第八十七話 勝つ為に決まってんでしょうが ~外道で策士でも善良です!~
Bブロックの試合が決した時、正直に言えばフューは落胆していた。
あの女ならば、トバリを叩き潰してくれるだろうと思っていたのに。そう考えていたのだ。
『これは一体、どうした事でしょうか! 優勝候補の一人と思われたエンジー選手、自ら試合放棄! 圧倒的実力差を見せ付けられた上にこの屈辱的行為、トバリ選手は悔しさを隠し切れません!』
試合を語る男の声に苛立ちながらも、目の前の相手に集中する。デンジロウもまたその結果を予想していなかったのだろう、僅かに気が反れたのを察して、ならばとばかりにフューは槍を衝き込んだ。
即座に右手で矛先を弾き、巻き取る様に腕を絡めて連撃をさせじとするデンジロウが、槍を自分の側へと引き込む。
攻撃距離を活かし、遠間からの突きを主体とするフューへの反撃だ。それを察した彼女は槍を手放し、代わりにと指先に発生させた赤の魔法陣から力波を放った。
「ちっ!」
舌打ちを残して顎を引き、頭部を狙う攻撃を紙一重に見切るデンジロウ。槍を捨てて迫る男へ、フューは慌てて左肘を袈裟懸けに振り下ろした。
掌で受け止めた僅かな硬直。防御へと転じた男が攻撃に移るよりも早く、彼女は見せ掛けの前蹴りで行動を制し、隙を突いて後方へと跳躍する。
焦れてきた。
距離を離され、仕切り直しとなり険しい顔をするデンジロウに、フューは真面目腐った顔の下で狙い通りだと内心で手を叩く。
彼女が飛び退きながら発生させた槍により迂闊に近づけぬとしたデンジロウは、自らの右手に渦巻く赤の魔法陣を発生させる。
〝雷迅掌〟。
前試合で彼が見せた技のひとつだ。フューは魔法陣を読み解き、確かに雷系の魔法だと確信した所で、摺足に間合いを計る男を遠目に指笛を吹く。
鋭い音と共に虚空に発生する幾つもの魔法陣は、瞬時に槍へと変じた。更に彼女が指を鳴らせば、それぞれの槍の前方に青い魔法陣が浮かび上がる。
(斉射するつもりか!)
使用される魔法の種類にその意図を理解した男は右手を引き、左手を前にする構えを取った。同時に、フューの号令が下される。
「テンペスト・ランス!」
青き光を纏い、加速する槍の群れを左手の一本で去なす。それが出来るのも放たれる数に対して彼に向かう槍の数が少ないからだろうか。
その攻撃は対盤の、デンジロウを含む半分の面積を埋める様に放たれていた。ならば自分に向かう槍だけ払えば良いというのが彼の考えであるのだが。傷つかぬはずの対盤に突き立つ槍の群れに思わず顔をしかめる。
黒い魔法陣により固定され逆立つ槍は、まるで針山のようにデンジロウの周囲に広がっていた。
(回避を狩るつもりで撃ったと言うより、それも含めてこの俺の動きを制限しようと言うのか)
足場を悪くし、動きが止まった所へ必殺の一撃、もしくは倒れるまで攻撃を続ける。分かり易く、かつ有効な戦術だ。
接近戦の技術は負けていると判断しているからこその作戦だろう。これまでの戦闘を見る限り、魔法に関する知識や魔力の高さが窺い知れる。
(だが、右手の魔法は温存出来た。目にもの見せてくれる!)
