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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
白黒つけるぜ武闘祭!
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第九十七話 精々、守れ ~少女は魔王候補として有望で?~

 誰かが呼ぶ声がする。呼ばれている、それを感じつつも動くことが出来ない。まどろみの中で揺れる体が心地好く、少女の意識は覚醒を拒み続け。

 その心、認めずとする呼び声は強行手段に出た。

「……ふぅ……む……んあっちゃーっ、ちゃちゃちゃちゃちゃ!」

 突如顔を覆う熱に跳ね起きるトバリ。

 何が起きたかと辺りを見回す少女を、熱湯の詰まっていた瓶を投げ捨てフューは安堵の笑みを見せた。その顔に喉元までせり上がっていた怒りは消えて、トバリは頬を掻く。

 覚醒した少女が改めて周囲を確認すると、以前テイマーズバトルで試合を行ったドードーちゃんと同じ、ハルベルト種の引く荷車に寝かされていたようだ。後ろを見れば更に繋がれて、大きな柱状の代物が覗く、小屋のような屋根つき荷車があった。

「このまま町を出るわよ、トバリちゃん」

「えっ、何で?」

 戸惑う少女の耳に、ようやく町の喧騒が届いた。見渡せば誰も彼もが町から逃げようとしているのか、荷物を手に進まぬ前の者を罵倒している。

 通り抜けようにも人が邪魔で進めないのだ。それもそのはず、町の出入り口は門となり、衛兵により規制されている。外に出るにも検査を受けなければならない。詰め掛ける人間の数に対して検査する人間の数が足りていない。

 しかし、少女らの荷車に対しては道が出来ている。ハルベルトの進路を塞がぬよう、人が避けて行く様にトバリは目を丸くした。

 恐らくはフューの魔法か、多くの人間の意識に影響を与えているのだろう、その力。

 これが魔法の力かと少女は先の試合を思い起こす。彼女との戦いは場外に落とされ敗北となったが、試合中の様々な魔法の使用は圧巻と言えた。

 種類だけで言えば少ない部類だと他の魔術師の試合から考えていたトバリだが、彼女はまだまだ魔法を扱えそうだ。

 実際の所、フューは使用する魔法の数を絞ることで戦闘の展開を効率化、高速化するよう努め、魔法使用による体力の消耗も抑えるなど利点を優先している。

 しかし。

「フュー、何であたしこんな所に……フュー……?」

「ん? ああ、何?」

 傍から見ても具合が悪そうに、青ざめた顔で頭を抱える彼女の姿にトバリはその名を呼ぶ。

 フューはそれに答えて不機嫌そうな目を向けるが、少女はその様子も含めて大丈夫かと体調の安否を問う。彼女はただ単に魔法の使用回数が増えたが故の影響だと、気にしないようにとだけ答えを返した。

「あ、あとさ、何で町から出るの? 武闘祭終わって、あたし、どうしてたっけ? もう一日経ってるの?」

 後ろに繋がれた荷車を再度確認する。それはスベルメクから受けた依頼の品だろう。武闘祭の翌日に受け取り、パインリバーへ向かう予定だったのだから記憶のはっきりしない少女がそう考えるのも当然と言えた。

