第6章 Ep6:正規ルート
## 1. 庭園での邂逅
翌日の午後。
レティシアは王宮の庭園に招待されていた。
その庭園は、ゲーム内の「乙女ゲーム」トロピーを獲得したときに表示される背景そのものだった。
咲き誇る薔薇。その色の濃さ、花びらの枚数、香気の強度——すべてが「最適化された美しさ」を体現していた。
芳醇な紅茶の香り。その香りは、ティーカップから立ち昇るのではなく、空間全体を支配していた。
そして目の前には、絵に描いたような王子様、フレデリック。
彼は、ティーテーブルの向かい側に座り、静かにレティシアを見つめていた。
「美味しいかい? レティシア」
フレデリックが問う。
その声には、優しさと、微かな「スクリプト的な」響きが混在していた。
「はい、とても。……味覚センサーが生きていて良かったです」
レティシアは(モザイクのかかったティーカップで)紅茶を啜った。
その液体は、彼女の「舌」という器官によって、適切に「美味」として認識された。モザイク処理を受けていても、五感の多くは機能していたのだ。
「BGMも素晴らしい」
レティシアは、背景に流れているBGMに注意を向けた。
モーツァルトの「ディヴェルティメント」か。いや、それよりも「乙女ゲーム」向けにアレンジされた、ピアノ版の穏やかなクラシック調だ。
周囲の風景は美しく、その美しさは「自然」というより「設計」に見えた。
ドリルも、ミサイルも、経済戦争もない。
前のループ(第5周目)では、この時間帯に「ドリル艦隊」が空から降ってくるはずだった。だが、この周はそれがない。
ただ穏やかな時間が流れている。
その穏やかさは、しかし、薄ら寒い。
「……これが、『乙女ゲーム』?」
レティシアは呟いた。
5回のループを経て、初めて「普通のヒロイン」のような扱いを受けている。
だが、その「普通」は、本当に「普通」なのか?
それとも、より深刻な「異常」の一種なのか?
## 2. 観測者の眼
その様子を、庭園の南側の植え込みの陰からマリエルが見守っていた。
彼女は、レティシアとフレデリックの距離、二人の視線の角度、会話の長さを、すべて記録していた。
「うぅ……良かったねぇお嬢様……」
彼女はハンカチ(モザイク)を噛んで泣いていた。
その涙は本物だった。感情的なオーバーフローが起きていた。
「今までRTAだのタワーディフェンスだの、変なジャンルばかりやらされて……やっと報われたんだね」
第1周目では、マリエルは「最強の聖女」として、戦闘メインのシナリオを進めていた。その後のループでは、様々なジャンルの「特殊ルート」を強制されてきた。
本来なら、自分がヒロインの位置にいるべきだったかもしれない。
だが、今のマリエルに妬みはなかった。
むしろ——
それどころか、胸の奥から湧き上がる「尊い……!」という感情が抑えきれない。
二人の風景を見つめるたびに、その感情は増幅されていった。
「あれ? あたし、なんでこんなに応援してるんだろ?」
マリエルは自問した。
普通なら、自分が蚊帳の外に置かれた場面で「悔しさ」を感じるべきだ。だが、彼女の感情は、その逆を指していた。
「……もしかして」
マリエルは、こっそり自分のステータス画面を開いた。
そこには、確認すべきはずだった「好感度」の欄に、赤文字で——
`Affection for Leticia: ∞ (Overflow)`
という表示が出ていた。
数値ではなく、無限大記号。オーバーフロー状態。
「あ、そっか。あたしの好感度も壊れてるんだった」
マリエルは、その事実を受け入れた。
自分も、レティシアも、この世界の住人たちも、すべてが「プログラムの被害者」だったのだ。
彼女もまた、この狂った世界の被害者(ヤンデレ予備軍)であることを。
## 3. シナリオの完璧さ
「レティシア」
フレデリックが、再び語りかける。
その声には、これまでになかった「感情的な強度」が込められていた。
「君はずっと僕のそばにいてほしい」
彼が手を取る。
背景にキラキラとしたエフェクトが舞い始めた。
画面全体を覆う、白く輝く粒子。それは「愛」の象徴だった。
完璧なタイミングで、庭園の東風が吹いた。
薔薇の花びらが舞い散る。その散り方は、あまりにも「演出的」だ。
BGMは、次第にクレッシェンドへと向かっていった。
「……完璧すぎる」
レティシアの背筋が冷えた。
彼の台詞、間の取り方、環境演出。
すべてが「プログラムされすぎている」。
隣国の住民たちと同じ、あの「コピペのような笑顔」の精巧版を見せられているような感覚。
だが、その「精巧版」は、あまりにも『まっとう』だったのだ。
もし、この演出が「ゲーム設計」から来ているのなら、フレデリックは「乙女ゲーム」の「正規ルート」を「完璧に」再現しているということになる。
「……殿下。一つお聞きしても?」
レティシアが問う。
その質問には、警戒心が込められていた。
「なんだい? 愛しい人」
フレデリックの応答は、すぐに返ってきた。
まるで、彼女の質問を「予測」していたかのように。
「貴方は、私の『何』を知っているのですか?」
初対面のはずだ。
なのに、なぜ最初から好感度がMAXなのか。
なぜ彼だけが「ハートマーク」を持たないのか。
なぜ彼の言動は「スクリプト」のように完璧なのか。
「君の全てだよ」
フレデリックは、深海のように深い瞳で微笑んだ。
その瞳は、彼が「人間」であることを示していた。感情がある。知性がある。だが、同時に「何か別の次元の存在」であることも暗示していた。
「君が生まれた時から、ずっと見ていた」
その言葉は、愛の言葉のようでいて、どこか観測者、あるいはストーカーの響きを含んでいた。
「何ですか? それは……」
レティシアが追及する。
「私たちが生まれた『時点』から、あなたは私たちを見ていた?」
「そうだ。このゲーム世界が、最初に起動された瞬間から」
フレデリックは、はっきりと言い放った。
「僕は、君たちのすべてを知っている。君の前世。君の転生。君のバグ。君の——」
彼の言葉は、突然、乱れ始めた。
音声にノイズが入った。
「〜〜〜〜僕が君たちを……〜〜〜〜」
「どうされました?」
「いや、何も。ただ……」
フレデリックは、その乱れを意図的に隠そうとした。
だが、レティシアは見つけていた。
彼の「完璧」さの裏に、確実に「何か」が蠢いているのを。
その「何か」は、花びら、風、BGM、そしてフレデリック自身をも蝕みかけていた。
「……何が起きているのですか」
レティシアは、その声に「恐怖」を込めて問う。
だが、フレデリックは、再びその完璧な笑顔を取り戻していた。
「何も。すべては、計画通りだ」
その言葉の響きは、もはや「愛」ではなく「支配」を示唆していた。




