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第2章 Ep10:クラッシュ&リセット


 その静寂の中で。


「捕まえた!」


 マリエルの手が、レティシアの胸元を掴んだ。


 至近距離ゼロ・ディスタンス

 弾幕の雨を抜け、物理演算バグによる強引な突破で、ついに聖女が悪役令嬢に肉薄したのだ。


 その瞬間、彼女は勝利を確信した。

 あと一手。

 あと一撃。


 だが。


「離しなさいよ、このバグ女!」


 レティシアは、気を失っていなかった。

 彼女の意識は、まだ戦闘モードのままだ。

 むしろ、この至近距離こそが、彼女の「魔導兵器」をフル起動させるための、最高のチャンスなのだ。


「嫌だね! さあ、降参して! イベント進行フラグを渡しなさい!」


 マリエルが、レティシアの体を持ち上げようとする。

 だが、その瞬間。


「デッドリーポイント・ショット!」


 レティシアが、至近距離で、オプションから直撃魔法を放った。


 二人が揉み合う。

 その周囲では、制御を失ったオプションが暴走し、四方八方にビームを撒き散らしている。


 後方ではグレン率いる騎士団が、処理落ちでカクカク動きながらも、その混乱の中から這い出そうと必死だ。


 騎士たちの動きは、既に正常ではない。

 彼らは、まるで「低フレームレートで撮影された映像」のように、ギクシャクとした動きをしている。


 その原因は、単純だ。

 この世界の「処理能力」が、限界を超えているのだ。


 ガガガ……ピ……ザザ……。


 世界の音が狂い始めた。

 本来は連続した音であるはずのものが、途切れ途切れになり、時には逆再生されている。


 風景が紫色のノイズに侵食されていく。

 昼間だったはずの空が、段々と黒く変わっていく。


 そして、遂に。


 空に巨大な「エラーログ」の文字列が浮かび上がる。


『Warning: Memory Overflow』

『Error: Object Count Exceeded Limit』

『Error: Physics Engine Collapse Detected』


 ジェムが絶叫する。


『お嬢、もうダメだ! メモリが溢れる! 物理メモリも仮想メモリもパンク寸前だよ!』


 その悲鳴は、既に人間の声ではなく、ロボットの「エラー音」に変わっていた。


『システム統合性が76パーセントまで低下しています』

『警告:コアプロセッサが過熱しています』

『危機的警告:システムシャットダウンが予想されます』


 マリエルも、その状況に気付いた。


「え……何これ?」


 彼女の足元で、地面が「消える」。

 正確には、地面のテクスチャが剥がれ落ちて、その下の「何もない空間」が露出しているのだ。


「ええい、ままよ! 全魔力解放フル・バースト!」


 レティシアが、最後の賭けに出た。

 彼女の全ての魔力を、一瞬で放出する。


 それは、魔導師の自殺行為だ。

 だが、この状況では、そんなことはどうでもいいのだ。


「物理攻撃力、無限固定!」


 マリエルが、聖杖の全ての力を引き出した。


 二人が同時に叫び、互いの最強の一撃を放った。


 その瞬間。


 プツン。


 世界から「音」と「動き」が消えた。

 完全なフリーズ。


 レティシアと、マリエルの姿勢が固まった。

 その間には、放たれたビームと、振り下ろされた聖杖があった。


 グレン団長は、口を大きく開けた間抜けな顔で静止している。


 騎士団全員が、その場で凍結した。


 世界は、止まった。


 そして、その静寂の中へ。


## 2. 運営(神)の裁定


 真っ白な空間。

 そこには、何もない。

 色も、形も、存在も、全てが剥ぎ取られた、純粋なアルファベットの背景。


 その中で、二人の意識だけが宙に浮いていた。


 レティシアとマリエルの「心」が、この空間に引き出されたのだ。


 二人は動けない。

 話すこともできない。

 ただ、浮かんでいるだけだ。


 そして。


 無機質なシステム音声だけが響いた。


『深刻なシステムエラーを検知しました』


 その声は、何かの「機械」のものではなく、むしろ「世界そのもの」の声のようだ。


『原因:過剰なオブジェクト生成(弾幕)および、不正なパラメータ操作グリッチ


 その通りだ。

 二人は、この世界の「仕様」を完全に無視して、その力を使ってしまったのだ。


『強制リセットを実行します』


 レティシアとマリエルの意識だけが宙に浮いていた。

 二人は動けないまま、その声を聞いていた。


『尚、ゲームバランス崩壊を防ぐため、次期バージョン(第3章)への引き継ぎデータに対し、以下の修正パッチを適用します』


「……は? パッチ?」


 レティシアが声を漏らす。


 「パッチ」という言葉は、彼女にとって最悪の言葉だった。

 それは、彼女が精巧に調整した「システム」が、他者によって上書きされることを意味するからだ。


『修正項目1:オブジェクト「近衛騎士団」のコントロール権限を剥奪。プレイヤー「マリエル」は単独ユニットとして再配置されます』


 その瞬間、マリエルの心臓が止まりそうになった。


「えーーっ!? 私の軍隊が没収!? せっかく手に入れたのに!」


 マリエルが抗議するが、システムは無視する。

 それは、もはや「意見を述べる余地」すら与えない、完全なる「強制」だった。


 彼女が、第2章を通じて蓄積してきた「資産」である500騎の騎士団。

 その全てが、運営の一声で没収されるのだ。


 それは、RTA走者にとっての最悪のシナリオだ。

 集めた「アイテム」を失うこと。

 倒したはずの「敵」がリセットされること。

 そして何より、自分の「戦略」が「無意味」と判断されること。


『修正項目2:オブジェクト「魔導兵器」および、その基幹技術である「回転機構ドリル」の使用を禁止。プレイヤー「レティシア」のインベントリから該当アイテムを削除します』


