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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
白黒つけるぜ武闘祭!
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第八十六話 お前は、お前の思う正義を為す者では無い ~こんなの試合にもなりゃしない!~

『予選大会から続く熱き闘いも、いよいよ終わりが見えて参りました。準々決勝、残るは八人、先鋒はこの四人!

 Aブロック、砂漠の町の救世主、〝ジャイアントキリング〟デンジロウ! 対するは槍と魔法の驚嘆すべき使い手、フュー!

 そしてBブロック! 予選から今まで無手での場外ケイオー、実力か偶然か対盤を破壊したエンジー! 対するはあのストライカー・ケイジを倒した大判狂わせ、本大会のダークホース、新人獣使(ルーキーテイマー)トバリ・レンジョウ!

 以上四選手、入場です!』

 司会による力強い声の下、歓声に迎えられて登場する。先導する衛兵らが暗い通路から出て光に包まれた時、自らもその眩い日差しに少女は目を細めた。

 正午に近いか、陽は登りもうしばらくもすれば傾くだろう。その熱気に引っ張られるようにして、会場中の雰囲気も沸いている。

 トバリが最初の試合を行った時も、ケイジに勝利した時も、これ以上無い程の歓声だと感じていたが、まだまだ上がありそうだ。

 衝撃すら伴って感じる観客の、声という質量に圧倒されながらもトバリは歩く。目の前の、そして傍らの相手に合わせてだ。司会の声すら薄く感じながらも少女が対盤を登った時、示し合わせたかのようにその歓声は収まった。

 視線の先には眠たげな、虚ろな表情のエンジーが居る。ただ立っているだけ、というその姿勢に向けて、トバリは思わず自らの所持する武具の確認を行った。気の抜けている所作に騙されてはならない、この女は異常なのだと、そう自分に言い聞かせる。

 シート荒野の夜、〝黒の集団〟に晒された殺気も無ければ、隻眼となった沈黙の怪物程の怒気も無い。

 で、あるにも関わらず、この女の発する気配はそれらを凌ぐ危機感を少女の心に刻み込む。時折、感じさせるこの女の感情の乱れが、どうしようもなく不穏な空気を纏うのだ。

 ちらと横目で見れば、フューとデンジロウも互いに向き合い、構えを取っている所だった。ストライカー・ケイジや、あのモーデルでさえ試合前には構えを取っている。しかし、対するエンジーはそのような動作など無く、ただ立つだけだ。

(油断するな、トバリ。多分あの人は魔法使いだ。前の試合も攻撃した方がやられてたんだから、注意しないと)

 迷いを断ち切るべく盾を前方へ、剣をその縁へと沿えてエンジーに向ける。ヒロコとの試合で見せたその構え、狙うはやわく、何の防具も無いと思える腹であった。

 その生々しい肉へ鉄を差し込むという行為。傷を持ち越さない魔法に守られた試合とは言え、これを行うには少女の覚悟は足りなかった。にわかに目標が定まらなくなった時、第六試合開始の為、司会者の声が場内を駆け巡る。

『Aブロック、Bブロック共に注目すべき好カード! 特に今回共に初出場のフュー選手、トバリ選手が勝利するとベレンディ町長推薦のお二人の戦いになるという準決勝となります。

 が! ここでそうはさせじとするのが、やはりストライカー・ケイジ選手との再戦が熱望されたデンジロウ選手、そして未だに全容を量れないエンジー選手です。

 果たしてこの試合、誰が勝利を掴み、準決勝へと進むのか。それでは開始しましょう第六試合! 準々決勝ただいまゴングです!』

 開始の鐘と共に慌てて集中力を引き上げようとする少女。しかし、あまりにも無防備に見える姿勢の女へ剣を突くことはどうしても憚られた。

「もう、エンジーさん、何で構えないの! 戦うんでしょ!」

 トバリの声に反応して、腰の鞄が大きく揺れる。友人であるヤモりんが飛び出ぬ様にと蓋もしっかりと固定されているが、それを破らんとする勢いだ。

 それを盾で小突いて諌めつつ、睨むはエンジーただ一人。しかし女はこちらを相も変わらず虚ろな目で見つめるだけで、何の動きも見せようとはしない。やり辛いというこちらの考えを見透かされていると感じ、少女は腹を立てた。

 どうなったとて知るものか。

 短絡的な思考をその右手に乗せて、エンジーへと走り、盾を軽く女の顔へぶつける。視界を塞ぎ、腹部を狙った突きを繰り出す。これは少女が慕うプレイヤーから教わった攻撃手段のひとつだが、明かな殺しの技である。少女は意識すらしなかったが。

 十分な助走をつけた勢いをそのままに、柔い腹を狙ったトバリにとって必殺の一撃は、予想外の手応えとなった。

「ううっ!」

 右手に走る凄まじい痛みと衝撃に、思わず剣を取り落とす。

 確かに腹部へ突き入れたはずの切っ先は、まるで固い壁にでも突き込んだ様に進むこと無く、故に少女の握る手が滑り鍔に当たった。致命傷を狙っていたトバリの勢いがそのまま集中し、逆に手に傷を受ける結果を招いたのだ。

