第5章 Ep10:ミッションコンプリート
## 1. ピンク色の終焉
ピンク色の光が、王都を飲み込む。
それは炎ではない。
破壊の光でもない。
もっと粘着質で、暖かく、脳髄を直接融解させるような、「愛」の奔流だった。
光の中で、私とマリエルの姿は徐々に見えなくなっていく。
だが、消えるのは物理的な姿ではなく、心理的な距離だ。
「うわっ、何これ!?」
マリエルが悲鳴を上げる。
地面からハートマークのエフェクトが次々と湧き出し、衛兵たちが一斉に頭を上げた。
その瞳は、ただの兵士のそれではない。
黒目が心臓マークに変わり、よだれが垂れ、全身が色に染まっていく。
「女神……」
一人の衛兵が、ロボットのように身を起こす。
「俺の女神……」
別の衛兵が、手を伸ばす。
「捕まえなきゃ……俺だけの……」
三人目が、足を踏み出す。
それは求愛ではなく、狩猟だ。
だがその狩猟の動機が「好意」だという点で、何かが根本的におかしい。
「何が起きてるの!?」
私は叫ぶ。
タブレットを見ると、数値が完全に暴走していた。
```
[Real-time Affection Monitor]
Soldier_001: 18 → 52 → 847 → ERROR
Soldier_002: 0 → 13 → 491 → OVERFLOW
Soldier_003: 7 → 104 → 65535 → ∞
Target: Leticia & Mariel
Affection Conversion: LOVE → OBSESSION → YANDERE → [SYSTEM ERROR]
Emotional Stability: CRITICAL
Predicted Behavior: DANGEROUS PURSUIT
```
「ダメよ、あたしたちが好かれすぎてる!」
## 2. 愛の物理法則
ここで、一つの重要な仕様がある。
この世界では、感情が数値であり、その数値が「物理的な力」に変換される。
好感度が高いほど、NPCはプレイヤーへと引き付けられる。
好感度が100を超えると、その引力は増幅される。
そして好感度が「無限」に到達すると……
引力は「万有引力」から「特異点」へと変わるのだ。
衛兵たちが駆ける。
彼らの速度は異常だ。通常の兵士ではあり得ない加速。
好感度という数値が、彼らの筋肉を、神経を、すべてを支配している。
それは愛する者へ突進する狂気。
もはや殺意と好意の区別はない。
「逃げるわよ!」
私はマリエルの手を掴み、二人は走った。
だが、その時。
空が鳴った。
不協和音。
世界の断末魔の音。
```
『CRITICAL SYSTEM ERROR』
『Affection Calculation: FAILED』
『Values exceed: FLOAT_MAX (3.4e+38)』
『Double precision: BROKEN』
『System cannot handle this amount of LOVE』
『Initiating emergency shutdown』
```
「あ……」
マリエルが空を見上げた。
亀裂が広がる。
その亀裂から漏れ出すピンク色の光は、もはや光ではなく、世界そのものの破片だった。
デジタルな何かが、物理的に解き放たれている。
「この世界が……終わる」
私は呟いた。
データが消える。
世界が消える。
そして。
「一緒に……」
マリエルが手を握り直した。
二人は身を寄せ合い、崩壊する世界の中で耐えた。
視界がホワイトアウトする。
音が消える。
時間が止まる。
5周目の終わり。
ステルス・アクションの幕引きは、恋愛シミュレーションへの強制遷移だった。
## 3. 第6周目:新たな地獄
白い部屋。
また、あの部屋だ。
私とマリエルは、その中央に立っていた。
何度目だろうか。この白い部屋は、すべての周回の「チェックポイント」である。
「……はぁ」
私は安堵のため息をついた。
肥大化していた当たり判定は元に戻っていた。
体が通常サイズに戻った感覚。
それは不思議と心地よかった。
「生きてた。また生きてた」
マリエルが笑う。
RTA走者としてのプロ意識が、危機的な状況さえもゲーム画面に変えてしまう。
「ええ。次で……」
私の言葉が止まった。
「レティシア?」
「あれ?」
自分の手を見た。
その手が、モザイク状の四角いピクセルで覆われていた。
「え、え、え?」
マリエルが指差す。
「顔が……レティシア、あなたの顔が!」
慌てて虚空に氷を出現させ、その反射面を鏡にする。
見えたのは、白い霧のように、荒いモザイクに覆われた顔だった。
目も口も、すべてが四角い格子で隠されている。
「は? ふざけるな、何よこれ!」
その瞬間、システムメッセージが浮かび上がった。
```
『SYSTEM MESSAGE: Chapter 5 Complete』
『Penalty Applied: Explicit Content Regulation』
『Reason: Your existence itself is a BUG in the system.』
『Applied Patch: All-Ages Content Protection Mode v2.0』
『Modification: Visual censorship will remain until new chapter requirements are established.』
```
「冗談じゃあるまい!」
私は叫ぶ。
その声さえも、どこか歪んでいる。
「あたしたち、何も卑猥なことしてないわよ!」
「むしろ逃げてただけだし」
マリエルが続ける。
だが、メッセージは止まらない。
```
『Justification: You exist as a logical paradox in this world.』
『You are simultaneously:』
『 ・An NPC (bound by world rules)』
『 ・A Player (exempt from world rules)』
『 ・A System Administrator (capable of breaking rules)』
『This tri-state existence violates 公序良俗 (public morality).』
『As such, we have applied corrective measures.』
『Estimated duration of penalty: Until completion of Chapter 6』
```
「ふざけんな!」
私の叫びが白い部屋に反響した。
その声は、本来なら官能的で、甘く、どこか魅力的であるはずの声。
だがそれはすべてモザイクで隠されている。
表現規制。
即ち、「存在そのものの否定」だ。
「次の世界……」
マリエルが呟く。
画面の上に、新たなチャプタータイトルが表示される。
```
『CHAPTER 6: YANDERE SIMULATION』
『Affection System: UNLIMITED』
『NPC Behavior: OBSESSIVE』
『World Suitability: DANGER ALERT』
『Recommended Strategy: SURVIVAL at all costs』
```
「そうか。次の世界は……」
私は拳を握った。
モザイクに隠された顔の奥で、何かが燃えている。
怒りか。
覚悟か。
それとも。
「『ヤンデレ乙女ゲーム』だ」
マリエルが言い切った。
世界中のNPC。
全員が、二人に対して「無限の好意」を持つ世界。
その好意が、物理的な力として迫ってくる世界。
愛が、暴力になる世界。
そして私は、その世界に、モザイクのペナルティを背負ったまま突入しなければならない。
「生き残ろう」
私は手を握る。
「ああ」
マリエルが握り返す。
白い部屋から、ピンク色のローディング画面へ。
新章開始のファンファーレが、妙に甘い音色で鳴り響いた。
第5章は幕を閉じた。
第6章は、始まったばかりだった。




