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第2章 Ep8:ノクターン防衛戦(弾幕遊戯)


 ノクターン領の正門前。

 ずらりと並んだ500騎の重装騎兵が、大地を震わせていた。

 先頭に立つのは、近衛騎士団長グレン・ライハルト。彼の甲冑は純白の漆が施された王国最高峰のミスリル合金で、額には国王から授けられた銀製の鷲のバッジが光っている。


 その顔には、戦意はなかった。代わりにあるのは、純粋な困惑だ。


「……行くぞ」


 彼の号令と共に、騎士団が一斉に動き出した。

 マリエルの「移動速度上昇ヘイスト」による超加速。

 重戦車のような突撃が、領地の防壁へと迫る。


 タータターターターターター。


 馬蹄が地面を叩く音が、もはや単一の音ではなく、低周波の轟音と化している。

 500騎の馬が同期して走る光景は壮観だ。粉塵が靴のように大地を包み、遠く王都からも見えるほどの土煙が立ち上っている。


 その光景を見ていれば、誰もが思うだろう。

 「この力で、防壁など一瞬で破られるはずだ」と。


 だが、グレンの心には、わずかな疑いがあった。

 敵はレティシア・ノクターン。

 悪役令嬢と呼ばれ、多くの騎士たちから「狂人」と評される少女。


 その少女が、本気で王国と対抗するつもりなのか。

 たった一人で。


「物理防壁など無意味だ! 蹂躙せよ!」


 グレンが吼える。

 声を張ることで、自らの疑いを振り払おうとしているかのようだった。


 彼の声は、もはや悲鳴に近い。この異常な加速感覚、この妙な強さに、彼の理性は完全に逃げ腰だった。だが、聖女の指令には逆らえない。それが「騎士」の宿命。


 彼らの装備は王国最高峰のミスリル合金。生半可な魔法や矢では傷一つ付かない。

 各騎士の腕には「防御力強化プロテクション」の魔法が纏いついており、その輝きは瞬間的に見ていても目が痛いほどだ。


 このまま突っ込めば、防壁ごと領主館まで貫通する――はずだった。

 グレンの頭の中には、すでに攻撃の流れが映像化されていた。防壁、門、そして内部の抵抗勢力。これらを500騎の突撃で一挙に蹂躙する。その後、城全体を包囲し、悪役令嬢レティシアを逮捕。聖女マリエルの御意のままに国を平定する。シンプルで、完璧で、そして――


「……なんだあれは?」


 グレンが怪訝な顔をした。

 防壁の上空に、何かが浮かんでいる。


 それは「球体」だった。


 4つの「光の球体」がふわりと浮かび上がる。

 その表面には、複雑な幾何学模様が刻まれており、その中心には赤く光る「目玉」のような構造が見える。

 まるで生きているかのように、ゆっくりと回転している。


「オプション(追従砲台)か?」


 グレンが剣の先で示す。

 だが、それは従来の「オプション」ではなく、明らかに異なるものだ。

 その設計、その輝き方、その「浮かぶ方」――全てが、この世界の魔法理論では説明不可能な現象だった。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。


 空気を裂く音が響いた。

 4つの球体が、一際高く上昇する。

 その動き方は、意思を持つ獣のようであり、また同時に、機械的な精密さを備えていた。


『ターゲット・ロック完了。照準確認。射撃体制、就きました』


 無機質な電子音声が戦場に響き渡った。

 その声は、人間のものではない。

 まるで「機械」が喋るようなアクセント。

 イントネーションすら、世界の言語体系とは異なるコンピュータ言語のようなものだった。


 グレンの血の気が引いた。


「なんだあの声は……?」


 その時、彼の背後では数百人の騎士たちが同じ恐怖を感じていた。


「団長、あれは――」

「予定にありません。何ですか、あれは」

「魔法……ですか?」


 些か不安な声が、後方から聞こえてくる。

 彼ら近衛騎士団は、これまで数々の戦場を潜り抜けてきた精鋭だ。

 だが、それはあくまで「この世界の常識」の範囲内での話だった。


## 2. 弾幕は美しくなければならない


射撃開始ファイア


 その命令の瞬間。


 ズバババババババッ!!


