第八十九話 あたしの実力で、勝ってみせる! ~バハムート杯準決勝、開始!~
「ねえ、トバリちゃん。今、何考えてる?」
「にひひひっ。ひ~みつ! フューこそ、何考えてるの?」
「うん? ……んー……」
嬉しそうに笑う少女に溜息を吐く。
第七試合準決勝。選手登場口の通路で控える二人、フューとトバリ。頭ひとつも低い少女はだらしない笑みを浮かべており、フューはその様子に呆れている。
少女の望まぬ形での勝利もあったとは言え、ようやくとここまで来たのだ。トバリが考えるにフューは酒場での腕相撲の延長戦だと捉えているのだろうとしながらも、この機会を逃すつもりは無いと頬を叩いて気を引き締める。
実力で認めさせる。彼女の隣に立てる力量が有るのだと。自分は対等に渡り合えるのだと。
いつも、いつも考えていたのだ。飄々としていながらもトバリを守る為に苦心し、少女の知らない場所で動き続けているであろうフューのことを。
だからこそ、彼女に頼られる存在になりたい。彼女と対等になり、支えられると示したい。時折見せるフューの暗い感情を、薄れさせる存在になりたいのだ。
現状を、ただのペットの様にしか見られていないと自覚しているからこそ、トバリはそう考えていた。
実際、その受け取り方はフューが少女に対する感情に近いものだった。だが、この武闘祭への参加をただ我侭を聞く為に引き受けた訳で無いと、少女は知らない。その裏での悪意に近い善意の覚悟も。
「対盤の上でね。試合が始まったら教えるよ」
「えっ、何で?」
「何でも」
幾らか落ちた声のトーンに、少女は戸惑いながらも頷いた。
試合の時が近づいている。
遂に始まる準決勝を目前にし、四枚の肉の壁に挟まれたメイド長は一抹の不安を拭えずに居た。それは、彼らが主と慕う少女、トバリの念願叶ったフューとの試合である。
フューの人柄をそれまでの試合から容赦の無い人間だと捉えていたが、そんな評価では生温い。二人目の対戦相手に多少の苦戦が見られ、実力の底が見えたと思いきや前回のデンジロウとの戦いだ。彼の目を欺く為に実力を隠し、更には勝利の為に騙し討ちもする。その後の徹底的な人体破壊も加えて冷酷な人間であることはまず間違い無いだろう。
モーデルとの確執も隠そうとしないあたり、既に彼女の中で決勝へ進むことは確定しているはずだ。
ならば、少女への対策も終わっているのではないか。正反対に見える性格ながらも微笑ましく連なる姿に、デンジロウ戦で見せた様な事態は起こらないと信じたい。
が、以前、彼らが受けた罵倒を考えると少女に対しても徹底的な攻撃、それも肉体面だけで無く精神面にも加えるのではないかという不安が残る。
そう、トバリの心が折れないかという不安だ。
(トバリ様の心がお強いのは間違い無い。だが、それがもし折れることがあれば、トバリ様に立ち直れる力はあるのか)
やはり、棄権を進言すべきでは無いか。そうした所であの少女の性格では受け入れるはずもないだろうが。
「……トバリ様のご友人、か……」
彼が思わず零した言葉に、内の一人であるミズ・コーポラルは思わず反応した。彼女もまたメイド長と同じ不安を抱えているのだろう。しかし顔に傷を残すミズ・メイジャーの考えは違い、険しい顔をするメイド長に失礼ながら、と前置きをして発言を求めた。
「許可する」
「はっ! トバリ様はフュー様との試合こそ望んでいた節があります。途中、あの方の望む形では無かったにしろ、遂にこうして相見えた以上、前試合より強固な姿勢でもって、辞退を拒むでしょう。
その体を気遣うのも重要ですが、メイドである以上、我らはトバリ様の勝利を信じて、無事に試合を終える様、祈り応援することも大切なのではないでしょうか」
