第31話 雨、それから自己嫌悪
雨が続く週の半ば。ここ最近の天気が部室に引き篭もるには最高だと言う理由で、コレタマ部の会議が開かれた。
「さあて、野外活動も一回やったし、しばらく部室に引きこもっても大丈夫でしょ、ということで……これからの本格的な話し合いをします!」
永は部長らしくその場を仕切り、クラブ発足人の星弥も笑顔で返事をするなど付き合いの良さを発揮している。
鈴心は背筋を延ばして前のめりで永の言葉を真面目に聞いていた。
蕾生は隣で鈴心がそんな姿勢でいると少し窮屈さを感じる。
自分には小さいサイズの机と椅子だから、窮屈は体感としても増していく。空間を持て余している鈴心がうらやましい。隣の鈴心の体格が小さ過ぎている事も、蕾生の居心地の悪さを助長している。
「まず何をするんだ?」
早く会議を始めて意識を逸らしたい。蕾生が問うと、永は明るい調子で答えた。
「ライくんには少し話したけど、まずは萱獅子刀を探します!」
「って言うと、あれか、英治親が鵺を退治した褒美にもらったっていう……」
「そう、その刀!」
まるでクイズ番組の司会のような仕草で蕾生を指さす永。その隣で星弥が首を傾げていた。
「カンジシ……?」
「漢字ではこう書きます」
鈴心は阿吽の呼吸でノートを取り出し、文字を書いて星弥に見せた。チラと目に入ったノートが小学生の雑誌のおまけでつくような可愛過ぎるもので、それを見た蕾生は思わず目を逸らす。ふと永の方を見ると口を開けて笑いを堪えていた。
「へー」
それを買い与えたであろう人物は、何でもないような顔をして鈴心が書いた文字をしげしげと見つめていた。
「その刀はなんで必要なんだ?」
ノートをいじっても話題が進まないので、蕾生は余計なことは無視して永に続きを促す。
「うん、萱獅子刀の存在は『鵺を退治した』っていう事象の完結を表していてね」
「ジショウのカンケツ……?」
今度は蕾生が首を傾げる番になった。その予想はしていたのだろう、永はゆっくりとした口調で説明する。
「噛み砕いて説明すると、『鵺を退治した』から萱獅子刀を持ってる──ということは、言い換えれば『萱獅子刀を持つ』ことは『鵺を退治した』ことを意味しているんだ」
「全然わからん」
だがそれもむなしく、蕾生には何を言ってるのか理解できなかった。
「つまり、『鵺を退治した』という未来をその刀を持つことで引き寄せる、ってこと?」
星弥が言い換えてみせると、永もにっこり笑って答える。
「当たり。そういうアイテムを僕らが持つことで鵺の弱体化を図ろうってわけ」
「う……ん?」
蕾生が理解に苦しんでいると鈴心も助け舟を出す。
「呪術ではよくそういう考え方をします。私達も昔ある方にそう教わって、できるだけ慧心弓と萱獅子刀を揃えようとしてきました」
「ケイシン、何だって?」
理解する前にもう新しい単語が出てきて、蕾生の頭はさらに混乱した。
「リン! いきなり新しいワードを出さないの!」
「申し訳ありません……」
シュンとして縮こまる鈴心を他所に、星弥が興味津々で聞く。
「キュウっていうと、弓かな? もしかして鵺を射抜いた弓?」
「そうそう、さすがは銀騎サマ! 慧心弓は英治親が持っていた弓で、鵺を射抜いたもの。こっちの方がわかりやすいかな?」
永が蕾生に向き直り尋ねる。鵺を最初に仕留めたのは弓矢だったことを蕾生は思い出した。
「鵺を倒した武器ってことか? それがあったら倒せるってのはなんとなくわかる」
「そうそう。つまりね、鵺を倒した弓と鵺を退治した証の刀。手段と結果を手にすることで、もう鵺は滅ぶしかないよねっていう状況を作ろうってこと」
「……なるほどね」