 次の瞬間、世界が光で埋め尽くされた。

 4つの球体オプションから放たれた無数の魔力弾が、幾何学的に完璧な軌道を描いて戦場を覆い尽くしたのだ。


 それはランダムに見えて、しかし完全に計算された「死の雨」だった。


 数秒で数千発。

 いや、秒単位で計測すれば、その発射数は数万発に達するだろう。

 青い弾、赤い弾、黄色い弾。

 色とりどりの魔力砲が、空間を埋め尽くし、幾何学的な「壁」を形成する。


 視界が消えた。

 前が見えない。

 上が見えない。

 光のシャワーに完全に包まれた世界では、方向感覚そのものが失われていく。


「な、なんだこれはぁぁぁ!?」


 先頭を走っていた騎士たちが悲鳴を上げる。

 一発一発の威力は低い。鎧で防げるレベルだ。だが、その代わりに「数」がある。


 秒間数百発。

 避ける隙間などない「壁」のような弾幕が、騎士たちを襲う。


 馬が、その群がる光に怖れおののいた。

 訓練を重ねた戦馬たちでさえ、この異常な光景には本能的に恐れを感じたのだ。


 カキンカキンカキンカキンッ!!


 鎧に当たる音が、もはや不協和音となって響く。

 まるで、巨大な金属板をバットで叩き続けるような、その音の洪水。


 ダメージはなくとも、衝撃で馬が足を止める。

 騎士たちが落馬する。

 悲鳴。混乱。パニック。


 前進できない。

 視界が光の粒で埋め尽くされ、一歩も動けないのだ。

 まるで、霧の中を進もうとするような、その無力感。


 グレンは、その状況の中で、ただ剣を振り続けた。


「ば、馬鹿な! 魔法使いが何人いれば、これほどの連射ができるというのだ!?」


 グレンが剣で弾を払う。

 その剣さばきは、精鋭中の精鋭のそれだ。

 一振りで数十発の弾幕を払い除ける。


 彼の剣は、マスターオブアームズの認可を得た者しか扱えない魔剣だ。

 通常の剣ではありえない速度で振られ、その軌跡は光の線を引いている。


 その輝きは美しい。だが、それと同時に、「敗北」の象徴でもあった。


 払った端から次弾が飛んでくる。

 その速度は弛まず、その数も減らず。

 むしろ、弾幕の密度は時間とともに高まっていくようにさえ感じられた。


 後方では、騎士たちが戸惑い始めていた。

 何人かは落馬し、その場で身を低くして光線の嵐に耐えている。

 何人かは、盾を顔に当てて、ただ前に進もうとしている。


 だが、誰もが同じ認識を共有していた。


 「これは、攻略不可能だ」と。


 その光景は、もはや「戦闘」ではなく「虐殺」に近かった。


 だが、それはレティシアの目には「芸術」と映っていたのだろう。


 防壁の上で、レティシアは指揮棒を振っていた。

 彼女の顔には、戦いの興奮と、また同時に「職人」としての深い集中がこもっていた。


 その瞳は、敵の騎士たちを見ていない。

 その瞳は、「パターン」を見ていたのだ。


 彼女の指揮棒が、ゆっくりと動く。

 上へ。左へ。右へ。

 その動作に応じて、弾幕の軌道が精密に変化していく。


 これは、単なる「攻撃」ではなく、「演奏」だった。


 オーケストラの指揮者のように、彼女は無生物の球体群を操り、それらから奏でられるのは「音楽」ではなく、「死」だった。


「パターンB:『扇風機ファン』展開」


 彼女が指を鳴らすと、弾幕の軌道が激変した。


 螺旋状に回転する青い弾と、扇状に広がる赤い弾が交差する。

 その交点では、複数の弾が同時に通過し、その光が重なって、より一層眩しい「光の層」を形成している。


 美しい。


 それはもはや「攻撃」ではなく、美しい「ダンス」だった。

 いや、より正確に言えば、それは計算された「ビジュアライゼーション」。

 無意識に「数学」を見ている感覚。


 虐殺ではなく、計算された芸術ショーだった。

 SEシステムエンジニアが徹夜で調整した、バグ一つない完璧な「処理」である。


 オプション群が、レティシアの指揮棒の動きに同期して、その発射パターンを変える。

 それは、まるでチェロの弦が弓に応える様子のようであり、また同時に、プログラムされたロボットの精密な動作のようでもあった。


 レティシアの指揮棒が左に振られると、青い弾の軌道も左に曲がる。

 上に振られると、弾幕は上昇する。

 まるで、彼女がそれらの「親玉」であり、オプション群がその「付き人」であるかのような、完全な支配感。


 グレンは、その光景に戦慄した。

 これは、単なる「魔法」ではない。

 これは、もはや「物理現象」の領域に近い、人知を超えた現象だった。


 500騎の精鋭騎士団が、たった4つの球体によって、完全に足止めされている。


「この状況を打開するには……」


 グレンが考える。

 だが、その答えは、彼の知識の中には存在しなかった。


 騎兵突撃? 既に不可能。馬が進まない。

 弓撃? 視界が奪われている。

