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第5章 Ep6:ハッキング

## 1. 賢者の石という名の端末


 宝物庫の中央。

 台座の上に、虹色に輝く結晶体「賢者の石」が浮いていた。


 それは、あらゆる魔力の源泉だ。光そのもののような輝きを放ち、その周囲には魔力が奔流となって渦巻いている。一国の宝だ。人類の英知の結晶だ。そして――世界のメインサーバーだ。


 私はその光景を、分析的な眼差しで眺めていた。SE時代に見た無数のサーバールームを思い出す。あの機械的な冷たさ、規則的に点灯するランプ、そして隠された膨大な情報。この「賢者の石」も、本質は変わらないのだろう。


「これが、この国の魔導インフラの根幹ルート……」


 私は懐から「自作の接続ケーブル」を取り出した。複数の異なる端子を備えた、かなり試行錯誤の跡が見える代物だ。この世界の魔力端末と、私が持ち込んだタブレット端末を繋ぐために、何度も改良したのだ。


「マリエル、周囲の警戒をお願い。ここからが本番よ」


「えっ、宝物は盗まないの?」


 マリエルは首をかしげた。彼女の思考回路は確かに単純だ。盗むべき宝があるなら盗む、という直線的な発想しかない。


「盗んでも逃げ切れないわよ。追い手は多すぎる。欲しいのは『情報ログ』だけ。これなら見た『だけ』で、痕跡は残りにくい」


 私はタブレットをセットし、ケーブルを接続した。瞬間、デバイスの画面が明滅した。


 これからやることは、この国の「運営側のシステム」に無許可でアクセスするということだ。つまり、不正アクセス。罪名で言えば、重大な国家反逆罪だ。だが、ここまで来たなら後戻りはない。


 私はキーボードを叩き始めた。


「接続……」


 タブレットの画面に、ブラックスクリーンが映った。そこに白い文字が浮かぶ。


## 2. 世界のログ


```

[Host Connection Protocol v1.0]

========================================

Connecting to Host... OK.

Handshake: SUCCESS

Encryption Check: PASSED

Access Level: GUEST

Warning: Unauthorized access detected.

System Admin has been notified.

========================================

```


「ゲスト権限か。でも、閲覧リード権限さえあれば……」


 私の指が画面をタップした。コマンドラインに入力が始まる。


```

$ dir /logs

$ cat system_logs.txt

```


 画面に文字列が滝のように流れ始めた。


 それは、この世界の「歴史」そのものだった。だが、きちんとした年表ではなく、エラーレポートとリセット記録の羅列。この世界が、何度も何度も「再構築」されてきた証拠だ。


 私が探していたのは、きれいな歴史書ではない。システム管理者が見る、世界のバックアップログだ。


```

============================

World System Status Report

============================


System Start: Year 0

Current Date: Year 1247, Month 3, Day 15

Total Uptime: 1,247 years (with interruptions)


Reset Count: 4

Current Loop: 5th Instance


Last Reset Trigger: Integer Overflow in Economic Calculation

Last Reset Date: Year 1246, Month 2


=============================

```


「やっぱり……!」


 私の呼吸が浅くなった。


「私たちの記憶通り。この世界は、4回リセットされている。つまり、私たちは4周分の記憶を持ったまま、5周目を生きているということ」


 マリエルも画面を覗き込んだ。彼女の浮かれた表情が、今は真摯なものに変わっている。


 さらに私はログを遡った。リセットの原因。それは、重要な情報だ。


```

============================

Reset Trigger Logs

============================


Loop 1 Reset Trigger: Memory Leak in Core System

Caused by: Leticia (Suspect)

Date: Year 345, Month 8

Error Code: SYSTEM_OVERFLOW_001


Loop 2 Reset Trigger: Critical Processing Delay

Caused by: Mariel (Suspect)

Date: Year 498, Month 11

Error Code: SYSTEM_BOTTLENECK_002


Loop 3 Reset Trigger: Stack Overflow in Networked Systems

Caused by: L-Net (Suspect)

Date: Year 672, Month 5

Error Code: NETWORK_OVERFLOW_003


Loop 4 Reset Trigger: Integer Overflow in Economic Calculation

Caused by: Economy (Suspect)

Date: Year 1246, Month 2

Error Code: ECON_OVERFLOW_004


=============================

```


「全部……全部私たちのせいになってる……!?」


 私の声が震えた。


 これは単なるバグ報告ではない。これは「犯人指名」だ。レティシアとマリエルという個人名が、「世界を破壊した容疑者」として記録されているのだ。


「システムの認識としては……」


 私は自分の声を抑えるのに必死だった。


「運営は、私たちを『特異点バグ』として認識している。この世界に無い『存在』。だから、存在の矛盾を解決するため、世界をリセットして排除しようとしている」


 つまり、私たちは『害虫』のように扱われているということだ。駆除されるべき存在として。


 だが、それでも終わりではない。私はさらに深い層へアクセスしようとした。システムログの奥底。管理者権限の記録。


```

$ cat admin_logs.txt

