第九十話 ……に、ひひっ…… ~非道、苛烈、アタック・ザ・フュー!~
『食らった~! 虚を突いた痛烈な一撃、先制を取ったのはフュー選手です!』
連れであるにも関わらず、不意打ちを行ったフューの行動には会場からも驚きの声が上がった。仲間同士な上に実力差のある試合ともなれば温い試合運びになるのではないかと考えた者も少なからず居たのだ。それを一笑に付す彼女の行動は、トバリを応援する者からすれば特に衝撃的だっただろう。
しかし、その一撃を受けた少女の顔には笑みがあった。頬は痛み、頭は揺れているものの、彼女の投げかけた言葉や容赦の無い仕打ちが、今まで少女の戦ってきた選手と違いトバリを敵と認めているに相応しい攻撃だったからだ。
叩き潰す。
言葉の通り、フューはやる気だろう。だから当然とこちらの警戒を解き、当然と不意を打つ。勝つ為に、負けない為に。
それが嬉しかった。正に今、自分はフューと対等の場に在るのだと、彼女に認められているのだとトバリには感じられたのだ。
フューは少女の笑みに気づき、槍を構え直す。敵たるトバリの耐久性を考えて自分の攻撃を過小評価した彼女は畳み込むことを良しとしない。その間に反撃の態勢を整えるトバリよりも先に、主人が攻撃を受けた事でフューを敵と認識したヤモりんが飛び出した。
「邪魔!」
ただ真正面から飛び掛る獣を蹴り上げる。トバリはその瞬間、彼の心配をするよりも前に、その構図に目を見開いた。
タイミングよく手を叩き、号令を下す。
「ヤモりん、必殺剣の動きだよ! ――デカデカ!」
小型化解除のキーワード。構えと同時に発せられた信号を受けて、蹴り上げられたヤモりんを中心に黒煙が巻き起こる。フューの頭上だ。
直後には落下するであろう巨体に対し、フューは焦りも見せず少女と同じ構えを取った。
「阿呆、チビチビ!」
「…………、あっ」
あっさりと魔法で覆されて黒煙が収束していく。目を瞬かせるトバリを他所に、フューは手元に発生させた青の魔法陣に槍を乗せ、小型化したであろうヤモりんに向けて射出した。
従僕との連携を破られたことに気を取られ対応の遅れたトバリは、獣の名を思わず叫ぶ。
腹を槍に貫かれて黒煙から弾き出されたヤモりん。悲鳴を上げて対盤へと落下するそれに少女は目を見開いた。
「ヤ、ヤモ――」
「――いつまで馬鹿やってんの」
慌てて駆け寄ろうとしたトバリの足を、新たに発生させた槍で引っ掛けて転倒させる。転がるままに怒りの目を向けたトバリに、呆れ顔でフューは口を開く。
先の一撃で剣を取り落としていると言うのに拾うでも無く、敵を注視もせずに死地へ飛び込もうとする。それを馬鹿と言うのだと。
「その程度で私とやろうってのもさ」
少女の剣を眼前へ放り投げる。
敵を無力化も出来ずに助けを優先するというならば、後ろから心臓を貫く。
フューはそう宣言した。
「…………」
トバリは彼女を睨んだまま、転がる柄へと手を伸ばす。投げつけて隙を作り、苦鳴を漏らすヤモりんの元へすぐさま駆けつけてやろうかという魂胆であったが。
握る手に激痛が走り、驚き視線を手元に向ければ、そこには剣の柄から伸びた赤い光の棘に各所を貫かれた右手があった。
何だこれは。
唐突の出来事にトバリの思考が止まる。考えるでもなくフューの策略であるが、予想出来ずに硬直するトバリが我に返るよりも早く、フューの見舞う胴回し回転蹴りが後頭部に直撃する。反射的に腕を突っ張り沈む事を堪えたかに見えた少女であったが、鼻から血を流すと対盤に力無く倒れた。
「鉄骨入りだから。幾ら君がタフで、私の力だって言っても、割とキクでしょ。これ」
自らのブーツ、その踵と爪先を対盤に当てると、ごつごつと重い音が響く。
彼女の言葉に対し、少女は反応無し。これぐらいで止まるものではないがと、先のトバリとストライカー・ケイジとの試合を思い起こす。
(あ、や。違う、違うでしょ。その分は体力減ってんだし、それはそのまま対盤上での耐久値にも直結する。だから、この一発で動けなくなるってことは)
自らが失念していたことに僅かな驚きを覚えつつ、足で蹴ってトバリを仰向けにさせた。早くも血に汚れた顔で短い息を吐き、虚ろな目を向ける少女にフューは溜息を吐く。
痛いだろう、それは。
串刺しにされた右手から光の棘が消失する。フューは少女に、立たせてやろうかと提案して、その右手を今度は槍で貫いた。
「ああっ、ぐっ!」
「はいはい、起きた起きた」
いつもと変わらぬ調子で、まるで子供を起こす様にフューは槍を捻り、痛みから逃れるべくトバリは立ち上がる。背の上一杯にまで腕を上げ、しかし痛みが意識を覚醒に向かわせたか、睨む目に力が込められた。
「…………、トバリちゃんさ」
口を突いて出た言葉に自らも驚く。言わんとすることはただひとつ、降参するか否かだ。
だが、目を見れば分かる。この少女はそれを受け入れないだろう。そしてそれを知っているはずの自分が、思わずそれを口にしようとする程、この少女が傷つく様を直視出来ないのだ。自分自身の手で、痛めつける事に抵抗があるのだ。
(うっそでしょー、私どんだけこのコ気に入ってんの?)