 魔法? 聖女マリエルの指示がなければ、兵卒レベルの騎士に魔法は使えない。


 つまり、ここでできることは――


「耐える」


 グレンは、ただ剣を振り続けた。

 弾を払う。払われた弾はまた飛んでくる。

 その無限ループの中で、彼は「耐え忍ぶ」しかなかった。


 一方、バケツの上で観戦していたマリエルは、口をあんぐりと開けていた。


「え、うそ……あの軌道……」


 彼女には見えていた。

 ランダムにばら撒かれているように見えて、その実、完全に計算された美しい弾道。

 かつてゲームセンターで見た、伝説のシューティングゲームの「敵ボスの攻撃パターン」そのものだ。


 マリエルは、その「美しさ」に、ゲーマーとしての深い関心を感じていた。


 どうして、この世界にいるはずのない「弾幕」が、こんなにも完璧に再現されているのか。

 どうして、あの少女は、古い時代のゲーム技法を知っているのか。


「『Bullet Hell(弾幕地獄)』!? しかもあの青い弾、『自機狙い(ホーミング)』だ!」


 マリエルは慌ってバケツを操作し、右へ避けた。

 直後、彼女がいた空間を青い弾が通過していく。


 数ミリの差。

 もしも彼女が一瞬遅れていたなら、その青い弾は確実に彼女に命中していただろう。


「嘘でしょ……今の時代に、あんな古臭いジャンルを再現するなんて!」


 『Bullet Hell』。

 それは2000年代から2010年代にかけて、ニッチながらもゲーム好きたちから熱狂的な支持を受けたシューティングゲームのジャンルだ。


 複雑に絡み合う弾幕を、わずかな隙間をくぐらせて避ける。

 その爽快感。その緊張感。その美しさ。


 マリエルは、かつてそのジャンルのゲームに没頭していた一人だった。

 だが、それはあくまで「古い時代」の遺産だ。

 現代のゲームは、もっと洗練されている。もっと高速だ。もっと複雑だ。


 それなのに、この世界の、この領地の、この悪役令嬢が――


「古くて悪かったわね!」


 防壁の上から、レティシアの声が拡声魔法で飛んできた。

 その声には、明確な挑戦心と、また同時に、「後ろ盾のない少女」の必死が感じられた。


 レティシアの立場を考えてみよう。

 彼女は、この世界における「敵」だ。

 王国から派遣された聖女マリエルは、彼女を倒すために来た。

 その背景には、500騎の精鋭騎士団がいる。


 通常の手段では、彼女は勝てない。

 物理的には、数で圧倒される。

 魔法的には、聖女のそれには及ばない。


 だからこそ。


 彼女は、「異なる領域」で勝負することにしたのだ。

 それが「弾幕」だった。

 古いゲーム技法。

 枯れた技術。

 だが、それを正攻法ではなく、「水平思考」で応用した時、それは現代の魔法すら凌ぐ「兵器」へと変貌するのだ。


「言ったでしょう、私はレトロゲーマーだって! 『最新のバグ』が勝つか、『枯れた技術の水平思考』が勝つか……勝負よ、クソ聖女!」


 レティシアは指揮棒を掲げた。

 その動作には、職人の誇りと、また同時に、少女らしい「悔しさ」が混在していた。


 彼女は、マリエルを見つめていた。

 空飛ぶバケツの上で、警戒する聖女を。


 そして、その瞳には、明確な「対抗心」が宿っていたのだ。


 レティシアの指揮棒が、ゆっくりと上昇する。

 それに応じて、4つのオプションが一点に集束し始める。


 弾幕の雨が止んだ一瞬の静寂。

 その瞬間、空気そのものが変わった。

 空間に、張り詰めた「緊張」が生まれた。


 だが、それは絶望へのカウントダウンだった。


 オプション群から放たれる青い弾が、赤い弾が、黄色い弾が、全てが一点へ収束していく。


 まるで、光が「逆流」しているかのような、その光景。


 複数の細い光が、一本の太い光へと纏まっていく。


 グレンは、その光景を見て、本能的に危機を感じた。


「ちょ、まずい! グレン団長、散会して!」


 マリエルが叫ぶが、混乱する戦場ではその声は届かない。

 実際のところ、グレンも含めた騎士たちは、既に自分たちの置かれた状況を認識していた。


 防壁の上。

 オプション群が、一点に集束する。

 その光の強度は、秒単位で増しており、もはや直視不可能な領域に達していた。


 レティシアの口元が歪む。


 それは勝利の笑みではなく、「覚悟」の表情だった。


 これから放つ一撃は、確実に敵をしとめるだろう。

 だが、それと同時に、この領地の防壁だって、その一撃に耐えられるかどうか不確かだった。


「フェーズ2移行! 波動砲チャージショット、充填完了!」


 彼女は宣言した。

 指揮棒を一気に下ろす。


「消えなさい。メガ・クラッシュ!!」


 その瞬間。


 ズドドドドドドドッ!!


 世界が、光に焼き尽くされた。


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