 しかしフューはそれを否定し、緊急事態につき日暮れ前の出発を決定したのだと言う。

「こっちの鳥どもは町を出るまでは運んでくれるけど、報酬からその分は引いて貰ってるから」

「あ、うん。いやさ、あの、何でそういう状況になってるの?」

 首を傾げるトバリにフューは後方を指差した。その先には、損壊した塔が見える。氷漬けとなって、辛うじて倒壊を防いでいる状態だ。

 その塔の姿形に、トバリの脳裏に倒れる前の記憶が呼び起こされた。

 エンジー、クロイツの呼ぶエンゾガルデ。デンジロウや、少女の憧れた男を蹴散らし、さらには衛兵や町に滞在する人々を蹴散らし喰らった〝力〟の存在。

「そうだ、あいつ! エンジーだよ、どうなったの? 皆は? それにあたしはっ?」

「いーから、落ち着いて。もう全部、終わったから」

 にわかに慌てだした少女。立ち上がるその足を払って転倒させ、無理にと落ち着かせたフューは、思わず溜息を吐いた。

 そう、すでに終わっていることだ。氷漬けにされた少女をあの怪物から受け取った光景を、彼女は頭痛と共に忘れようと苦心する。

「ん、何だお前たちは?」

 門の前に殺到していた人間が不自然に割かれ、続いて現れた荷車に如何にも不審だという目を向ける一人の衛兵。

 町の外を目指すことに意識を集中している群集に対し、その群集を捌くことへ意識を向けている彼らだからこそ、誘導される人間への不自然さに気づいたのだ。町の外への誘導を止めて、他の衛兵も武器を構える中で、フューは体を起こし、荷車から飛び降りてトバリにも続くように命じる。

 素直にそれに応じたトバリだったが、着地が上手くいかずに転倒した。ふらつく体に入らぬ力と、多少赤面しつつも幼子の如く、ゆっくりと立ち上がった少女はぎくしゃくとした足取りでフューの隣に並ぶ。

「怪しい者じゃないけど、町での騒動に巻き込まれてね」

 そう言ってフューが顎で示す先には傷は癒えているとは言え、未だに血で汚れ、衣服も破れが目立つ少女の姿だ。

 衛兵は互いに顔を見合わせたが、だからと言って通すはずが無いだろうと眉根を寄せる。

「トバリちゃん、腰の鞄。中に紫のカードあるから、それ出して」

「えっ、そんなのあったっけ?」

「……カード……紫だと……?」

 その言葉に困惑する彼らを前に、少女が腰の鞄を探すがそんな物は見当たらない。気絶したままの獣が鞄の中で小さく寝込むだけだ。眉根を寄せて探す様子にはたと気づいたフューがトバリの外套を開き、背の大剣を避けて背負われる鞄から目的の物を取り出した。

 紫色のカード。刻まれる紋章は帝都よりの者、十器がひとつ、〝紫輪のソウベ〟を表す。

「こ、これは、魔力も確かに感じるが……本物か……?」

「あんたら外に居たから知らないでしょうけど、このコは武闘祭で、あの、ストライカー・ケイジを倒してんの。

 まあ凄い苦戦してたからぶっ倒れちゃったけど、その間に素晴らしい戦いを見せてくれたってことで、あの方が渡してくれたのよ。あんたら、十器が懇意にしてるこのコがこれ以上傷ついたら、どうなるか分かったモンじゃあないわよ?」

 睨みを利かせるフューに喉を鳴らし、後ろに控える仲間に合図して荷車が出られるよう、大きな門を開く。フューらが通れるように開けられただけだが、他の者からの不満も噴出する手前、急ぎ離れろと衛兵は目も合わせずに吐き捨てた。

「はいはい。そんじゃフューとトバリ・レンジョウ、退去記録しといてね」

「あ、あ、それとですけど! このドードーちゃんたちは町の外までなんで、中に入れてあげて下さいね」

「……ドード……? ああ、ハルベルトね。了解した」

 荷車へと戻る二人に敬礼を返して、追い出すように手を振る衛兵。少女は頭をひとつ下げて門を超えるとハルベルトらを放す。

 すぐさま町へと駆け戻る彼らを名残惜しそうに見送って、トバリは腰の鞄から未だに眠たげな獣を取り上げた。顎を撫でてやると目を開き、鼻を鳴らすそれに大丈夫そうだと荒れた大地に下ろして小型化解除の呪文を唱える。

「デカデカ!」

 右手の印と共に黒い煙を噴き上げて本来の姿を取り戻したヤモりんは、荷車に寝込むフューの姿を認めて敵対心に燃え目を赤く染める。

 攻撃的思考を感じ取った少女は慌てて彼を諌め、フューを庇い立つ。

「落ち着いてヤモりん! 大丈夫だから、フューは敵じゃないよ。ねっ」

 しばらくヤモりんはフューを攻撃すべしと、トバリの体を避けて噛み付こうとしていたが、どうあっても離れようとしない少女にやがて諦めたのか、そっぽを向いて鼻を鳴らした。