思わず口元を歪める。その苦い笑みに、怪訝な表情を浮かべたトバリ。フューは肺に溜まった空気を抜き、再度、質問する。
「降参する気、ある?」
「……に、ひひっ……無い――ッ」
気持ちを確かめると同時にがら空きの胴へ足刀が突き刺さる。油断出来ぬ相手だと認めながらもあっさりとそれらを許すトバリは、腹の中に大きく熱い鉄の塊を差し込まれる感覚に目を開いた。
放った足を支えに槍を引き抜かれると、少女はえづき腹を押さえて膝を落とす。フューは、そのまま崩れ落ちるのを良しとせず、即座に少女の顎を蹴り上げる。振り上げた足は、仰向けに倒れた少女の顔面へ向けられ、容赦無く、振り下ろされた。
肉の、潰れる嫌な音が響いた時、客席からも悲鳴が上がった。
ケイジとは違う、熱の一切無い冷酷な打撃が処刑にも似た一方的な暴行の幕開けと気づいたのだろうか。繰り返し、繰り返し、幾度も幾度も振り下ろされ、血溜まりを作り上げたフューは一息ついて、魔法を行使する。
ふわりと浮き上がる少女の体には力無く、執拗な踏み付けでぼろぼろになった顔は腐り落ちた果実にすら見えた。
何故ここまで。
客席から聞こえた声に例のメイド共かとフューは底冷えする眼光を向け、苛立ちのままに足で対盤を叩くと同時、浮かび上がる巨大な魔法陣が周囲の音を遮断する。
「おーい、意識、まだ残ってる?」
「…………」
瞼がどこかも分からない様相で、しかし少女は反応を示した。弛緩する体でなく、顔から新たにする流血にフューは返事をしたのだろうと解釈する。
彼女は、痛めつけられた右手は使えぬだろうとして内の第二指を握り、圧し折った。
びくり、と震える体に眠気は冴えたかとフューは言う。
「降参する気、ある?」
「…………、っ…………」
開いたであろう口。腫れ上がった唇から言葉は読めなかったが、明らかに笑みの形へと変わるそれが、フューにとっては酷く不快に感じる。
予想していたことだ。だから彼女は質問する前から構えていた槍を、少女の胸へと突き入れた。
――否、突き入れようとした。
「マジかっ!」
突き出したその矛先を遮り、傷ついた右手がそれを掴んだのだ。予想外の力と抵抗に頭の中に鳴り響く警鐘を素直に受け入れ、フューは槍を手放して後方へと跳躍する。
着地と同時に魔法の解けたトバリの体も落下し、しかし倒れること無く仁王立つ。
「げぼっ、ぐぅ……、フュ、ウ……!」
強い意志の光を灯す目に、まだそのような気力があるかと冷や汗を浮かべるフュー。
雄叫び、上げるも叶わず。沈黙の獣の如き無音の咆哮と共に放たれた槍を手元に発生させた紫の魔法陣で受ける。
それは穴の様に槍を飲み込み消失、同時に飛び掛るトバリの軌道から側面に逃れつつ、その面へ裏拳を合わせた。
小気味悪い濡れた打撃音と同時にくるりと反転した少女の体が、今度こそ落下する。だが、それでは終わらない。それこそ獣、唸り声を上げて体を引き立たせたのだ。
「……これまた……嫌な感じぃー」
笑みを浮かべつつも両眼に映るは敵意のみ。新たに発生させた槍を手に、それを回すと別れて二つの薙刀となる。
諸手に構えたフューに対して、トバリは背中の大剣を抜き放つ。外套を翼の如く翻し、地に叩きつける打撃音にフューは目を鋭く引き絞る。
とても、血に濡れる子供と思えぬその迫力。
これだ、この少女の特異性。
痛みでトバリの意志が折れることは無い。それどころか、痛みを糧に反骨心として奮起している節すら有る。もっと言えば、その心に応える小柄な体からは予想も出来ない強靭性が、トバリが通常のプレイヤーと異なる最たるものだろう。
