第九十八話 トバリ・レンジョウの捜索は、どうなっている? ~胎動する帝都!~
「集まれたのは、これで全員か?」
円卓に座る男は、席に着かぬ男へ非難の目を向けた。真っ白な部屋大きな円卓、十の数を揃えた椅子、そこに座るのはたったの二名だ。
席にも着かぬ白髪交じりの男は、白を貴重とした礼服にかさばる装飾を鳴らして、その通りだと簡潔に答えた。眉間に走る深い皺が不機嫌な顔に見れるが、そもそもこれがこの男の顔というものだ。不満そうに口を開いた三つ編みの男は鎧姿で、肩の留め金を外し、重いそれを脱いでいる所だった。
彼の名はソール。帝都でも天帝との謁見を許される数少ない人物の一人であり、高い武勲を誇る。まだ若い風貌ながらその顔には威風と呼ぶに相応しい品格があった。
「仕方なかろう、我ら〝テン・コマンドメンツ〟、それなりの地位を受けているのだ。昔のようにはいくまいよ」
ソールの言葉へ諭すように口を開いたのは、彼と同じく席に着く丸眼鏡の男だった。センと呼ばれる男はソールと比べれば遥かに年長で、老いたと感じられるがそう扱われることを嫌う分には幼稚である。
彼が自分たちを指した言葉、テン・コマンドメンツとは帝都における天帝を除いた最高位の権力者であり、最高位の戦闘能力を誇る者たちへ贈られた称号だ。法を司る魔術師たち〝エル・ソディアック〟と違いあくまで武力をまとめあげる存在であるが、天帝と密接な繋がりをもつため、エル・ソディアックは彼らの下位として活動している。
二人の言葉に未だ席に着かぬこの会合の主催者、ウォン・ベイスはゲストも用意していると付け加えた。全員、というのはあくまで彼らテン・コマンドメンツの称号を持つ者だけの話であったらしい。
ならばそのゲストとやらは誰なのか。機嫌も悪く促すソールだったが、その言葉の直後にノックの音が響いた。白き扉が開かれて、三人の視線の集う先には小難しい顔の男の姿がある。
年の頃ではソールと同じかそれより上か、彼らと酷似した礼服に身を包むその者は、深く頭を垂れて謝罪を行った。
「この度は、我らが同胞〝赤棺のメスヌア〟の愚行、その損失。真に申し訳なく」
「損失だと? ことの重大さがわかっているのか?」
男の言葉にソールは目を見開いた。怒りの形相を向けられて、内心で溜息を漏らす男の名はアギュア。〝銀冠のアギュア〟と呼ばれる十器がひとつである。
正直に言えばこの事態というものを全て把握した訳ではない。帝都に常駐する彼は他の十器と違い法に関する手続きや、帝都の行動を恙無く行えるようにと様々な雑務処理を行っている。それも、高い権力を持ちながら勝手気ままな自分たち十器の尻拭いをするためにこそだ。
本来であればこの十器を結成した〝緑座のモルファーン〟に押し付けたい所だが、アギュアの友人である彼は一切の興味関心がなく、必然的にそれらの処理のほとんどを引き受けることとなってしまっている。
今回とて、召還に指名されたのはモルファーンだ。それが代理として彼に任命され慌てて出てきたのだ。テン・コマンドメンツの会議場であるこの部屋に向かう道すがら、モルファーンからことの次第を大まかに説明されて頭を悩ませたのが、この扉を叩く少し前のこと。
痛む胃に腹をさすりたい衝動を堪えて、顔を上げたアギュアは〝忠節の騎士〟ハンス・レイドルクの名を口にする。彼は元々がテン・コマンドメンツの称号を授かり、帝都結成に従事した大物だ。戦いに明け暮れた後にオレンジエッジが帝都として人々の心に刻まれた頃、前線より退いた。
それでも兵士の育成や遠征に付き添うなど戦いそのものから離れた訳ではなかったが、彼を敬愛するプレイヤーは多いだろう。
それが殺されたのだ。十器がひとつ、メスヌアに応援を求め、それを握り潰されて。
