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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
白黒つけるぜ武闘祭!
88/117

第八十八話 負けるワケないっつーの ~決着に向けて、いざ!~

 時は経たずして第六試合後半戦。

 トバリらと同じく、注目株として挙げられたモーデル、優勝候補の一人であるランス・ジーカー、そしてどちらも苦節五度目の出場にてようやく準々決勝の舞台にまで這い上がって来れたターマーとゲインによる試合。

 モーデルの対戦相手としてターマーが、ゲインの対戦相手としてランスが対盤に並び、どちらも高い錬度を持つプレイヤーとして前半戦以上の好試合が予想された。

 しかし。

「…………、何故、攻撃を返さない!」

 試合開始直後から果敢な攻めを見せていたターマーが、痺れを切らして声を張り上げる。

 剣戟の激しさすら見せること無く、一閃で豪快に勝負を決めてきたモーデル。そこへ反撃の暇すら与えずと矛と短剣を手元に、致命傷ではなく浅い傷を与えて隙を突くよう攻めに出たターマーだったが、明らかに攻めの意思を欠く相手の動きに疑問を持つ。そこで攻撃を誘っても反撃に転じず、薄ら笑いを浮かべるだけの相手に彼は遂に怒ったのだ。

「貴様ァ、この俺を嘗めるのも大概に――」

「――ああ、ようやく並んだな」

 怒りに気取られた直後。そう、誰もが思ったモーデルの動き。

 事実として彼の言葉の意味をターマーとてその瞬間には理解でき無かっただろう。怒りを露わにしようと、決して大降りの攻撃をせず、堅実な攻めを貫こうとしたターマー。だが、その予想を遥かに上回る速度で矛の一撃を潜る、獣の様に地を這う程の低い姿勢でかわしたモーデルは、ターマーの目にも留まらぬ勢いで斧を振り抜いた。

 空を飛び、自分もまた他の者らと同じく打ち上げられたのだと理解したターマーが魔法陣を生成するよりも早く、その体は衝撃を受けて落下した。

 常に気を張っていた事態であり、観客席との距離も把握していただけに唐突な墜落に驚き開いた彼の目には、状況を理解出来ないといった風で辺りを見回すランス、ゲイン両名の姿があった。


 ――ああ、ようやく並んだな。


 対盤上で、斧を肩に担ぎにやにやと。モーデルの顔を見てターマーはその言葉の意味を理解する。

 この男、彼と、他ブロックの対盤に立つプレイヤーらとが一直線に並ぶのを待っていたのだ。そうしてその剛力によってターマーを弾に残る二人を対盤上から弾き落とした。

 この武闘祭において、先に対盤から落下した者が負け、等というルールは無い。即ち、この時点でモーデルの決勝戦進出が決定する。

「ふざけるなっ!」

 対盤の上で笑むモーデルへ、ランスが声を張り上げた。片手半剣の切っ先を向けて怒りの視線を向ける。

 横に並ぶゲインも武器を構えることは無いが、その形相は怒りに囚われていた。

「こんな結果が認められるか! やり直しだ、このターマーならばともかく、対盤試合に第三者からの攻撃があったんだぞ、戦場じゃないんだ、ここは!

 自分達の技術を見せる為の場所だろう! だと言うのに騙し討ちや、こんな、外からの攻撃で……場外負けなど……! 認められるか!」

「対盤試合の発祥のそもそもが、腕前を見せる上で人死にを出さないようにって話じゃねえか。騎士道も正々堂々も無いんだよ」

 騙し討ちに枠外からの横槍、結構なことだとモーデルは哂う。これが第三者でも言えばまた別なのだろうが、やった本人の言うことだ。顔を真っ赤に染め上げて震えるランス。

 ゲインもまた怒りが頂点に達したようで、司会者と、そこに並ぶベレンディを見上げて再戦を申し出た。しかし相手はランスでは無く、モーデルへだ。

「不意打ち騙し討ち上等と、それでも腕前を見せる場と言うなら、この俺とランス殿を二人相手取っても問題なかろう。再戦試合で二人を倒せば良し、モーデル、貴様が倒れればそのまま準決勝戦で我らが戦う!」

「その話、乗ろう。ターマーはどうだ?」

 まだ認められてもいないと言うのに、客席から渦巻く歓声に後押しされて、ランスはすでにその気になっている。ターマーと言えば興奮冷めやらぬ二人をしばし見つめて、自分は降りると対盤に背を向けた。

 二人からすれば結局の所、場外負けを認めた上での撤退と考えたのだろうか。だが彼は、三人掛かりで御せる相手では無いと直感した。

 モーデルがこの試合で本格的に関心を寄せたのは、フューという女に対してだけだった。ならば正に自分たちはその他の大勢、雑草のようなものなのだろう。

 ただでさえ、こちらの攻めを物ともせずに周囲へ気を散らせる程の傑物だ。

(人をああも簡単に薙げるなど、フューとかいう女だけじゃない、あれもまた戦場に生きたプレイヤーだ。

 どれだけ技術を高めても、生死を賭けた場所で戦い続ける様な奴らと、試合の勝ち負けひとつに拘って〝実戦なら殺されていた相手〟に再戦を挑むような人間じゃあ、そりゃあ、勝ち目は無いな)