```


 画面がまた変わった。


```

============================

Administrator Access Log

============================


Primary Administrator:

Name: King (The Ruler)

Title: ADMIN LEVEL 99

Access: FULL SYSTEM CONTROL

Last Login: Year 1247, Month 3, Day 14, 23:45

Permissions: CREATE, DELETE, RESET, MODIFY ALL


Secondary Administrators:

- Chancellor Lucius (ADMIN LEVEL 80)

- Knight Captain Glen (ADMIN LEVEL 60)

- Information Broker Gilbert (ADMIN LEVEL 40)

[Recently Added: Year 1247, Month 1]


============================

```


 私の手が止まった。


 画面に映っているのは、世界の秘密だ。


「国王……陛下が、管理者(GM)?」


 その声は、ほぼ呟きに近かった。


 いや、そんなはずがない。あるはずがない。だが、画面に映っているのは事実だ。システムの内部記録であり、この世界の『真実』だ。


 国王という存在は、単なる統治者ではなく、この世界のゲームマスター(GM)だったのだ。世界のすべてを操る、唯一絶対の存在。


 私が息を呑んだ時。


 背後で、ゆっくりとした拍手が聞こえた。


## 3. 裏切りと真実


「――正解だ。よくそこまで辿り着いたな、お嬢ちゃん」


 振り返ると。


 そこには、銃口(魔導銃)を向けたギルバートが立っていた。


 彼の顔は、いつもの柔和な「情報屋」という仮面をかなぐり捨てて、別の表情になっていた。冷徹。計算的。そして――確実な勝者の余裕。


 彼の背後に、続々と武装した近衛騎士団が現れた。銀色の鎧を纏った精鋭たち。その数は、ざっと20名以上。


 その中には、見覚えのある顔があった。


「グレン……」


 ギルバートの兄だ。彼の目には、複雑な感情が映っていた。だが、銃は向けられている。


 そして、その隣には。


 宰相ルシウス。白い長髪、高貴な装甲、そして静寂を纏った危険な雰囲気。彼は、この国の統治機構の中で最も権力を持つ男の一人だ。


「ギルバート……君が?」


 私は、自分の声が震えているのを感じた。


 ギルバートはゆっくりと銃を下げた。だが、いつでも発射できるという緊張感は、消えていない。


「悪いな、お嬢ちゃんたち。正確には『お嬢ちゃんと……その相棒』か。俺は『情報屋』だ。確かにそれは本当。だが、俺の一番の上客は、『国家』――つまり、兄貴であり、その上の陛下だったんだよ」


 ギルバートは淡々と続けた。その口調は、友人に悪いことをした時の「謝罪」ではなく、獲物を仕留めた狩人の「報告」だった。


「最初からお前らを追跡するよう、命じられてた。S級指名手配犯の二人。何がやってるのか、どこに向かっているのか。全部。」


 その言葉で、私は悟った。


 これは『協力』ではなく『囮捜査』だったのだ。


 ギルバートは、私とマリエルを『誘い込む』ために、情報を小出しにしていたのだ。宝物庫への進入路も、セキュリティの情報も。全部。


「これで、な」


 ギルバートは満足気に笑った。


「お前らは『無実を証明』できないどころか、『現行犯逮捕』だ。最深部の宝物庫で、賢者の石にアクセス。証拠は完璧。目撃者も多い。逃げ場はねぇ」


 彼は銃を再び向けた。だが、撃つ気はないようだ。『逮捕』が命令なのだろう。


「……チェックメイト、ってわけだ」


 私は、その瞬間に気づいた。


 この世界は『ゲーム』なのだ。運営がいて、管理者がいて、ルールがあり、勝敗がある。そして自分たちは、『バグ』として、排除されるべき存在として、狩られていたのだ。


 4周目までは『偶然』だったかもしれない。だが、5周目はそうではない。今、自分たちは『意図的に』包囲されたのだ。


 罠だった。すべてが。


 S級指名手配犯を確実に捕らえるための、国家規模の『囮捜査』。綿密に計画された『狩り』。そして――世界の真実を知った『罪人』として、完全に包囲される二人。


 私はマリエルの方を見た。


 彼女の顔には、何の恐怖もなかった。むしろ、興奮のような光が宿っていた。


 それはつまり――まだ、終わりではないということなのだろう。


 5周目のゲームは、ここからが本当の始まりなのかもしれない。


 だが、その時点では、私もマリエルも、あの国王という『ゲームマスター』が、自分たちの行動を『上から監視』していることに気づいていなかった。


 テレビゲーム中継サービスの如く。


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