「な……っ!? 私のドリルを!? あのロマンの結晶を奪う気!?」


 レティシアの悲鳴が響く。


 ドリル。

 それは単なる「武器」ではなく、彼女の「哲学」であり、「アイデンティティ」であり、「夢」そのものだった。


 なぜ、ドリルなのか。

 それは、「回転」という概念を極限まで追求した、究極のエンジニアリングの産物だからだ。


 ドリルは、回転する。

 その回転で、あらゆる障害を突破する。

 その回転で、世界をねじ曲げる。

 その回転で、前へ進む。


 それは、レティシアの「縛りプレイ」哲学そのものだった。


「ドリルは、無駄な回転だ」


 そう、運営は判断したのだろう。


 最短最速を求めるゲーマーにとって、「回転」は非効率だ。

 直線的に進むべき。

 余分な動きは、すべて排除すべき。


 だが、レティシアはそうは考えない。

 ドリルの回転は、無駄ではなく、「希望」だ。

 その回転の中に、彼女の全ての思想が詰まっている。


 ドリルを失うということは、もはや「魔導科学」そのものを封じられたに等しい。


 彼女の「道具」が奪われるのだ。


『バランス調整、完了。データをセーブしました』


 その言葉が、全てを決定した。


『これより、第3章を開始します』


 そして。


 白い空間が消える。


## 3. 3周目の朝


 ピピピッ、ピピピッ。


 アラーム音が鳴る。


 3度目の入学式の朝。


 レティシアはベッドの上で目を開けた。

 その動作は、全く同じだ。

 同じ部屋。同じ時間。同じ朝。


 しかし、「全て」が違っていた。


「……最悪だわ」


 レティシアはベッドの上で頭を抱えた。


 インフラ(道路や水道)は残っている。

 彼女の「正攻法」で構築した基盤は、運営の目を逃れたのだろう。


 だが、地下室を確認すると、あの美しい魔導兵器たちは影も形もなくなっていた。

 タービン、冷却ファン、加熱炉、全ての「回転機構」が消滅している。


 そして何より。


「私の……私のドリル髪(縦ロール)まで没収されてるじゃない!」


 鏡の中の彼女は、サラサラのストレートヘアになっていた。

 彼女のトレードマークだった「縦ロール」が、完全に消滅している。


 それは、単なるヘアスタイルの変更ではなく、「運営による侮辱」そのものだった。


 回転機構の禁止。

 ドリルの禁止。

 そこまで徹底するか、運営。


 だが、彼女は決めた。


「……許さない。こうなったら、魔法理論ロジックだけで勝負してやるわ」


 縮毛矯正のように、真っ直ぐにされた髪を握る。


 彼女は、その「絶望」の中に、また新たな「希望」を見出していた。


 回転がダメなら、「流れ」で勝とう。

 ドリルがないなら、「論理」で攻撃しよう。

 縦ロールがないなら、「理論」で彼女を説明しよう。


 いつだったか、マリエルが言った言葉が思い出される。


 「『枯れた技術の水平思考』」


 ならば、彼女は「新しい論理の垂直思考」で対抗してやる。


 その決意は、彼女の目に燃えていた。


---


 一方、王都の宿屋。


 マリエルもまた、枕を壁に投げつけていた。


「軍隊がない! グレン団長とのコネも消えてる!」


 彼女の「プレイ環境」が、完全にリセットされていた。


 レベルやHP、スキルは継承されている。

 だが、「外部パラメータ」である装備や同盟は、全て没収されたのだ。


 これは、RTA走者にとって、「縛りプレイ」の究極の形だ。


 素の状態で、何ができるか。

 何の助けもなく、どこまで行けるか。


 その問いに対して、彼女は同じ答えを出すだろう。


 「全力で突っ込む」


 マリエルは、枕を拾い上げた。


「次は『宮廷魔導長官』だ。魔法使いなら、物理じゃなくて『論理』でハメてやる」


 その瞳には、既に次のステージへの「興奮」が宿っていた。


 敗北ではなく、「新たなチャレンジ」。

 没収ではなく、「新しい縛りプレイ」。


 彼女たちは、ゲーマーだ。


 その本質は、「困難を楽しむ」ことにある。


 3周目のターゲットは、魔法オタクのサイラス長官。

 新たな「縛りプレイ」環境下で、ゲーマーたちの戦いは続く。


 だが。


 その朝、レティシアは感じていた。


 何かが、「違う」こと。


 鏡の中の、ストレートヘアの自分。

 地下室から消えた、全ての回転機構。

 そして。


 心のどこかに、残る「悲しみ」。


 それは、ゲーマーとしての「興奮」では消せない、何かをっ失った時の「喪失感」だった。


 彼女は、それが何かを知っていた。


 それは、「自分のゲーム」を失ったことの悲しみ。


 運営に強制されたリセットではなく、「自分で選んだ道」を行くことの、その重要性。


 だが、今、彼女にはその道がない。


 ただ、「next loop」へ進むだけ。


 その朝、王都の宿屋には、「何か大切なもの」の喪失感だけが残っていた。


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