主人を正しい道へ導いてこそ、そう考えていたメイド長だが、ミズ・メイジャーの言葉を噛み締める。彼女らに対して彼は上官とも呼べる存在だが、主人と傅いた少女に対してはメイドに過ぎないのだ。
ならば見届けようと、二人の試合に口を挟まないことを決意する。とは言え彼の中で、あれ程まで正反対の人格であるのにこうも仲が良いのは現実世界でも知人なのではないか、知人ならば手荒なことはしないだろうという打算もあったのだが。
どちらにせよ見守るべきなのだ。少女の望むことを。
メイド長は苦笑して、メイドとして教えられたなと彼女へ礼を言う。ミズ・メイジャーは視線を正面に向けたまま、教わりしたことです、とだけ短く答えた。
観客の決勝へ向けて高まる期待の中、準決勝戦への熱気も膨れ上がる。
少女の望んだ試合が始まろうとしていた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
お待たせしました。
司会者の言葉に会場に静けさが戻る。しかしそれは嵐の前の、という言葉が頭に付くのだろう、会場の熱気は増すばかりだ。
『誰が予想したでしょうか、この流れを。各大会で武名を馳せるストライカー・ケイジ、打倒ケイジを掲げた〝ジャイアントキリング〟デンジロウ、戦い続けて五年、誰もが認める実力者となったターマー、そして霊峰ピーチランナーの先にある武術の町、〝ハニーベイク〟の実力者ランス・ジーカー。
その誰もが、以降の試合、この対盤の上に立つことは無いのです。彼らだけではない、未だ見たことの無かった強者が、敗退して行きました。彼らを降した三名から、二名の選手が、今、対盤へと上がります。
――そう、第七試合、準決勝戦の選手が! 今、入場ですっ!』
衛兵に囲まれて、この入場口を出るのはもう四度目か。出る度に激しくなる音の波に飲み込まれて、今回は二人だけの入場となる。
衛兵に指し示されて、先に歩を進めたのはフュー。続いて、その後ろを萎縮しながら少女、トバリが付いて行く。
『我らがキャンディロード町長ベレンディ、貴方の目に狂いは無かった! 誰もが予想し得なかったこのカード、ご紹介しましょう! まずは先に立つこの選手!
槍と魔法とその知略、徹底攻撃恐るべし! あのデンジロウをも完全破壊した、悪魔といって差し支えない情け容赦の無い戦闘スタイル! フュゥゥウウウウッ!』
「おらーっ!」
対盤へ上ると同時にその名が呼ばれ、フューは両の拳を突き上げて会場の熱気に応える。
このような大舞台にしても緊張した様子の無い彼女に、少女は素直に尊敬の念を向けた。他の選手にしろ、彼女と関わる人物にしろ、それなりの肩書きを持つ者が多いにも関わらず、名の知られていないフューがこうして、表舞台の高名な者たちと堂々に渡り合っている。
その事実がトバリにとって自分の如く誇らしくもあった。しかし、今はその〝壁〟は不要なのだ。
(倒す、勝つ! 例え勝てなくたって、あたしはあのケイジさんも倒したんだから、絶対にフューに認められる実力があるんだ!)
全身の緊張を解すべく、両の瞼を閉じ、大きく深呼吸する。開いた先では、こちらを気にも掛けず、観客に向けて手を振るフューの姿。
「いっくぞぉーっ!」
「あ、こら!」
気合を入れて声をひとつ。
呼びかける衛兵の言葉を気にもせず、目を丸くしてこちらを見るフューに僅かな満足感を覚えつつ、走り跳躍して対盤へと飛び乗ったトバリは、先の真似事と両腕を天に突き上げ雄叫びを上げた。
『…………、あ、ええと、そ、それでは改めてご紹介しましょう!