 振り返った先で対盤に上がるランスとゲイン。最早仕方なし、所詮は祭りと再戦が認められるのも時間の問題かと会場が沸き立つ中で、ふと、ターマーは疑念を覚える。

 その実力を持ってしても、知り合いと見える少女やフューという女に対して以外は別段と偉ぶる様子も無かったモーデル。それが何故、こうも相手を挑発するような言動を見せたのか。

 こちらへと向けた男の目が些か残念そうに見えて、彼は納得する。

 ただ、暴れたくなったのだろう、と。それ以外に理由なんてものは無いのだと。



 面倒な奴だ。

 グラスに注いだ液体を啜り一言。

 対盤上での出来事を他人事らしく見ながらのフューの感想はそれだった。モーデルはただ、手早く戦いたくなったのだろう。

 目の前の相手ではなく、冷めた目で状況を見つめるフューと。

 その上で準決勝という段階を潰す為、別ブロックの試合をも潰す為、再試合を行わせに仕向けたのだ。

「んがっ。……がー……ふごごっ……」

 その脇で女子らしからぬ鼾をたてるトバリの姿。やはり皿に顔を乗せて寝ている。

 前試合は短期であったとは言え、溜まったダメージに失った体力は大きい。またエンジーとの戦いも無傷では無く、一試合目よりも深手を負ったのだからしようがないことと言える。

 これがただの一日で複数回もの試合をこなさねばならない武闘祭の過酷な点だ。トバリのように回避技術に秀でていないプレイヤーだとあっという間に体力を削られてしまう。

「ふぅー。現実と違っていつまでも冷たい飲み物に、熱々なままの料理ってのは嬉しいもんね」

 対盤にはもう興味なく、皿の上で湯気の立つ、赤みを残した厚切り獣肉に笑みを浮かべる。傷らしい傷は無いものの、魔法の行使にも体力は消費する。デンジロウとの試合で受けた痛手はその場で回復したとは言え、治癒力を活性化させる人体強化に属する魔法の為に疲れは残った。

 ならばそれを回復手段と言えば、食事にある。トバリのように大食スキルの無いプレイヤーでも食事に疲労回復効果は少なかれあるものだ。美味しそうな料理に舌なめずりしてグラスを机に置こうとした所で、その手を滑り落ちてガラス細工が脆くも砕け散った。

 慌てて拾おうとする彼女を制し、近くに立つ衛兵の一人がそれらを片付ける。フューは思わず愛想笑いを浮かべて頭を下げ、彼が去ると同時に自らの手を見下ろした。

 何か、忘れている気がする。

 ふと、そんな思いが胸に浮く。それは先日にも生じた考えであったが、よく思い出せない。頭の中で響く警鐘に焦りを覚えた。

 細かく震える指先が、その焦りを増長させる。

(考えてる以上に疲れてた? 本当にそれだけ? 緊張、モーデルとの試合への不安? 〝その後〟の始末に対する不安?)

 それともまさか、この娘との試合に対する不安か。

 鋭く細めた視線の先で、再びトバリが大きな鼾をかく。その様に毒気を抜かれて思わず笑みを浮かべた。しかし、先程の考えは笑えるものではなかった。確かにフューは少女との試合に対して不安を抱いていたのだ。

 それらのストレスが体に現れたか。フューはそう納得して、体の異変に対し見切りをつける。集中すべきはここでなく、あのモーデルだと対盤上に目を向けた。


   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


『皆様、大分お待たせしました』

 ランス、ゲインが抗議の声を上げてしばし。

 そのような当たり障りの無い言葉から入った司会の男は、会場が雰囲気が冷めるのを避けるべく声を張り上げる。  

『厳正なる会議の下、ランス選手、ゲイン選手の両名とモーデル選手の特別試合を行うことに決定いたしました!』

 沸き立つ会場、顔を見合わせて笑みを浮かべたランスとゲイン、そして挑戦的な笑みを崩さぬモーデル。

 会場の雰囲気に流されて何が厳正なものか、とモーデルは内心で小馬鹿にしていたが、お陰で戦えるのだから言葉に無い。

 一試合目からずっと、手応えも無い者を相手に血すら見れぬ戦いをしてきたのだ。焦れったく歯痒いと、いずれ当たるであろうエンジーとの試合にこそ目を向けていた彼だが、そのエンジーも試合を放棄し落胆していた所で本性を露にしたのがフューだった。

 その試合振りに抑え続けた彼の持つ獣性が唸りを上げた。もう試合だ何だと言ってはいられず、今すぐにでも彼女に刃を向けたいと猛る欲望を捻じ伏せて、今、モーデルは対盤上に立っている。

 この試合も、後の工程を早める為にまとめて敵を倒した副産物だ。少しは楽しめるかとランスやゲインの言葉に乗ったものの、やはり、〝敵〟では無く〝狩る相手〟としての視線を向ける彼らに期待出来るものでは無さそうだとモーデルは肩を落とす。

 力量差も計れず、数の利しか考慮出来ない相手。ならばそれこそ、ただの有象無象に過ぎない。

 露骨な仕種にランスが反応を見せたが、それだけだ。試合開始の言葉を待つ二人から、視線をフューへと向ける。冷めた目を認めて、唇の端を吊り上げたモーデルは少しは贈り物をしてやろうと、肩を回した。

 自らの、実力の一端というものを。

『この試合を制し準決勝へ、あるいは決勝へ進むのは誰なのか!