星弥は落ち着いて頷いていた。その様子に、やはり本物の陰陽師の末裔と、オカルトを聞きかじっただけの一般人とは、天と地ほどの差がある、と蕾生は思う。
どうしてそんなにややこしい言い方をするんだと言いたいが、自分以外はわかっていそうなので蕾生は一応納得したように振る舞った。
「ようするに、その弓と刀でもって鵺と戦ったら勝てるってことだな?」
「シンプルに言えばそう」
「なら最初からそう言ってくれ」
蕾生はなんだかどっと疲れた。その姿を見て永は苦笑いしている。
星弥は少し真剣な表情で、気が抜けかけた蕾生に話しかけた。
「唯くんの言うことももっともだけど、武器の背景を知ってた方がそれを扱う時の力がより強くなると思うよ」
「そういうもんなのか?」
「うん」
普通の女子高生に見える星弥が、時折見せる「普通じゃない」雰囲気。話の理解の早さから、それを改めて蕾生は感じていた。
「で、銀騎が持ってる可能性が高い萱獅子刀からまず探したいって思ってるんだけど」
「そういえば、何回か前の転生で銀騎に奪われたって言ってたな」
星弥に接触する前、そんな説明を受けたことを蕾生は思い出していた。
永は頷きながら、女子二人に向き直って真面目な顔で尋ねる。
「うん。で、リンと銀騎さんに聞きたいんだけど、何か知ってる?」
しかし、星弥は首を振った。さっぱりわからない、という顔をしている。
「いや、わたしは。萱獅子刀なんて初めて聞いたもの」
「ふむ。さっきの君の反応でそうかなって思ったけど、やっぱり。リンは? 特に御堂の家で」
そう永が聞くと、鈴心は少し目を泳がせて探るように口を開いた。
「御堂の、ですか。ハル様は御堂の関与を疑っていると……?」
「鈴心の実家か? 銀騎の分家っていう」
蕾生は思わず口を挟んだ。鈴心の苗字は銀騎ではなくて御堂。銀騎銀騎、と言いながら会話をしているからたまにそれを忘れてしまいそうになる。今も蕾生はそれを思い出して、意識が少し覚める気持ちになった。
「うん。実は前回、銀騎と揉めるついでに御堂とも揉めたんだよねー」
てへへ、と永が笑う。実は、というパターンは今までに何度もあったので蕾生もいちいち驚くのをやめた。
鈴心の方を見ると、気まずそうに俯いていた。
「御堂の家では……見たことはありません」
「そうかー」
鈴心の答えに残念そうにしながら、永は椅子の背もたれに軽く寄りかかって眉を寄せる。
蕾生は御堂云々についてを聞いていなかったため、見失った刀は銀騎にあると思っていた。それを永に聞き直す。
「でも、永は刀は銀騎研究所にあるって思ってるんだろ?」
「そうだねえ、その可能性が一番高いとは思う。仮に御堂が持っていても、取り上げるのは簡単だろうからね」
「うん? 刀は一度御堂ってヤツの手に渡ったのか?」
蕾生の疑問に、永は言いにくそうに答えた。
「ああ……うーん、なんか成り行きでね。ただ僕らは萱獅子刀がどうなったか見届ける前に鵺に殺されたから、よくわからないんだ」
「そうか……」
生々しい表現に蕾生の口調も沈んでいく。
永は過去のことは何でも知っているのかと蕾生は思っていた。
だが、死の間際のことを覚えていろと言うのは過酷過ぎる。
今後はそういう話題も増えるだろう。
永が辛い過去を思い出す必要性も重要性もわかってはいる。
せめて少しでも緩和できないかと蕾生は考えを巡らせた。
しかし、良いアイディアは浮かばない。
この中の誰よりも、蕾生は知識では及ばない。知り合ったばかりの星弥にさえも。
渦中にいるくせに、誰よりも無知。
蕾生はそんな自分に嫌気がさす。
外は雨。
大気も地面も濡らす水音が、蕾生の自己嫌悪を逆撫でするように耳に響いていた。