後発となるは新人獣使トバリ・レンジョウ、あのストライカー・ケイジすらも倒し! 今! ここに立つ有力選手です!』
中途半端な説明に失笑する会場の雰囲気。
タイミングを誤ったことに気づき顔を真っ赤にして腕を上げたまま硬直する少女に、フューは阿呆がと天を仰いだ。
フューと同じく、案内されたタイミングで出ていれば彼女と同じく熱の入った紹介もあったのだろうか。
四方八方へ恥ずかしそうにお辞儀する少女は、審判員に促されて開始前の定位置へと移動した。
しかし、始まってしまえばそれまでだ。銅鑼の音と共に開始の言葉を受けて、トバリはフューを正面から真っ直ぐに見つめた。
盾を構え、その縁へうっすらと赤く輝く剣を当てる。フューの教えた構えを、馬鹿正直に実践する少女に思わず苦笑する。
「トバリちゃんさ、棄権する気って無いの?」
「…………? するワケ無いじゃん! あたしのことが怖いの~?」
「まあね」
挑発するトバリにあっさりと答えるフュー。その様に思わず面食らった様だが、直ぐに顔を引き締めて唇を横一文字に引き結んだ。
舌戦に応えるつもりは無い、と言う所か。その姿に益々と苦い笑みを強くして、フューはトバリから顔を背けた。
分かっていることだ。だから、この少女を好きになった。
自分には出来ないと、諦めるべき所でこの少女は抵抗する。だから、この少女を好きになった。
だから、仕方が無いのだ。
「全力で来てね、トバリちゃん。獣使なんだから、ヤモりんも出してさぁ」
「ヤだよ。あたしの実力で、勝ってみせる!」
実力だと。
少女の言葉にフューの視線が鋭くなる。動かない試合に野次が混じり始め、フューは盛大な溜息を吐いてずかずかと無造作にトバリへ詰め寄った。
慌てて突く一撃を体をそらすだけでかわしてトバリの頭に拳骨をくれてやる。
「あたーっ」
「阿呆! 実力ってのは自分の持てるもの全て出して初めて言えることなの! ヤモりんも君の立派な武器でしょうが、それを封じて何が実力だっての。私の実力は魔法込みだし、道具だって使うし、舌先だって使うんだから!」
ぱちん、と指を鳴らして虚空から発生させた槍を手に取る。
トバリは殴られた頭を擦りながらも魔法という自分の技術と他者であるヤモりんを一緒くたにするのは可笑しいと唇を尖らせた。だが、フューはそれを認めない。
自分の持てる全てで以って挑めと伝えたはずだと、彼女は言う。
「……で、でもあたしは、フューと同じ条件で……!」
「そんな程度で、私と対等だと思ってんの? 自分の使える手を使わない奴が、私と同じ条件で立ってると本当に思ってるワケ?」
冷めた視線に、思わず喉を鳴らす。
確かにその通りだろう。フューであらば、使える物は使い、勝つべく行動するはず。それと同じ心意気でこそ対等と言えるであろうし、それをしないのなら、彼女からすれば嘗められている、とも取れる行為なのだ。
トバリは渋々ながらも了承して、腰の鞄の封を解く。
『ようやく試合に動きがあるか、トバリ選手、テイマーズバトルで優勝を飾ったワイルドビーストのヤモりんを対盤に下ろします。単純に二対一、これはフュー選手も厳しいかっ!』
司会の男の物言いに、思わず彼を睨みつけるトバリ。しかしフューはこれでこそだと満足そうに頷いている。
槍を肩に乗せ、開放された喜びからか小さい体のままトバリの体へよじ登り、背中から左肩にちょこんと顎を乗せるヤモりん。
「そんでさ、トバリちゃん」
「うん? ――っ!」
司会の男から正面のフューへと顔を戻すと同時に、彼女の振り回した槍、その石突がトバリの頬へ減り込んだ。
十分な威力で叩きつけられたそれに転倒する少女を無表情で見下ろして、フューは言葉を投げる。
「とっくに試合始まってんのに、いつまで油断してんの」
鈍く光るその言葉は、衝撃で混乱するトバリの頭にもしっかりと刻み込まれた。




