第九十六話 ンなマネできんのか!? ~完璧な作戦ほど崩れるもんだ!~
ずるりと地に沈んだ先で、彼らが目にしたのは先程まで彼らが立っていた場所だった。
正し人影は無く、全てが逆さとなっている。天となった石畳にへばり付く様に倒れていた二人は、眩暈と吐き気を堪えて起き上がる。
重力はしっかりと石畳に対して発生している。ならばそれはもう、逆さと言うべきものでは無い。裏返り送り込まれた場所ではあったが、これは高度な魔法のひとつである結界転移だ。
指定した対象空間の複製へとプレイヤーを転移させる事で、場所を選ばず被害を抑え戦闘を行う事が可能となる。
「ああ、糞女め……結界魔法に捕まったのは久しぶりだ……!」
「結界転移な」
痛む頭を擦りながら周囲を見回すクサカ。見てども探せども石畳の上に二人以外の人影は無い。勿論、彼らを招いたフューの姿もだ。
「おおい、何処にいやがるフューよお! まさか、これで閉じ込めて終いなんて言うんじゃねえだろうなあ!」
『焦んなっつのバカ犬』
空から響く大音量に顔を顰めれば、彼らを導いた虚像よりも酷く薄く透けたフューの姿が、天一面に広がっている。不快そうに歪んだ彼女の顔へモーデルは唾を吐く。
魔法で出来た空間なら、簡単にぶち壊せる。
モーデルは外套の下から巨大な両刃の斧を取り出した。破魔の力を持つ彼の獲物だ、この程度の結界ならば造作も無く破壊出来るだろう。
『分かって無いわね~』
振り上げた武器は、その手中から掻き消えた。
唖然とするモーデルの顔に思わずクサカが噴出すと、彼女の腰に差していた武器も消失した。
「んだぁ、こりゃ?」
『あんたらの体はねぇ、上に置き去りになってんの。ここは私の支配する精神世界。あんたらの武器なんざ、あるワケねーでしょうが』
「精神世界だあ? ンなマネできんのか!?」
「私が知るかッ!」
反則だろうと叫ぶ男の顔には、それでも尚、笑みが貼り付いている。
危機に瀕する程に燃え上がるその闘志。それは、決して歓迎すべきものでは無い。
『あんたらさぁ、その戦闘狂の思考が何でそうなってんのか考えた事ってあんの?』
「必要があるのかあ? 種族としての長所だろう?」
『データの異常を長所等と喚くな欠陥品が』
怒りを見せたその表情。クサカは挑発的な笑みを浮かべ、モーデルもまた満足して頷く。
この顔だ。プレイヤーに優劣を付ける差別的な顔。そう、これでこそ〝敵〟なのだ。
そこに情の入る余地など一切無く、ただ殺して殺されるだけの生死を求める行為であれば良い。
『まあ、いいや。とっとと殺すから、さっさと死んでね』
掲げた右腕が実態化する。思わずモーデルは口笛を吹いたその巨大な腕。振り下ろされた鉄槌を左右に跳んでかわした二人。
クサカは即座に腕に飛び乗ると、その肌へ己が指を打ち込んだ。貫かれて朱を散らすも、フューに表情の変化は無い。
ならばとばかり、腕を駆け上がろうとした女の体を、彼女が抉った傷口から現れた肉の蔓が絡め取り、上空へと放り投げる。
「子供騙しか!」
『終わってから言いなよね』
飛ばされた先の壁面に上手く足を向けて〝着地〟を決めるクサカ。が、直後に不可視の力を受けて垂直に地面に叩き付けられる。
呻くそれが二度、三度と襲い、石畳を吹き散らして女は動きを止めた。
「割かしやべえな」
困ったものだとばかり危機感の無い様子でモーデル。
支配された空間というのは伊達では無いようだ。女を仰向けにひっくり返して胸部を殴打すると、血の塊を吐き出してクサカが咳き込んだ。
『あんたらここで死んだらゲームオーバーよ。ワンダーランド内の肉体に意識は戻らないから、夢見る度に無の空間を楽しむ事ね。まあ、時間を感じるかどうかは知らんけど』
「お前、この辺りに居る訳がねえよな? 結界の中に隠れてる様なタマじゃねえだろう、どうやって魔法を管理して使ってんだ?」
モーデルの言葉にフューは目を細める。確実に勝利を掴む為ならば手段を選ばないとは言え、最終手段であろう結界転移による攻撃の為に自らも結界内に居たのでは、異常な耐久力を誇る亜人を相手にした場合、攻撃を凌がれて本体が発見される危険性があったのだ。
しかし、わざわざ罠を用意する様な彼女がそこに自らの危険を置くはずが無いと踏んだモーデルは、逆に彼女の代わりとなる存在が結界内に配置されていると予測した。
魔法を使用するに辺り、使用者の知覚出来る範囲でなければ効果を発揮し得ない。それは全ての魔法に言える事では無いが、この様に大規模かつ複雑な魔法に対しては
『んー、まあ、簡単に言えば携帯電話みたいなモンよ。伝言を配置できるマジックアイテムを応用して魔力を飛ばしてマーキング、でもって固有支配出来る場所を複数用意したの。
結界内への媒介にはあんたらの体をそっくりそのまま使わせて貰ってるから、ここにキーアイテムがあって、それをぶち壊したら結界から脱出! なーんて、簡単な解決策は無いわよ。
ちなみにマジックアイテムの値段は三千メダルだったから、あんたらそれっぽちの金のせいで死ぬってワケ』
「俺の命に値が張れるのか、嬉しい限りじゃねえか」
言わば魔法の遠隔操作か。
フューの皮肉にこちらも皮肉で返すモーデル。
