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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
白黒つけるぜ武闘祭!
92/117

第九十二話 楽しみにしてるぜえ、フュー ~これが世に言う知り切れトンボ!~

「急いで医務室へ運べ、早く!」

 衛兵らによって慌しく運ばれる少女を見送って、フューは対盤から飛び降りた。酷い頭痛に思わず俯いて息を吐く。

 対盤から離れたトバリの体の傷は瞬く間に治癒したが、同時に体力の殆どを失い昏倒した。回復魔法が原因だろう。その失った体力を戻す為の魔法装置も設置されている。

 試合中に使用するのは認められていないが、敗北者となれば話は別だ。

「フュー様」

「んあ?」

 不意に呼びかけられたことで反応し、視線を移した先にメイド姿を認めて露骨に顔をしかめる。

 この所業、忘れはしない。

 メイド長は分厚いレンズをはめ込んだ眼鏡の下に、鋭い視線を湛えたその姿。フューもまた、その目に挑むべく睨みつけた。

「とっとと消えなよアホメイド共。あんたらの大好きなご主人様に拒絶されてんのに付き纏っちゃってさぁ、そいつも負けたんだから、スカートまくって帰んなよ」

「ええ。トバリ様のご容態を確認してから、自分で決めて行動しますわ。ご機嫌よう」

『ご機嫌よう』

 スカートの裾を持ち上げてお辞儀すると、石造の如き四人もそれに倣う。スカートの裾を掴む際に広げた腕、肘が他の観客を弾き飛ばしたが特にそれらは問題視していない様だ。

 何と言う迷惑な。

 げんなりとするフューを尻目に医務室へ向かう彼らにこちらも背を向けて、すでに料理の残らぬ机に腰を下ろす。

「行儀が悪いなぁ、フュー」

「あんたに言われたか無いのよ」

 椅子に座るはともかく、皿すら舐め回して料理を食らい尽した男、モーデルだ。

 男は力の無い彼女の言葉に眉を潜める。頭痛から機嫌は悪そうだが舌戦をする気力も無いかと、それだけ少女を痛めつけるのは辛かったのかとモーデルは意地の悪い笑みを浮かべた。

 フューはそれをひと睨みするも、無言のままだ。

「本当はお前の分も残してやりたかったがよ、食うでもしなきゃ気が紛らわせられないもんでなあ。

 決勝戦ではたっぷりと楽しもうぜ。なあ、フュー」

 重ねた皿を噛み砕いて破片を飲み下し、男は席を立つ。

 勘に障るモーデルが退場したことで一人となったフューは、再び重い息を吐く。

 ひとつの重荷が無くなったのだ、これは喜ばしい事だとフューはトバリの笑顔を思い出す。ぼろぼろになった顔で、それでも笑って見せた少女。


 ――ああ、もう。悔しいなあ。


 少女はそれだけ言って、気を失った。試合が終わって、あの笑顔を向けられるなど、フューは考えすらしなかった。

(あんた、本当に何にも分かってないよ)