「彼の死はこの帝都において、いえ、ワンダーランドにおいての大きな喪失です。彼には人心を動かす力があり、また人を正しき道へ導く力があった。彼に従事し、最後の十器として仲間となった〝藍杯のジューダ〟を見ていると、特にそう思えます」
「アギュア君、私たちは失われた仲間への弔辞や、謝辞を聞いている訳ではないのだよ」
六十名だ。
センの言葉に眉を潜める。その反応に、やはり理解していなかったかと、彼は嫌味ったらしく溜息を吐いた。
六十の数、それはハンス・レイドルクの連れていた兵士の数。そのどれもが新兵と呼ぶに相応しい練度であり、帝都で行われた厳しい特訓を潜り抜けてもなお戦場での実力が圧倒的に足りぬ者らだったのだ。
アギュアは天を仰ぎたくなる衝動を押さえて、彼の言葉の続きを待った。
「いいかい、君ら十器へ、我らは十分以上に力添えをしているはずだ。〝アレ〟の討伐作戦にだって助力している。赤棺のメスヌアはこの作戦の立案者らしいじゃないか。
……だと言うのに……、この仕打ちは、どういうつもりなのだね!?」
円卓に拳を叩き付けて声を張り上げたセン。本人に直接に問えとは口を裂けても言えないが、自らの心情を押し殺して再び頭を下げる。
そのような態度を見たくもないとはソールの言。しかし、今のアギュアにできることはこれぐらいで、後はハンスの行っていた新兵教育などの仕事を引き継ぐことだろう。新たな人員の導入にも手を回さねばなるまい。
アギュアは今から行うべき仕事の量に嫌気が差した。
「顔を上げてくれ、アギュア」
ようやく口を開いたウォンであったが、アギュアはそれに応えず顔を俯けていた。それでもと、もう一度言葉を投げかけられて嫌々ながら、ようやくと顔を上げる。
怒りの感情を顕にするソール、センと違い、ウォンからは同情の念が強く出ていた。
「レイドルクと、我らの兵力を失ったことは黒の集団との戦い、そして貴殿らの推進する討伐作戦にとっても痛手となろう?
数だけでなく、士気に関わる大問題だ。この事実はもちろん伏せさせてもらうとしても、兵力の補充はまず十器の名の下に行ってもらいたい」
「は、それは是非もなく」
「これは当然として、まだお願いがある」
お願い。
改められたウォンの言葉に嫌な予感を覚えてアギュアは目を細めた。ウォンはわずかに哂い、要求を口にする。
それは、十器の現在地を常にテン・コマンドメンツに報告するように、そして彼らの行動内容の全てを開示することであった。
その要求、アギュアはすぐに口を開こうとはしない。
そもそも彼らテン・コマンドメンツと十器は同じ帝都の勢力であるが、成り立ちが大きく違うため互いに反目する者も多い。特に帝都結成より以前から天帝に仕えるテン・コマンドメンツとその称号を引き継いだ者たちは自らの地位に誇りを持ち、彼らと違い天帝を第一と考えないモルファーンは快く思われていなかった。
そんな彼が、テン・コマンドメンツに見立てたかのように帝都内外から集めたプレイヤーこそ十器なのだ。自らの目的を第一としてその地位を利用している彼らを、ウォンらテン・コマンドメンツの立場から見て好意を持てる点は少ないだろう。
「その言葉、受け入れるには時間が必要です」
「それはつまり、今回のように帝都に仇なす準備の邪魔を、するなと言うことか?」
血走った目を向けるソールに、言い掛かりも甚だしいとアギュアは思わず睨み返した。言葉にできないものの、その怒気を感じることはできただろう、そのような態度が取れる立場かとソールが立ち上がる。
センはそれを抑えるよう宥め、ウォンはなぜ時間が必要なのかと彼に問う。
「我々は貴方がたとは違うのです。自らの持つ力に対して幼稚で、責任を果たそうと考える者が少ない。まずはその教育が必要でしょう」
「それで答えているつもりかね?」
