ロキが心底呆れた声を出す。

 私は無言で肖像画を横にズラし、剥き出しになった壁の金庫のダイヤルを、ロキの指示通りに右へ左へと回した。

 カチャリ、と小気味よい音が鳴り、重い鉄の扉が僅かに開く。


「なっ……!? ま、待ちなさい! 何を勝手に!? そこは私の極めてプライベートな……!」


 ガロン男爵が悲鳴のような声を上げ、血相を変えて飛び掛かってこようとする。

 だが、遅い(物理処理的に)。


「アイリーン」

「はっ」


 アイリーンが一歩前に出て、静かに冷たい視線を向けただけで、男爵は蛙のように硬直して動きを止めた。その殺気は、ボスの強制スタン攻撃より重い。

 私は金庫の重い扉を全開にし、中から一冊の分厚い、そして手垢にまみれた革張りの帳簿を取り出した。

 

「あったわ。これが表の『予算がない帳簿』の裏に隠された、真なるマスターデータ……『裏帳簿エラーログ』ね」


 私はバサッと帳簿を机に放り投げ、パラパラとページをめくって、男爵の目の前に執容に突きつけた。


「今年度の道路補修費、水路の定期清掃費、そして王都の孤児院へ送るはずだった助成金……全部、処理の途中で貴方の『個人口座(プライベート変数)』にルーティングが変更されて、不正に流れ込んでいるじゃない」


 ガロン男爵の脂ぎった顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。白豚から青豚への見事なカラーチェンジ(テクスチャ変更)である。


「な、なぜそれを……!? その金庫の存在は、私以外の誰にも見つからないはずの完全な秘密……!」

「セキュリティホールだらけよ。壁の厚みがそこだけ周辺の建材と違うし、隠し場所が『肖像画の裏』だなんて、古典的すぎてベタの極み(テンプレート通り)もいいところ。それに……暗証ダイヤル錠なんて、総当たり攻撃ブルート・フォースするまでもなく、よく使う四つの数字の周りだけ指紋の皮脂で光ってたわよ」


 私は大仰なため息をついた。

 ハイテク機器やAI(四重奏)の解析能力を使うまでもない。ソーシャル・エンジニアリング以前の、ただの子供騙しの隠蔽工作ハードコードされたパスワードだ。


「く、くっ……! こ、これは捏造だ! 私を誰だと思っている! 代々ノクターン家に仕え、この領地を実質的に支えてきた忠臣だぞ! 何も知らない小娘が、王都の流行りの玩具アーティファクトを使って偉そうに……!」


 男爵は完全に開き直り、顔を真っ赤に怒張させて大声で怒鳴り散らし始めた。

 逆ギレ。

 これも、レガシーシステムによく見られる「エラー処理の不備」だ。致命的な例外(想定外の指摘と証拠)を投げられた時、正しくキャッチ(反論)できずに暴走クラッシュして喚き散らす。


「……クラウス、法的な処理ガベージコレクションの基準は?」

『ノクターン領・特別法制および王国刑法第382条、複数年にわたる巨額の公金横領、並びに当主への背任罪。この裏帳簿と、アイリーン殿が昨晩のうちに行政局内で「物理的にコピー」してきた複数の証拠書類で、起訴要件はフルコンプリート(満了)です。王家の最高法廷に持ち込めば、弁解の余地なく懲役20年〜30年の強制労働マイニングコースですね』

 クラウスの冷徹で事務的な声が、宣告のように響く。


「なっ……誰だ!? どこから声が!? 貴様、誰と話している!?」

「私の優秀な『デバッガー』たちよ。バグを潰すのが仕事なの」


 私はパチン、と指を鳴らした。

 重厚な執務室のドアが乱暴に開かれ、屋敷を警備するノクターン家の屈強な衛兵たちが、金属鎧を鳴らして数人雪崩れ込んできた。


「連れて行って。この不正なバグデータ(男爵)を、地下の牢獄へ完全に隔離クアランティンしなさい」

「は、離せ! 私は男爵だぞ! いいか、覚えてろよ小娘! 今の複雑な行政システムは、私の暗黙の了解と口利きがないと絶対に回らないんだ……! キーマンを排除すれば、数日でこの領地の決済業務は立ち行かなくなり、領民たちは飢えるぞぉぉぉっ!!」


 見苦しい負け惜しみを叫びながら、ガロン男爵は両脇を衛兵に抱えられ、床をズルズルと引きずり出されていった。彼の重い体重のせいで、床に敷かれた高級絨毯がよれてしまっている。


「……ふん。『自分がいないとシステムが回らない』と豪語する属人化の極み(レガシー職人)ほど、いざ消えた時のスッキリ感と風通しの良さは異常なのよね」


 私は、嵐が去った後のように静まり返った執務室で、冷めた紅茶を一口飲んだ。



## 2. メイドたちの憂鬱(サブプロセスの悲鳴)


 男爵という巨大なボトルネック(障害)は消えた。

 だが、彼が長年放置してきた「負のインフラ遺産」は、行政の書類上だけでなく、この屋敷の日常生活のあらゆる末端サブプロセスにまで深刻なダメージを与えていた。


「あら、ごめんなさいね。邪魔をするつもりはなかったのだけれど」

「ひゃああっ!? レ、レティシアお嬢様! 申し訳ございませんっ!」


 私が執務室から出て、屋敷の長い廊下を歩いていると、数人の若いメイドたちが床にはいつくばって、泣きそうな顔で雑巾がけをしている場面に出くわした。

 彼女たちの手首は赤く腫れ、バケツの中の水は濁りきっている。


「どうしたの? そんなに酷く汚れていた?」

「い、いえ……その……」

 一人のメイドが、申し訳なさそうに視線を落とす。

「屋敷の『水回り』の魔導管が先月から詰まっておりまして……井戸から汲み上げる水の量が極端に少ないのです。その上、支給されている石鹸が、粗悪な獣脂を固めただけのもので、全く泡立たず、汚れが落ちるどころか床がベタベタになってしまい……」