(このワンダーランドで見た目と性能は必ずしも比例しない。だから心の有り様がコンディションを左右する現実世界よりも大きな要因と成り得る、けど)
しかし少女の、その足を支える反骨心の向く先は、眼前の敵では無く、もっと大きな〝何か〟へ向けられていると感じる。
正眼に強烈な意志の輝きを取り戻したトバリの体は、先程までと打って変わって剣を構えてぴたりと静止していた。ふらつく様子も無い。
だが、その目は、微かに揺れる。
(……ははあ、なるほどね……)
大上段に構え直した少女の動きから、攻撃の手を読み取ったフューは腰を落とし、薙刀を眼前で交差させる。
「ほれ、来なさい」
フューの言葉。
少女は強く息吹き、大きく跳躍。自身の身長の二倍はあるかという高さに、未だにこれ程の体力を持つのかと考えるよりも、追い込まれているからこその力だと認識を固定する。
即座に身を左へ移すと、トバリの視線が纏い付き、剣の軌跡は彼女から見て右へとずれる。隙を作る為に刃を刃で打ち落とすフューは、その斬撃の軽さに顔を歪めた。
あっさりといなされた攻撃に少女の手元に目を向ければ、既に柄から右手が離れている。腰へと回るそれが素早く繰り出された時、フューは待っていたとばかりに右足で踏みつけた。
右手に握られていたのは彼女の渡した毒の短剣。
「バレバレだっつーの」
更に色濃く歪む顔は、笑みの形であった。
泳いだ視線、剣の軌道、追い詰められた局面で打開の一手を導く閃きと、力押しだけで無いトバリの実力を過不足なく評価した上で、少女の挙動から成る次の一手を見透かしたのだ。
それにこの手、初戦ですでに見たものの応用だ。
それを踏まえて、だからこそ傷付き動きが甘くなるであろう右手を使わせた。
鉄骨入りのブーツに踏み潰されて、動きを止められた少女の背へ薙刀を構える。
「ほんじゃま、試合しゅーりょーってコトで!」
背中から心臓へ。最も外套で仔細の知れぬ場所、この一撃で決まると思ってもいなかったが。
薙刀を突き立てようとした矢先に、右の太股に激痛が走り取り落とす。必然的に緩まった足から転がり逃げる少女、その姿から視線を変えれば槍に貫かれ尚も食らい付くヤモりんの姿があった。
(……こいつ、いつの間に……! てか私が気付かなかった? マジで!?)
「――フュー!」
名前を叫ばれ視線を戻せば、左の拳を振り上げるトバリの姿。
フューの脳裏に、一撃で戦闘能力の殆どを奪われたケイジの姿が思い起こされる。
「阿呆ッ!」
その言葉と同時に少女の体が泳ぐ。力の抜けた拳をかわすフューに対し、足下の感覚の変わり様に衝撃を受けるトバリ。
踏み込んだ足先が紫の魔方陣に飲み込まれ消失している。体勢を崩した体は止まることも出来ず、その勢いを利用したフューの膝が少女の顔面に突き刺さる。
首にまで達する衝撃に肺から漏れる音を吹き出して、少女の体が倒れ伏す。
最早、何度目の光景か。しかしこれが直接の有利にならないのは先の試合、そして現状から推察出来る。
トバリの動きが止まった僅かな間に太股に歯を立てるヤモりんの、槍で穿たれた穴へ指を潜り込ませて臓腑を掻き回す。
初めての感覚に苦痛と共に生きるさしものワイルドビーストも口を開いた。
それと同時に対盤へと叩き付けて蹴り飛ばす。腹に繋がる槍もあって遠くまでは飛ばないものの、こちらも直ぐには動けないだろう。
問題は、既に上体を起こそうと苦心するトバリの折れぬ闘志に有る。
(とんでもないよね、ホント)
ぐしゃぐしゃになった顔から覗く瞳輝きにフューは溜め息を吐いた。
ならば、その心を折る。
フューはうっすらと、肌寒くなる笑みを浮かべた。