 偉いものだ。その様子を見てフューは力無く笑う。へそを曲げたのかどっかりと座って少女に視線を合わせようとしない獣に、ご機嫌を取ろうとするように擦り寄るトバリ。

 フューは、唇を鼻先につけるその姿に、忘れようと苦心していた光景が呼び起こされ、不快に顔を歪めた。



   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 フューが氷漬けの塔に辿り着いた時、その塔と同じく、体を氷に包まれていく少女と、その胸を抉り貫く歪な手、そして、少女の喉の奥へと舌を差し込む獣のおぞましい姿があった。

「――……!」

 その光景に目を見開いたフュー。

 舞い散る光の粒子が、数多の人間の命が失われていることを物語る。しかし、その中で少女は未だに存在しているのだ。フューはトバリが生きていることを確信し、歯を噛み締めた。

「あの! ……エンジー……、ちうか、エンゾガルデ、様、ですよね?」

 辛うじて言葉を正せたのは僅かに残る理性故か。恍惚として細められた目は、呼びかけに答えるように太くなりフューへと向けられる。だがそれは少女に向けられたものとは違い明らかに熱の無い、どうでも良いものを見る目だった。

 それにも苛立つフューだったが、舌を抜き取る魔王が少女から腕を抜くと、ゴミでも投げ捨てるように粗雑にトバリを突き飛ばした。フューが慌てて発生させた青い魔法陣に抱かれて浮いたトバリの体。彼女の誘導により手元へと導いて、フューは様子を探る。

「これ、体の中も……無茶してくれるよね、あんたらって本当に……!」

 黒い魔法陣を発生させて氷を除去していくフューを尻目にエンゾガルデは翼を大きく開き自らを覆う。

 何かが圧し折れる音を立てて、小さくなる塊はやがて動きを止めた。固まった翼を引き裂いて、元の姿と言うべきか、先のエンジーとしての姿を現す。一糸纏わぬその姿は細身ながらも筋肉質で、鋭利な、攻撃的と見える肉体だった。

 全身を黄色の粘液に覆われ、その口の両端には横に浅い溝が、耳元にまで伸びている。

「〝他の〟で、少しは満足できた。また、ベニーに嫌われる所だった」

「へえ? それはよーござんした」

 不快極まるという嫌悪の目を向けるフュー。エンゾガルデの言葉の意味を理解できた訳ではないが、魔王たる者らの思考をフューは追うつもりも無いのだ。

 エンゾガルデはしばらく、少女を介抱するフューを無言で見つめていたが、やがて意地の悪い笑みを浮かべた。

「フュー・アレドニィ。お前はその娘と共に歩める存在では無いぞ」

「はあ?」

「魔王の器を持つ娘だ。精々、守れ」

 その言葉。

 驚きに目を見開いたフューの前、獰猛な肉食獣を思わせる顔で無音の咆哮を上げる。背中の皮膚を裂いて現れた翼、そのひと羽ばたきで細氷を残し、空へと消えたエンゾガルデ。

 煌く光の舞う中で、瓦礫に座り込むフューは呆然としていたが、駆け付ける足音に気づいてトバリを抱え上げた。



   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 その後は町に滞在するスベルメクを見つけ出し、予定を前倒しにして町からの脱出を図ったのだ。魔王の出現とあれば、町へ帝都の捜査の手が入るのは必至。そうなると十器の威光をもってしても町からの脱出は困難となり、取調べと称してその他大勢のプレイヤーらと町に拘留されることは想像に難くない。

 そうなっては町ひとつを当然の如く襲う黒の集団にとって格好の餌食だ。ただでさえ武闘祭で騒ぎを起こしているのだから、否、それ以前にすでにこちらの動向は掴まれていると考えるべきであった。