(……とか、なんとか思っちゃってるんだろうな~……)
繰り出す足刀をそのまま歩みへと変え、周囲の槍をものともせず蹴り倒し、否、切り捨てて凄まじい勢いで間合いを詰める男。フューは焦りの色を顔に作り槍を払う。
それすらも掻い潜り、肉薄したデンジロウ、その右手。だがここでフューは振り払った槍の勢いのまま、体を回転させ石突で彼の右手を弾く。
同時に現れた閃光に、その程度でかわせるはずがないと唇を歪め。
――しかし、光は幾つもの筋となって周囲の槍へ、その先の黒い魔方陣へと分散し吸収された。
「消失魔法だと!?」
攻撃魔法を無力化され目を見開くデンジロウ。敵の攻撃を防ぐ魔法はごまんとあれど、結界や防壁で遮断、あるいは攻撃そのものを移動系・転移系の魔法陣によって防ぐのが一般的なものだ。自らの魔力適正や知識は勿論の事、相手の魔法に対する対処も正確に把握しなければなら無い。それ故に、魔法による攻撃そのものを無効化するなど魔術師ですら基本的に使用することは無いのだ。
障壁を発生させず、自らの攻撃の邪魔にもならず、転移による制御を行う必要も無く、即座に反撃へと転ずるのだ。
驚きの声に多少の優越感を覚えつつ、フューは手元を回し、石突きで目を剥くデンジロウの顎を狙う。
「ぬぐうっ」
左手でそれを受け、先端を逸らす。デンジロウの対処を見越していたのだろう、フューの膝が彼の腹に突き刺さる。
一瞬、動きの止まる男であったが、続くフューの喉元を狙った穂先を前屈してかわす。
「――マジでっ!?」
これには素で驚きの声を上げた彼女。男はすかさず身を起こす動作に前進を加え、アッパーを繰り出した。空を切る拳に、仰け反る女の姿を認めて、更に踏み込んだデンジロウの鉄拳がフューの顔面を狙う。
顔を歪めて顎を引き、振り下ろされる拳に対して鉄帽を向けたフュー。続く衝撃に呻いて転がるが、後転し直後には立ち上がる。ダメージらしいダメージは無いが、首に負荷がかかり気分を悪くした。
(ま、拳を痛めたってことも、無さそうね)
鉄を殴った所で問題無しか。舌打ちして動きを止め、息吹くデンジロウを前に、気持ちを引き締めて槍を構える。
形としては仕切り直しだが、本番と言うならばここからだ。双方、それなりに手を見せた。本来ならば小手調べ、ここから搦め手を増やすべきだが相手はデンジロウだ。そんな物を見せるでも無く仕留めに来るであろうことは明白だった。
(倒せると思った手で倒せなければ、次の倒すべき手をぶつける。わかり易いけど、つまりは初見に対応し辛い実力者ってワケよね)
本番であり、正念場であり、そしてこれこそが彼女の狙っていた展開だ。
一撃で仕留めると、男の膨れ上がる敵意に威圧されながらも、フューは槍を握る手から力を抜く。動きに対して反応する、その為の準備だ。
これには以前、死闘を繰り広げた〝虐殺者〟との反省点を踏まえ、続く攻撃を想定して動くことを念頭に入れる。
「……ストライカー・ケイジと戦うまで、この手は使うまいと思っていたのだがな……」
「…………、嬉しいですね。こちらも全力で!」
〝湿地帯シュガーゲル〟の村のひとつを救った英雄へと、フューは言葉を重ねる。デンジロウは驚いて目を丸めるが、すぐに細めて全身を緊張させる。言葉通り、全力を期するつもりなのだろう。
砂漠地帯から大渓谷たるアップルバレーを突き進む〝砂漠の歌姫〟ことモンスター・ベヘモト。アップルバレーへ到達する前にかの大怪獣を撃退する事に成功したデンジロウは帝都よりジャイアントキリングの称号を授かったとされている。
彼の活躍により、湿地帯シュガーゲルの被害は帝都設立後、観測される限り最小限に抑える事が出来たのだ。故にこの地域で生活を営む者らからは英雄としてデンジロウは称えられた。
(と、聞いたってだけなんだけどねー)
こちらを湿地帯縁の者と思い込んでいるのだろう男の考えを察する。だからこそ、面識が無いとしながらもこちらに度々と意識ある言葉を投げかけていたのは、そういう理由だったのかと、そう考えているはずだ。
だからこそ彼は全力で戦ってくれるだろう、正々堂々と。
青過ぎる。
その考えを指して、フューは老け顔の男をそう断じた。
「行くぞ」
言葉をひとつ、置き去りに。風の如く迫る男の影に槍を繰り出す。その穂先は男の本体にかすりもしない。
硬直する間にも体に動けと命じ、こちらを追う連打を辛くもかわす。が、その間にもこちらの回避方向へと回り込んだデンジロウの背姿に気づき、衝撃に備えて体を丸めた。
靠。肩や背を利用した体当たりによる一撃。面による衝撃に肺へとダメージが蓄積され、息をも出来ずに目を白黒させる。浮き上がる体に対し、正面へと回り込んだデンジロウの右足が垂直に顎を蹴り上げた。
その、視線が跳ね上がる僅かな間に見た彼の足跡は、黒い蛇の様に対盤へ焼きついている。摺足による高速移動か、速度もさることながら足を上げずに進む歩法で男の動きを予測し得ないのだ。
僅かに光る足先に身体強化の魔法かと見当をつけ、自らの技術との併合によるデンジロウの秘術だろうかとフューは目を見張った。
(――けど、直撃じゃあない!)