 危機は去っていない。むしろ立ち直ったことで、少女のあの姿勢はより強固なものとなっただろう。だがフューは元の鞘に戻るつもりなど無かった。

 良いじゃないか。これで不要なことを考えずに〝狩り〟を再開できるのだから。

 ひとつの終わりを喜ぼうと胸の内で言葉とするフューであったが、気持ちが晴れることは無かった。



 商業が栄えたことから、橋の町と呼ばれるキャンディロード。今日もまた、町に入ろうとする商人や旅人が多く居る中で、門番らもその対応に追われている。

 特に今日はメインイベントと言える武闘祭がある為に許可を待つ人間が多かった。

「……あれ、あんた……」

 そろそろ入る人間を規制すべきか。受付の一人がそう考えていた頃、許可を得る為に立つ者を目にして怪訝な表情を浮かべた。

 彼の姿に見覚えがあったからだ。受付の男は自らのメモ帳に目を落として、滞在者の数を確認してこめかみを掻く。

「すみませんが、今日はもう入門を規制させて貰おうと思っているんですよ」

「まだまだ、並んでいる人間がいるぞ」

「はあ、ま、それはそれで予約って形になりますから。で、今日は無理ですが、滞在の目的を教えて貰って良いですか?」

 正義の為だ。

 その言葉。思いがけぬ言葉に顔を上げた時、既にそこに人影は無かった。

「…………、! 侵入者だ! おい、中に連絡、お前らも奴を追え!」

 声を張り上げるその姿に慌てて装備を確認する衛兵ら。

 一体、どの様な人物が。門番にその姿形を確認すると、彼は胡散臭そうに目を細めた。

「正義の味方だ。一昔前のヒーローみたいな、全身タイツだよ!」



 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



「ふがっ!」

 目を覚ました少女は、重い瞼を擦り周囲を見回す。トバリの寝ていたベッドを中心に描かれた魔法陣、その各所に色とりどりのガラス瓶が設置されている。

 状況が分からぬままにベッドから抜け出して体の様子を確認するが、筋肉痛や疲労が溜まっている程度で特に異常は無い。

「…………。あ、ヤモりん! ヤモりんは!?」

 慌てるも、ベッドの隣に置かれていた籠の中、静かに寝息を立てるヤモりんに気づいて安堵の溜息を吐く。

 そんな少女の声に気づいたのか、部屋にひとつしかない扉を開いて衛兵が一人、中へとやって来た。

「何だ、もう起きて大丈夫なのか」

「えっ、うん。大丈夫、だと思うけど」

「だ、そうだ」

 振り返っての言葉。衛兵が部屋から出て行くと、入れ替わりにメイド姿の五人が部屋の中へと押し入った。

 皆、少女の身を案じている様だ。代表としてメイド長がゆっくりと頭を垂れて、気分が優れない所は無いかと問う。トバリはただ首を横に振った。

 彼はしばし沈黙した後、遠慮がちに口を開く。

「トバリ様、その、フュー様のことは」

 その名。トバリは目を大きく見開いて、ヤモりんへ視線を向けた。それから、改めて自らの体を調べる。彼女に穿たれた足や腕、そして何度も踏みつけられた顔。

 トバリ様。

 名を呼ばれて初めて気づく。自らの涙を。敗北に対する悔しさからでは無かった。ただ怖かったのだ。フューという人物に対して出た恐れでは無い。彼女を失うということが。

 メイド長に呼ばれて進み出たミズ・コーポラルが、少女を抱き締める。丸太の如き腕に予想よりは柔らかな胸に圧迫されてトバリは思わず呻いた。だが、今はそれが心地良い。

「ううっ、うぐう、ふ、ぐうぅ……うわあああああん、わあああああっ……!」

 泣き喚く少女の背中を撫でるミズ・コーポラルは、珍しく優しい笑みを浮かべていた。

 他のメイド共が頷く中で、メイド長は一人、顔を険しくする。彼もまた、少女が友人としているフューとの別れに涙しているのだと気づいていた。あそこまで傷つけられても尚、その人物を求めるということが、依存しているということが彼には理解出来なかったのだ。

(しかし、トバリ様は強いお人だ。またすぐ、立ち直ってくれるだろう)

 フューとの試合、結界に阻まれ少女らの言葉を聞くことは出来なかったが、少女は確かに心を折られたはず。

 それでも立ち上がったのだ。

 不屈の闘志。例え折れてもまた再起出来る強い心。この人物と会えたことに幸運すら感じる。

(今はお泣き下さい、トバリ様。我らはメイド、いつでも貴方を支えます)

 泣き喚く少女を、彼らは見つめ続けた。



   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 対版上で熱い風を感じながら、フューは視線の先に男を見据えた。

 もう、待ちきれん。

 モーデルは開始の合図が入る前に、自らの獲物である大斧、その握りを素手でもって引きちぎる。

 普段は聞き慣れぬ不快な音を響かせて、獰猛な笑みとぎらぎら光る野性味を帯びた双眸がフューを捉えている。

『こ、これは早くも気合十分という所でしょうか。モーデル選手、武器を投げ捨てた!

 このデモンストレーション、フュー選手は一切意に介さず!

 それではこれ以上の紹介も必要無いでしょう。男と女、どちらが強いか、現実世界(リアルワールド)ではそうは見れないこの決戦!

 橋の町武闘祭決勝戦、開始です!』

 銅鑼の音と同時に男は両腕を広げて全身を緊張させる。放たれた咆哮は獣の如く、風を伴って対盤上を駆け巡った。

 凄絶な笑みを浮かべるモーデル、胸を守る防具すらも片手で紙細工の様に引き裂くその姿、悪鬼羅刹すら思わせる。

「俺の心臓を、満足させてくれよォオ!」

 走る。

 威圧を体に纏わせて、疾風の如く迫る男を正面から見返していたフューは、止まれとばかりに左手を差し出した。

「あぁ?」

 不機嫌ながら意外にもあっさり止まったモーデルへ、自らの左手を死角にその手を引く動きに合わせ、踏み込む右の拳が男の胸へ捩じ込まれる。

 引き抜いた拳には棘の有る籠手が装着され、先端には血が付着している。

 この女。

 好戦的な笑みを浮かべるモーデルに対してフューの表情は冷めたままだ。

(出血狙い、流石に亜人の対処はお手の物ってことか。だが!)