 しかし、結果としては僥倖だろう。混乱に乗じたお陰で彼らの目をくらまし、あっさりと町から抜け出せたフューは、少女にある程度の方向を告げてようやくと休めるのだ、そう考えて瞼を下げた。

 荷車の上で仰向けに転がるフューがすぐに寝息を立てる。トバリはその様を肩越しに確認して、自らが背に跨るヤモりんを走らせた。

 ゆったりとした足取りながら走り出したそれに、久しい感覚だと握力の半分も戻っていない手を振りつつ、落とされないようにと警戒する。

 色々なことがあった。

 町でのこと、町に至るまでのことを思い起こして空を見上げる。陽は既に傾いている。やがては夕暮れとなるだろう。

「よっと」

 ヤモりんの背に立ち、橋の町キャンディロードを振り返る。壁に囲まれたその町、門からは出て行く人が疎らに姿を見せている。

 楽しいこともあったが、それが霞む程に辛いことがあった。だが、だからこそ思う。それでも今、笑えていればそれで良いのだと。寝息を立てるフューに笑みを浮かべて、彼女の言葉を胸に再びヤモりんの背に跨る。

 しかし、その表情は固い。エンゾガルデとの戦闘で失われた命、もしかすればその引き金は自分だったのではという思い。無事であって欲しいと願う共に戦った者。

 そして、何よりも心を燻らせるのはその闘志。

(……魔王……、そんなのが、この世界に居るなんて)

 ゲームとは違う。ノンプレイヤーキャラクターはこの世界に存在しないと言い聞かされていた。だからこそ、魔王という存在は少女にとって受け入れがたい存在であった。

 ストライカー・ケイジに感じた絶対的能力差、しかし人間として感じ取れた思考が彼とは繋がれたように思う。

 フュー。ケイジと比べ、能力だけで言えば勝っている面もあったろう。しかし、彼女にはトバリにない戦歴に支えられた技術があり、とても並べるような人間では無かった。

 それでも、彼女は少女の身を案じ、少女は彼女の身を案じた。友人でありたいとする思い、支えになりたいとする強い心がそうさせたのかも知れない。

 だが、エンゾガルデは別だ。圧倒的暴力は心が通うことも無く、ただ力の象徴である〝魔王〟という言葉がそれを端的に表していた。

「…………」

 殺してやる。

 その言葉を胸に飲み込み、トバリはヤモりんの首に抱きついた。消え行く命の冥福と、自らの行いの浅はかさを呪って、誰かに赦し請いながら。



 町を離れ行く荷車を、門の上で見つめる影がふたつ。

 モーデルとクサカだった。このまま行かせて良いのかとするクサカに対し、モーデルは構わないと笑みを浮かべる。

「あいつら、エンゾガルデ様と何やらありそうだしな。覚えがある内に殺しちまっても面倒だ。

 それに、道で言えば俺らと行く先は同じに見える」

「成程な。適当に時間をかけさせて、向こうに仕掛けさせるんだな。ヴェルチの奴がどう責任を取らされるか知らんが、まあ、形だけとは言え本意でなければ、クランまで潰されることはないか」

 そういうことだ。

 連れの言葉に頷く男。女もまた笑みを浮かべて、町の様子を探り見る。

 誰も彼らに気づく者はいない。町に潜む伝達者にはすでにここを離れると告げている。本来ならば命令あるまで動く訳にはいかないが、命令を軽んじる彼らはすでに面白みの消え失せた町に留まる理由など無かった。

 目指すは砂漠、パインリバーにある工業都市群〝メタルグレイプス〟。彼らの所属するクランの活動域となる場所であり、亜人撲滅運動の盛んな地域でもある。

「これから、楽しくなりそうな予感がするなあ」

 目を爛々と輝かせて、高き壁より飛び降りるモーデル。クサカもそれに続き、人目につかぬ内にと彼らは荒れた大地に消えて行った。

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