第九十九話 次は俺が行く ~鳴動する黒の集団!~
アーグにそれを投げ渡された時、ザルファロにはなんの表情もなかった。
薄暗い室内で、時折と揺れる地に対し、仲間らの鍛錬に想いを馳せることもない。ザルファロはただ、結果を受け取り、そうか、とだけ感想を頭に浮かべたのだ。
それを許さないのはアーグだった。
「貴様、知っていたな。キバルトが、シュヴァリに会いに行くと。奴がシュヴァリの居場所を知っていると!」
「ああ、知っていた」
「それがこの結果だ!」
声を張り上げる。傍らでは俯いたままで顔を上げもしないヨギル。だが、怒鳴られる彼にとってはどうでも良いことだった。
握り締めたそれは人形である。彼ら、〝黒の集団〟のまとめ役となるプレイヤーの存命を表すもので、その全てはアーグが管理している。
対象の命が失われれば、人形が割れるなど影響を及ぼすのだ。
「なぜ止めなかったんだ! 無駄に戦力を減らすのがお前の策か? 最近は顔も見せんかったが、どこをほっつき歩いていた。
ただ遊んでいただけか。ええ?」
怒りのままに詰るアーグの言葉を無表情に聞き続けていたかに見えたザルファロ。しかし、彼の手元から固く乾いた音が響いた時、彼は言葉を止めた。
握り締めていた人形が砕け、震える手からその欠片が零れ落ちる。
強張る顔に、こちらもまた怒りを潜ませていることに気づいたアーグ。その様子から不穏を感じ取り、なにを考えているのかと声を震わせた。
「……あの野郎……俺の夢を……」
「ザルファロ、貴様、なにをするつもりだ」
「俺は俺の夢を妨げる者を容赦しない、だから奴を殺すのさ。シュヴァリをな」
「許可はしない。自分から命を捨てるつもりか」
お前は間違いなく、我らの戦力なのだ。
冷たい光を帯びた眼光に晒されながらも臆せず、ザルファロは不機嫌に口元を歪めた。その顔が、知ったことではないと語る。
黒の集団の特徴として、以前、彼がヘイズに話したように各隊をまとめるシュヴァリ、アーグ、ザルファロ、ヨギルの四名は同格であるという取り決めがあった。だからこそ、アーグの言葉に反発するのだ。
「許可しなきゃあ、どうするんだ。俺を止めるつもりか? 止められるって思ってるのか?」
「……なにを……」
「レイトから唯一教えを受けたこの俺を、憧憬如きで志を共にしようなどと勘違いしている、お前なんぞに止められるのかって聞いてるんだよ!」
激高するザルファロ。左腕の一振りで現れた鉄の棒が彼らの囲う机を真っ二つに割いた。
そこにいつもの軽薄な雰囲気を纏う彼の姿はなく、怒りにどす黒く染められた顔面に荒い呼気を繰り返すザルファロはまるで獣のようだ。
『……調子ニ乗ルナ……』
ずるり、と。
威嚇するザルファロを牽制するように、アーグの黒装束の内側から、漆黒の人。ぎこちない動きで現れたその者は、ザルファロに指を突きつけた。
その姿に不快に顔を歪めながらも哂って見せ、右手にも鉄棒を出現させる。
「レイルか、アーグの腰巾着め。二人まとめても構わないさ、叩き潰してやる」
「止めろ、レイル! お前の出る幕ではない。私はそもそも、ザルファロを止められもしないんだ、これ以上に話をややこしくするな」
アーグの言葉に、レイルと呼ばれた影は唸り声を上げたものの、彼の言葉に従って霞みのようにかき消えた。
それを見届けてザルファロは己の武器をしまう。止めるつもりもないのに口やかましいのだと、彼は言うが。
「当然だ。私も人をまとめる立場にある。無謀にも戦力を減らそうとする奴を見て、黙っている訳にはいかん」
「…………、ああ、そうかい、そうだな。悪かったよアーグ」
「だがな、ザルファロ。隊を動かすなら人を選べ。お前の隊は私が使う、残りの者、全てをな。
断るならば戦おう」
立ち上がり、懐から小さな杖を取り出す男へ、ザルファロは思わず苦笑した。
邪魔をしさえしないのであらば、逆らうつもりなどないのだ。ザルファロはアーグの言葉を受け入れて背を向ける。
部屋を出ようとした彼であったが、椅子に座ったまま、一度も顔を上げない女に視線を向けて問う
「ヨギル、シュヴァリは、……なにか、……キバルトを殺した時、なにか考えていたのか?」
「…………、ただ、鬱陶しいと、考えていただけだ」
ぽつりと答えた彼女に、やはりザルファロはそうか、とだけ言葉を残して部屋を出た。
部屋に残るアーグは重苦しい溜息を吐き、彼女に預けていたザルファロの隊を自分に回すように命じる。力なくそれを受け入れたヨギルへ、アーグは言葉を続けた。
「ザルファロには伏せておいたが――、まあすぐに知れるだろうが、キャンディロードでもう一方の魔王が暴れたようだ。お陰であのトバリ・レンジョウの行方が分からなくなった。
あの、フューも厄介だ。追手を尽く返り討ちにしている。だから、次は俺が行く。お前も来い、ヨギル」
「……ああ、分かった……」
アーグの言葉にヨギルは頷く。
彼は、ザルファロによって少女・トバリを使用されることを恐れたのだ。ザルファロがシュヴァリの動きを封じるために、件の少女をどのように扱うか、それこそ死さえも厭わないと行動するだろうと考えたのだ。
それは火に油を注ぐ結果となる。だからこそ、護衛として付き従う実力者、フューの排除とトバリの確保を自ら直接の指揮により行おうとした。
しかし、彼は気づいていなかった。少女の名を口にしたとき、女の目にぬらりと湿り気を帯びた光が灯ったのを。
自らと、同じ考えであろうと思い込んでしまっていたことを。