そんな男の耳に、傷つき喘ぐ相棒から、掠れる小さな声が届いた。
「モーデル……こ、ここ、が……精神世界、なら、私たちも精神そのもの……だ……。
私たちという、精神体、は、……それだけで、固有の、け、結界……になる……」
「その話、長くなるか?」
耳を掻いてモーデル。二人の会話に凶事の臭いを察したフューの思念が彼らの空間を握り潰すが、その寸前に男は女を抱えてその場から脱出していた。
攻撃を回避出来た。この事実に、クサカの言葉の意味を理解する。
ここが如何にフューの支配する精神世界であったとて、彼らという異物を取り巻く環境を支配出来ても、彼らそのものを支配する事は出来ないのだ。だからフューは彼らを攻撃する必要が生まれる。
だから何だ、というのが男の本音ではあるのだが。
「……意識を集中しろ、モーデル……! お前の武器を、呼び起こせ。お前の中からそれを生じれば、負けなど、無い!」
「最初っからそれを言え!」
既に回復しつつあるのか、言葉に力を込めるクサカを放り投げてモーデルは太い笑みを浮かべた。
彼らの言葉はフューの耳に届いている。魔力を持たぬ亜人であるが、クサカの言葉通りここにあるのは精神体だ。だから、新たな武器を生じる事は可能だろう。
そうした所で、フューの力により消されるのだが。問題は、それより早く男は武器を振るう魂胆だという事だ。速度の話で済むものではないが、現在、不調に苛まれるフューにとって何度も同じ手を繰り返されては手痛い失敗になるかも知れないという不安もあった。
だからこそ攻撃の手は緩めない。
「うおおっ!?」
突如発生した圧力に、地へと這い蹲るモーデル。
地面を粉砕しながらかかるそれは、広範囲に効果が及び、建築物がいとも容易く崩壊していくのをモーデルは視認した。
だが、消えないのはその顔の笑みだ。
「…………っ、……ま、だ、まだ……! こんなモンじゃ、この俺の心臓は満足しねええぞおおお!」
歯の根から血を吹く勢いで顎を締め、圧倒的重圧に対抗して上体を持ち上げる男の姿。それは、フューの不安を増徴するものであった。
――お前の敵う相手ではないぞ。
不意に、彼女の彼らに対する敵対心を諌めたライネンの言葉が思い起こされる。
(黙ってろっつーのすっとこどっこい! 私は、自分に勝てない様な相手に勝って、生き延びれない様な相手を前に生き延びて来た。それは変わらない、今までも、これからも、これが私の〝道〟なんだからねぇー!)
実態化した巨腕で男を殴りつける。しかし、突如として彼女の結界に揺れが生じた。激しい頭痛と共にフューの意識が寸断される。
目元から火花が散る様なそれは、彼女の予想を超えた現象だった。
「うぎぃっ!」
悲鳴を上げて頭を抱えるフュー。その間も思考を落ち着かせるべく唇を噛み締めて、別の痛みによる意識の統制を図る。
が、鳴り響く音が彼女の集中を乱すのだ。その音の正体を、彼女は知りつつ目を閉じ、周囲の状況を頭から消し去ろうとした。
(集中しろ、フュー! あの結界から意識を離しちゃいけない。途切れたままだとマズい、早く支配権を復旧しないと逃げられる)
鼻から滴る血を拭う事もせずに頭を抱える彼女だが、それでも意識は彼女の仕組んだ結界から離れていった。
鳴り響く音の正体。それは、彼女を恐れさせた恐怖そのもの――魔王の咆哮だったのだ。
その声が魔力にすら影響し、更なる消耗を促した。魔王が、魔王として町に存在しているのならば逃げるべきが先決だと彼女の脳裏に少女の姿が浮かぶ。
あれは危機にこそ向かう者だ。止めなければならない。
(ふっざけんな! 何で私がそんな事……奴らがいる、今、ここに……! こいつらを殺すのが先決だ!)
割れる思考に焦りを禁じ得ず。
そんな中で、彼女の乱れた攻撃を前に立ち上がったモーデルが巨大な斧を発生させた事を知る。
馬鹿な。
焦る彼女の願いも虚しく、モーデルが哄笑と共に放った一撃が、彼女の作り上げた結界を粉砕した。
「――うぅ……があぁあああああああっ!」
怒りの余りに声をあげ、自らの拳が傷つく事も厭わず石畳を殴りつける。開いた目の先で、氷で作り上げられた塔を捉えた彼女は、更なる怒りに鉄帽を剥ぎ取って頭を掻き毟った。
「あのっ、あの、くっそがああぁ! 何でいっつもお前らあああっ!」
肩で荒く呼吸し、心を落ち着かせる。
制御出来ぬ感情に戸惑いつつも、思考に混じる雑音を払い除けた。彼女自身、人目のつかない所に居るとは言え、誰もが町内に発生した氷の塔を見上げておりフューの奇行に気づく者はいない。
フューは自らのこめかみから発生させた青い光を地に放つ。町に仕掛けた罠を破壊し、追っ手に情報を与えない様にと考えたのだ。
(ま、魔王が暴れてる様な状況で、これを気に出来る様な奴はいないでしょうけどね)
ともかく、まずは場所を移動しなくてはならない。亜人共に嗅ぎ付けられる前に。
そして、この様な状態を逆に好機と捉える。
(黒の集団、どれ程の規模かは知らないけど武闘祭にも出てるし私らの動きはもう把握してるってモンね。
だからこそ、今、混乱の極みに陥るこの町を脱出する)
窮地こそ絶好の時。
鉄帽を拾い上げてフューは痛む頭を抱えながら、氷の塔を目指し走り出したのだった。




