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第2章 Ep9:対決、物理 vs 魔導


「消えなさい。メガ・クラッシュ!!」


 レティシアの指揮棒が振り下ろされた。

 4つのオプションが集束し、限界まで圧縮された魔力の塊が放たれる。

 極太の光の奔流。


 その太さは、馬一頭分。

 その長さは、街道全体を横切るほど。

 その輝きは、瞬間的に見ているだけで網膜が焼き付きそうなほどの強度を持っていた。


 波動砲。

 ビームを放つゲームのラスボスたちが使う、「終わりの一撃」。


 それは一直線に、騎士団の群れへと突き進んでいく。


 グレンは、その瞬間、死を覚悟した。


 避けられない。

 防げない。

 唯一の希望は、もしも聖女マリエルが何か魔法を使ってくれることだけだった。


 だが、彼は聖女の叫びを聞かなかった。


「……あ」


 グレンの瞳に映るのは、光だけだ。


 カッ!!!!


 轟音と共に、街道の地形が変わる。

 地面が抉れ、土煙が舞い上がる。

 直撃すれば、レベル99のマリエルといえど蒸発は免れない。


 波動砲が通過した軌跡は、もはや「道」ではなくなっていた。

 それは巨大な「溝」と化しており、その深さは、人間の背丈の数倍もあるだろう。


 煙が立ち込める。

 グレンは、その中へ身を投じられた。


 痛い。

 熱い。


 だが、死んではいない。


 彼の「防御力強化プロテクション」という魔法が、彼を即死から救った。

 ただし、代償として、彼の甲冑は、部分的に焦げていた。


 その焦げた箇所から、熱が逃げ出しており、彼の皮膚も軽い火傷を負っていた。


 痛みに耐えながら、グレンは前を見た。


 「……やったか?」


 レティシアが硝煙の向こうを睨む。

 4つのオプションは、その一撃で大きく後退し、今は防壁の上で、ゆっくりと浮遊している。


 「メガ・クラッシュ」は、レティシアの全魔力を使い切った一撃だ。

 次の攻撃まで、少なくとも数秒の猶予がある。


 だが。


 「あぶなーい。判定シビアすぎでしょ」


 煙の中から、無傷のマリエルが現れた。

 彼女は空中で奇妙なポーズをとっている。

 片足を上げ、もう一方を屈めた、まるで体操の「V字バランス」のような格好だ。


「な、なんだあのポーズは……?」


 グレンが呟く。

 それは、戦闘中の人間が取るべき姿勢ではない。

 むしろ、それは「ゲーム」の中でしか起こり得ない、物理的に不自然な形だった。


「ポーズ・バッファリング(Pause Buffering)。ヒットする瞬間にメニュー画面を開閉して、当たり判定のフレームを飛ばしたの」


 マリエルは平然と言い放った。

 この世界にメニュー画面はない。だが彼女は脳内で「処理の中断」を行うことで、自分への干渉を意図的にラグらせ、判定をすり抜けたのだ。


 つまり、彼女は波動砲が来るその瞬間、自分の「生存判定」を一瞬停止させたのである。

 その結果、波動砲は「敵がいない空間」を通過し、彼女は無傷で生き残ったということだ。


 これは、ゲームの仕様を逆算した、究極の「グリッチプレイ」。


「ズルいわよ! さすがバグ聖女、判定詐欺はお手の物ね!」


 レティシアが声を上げた。

 その声には、不満よりも、むしろ「興奮」が込められていた。


 敵は、正統派の「魔法使い」ではなく、自分と同じ「ゲーマー」だったのだ。

 ルールを理解し、ルールをねじ曲げ、ルール外で勝利を得る存在。


 これまで、レティシアは、この世界の「他の誰か」と戦っていたのではなく、「同志」と戦っていたのだ。


「そっちこそ! なにあのビーム、画面端まで届くとかクソゲー判定じゃん!」


 マリエルは反論した。

 彼女も、同じ興奮を感じていた。


 この戦いは、もはや「政治的対立」ではなく、「ゲーマー同士の意地の張り合い」へと変貌していたのだ。


## 2. 無敵時間 vs 弾幕


「ムカつく! もう容赦しない!」


 マリエルがバケツを加速させた。

 彼女は騎士団(盾役)を置き去りにして、単騎で防壁へと突っ込んでくる。


 その速度は、これまでとは比較にならない。

 ヘイストの効果を最大限に引き出し、重力すら無視して垂直に上昇していく。


 光の尾を引くバケツが、防壁の上へと迫る。


「迎撃! 弾幕パターンC『乱れ撃ち』!」


 レティシアが叫ぶ。

 オプションが散開し、ありとあらゆる角度から魔力弾をばら撒く。

 隙間などない。

 回避不可能な死の雨。


 だが、マリエルは止まらない。

 彼女は、その弾幕を「潜る」のではなく、「突っ込む」ことにしたのだ。


 彼女は被弾するたびに、体が赤く点滅している。


 ピカッ、ピカッ、ピカッ。


「被弾後の無敵時間インビンシブルを利用した強行突破ダメージブースト!?」


 レティシアが叫ぶ。


「痛いけどね! 死ななきゃ安いのよ!」


 マリエルはワザと弱い弾に当たり、その無敵時間を使って致命的な弾幕の中を泳ぐように進む。

 HPをリソースとして消費する、RTA走者特有の狂気じみた戦法。


 これは、多くのゲーマーにとって「非効率的」に見えるだろう。

 だが、彼女にとっては、これが「最速」の方法だった。


 回避に使う時間よりも、ダメージを受けて無敵時間を利用する方が、移動速度が上がる。