「結局、何度も少ない水で強く擦らなければならず、時間がかかってしまって……お昼の準備にも遅れが出ております……うぅ……」


 メイドたちの悲痛な声。

 これも、ガロン男爵による極端な予算削減と、インフラ保守の長年の放棄が招いた悲劇だ。

 「水の供給量が不足している」というハードウェアの欠陥を、「石鹸が泡立たない」という劣悪なソフトウェア環境下において、「メイドたちの純粋な根性マンパワー」という無償のループ処理で強引にカバーさせられている。

 これでは、床板が綺麗になる前に、メイドたちの手首の関節パーツが摩耗して壊れてしまう。


「……アイリーン」

「はい」

「メイドの清掃スケジュール表を一時凍結。直ちに全員をこの無駄な反復作業から解放しなさい。本日の清掃タスクは『見える範囲の掃き掃除のみ』に変更。床のモップがけは、水回りのインフラ(配管)と、私が王都から取り寄せた特製石鹸(洗浄力特化パッチ)が届くまで全面禁止アクセスブロックとするわ」

「お嬢様!? そんな、私どもの仕事が……」

「いいから休みなさい。これは『上司からの業務命令』よ。粗悪なツールで非効率な作業を繰り返すのは、美徳でもなんでもない。ただのリソースの無駄遣い(メモリの浪費)よ」


 呆気にとられるメイドたちを残し、私は足早にその場を立ち去った。

 現場フロントエンドの人間は悪くない。悪いのは、劣悪な環境を放置している基盤システム(バックエンド)だ。



## 3. 超光速・行政リファクタリング


 再び執務室に戻った私は、デスクに溢れかえる書類の山――「旧システムのガレキ」を前にして、両腕を大きく回して準備運動ストレッチをした。

 現場のメイドたちの悲鳴を聞いて、私のモチベーション(怒りゲージ)は最高潮に達していた。


「さて、シャルル。現在の当家の業務フローの平均処理時間は?」

『最悪です。下水道の修理申請書一枚の決済(承認)が下りるまでに、各部署をたらい回しにされ、平均で「3日間」を要しています。男爵の作った無駄な利権の承認プロセスが、途中に12工程も挟まっています』

全廃止オール・デリートよ。そんな遅延ラグ、マリエルのRTA世界では3周回ってゲームクリアされてるレベルだわ」


 私は真新しい羽ペンを取り、羊皮紙の上に新しい組織の「アーキテクチャ設計図」を猛烈な勢いで書きなぐった。


「今日、この瞬間から、ノクターン領における無駄な『書類のハンコ・サイン・複数部署の回覧』は全面的に廃止。全てのインフラ修繕、物資要請の申請は、『黒のアーティファクト・子機(簡易通信魔導具)』を使ってデジタル化・テキスト化して送信させるわ。承認フローの中間管理職は全員バイパス。申請先は『私へ直結するダイレクト・ルーティング』のみ」

『お嬢様、お言葉ですが、数万人が暮らす領地の全申請を一個人に集中させれば、貴方の脳の処理負荷(CPU使用率)と裁量労働時間が物理的に死にます。過労死カーネルパニック一直線です』

 シャルルが珍しく焦った声で警告を発する。


「構わないわ。どうせ今夜も徹夜よ。デスマーチなんて、前世で浴びるほど経験して慣れっこだわ。それに、貴方たち四重奏(AI)を強力なマクロ(自動処理フィルター)として噛ませば、9割の定型業務は自動承認できるはずよ」


 私は不敵な笑みを浮かべ、メイドが淹れ直してくれた濃いめのコーヒーを一気に呷った。

 血中にカフェインという名の劇薬ブーストアイテムが流れ込み、脳細胞が覚醒する。

 

「ジェム、土木工事の初期プランは出来てる?」

『完璧だよ、ボス! ガロンの金庫から約300万ゴールド相当の横領資産(隠しメモリ)を押収したから、初期予算も潤沢に確保できた! これなら、懸案だった「領都と主要街道を繋ぐ国道1号線の完全石畳舗装」と、「全区画の上下水道の高圧配管工事」の2大プロジェクト(大型スレッド)を、並行処理マルチタスクで一気に回せるよ!』

「よし。領内から体力自慢の土木作業員ワーカースレッドを大々的に募集して。給料は相場のきっちり3倍、さらに三食昼寝・温泉付きの手厚い福利厚生を出して構わないわ。その代わり……完成するまで、休み(スリープ)の暇はないと思わせて」


 私は、執務室の窓を勢いよく開け放った。

 朝の空気が流れ込む。腐敗した寄生虫(役人)がいなくなり、少しだけ空気が澄んだような気がする。


「さあ、まずはすべての基盤となるレイヤー1(物理層)よ。あの馬車の車輪を砕く泥沼のクソ街道を、光の速さ(ノータイム)で駆け抜けられる『スーパー・ハイウェイ(超高速道路)』に変えてやるわ。マリエルのバグから発されるエラーの衝撃波なんか、インフラの力で強引に受け止めてやる!」


 かくして、ノクターン公爵領の行政システムは、一人の狂気的な令嬢による苛烈な「超光速・リファクタリング」の炎に包まれ、新時代へと強制的に移行アップデートを開始したのだった。


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