 張り出した胸部から血を吹き、膨張した筋肉が傷口を塞ぐ。対盤上での効力を考えてもわざわざそれを行う必要は無かったが、そこは男の気分であろうか。

 亜人は魔力適正が適応しないと言う、欠陥とも言うべき特徴がある。それを補う様に耐久能力や攻撃面での性能が異様に成長する長所を持ち、高い生命力を有するが故にその象徴たる血を減らしすことで彼らの能力値を下げることが可能だ。

 とは言え、耐久値を下げるだけで、獰猛なる彼らの攻撃性を大いに刺激する結果となるのだが。

「体感させてやろうか、俺の世界を!」

 見開いた目は血走り、槍を発生させたフューへ向けて両腕を降り下ろす。

 槍で受けた衝撃が腕に伝わるよりも先に、フューの腹部へ三発の拳がめり込み、体が弾き飛ばされる前にその背へ肘を突き立てる。

 高速で繰り出された一連の流れはそれだけで止まらず、肘打ちにより仰け反る体へ、振り向き様に組み合わせた両の手が鉄槌となって鉄防に覆われた頭部へ振り下ろされた。

 しかし。

「――……!?」

 ぐにゃりと歪んだその感触に、モーデルは眉を潜める。彼の腕力ならば鉄をひしゃぐ事など朝飯前だが、それにしても軟い代物だったのだ。

 僅か一秒にも満たぬ中での圧倒的攻撃速度。連続で行われたそれに対盤へと叩き付けられたフューの体は泥の様に変色し、弾け飛んだ。

「何だあ?」

 消え行く泥を拾って顔を歪める。端的に言えば魔力を行使して作り上げられた生き人形、フューの分身とも言うべき代物だったのだろう。

 それは分かる。ならば、本体はどこに在るのだ。

 会場にも彼の困惑が通じたのだろう、それまでの歓声とは違うざわめきが広がる。恐らくは不可視の魔法でも使ったかと警戒するモーデルの耳が拍手の音を拾う。

 不機嫌な目で睨みつければその先で、悪戯な笑みと醜悪とも言える悪意に固まった目で手を叩くフューの姿が、対盤の外に。

「どういうつもりだ、お前」

「いやスゴいスゴい、一瞬でミンチじゃん。勝てっこ無いのは分かってたからさ、負けとこうと思って」

「ならつまり、これは、遊びは終わりって話かい?」

 どういうことだと観客、そして町長たるベレンディすらもが抗議の声を上げる。折角の決勝がこんな幕切れとあっては、露店商を止めてでも見物にやってきたプレイヤー達から祭りを運営する町への非難も必至だろう。

『フュー選手、決勝戦でその様な行いは。モーデル選手も望まれていないでしょう。再戦を行いましょう!』

「やらんっつーに」

 肩を竦めるフューに、モーデルは力を抜いて笑う。

 祭りも終わりかと、ぽつりと呟いてその目に再び野生の光が灯った。対盤を飛び降りると、睨むフューの目の前まで歩み寄ってその顔を見下ろす。

 緊迫した空気に衛兵が彼らを囲み、離れる様にと命じる。モーデルは煩わしそうにそれらを睨んだ後、彼女へ、ぐっ、と顔を近づけて小さく囁いた。

「テメエは同胞の仇でもある。終われると思って無いよなぁ、この殺戮の幕間で」

「うるさいっつの。あんたこそ、生きてこの町から出られると思ってるんじゃないわよ」

 言葉を同じく囁かれて、モーデルは目を丸くした。その直後に彼らの間に抜き身の剣が現れて、無理やり二人は引き剥がされた。

 モーデルはそれに応じ、既に機嫌を直して笑みすら浮かべていた。

「そうだなぁ、祭りじゃあなーんもできねえ。楽しみにしてるぜえ、フュー。この後をよ」

 衛兵らに連れられながら、芝居がかった仕草で両腕を広げ大げさにお辞儀をする男に、同じく衛兵らに連れられるフューは煩わしそうに目を逸らしたのだった。

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