 それは、データ分析に基づいた、完全に理論的な判断だった。


 無敵時間が終わろうとするたびに、マリエルは意図的に次の弾に当たる。

 その繰り返しで、彼女は確実に防壁に近づいていく。


「来る……!」


 レティシアが杖を構えるのと同時、マリエルが防壁の上に着地した。


 彼女の着地は、激しかった。

 防壁の石質に、ひびが入る。

 その衝撃で、周囲の石の一部が粉々に砕け散った。


 だが、マリエルは無傷だった。

 赤い点滅が消え、彼女の体は完全に回復していた。


「ここがボス部屋(本丸)かー。いい眺めだね」


 マリエルは呟いた。


 防壁の上からは、ノクターン領の全景が見える。

 整然とした畑。整備された街道。

 そして、その全ての中心には、古くも美しい領主館が建っている。


「私の領地に土足で上がり込まないでくださる? 礼儀知らずな聖女様」


 レティシアが、杖を構え直した。

 その刃は、月光に照らされて輝いている。


 魔力で強化された剣だ。

 その切れ味は、鋼すら容易く両断するほど。


 二人の少女が対峙した。

 一方は最強の物理アタッカー。HP99のすべての力で、敵を打ち砕くための純粋な暴力。

 一方は最強の魔導エンジニア。弾幕と波動砲で、敵を焼き尽くすための純粋な火力。


 その距離は、わずか5メートル。


 射程距離内。


 至近距離。


## 3. 処理落ちする世界


「話し合いは……」


「「無駄スキップだね/でしょ」」


 声が重なった。


 まるで、シナリオが先に決まっていたかのような、その呼応。


 次の瞬間、二人は同時に動いた。


「上上下下左右左右BA! リミッター解除バースト・モード!」


 レティシアが、古いゲームコンソールのコマンドを叫びながら、杖を振り上げた。

 オプション群が、その周囲で暴走し始める。


 コマンド入力と同時に、彼女の魔力が数倍に増幅された。

 それは、本来の彼女の限界を完全に超える出力だ。


「聖女の杖(物理)! 攻撃速度(AS)無限!」


 マリエルが、古い聖典を武器として杖のように振り回した。

 その速度は、既に「残像」を残すレベルではなく、「複数の杖が同時に存在する」かのような錯覚を生む。


 レティシアの周囲でオプションが暴走し、視界を埋め尽くすほどの光線が乱れ飛ぶ。

 マリエルの杖が、その全ての光線を物理的に叩き落とす。


 光と光が衝突する。

 光と物質が衝突する。


 その衝突の瞬間、空気が歪む。


 ガガガガガガガガッ!!


 光と衝撃が交錯する。

 そのあまりのエフェクト量に、世界が悲鳴を上げた。


『お、お嬢、fpsが……フレームレートが一桁に……!』


 ジェムの声が、もはや感電しているかのようなノイズが混じった状態で聞こえてくる。


『マリエル様! 背景のテクスチャが剥がれてます! 建物が消えてます!』


 (なぜかマリエルについてきた)騎士団長グレンの叫びが重なる。

 彼は、いつの間にか防壁の上に飛ばされており、その周囲で起きている現象に、ただ戦慄していた。


 空の色が紫色にバグり、地面からポリゴンが突き出す。

 本来はあるはずの石造りの防壁が、部分的に透明化し、時に反対に「二重化」している。


 二人の力が衝突するたびに、世界の処理が追いつかなくなり、時空が歪んでいく。


 それは、まるで「低スペックのパソコン」でハイエンドなゲームを無理矢理実行しているかのような、その違和感だ。


 グレンは、その現象を見て、初めて理解した。


 彼らが戦っているのは、通常のゲーム世界ではなく、「物理エンジンがバグっている世界」なのだと。


「まだよ! まだ動ける!」


 レティシアが叫びながら、杖を振るい続ける。

 その速度は、既に彼女の視認すらできないレベルに達していた。


「重い……! でも、私の入力コマンドは通る!」


 マリエルも負けじと、杖を振り続ける。

 彼女の運動能力は、既に「人間レベル」を超えており、単なる「物理現象」ではなく、もはや「概念」のような戦闘になっていた。


 二人は止まらない。

 世界が壊れようとも、目の前の敵を倒すまで、その手は止まらない。


 光と光が生まれ、消える。

 空気が歪み、戻る。

 時空が揺らぎ、凍結する。


 それは、もはや「戦闘」ではなく「現象」だった。


 ジェムは、その光景を見て、もはや「説明」することすら諦めていた。


『警告:メモリ使用率が150パーセントを超えました』

『警告:オブジェクト数が上限を突破しました』

『警告:物理演算エラーが多発しています』


 システムメッセージが、次々と表示される。

 だが、二人は、それらのメッセージを無視した。


 そして。


 その全てが、遂に限界を迎える時が来た。


 弾幕が止まる。

 杖が止まる。


 互いの攻撃が交わるその寸前。


 その瞬間だった。


 プツン。


 世界から「音」が消えた。

 そして、同時に「動き」も消えた。


 完全なフリーズ。


 レティシア、マリエル、グレン。

 全員が、その場で静止していた。


 グレン団長は、口を大きく開けた間抜けな顔で静止している。

 放たれたビームも、振り下ろされた杖も、空中で凝固していた。


 そして、その時間は、永遠のように感じられた。


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