デンジロウの足が触れる僅かな合間に自ら首を反らして衝撃の殆どを逃がすことに成功したフュー。だがその体は未だ宙に有り、デンジロウは既に次の攻撃へと移っている。
振り上げた足を轟音と共に振り下ろし、両の掌撃をフューに向けて放つ。
「げうッ!」
咄嗟に槍で腹部を防御するフューであったが、デンジロウの攻撃の威力は凄まじく、障害を物ともせずに槍を構えた手ごと腹部に到達し、力の帯が背にまで突き抜ける。
熱い痺れが下半身を満たす中、弾き飛ばされた体が場外にまで飛ばぬ様にと咄嗟に発生させた青の魔法陣によって方向を変え、その体を対盤の槍の群れへと落下させる事に成功したフュー。
が、起き上がることが出来ない。腰から上にはまだ力が入るのだが、腰から下はまるで使い物にならず震えるだけだ。
「……く、っそ……!」
とんでもない、予想以上の威力だ。ジャイアントキリングの名は伊達ではない、単純な戦闘能力だけならばワンダーランドに数居るトップクラス・プレイヤーとも遜色ないのではないだろうか。
肘を付いて上体だけを起こし、思わず毒づくフューの前にデンジロウが立ちはだかった。静けさに支配される対盤上、見上げた先で彼は、まだ戦うのかと彼女を見下ろしている。
フューはそれを睨みつけていたが、やがて力を抜き、溜息を吐いて自嘲気味に笑う。
「参りました、やはり強い、凄い人ですよ」
「お前こそだ、フュー。強豪であることに間違いは無かったぞ。何故、魔法を使うのを控えたんだ」
「魔法を中心に据えるより、技術を中心に据えてこそ戦いたい人でしたから」
互いに褒め称え、尊敬の念を感じたデンジロウは珍しく柔らかな表情を浮かべて地に這い蹲るフューへ手を差し出した。しかし彼女はこの手を拒否し、その強さに届かなかったことが残念だと微笑みを浮かべて顔を俯ける。
デンジロウは、その様子に勝者が掛けるべき言葉は無いかとひとつ頷き、客席に向けて拳を掲げた。
そこで、気づく。会場の異様な静けさに。勝負が決したにも関わらず、聞こえぬ声援に。
気づくのが遅いぞ阿呆め。
その後ろで、俯けた顔に満面の笑みを浮かべていたフューは、自らのダメージを魔法によって回復し終えていた。全てを回復した訳ではないが、起き上がるには十分に過ぎる。異常を察した男が振り返るよりも早く、彼女は背後から槍を用いてデンジロウの右腕を絡め取った。
直後、容赦なく、その腕を捻り折る。
厚い筋肉に覆われた太い骨が、為す術無く圧し折られて悲鳴を上げたデンジロウ。背を蹴りつけて開放してやると、男は獣の様な唸り声を上げてフューを睨み付けた。
「くっ、ぐうっ、ぐうううう! どういうつもりだ、貴様! 降参して置いて不意打ちなどと!」
「はあ? どういうつもりも何も、試合終了もして無いのに油断してる方が悪いんでしょ?」
「……何だと……!?」
嘲笑するフューの顔に、先程までの尊敬の念は無い。むしろ色濃く浮き出た嘲りに当初からの言葉が全て、こちらを油断させる為の策略だと気づいたデンジロウは、同時にこの対盤上の音が遮断されていることを知る。
つまり、彼女の降参発言は対盤外に避難する審判員には聞こえないのだ。彼女の仕掛けた魔法陣は槍を繋ぎ止める、雷を分散させるだけでなく、音を消失する結界を張るものまでが紛れ込んでいた。
「そもそもさぁ、降参だなんだってーのは参加プレイヤーの暗黙のルールみたいなもんで、この武闘祭における勝敗決定の原則はあくまで気絶か場外。終わっても無いのに油断してる奴が何を喚いた所で片腹痛いって。
なっはっはーっ!」
朗らかに笑う彼女に対し、額一杯に脂汗を浮かべたデンジロウはそれでも構えを取る。左半身を前に出して弱点となった右腕を後方に置く様は健気に見えて、フューは更に笑みを深くした。
まだ戦うのかと、彼の言葉をそっくり真似た彼女に怒りが頂点に達し、咆哮を上げて突進する。しかし体勢の崩れた速力では先程と違い、フューにあっさりと対応される。
「ほいっと!」
繰り出す穂先をかわすも、続く石突に折れた右腕を殴打されて動きを止めた。即座に魔法で加速した上段回し蹴りがデンジロウの項に突き刺さり、その体を大きく揺らす。
しかし倒れず。大きく足を開いてこれを堪えた男に対し、フューは更に、更にと膝へ槍を撃ち込む。貫かれた痛みに瞼を持ち上げ血走った目を見せるも、意に介されもせず蹴り転がされ、左肩へ槍が撃ち込まれた。
容赦の無い攻めだ。まるで動きが違う。確かに右腕を痛めた事でデンジロウの全体的な戦闘能力は低下していたが、それにしてもフューの対応力や攻撃精度は先程の比では無かった。
(……こいつ……これだけの腕を持ちながら、俺を油断させる為にあえて攻撃を受けていたのか……自分を傷つけてまでも……!)