 それでは特別試合、開始です!』

 その言葉。

 聞くと同時に武器へ手をかけたランスとゲイン。しかしその間に進み出たモーデルは彼らが手を武器を握る頃には水平に振り被った斧をゲインの胴へと当てていた。

 数メートルは離れていた間合いをただの一瞬で無くしてしまったのだ。並んでいる二人であればその一撃でまとめて場外へ弾き飛ばすも可能であったが、彼はそれを良しとせず、ゲインを弾くと共に大斧を戻し、軌道を変え、ランスの股から刃を当てて上方へと弾き飛ばした。

 これらを全て、対戦相手たる二人が武器を構える前に行ったのだ。

 開始と同時に壁へ、あるいは客席を守る結界へと叩きつけられた二人の男が地面へと落下しても、観客はおろか司会者でさえその事態に気付かなかった。

 開始と同時にモーデルと、ランスあるいはゲインが消えたと錯覚すらしてしまっていたのだ。

『……なんっ……えっ……? 開始と同時にモーデル選手と、ランス選手が……、いやゲイン選手……?

 ああ、違う、違います! 開始と同時に勝敗が決しております! 対盤に残っているのはモーデル選手ただ一人、ランス選手ゲイン選手の両名が場外となっております! 何という早業、これは正に神速! モーデル選手、まだまだ底が見えませーん!』

 慌てて駆け寄った審判による場外と気絶の判定により、モーデルの勝利が確定する。

 ストライカー・ケイジとトバリ・レンジョウによる逆転劇程ではないにしろ、一瞬、瞬く間の出来事で圧倒的実力を見せたモーデルに喚起の雄叫びが上がる。彼に賭けていた者からすれば、最早、負けなしとすら考えていたことだろう。

 それに応えて大斧を掲げて雄叫びを返すモーデル。未だその体のざわつきは収まらず、燃える瞳をフューへ向けた。

 彼女はそれを真っ向に受けながら、手元の肉に突き立つナイフを引き抜いて、フォークに刺した切れ端に食いついてモーデルに先端を向ける。

『今やモーデル選手の目に映るのはフュー選手ただ一人! 対盤の外でも熱い火花を散らしております。しかしフュー選手は恐ろしい計略の持ち主のみならず、こちらも高い技量を持つ模様。そう簡単に下せる相手ではありません!

 そして何より、ストライカー・ケイジを倒したトバリ選手! 今は疲れ果てて休んでいるようですが、そのタフネスと爆発力、何より折れぬ心は凄まじく、フュー選手の壁となることは間違いないでしょう!』

 挑発も終わり、食事も終わりと背伸びするフューは司会者の言葉を鼻で笑う。不安要素として掲げている少女の存在はあくまで不安要素でしか無く、勝敗とは別のことだ。

(負けるワケないっつーの)

 鼾をかく少女の鼻面を指で弾くと、慌てふためいて飛び起きる。司会者のお陰で注目を浴びていた為、それと同時に会場のあちこちで起こる小さな笑いだったが本人はそれが自分に向けられているなど気付きもしないだろう。

 目元を擦る少女に対し、フューは告げる。

「まだ入るんならご飯、食べといて。しばらく休憩挟んだら試合だから、しっかり体を起こしといてよ。

 次は私との試合なんだからね?」

「…………! うん!」

「一応言っておくけど、君の全部で挑んでね。その全部をきれーいに、叩き潰してあげるから」

 頭に手を置いてフュー。その口調や仕種にそぐわぬ物言いだが、少女は彼女が、自分に対して本気になるのだと思い込んだ。だからこそその言葉を自らを受け入れて貰えた証と感じ、頬を綻ばせて再度大きく頷く。

 フューはその様子に、本当に理解しているのかと僅かな疑問符を浮かべる。トバリから別れて早い時間から選手登場口へと向かうフューがこの武闘祭への参加を認めたのは、トバリへ絶対的力量差の相手との戦闘を体感させる為、そして、少女の戦闘に対する理解を深めさせる為だ。

 対盤上という特殊な環境化において、後者は失敗に近いと彼女は考えていたが、前者についてはまだ学ばせる事が出来る。

 相手を侮り、自分の力を過信して敗北を喫した未熟者。

 相手に感情移入し、戦う牙を折れず逆転された馬鹿者。

 何の理由か、試合も眼中に無く自ら負けを選ぶ大戯け。

 どれもこれも使えない。だから、自分がやる。

 彼女は、次の試合への意気込みを見せる少女を離れた場所から見つめる。

(ちーと良心が傷つくけど、マジで叩き潰すからね、トバリちゃん)

 その目に鋭い光を残すフューを、舞い上がったままのトバリが気付くことは無かった。

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