「命令に従う人格ではないと言っている。力という玩具を与えられた子供が、そうそう親の言葉を聞くはずもありません」
「自分らを謙るにも、言葉を選べよアギュア殿」
目を鋭くするセンに対して頭を下げつつ、この一線だけは譲るつもりはないと態度を硬化させる。十器が帝都の機能として未熟なのは百も承知だが、十器として機能するには現状維持が望ましい。
元々がモルファーンによって集められた烏合の衆、彼より力を与えられた今、窮屈な組織の枠にはめて軽々とその座を放り捨てて野に下るようなことがあってはいけないのだ。
「良かろう、アギュア。その言葉を認める」
「ウォン!」
「待て、ソール。時間を与えるだけだ。それにもし、もしも同じようなことを誰かが仕出かせば、テン・コマンドメンツとして、天帝の名の下にそれなりの対応はさせてもらう」
話は終わりだと肩を竦めたウォンに、これでは中途半端だとセンは不機嫌に溜息を吐く。が、含みのある笑みを見せた白髪交じりの男へ対応は任せようと彼はそれに従った。
「それでは、各々方」
ウォンの言葉を合図にソールとセンが席を立つ。アギュアもその言葉に合わせて姿勢を正した。
自らの胸に人差し指を置く彼に続く。
「我らが、天を頂く帝のために」
胸から天を指すウォンに続き、ソール、セン、アギュアの三名がそれに続く。
復唱する言葉は天帝を敬愛する帝都民の誓いの言葉だ。外した鎧を手に会議室から出て行くソール、後を追うセン。アギュアは彼らに頭を下げて、ウォンがまだ外に出る様子がないと見るや部屋の扉へ顔を向ける。
「まあ待て、アギュア。どうだ? 久しぶりに、腹でも割って話さんか」
外套の下から小さな酒瓶を取り出して、厳つい笑みを浮かべる。アギュアは迷惑だと顔で語るが、机の下から取り出したグラスを投げ渡されて溜息を吐く。
「腹を割って話すには、お互いに立場が違い過ぎだ」
「そうかい? 言いたいことはわかるがな」
隣に並ぶ男のグラスへ赤褐色の液体を注ぐ。それを一息で飲み干して熱く息吹くアギュアへ、ウォンは良い飲みっぷりだと豪快に笑った。
そこにさきほど見せていた堅苦しい雰囲気はない。だがアギュアはそれを睨みつけてグラスをウォンの胸へ乱暴に押し付ける。
「なぜ、メスヌアとハンスの部下との会話の内容を知っている? あの女は、それを知られないよう口封じをしたんだろう」
「ふっ、そんなことか。私ほどあの女を信用していない人間はいない、そういうことだ」
つまりは盗聴か。
グラスを受け取るウォンにアギュアは目を吊り上げた。手段はともかく、すでに十器、特に赤棺のメスヌアは重点的に監視されているということなのだろう。
「ウォン・ベイス。私は〝あの戦争〟を忘れたことは、一度もないぞ」
「私もさ。だから危険人物はマークする。当然の話だ」
「それが引き起こした側の台詞でなければ、納得はできたさ」
踵を返すアギュアに対し、ウォンはそれを呼び止める。やはり親睦だけが目的ではないかと呼び止めた理由に見当をつける彼へ、ウォンは酒瓶を口にした。
一口を飲み、視線を向けた彼の目は鋭かった。
「トバリ・レンジョウの捜索は、どうなっている?」
「人手が足らん。何の手がかりもないし、後回しだ」
「……我らが帝の言葉……後回しだと……?」
益々と険しくなった顔にはさきほどのソールと重なる点がある。しかしアギュアは余裕の笑みを見せて、酒瓶を指差した。
腹を割って話すつもりではなかったのか、と。
ウォンは硬く瞼を下ろしてゆっくりと深呼吸を行った。やがて、諦めにも似た表情でウォンは笑う。
「確かに、お互いに立場が違い過ぎたな」
もう行けと、手を振るウォンに頭を下げてアギュアは会議室から出て行った。
ウォンはその後姿を睨みつけていたが、やがて椅子に深く腰を下ろして酒瓶を呷るのだった。