肉を切らせて骨を断つ。ならばこそ理解が出来ない、それ程の腕を持ちながら、何故にここまで卑怯な手段を選ぶのか。
体の要所を破壊されて攻撃手段を失い、思わず恨み言を零すデンジロウにフューは呆れたとばかりに槍を肩に担いだ。
「勝つ為に決まってんでしょうが。確率を上げてるの。あんたらみたいな美徳やらに拘って勝機を自分から手放す青臭い若輩者とは違うワケ」
だからこそ、規則を把握する。
だからこそ、規則を利用する。
情報を集め、敵を利用し己を利用し、そうして勝ちを拾うのだ。規則に利用されるだけの愚か者と一緒にするなと、フューは吐き捨てた。
たかがモンスターとの戦いで死闘を演じたつもりでいる腑抜けめと、デンジロウを誹るフューの顔には侮蔑の色が強く浮き出ている。
「……貴様は……一体……何なのだ……!」
「何、って。私は唯の善良なワンダーランドのプレイヤーよ、お馬鹿さん。私こそがね」
槍を、最早動けぬ体のデンジロウの心臓に衝き込む。血を口から噴き出して静かになった男を見下ろして指をひとつ鳴らすと、彼らを囲う槍が全て消失した。
同時に音が溢れ返る対盤に興奮冷めやらぬという実況者の雄叫びが響き渡った。
『何ということだ、有り得ない! あのデンジロウを油断させて一気に打ち倒しました! 卑怯も上等とばかりのフュー選手、先程から言っている通り対盤上の音を消し去って何やら仕掛けていた様ですが、それが見事に功を奏して、難敵ジャイアントキリングを打ち破ったのです!
これで準決勝は飛び入り参加の二人が激突するという異例の事態に発展しましたーっ! ……ああっ、ゴミは投げ入れないで下さいゴミはっ……!』
余りの惨劇に不満たっぷりの観客によるブーイングに余裕の笑みで答えるフューに、観客席から物が投げ込まれる。
しかし、良いぞとここで吼える者も有り、彼女の宣言通り賭けを勝ち喜ぶ者も一定数いる様子だ。
そんな彼女が特設席へ目を向ければ、食事の途中で意識を手放したか皿に顔を突っ伏す少女の姿と、Cブロック、Dブロックに上がる選手が一様に警戒した目を向ける姿とがあった。
一戦目は実力差の激しい相手であっただけに実力は測れなかった。しかし、二戦目においては苦戦する様を見せ、そしてエンジーという存在に隠れはしたものの、このフューという女が難敵を倒す為に幾重にも罠を張り巡らせていたであろうことに気づいたのだ。
この武闘祭の中で特に気をつけるべき存在と。
否、その中に一人だけ。爛々とした目でその勝利を喜ぶ者。
「素晴らしいじゃねえかよ、どれだけプレイヤーを殺して来たんだ、お前」
引き上げられた口角に鋭い犬歯が覗く。フューはモーデルの言葉に冷たい目だけで返すかに見えたが、自らの喉を親指で掻き切る仕種をする。
その所作が、更にモーデルの感情を昂らせる。背中から総毛立つ感覚に堪え切れず笑い声を上げると、その声に気がついた少女が目を覚ました。
ソースで汚れた顔に寝ぼけ眼で、隣に座るフューを見上げている。
「…………、あれっ、フュー。試合終わったの?」
「まあね」
「えと、勝てた、の?」
遠慮がちに聞く少女に皿の上の野菜へと手を伸ばしていたフューは目を丸くした。ある程度は気を遣っているであろうトバリに微笑んでその頭に肘を置き、当然だろうと彼女は笑う。
トバリはそれを払い、ならば準決勝で当たるのかと興奮した様子だ。だと言うのに、いまいち気分が乗らない様に見えるのは、今試合の勝利を素直に喜べないからなのだろう。
すぐにそれに気づいたフューだったが、少女の顔の汚れを落としつつもあえてそのしこりを取り除こうとはしなかった。




