第32話 絶望の中に光る決意
少しの沈黙の後、星弥が明るい声音で話し出した。彼女の明るさは、永同様に意識してやっている事だろうが、今の蕾生にはありがたい。
「えーっと、すずちゃんの前で言うのもなんだけど、御堂の家は分家の中でも一番格下で弱い立場なの。もしそんな大事な刀を御堂が手に入れたとして、すずちゃんが見たことがないなら、お祖父様が取り上げたっていうのが私も自然だと思う」
「……」
星弥の説明を聞きながら、鈴心は俯いてしまっていた。少し顔色が悪くなっているように見える。
蕾生は少し気になったが、それを言ったところで上手い説明ができる自信がない。気づいてない振りをしておくことしかできなかった。
永には今の鈴心はどう映っているのだろう。蕾生は永の態度に注意を払うが、自分が抱いている印象は持っていないように思えた。鈴心に問いかける口調は、いつも通りだったから。
「だとすれば、やっぱり銀騎研究所のどこかに隠してある──っていうのが濃厚な線かな。ちなみに、リンは研究所では見なかった?」
「はい。見たことはありません」
「そっかー」
御堂について聞かれた時よりも鈴心はきっぱりと答えた。その違いに永は気づいていないようで、むむむと口をへの字に曲げて腕を組み考え込む。
再び場の空気を変えるように、星弥がこの場では一番建設的な思考で問いかけた。
「ねえ。さっきから刀のことばかりだけど、お祖父様の懐に入るような行為は今は危なくない? 先に弓を探すとかは?」
「ああ、それはもっと難しい」
永があまりにもあっさり答えるので、蕾生は思わず聞き返す。
「なんでだ?」
「慧心弓は──おそらく消失してる」
途端に曇る声。永はまるで失敗談を話すような深妙な面持ちだった。
「ふたつ前の転生の時なんだけど、鵺と戦った時に焼けてしまった……と思う」
「曖昧に言うのは、結果を見届ける前に死んだからか?」
蕾生がそう聞くと、永は瞼を落として悲しそうに答える。
「そう。ただ、僕は弓が燃えたのは見た。その後どうなったかは知らないけど、あれはもう……」
「……」
鈴心に至っては何も答えられないほどに落ち込んでしまっていた。蕾生は二人の様子に、また自分だけが知らない感覚に焦る。それから恥いるような感情も再び生まれた。二人とは違った意味で、蕾生の気持ちも沈んでいく。
すると星弥がその雰囲気を割って疑問を投げかけた。
「待って、弓と刀が揃わなかったらどうなるの? 鵺に勝てるの?」
至極当然の疑問だった。永はとうとう気づかれたか、という顔で観念して答える。
「さっきライくんには勝てるって言ったけど、シンプルに言い過ぎたね。正しくは勝てる確率が上がる、だ」
「実は過去に弓と刀が揃ったこともありました。でも……」
「そう。二つ揃えても勝てなかった」
永と鈴心だけが共有している悲しみと虚しさ。それを目の当たりにした蕾生は息を呑んだ。やはり運命は自分が考えていたよりも残酷な事実を突きつける。
「マジかよ……」
蕾生すらそれだけ言うのがせいいっぱいで、星弥は一言の慰めも出ない。どんな言葉を紡ごうと、永と鈴心の苦しみを和らげるのは不可能に思えた。
「弓と刀、あと何が必要なのか。それは未だにわからない。後ろ向きな表現はしたくないけど、弓と刀と、他に必要なものがあっても、それで勝てるのかすらもわからない」
蕾生は永の言葉を聞いて、わからないのは自分だけではなかったのだと、言い知れない不安に襲われる。
「それは……だいぶしんどいね」
星弥もせめて共感するしかなく、肩で息を吐いて項垂れた。
場の雰囲気が落ち込んでしまったからか、永が初めて不安を口にする。
「例えば今回も失敗したとして、次の転生に有用な情報が取得できればいいのかもしれない。でも、果たして次も転生できるのか? さあ、それも確かじゃない」
蕾生も鈴心も何も言えない。立場が違う星弥だけが、同調で頷く事しか出来なかった。
「……絶望するよね」
蕾生は永のこれまでを想像する。
転生の度に試行錯誤の経験はあっても、実は手探りで、確証も得ていないまま。リセットされ記憶のない蕾生を導きながら光の見えない闇を進んでいく。
それは途方もないことで、その状態を九百年も過ごしている永の不安は蕾生の比ではないだろう。
それを思うと、どうして最初から全部教えてくれないんだと駄々をこねる自分が情けなくなってくる。
それでも。
それなら。
空っぽのバカな自分にできることは。
「なら、これが最後だな」
永が真実を見つけてくれると信じて、がむしゃらに進むしかない。
「今回で絶対に鵺に勝つ。次回の転生のことなんて考えねえ。一期一会、だ!」
その場の全員に、自分の決意を表明するように蕾生は拳を握って宣言した。
最初に笑ったのは鈴心だった。
「一期一会は微妙に意味が違いますが、気持ちはわかります」
続けて永も大袈裟に笑う。眩しそうに蕾生を見つめながら。
「ハハッ、だから僕らには君が必要なんだ、ライ」
二人の少し緩んだ顔を見ると、蕾生は心の中が満たされていく。
こいつらが笑顔になれるなら、バカでも何でもい。
「まっさらな記憶の唯くんだから出る結論だね」
「バカってことか?」
「褒めたんだよう」
星弥も重い空気を変えようと少しふざけて笑う。そんな場に従って永も更に明るく笑った。
「弱音吐いてゴメン! 今度こそ頑張ろう!」
悲壮なものだったとしても、笑って言えば希望に変えられる。
これは誤魔化しではない、きっと変えられると信じる。信じて進んでいく。
その決意を、今、ここでしたんだ。
そう頷き合って、互いを勇気づけた。