 骨折しているかも知れない。

 鋭い痛みに思わず蹲ったトバリは、モーデルと共に観戦した試合を思い出した。恐らくはエンジーと戦い、今の少女と同じく自らの攻撃で手に傷を受けて、降伏したのだろうと。

 見上げた先で、興味も関心も無さそうな無感動な瞳がこちらを見下ろしている。トバリが突いたその腹は、肌が僅かに赤く染まり、じっとりとした汗が浮かんでいた。

「……まっ……負けてないっ……!」

 食縛る歯の根元から息吹き、鼻孔を広げて立ち上がる。ゆっくりと立ち上がり、苦痛を抑えて血走った目でエンジーを睨み上げた。

 痛くなどあるものか。

 そう息巻く少女の姿に、女の目が変わる。細められた両眼は笑みにも見えて、ゆっくりとした吐息がそのマスクから零れる。とても生臭く、思わず顔を背けてしまう程の悪臭だった。腐臭すら混ざる様に感じるそれは、先程までのこの女からは発せられ無かったものだ。

 みちり、みちり、と。

 その顔から発せられる、肉の裂ける音もまた、少女が聞いたことの無い音だった。

「……あ……え……な、何……?」

 女のマスクに朱が差していく。まるで、細められた目と合せて笑っているかの様な、緩い曲線を描く赤。背筋を伝う悪寒に身を震わせて、トバリは痛みも忘れて再び左腕の盾でエンジーの顔面を殴りつけた。今度は体重を乗せた強力な打撃だ。

しかし、それすらもまるで効果が無く、その体は揺れすらしない。盾を左腕に固定する為の革が千切れ、握りが圧し折れ、あらぬ方向へと盾が弾け飛んでも、エンジーは表情すら変えずにこちらを見下ろしていたのだ。

「こ、このう!」

 腰の鞄からヤモりんの悲痛な叫びが聞こえる。悪寒が止まらない。体の全てが相対する者への危険を告げている。

 それでも、トバリはその拳をエンジーへ向けた。殴打箇所にじっとりとした汗を浮かべたその顔へ、再び左の拳を放ったのだ。

 ぬるりとした感触に拳の勢いは削がれ、それ所かおろし金を殴りつけでもしたかのように拳骨の皮が根こそぎ削り取られて瞬く間に血で染まる。

 予想外の痛みに目を白黒させる中、エンジーが身を屈めた。思わず後ずさるトバリを追う様に、その顔が近づいたのだ。

 瞬間的に繰り出した右手を女は左手で捕らえ、躊躇うこと無く握り潰す。

 くしゃり、と、まるで紙細工の様に簡単に潰されて、少女の悲鳴が響いた。

「トバリ・レンジョウ、お前の選択は正しいぞ」

 その言葉の意味を少女が理解できるはずも無く、ともすればそれに反応を示す暇すら無く。

 エンジーの右手がトバリの喉を掴み、そのまま持ち上げた。苦しさと痛みに喘ぐ少女は、傷付いた左手で女の右手を外そうともがく。

 エンジーの顔から鳴る肉の裂ける音が続き、マスクは真っ赤に染め上げられた。

 トバリの殴り付けた頬は、血は無いものの赤身が差し、その肌は人のものと思えぬ様にささくれ立っている。まるで鱗の如きこの肌が、少女の手を削り取ったのか。

 苦しみの余り右手で女の腹を潰れた右手で殴る。迸る血と痛み。だがトバリは、喉元を締め付ける女の手により悲鳴さえ上げられなかった。

 処刑と呼ぶに相応しい、司会者すら言葉を選ぶ中で、抵抗する少女にエンジーは、熱い視線を向ける。その喉元はマスクから滴る血で染まり、腐った臭いを撒き散らして、潤む瞳で少女を見つめるのだ。

「お前は、現実世界で謳われる、教科書通りの正義に固執している。この世界は、お前の抑圧された魂を解放する場所だ。

 お前の激情は、正しく正義だ。この〝ワンダーランドに於ける正義そのもの〟だ。だと言うのに、その方向を勘違いしている」

 敵と認めない者を、命を賭して救おうとしたことがあるだろう。

 敵と認めたのなら、命を賭して戦おうとしたことがあるだろう。

 自らの感情を優先し、自らの命さえ厭わない、魂の解放、その叫び。エンジーは、少女の小さな体に押し込められたものを正義と名付けた。それと同時に、自らが正義を為さんとするトバリを悪と断じたのだ。

 今までの女の印象を覆す流暢な喋りであったが、トバリはそれを聞き入れることは出来なかった。

「はっきり言おう、トバリ・レンジョウ。私はお前を気に入っている」

 その命を今すぐ絶ってしまいたい程に。その感情を、言葉には乗せず、腹を鳴らす。

「だから言うのだ、トバリ・レンジョウ。我らの元へ来い、お前の在るべきはそこに無い。

 お前は、お前の思う正義を為す者では無い。その様な悪を、そう、〝体制〟を破壊する者だ」

 語る女の言葉をトバリは半分も理解できてはいなかった。

 だからこそ、だろう。トバリはその言葉の理解に努めるで無く、自らの想いに従った。試合相手などでは無い。エンジーを〝敵〟と、そう認めたのだ。

 確かにそれは女の言う、正義とは程遠い、短絡的な答えだった。

 エンジーの右手に両手を絡ませて、苦し紛れの膝蹴りを打つ。滑りを帯びた腹部に、左手と同じく膝の皿を削られようと、何度も、何度も繰り返すのだ。

 体を振り、勢いをつけ、血走った目に食縛る歯に挟まった唇が千切れても、その攻撃を止めようとはしない。

 有効な素振りは無くとも、それを繰り返す少女を見つめてエンジーは熱い吐息を漏らした。

「……ぐ、けひゅっ……」

 ゆっくりと締め付ける力を強める右手に、トバリは白目を剥きながらも膝蹴りを見舞う。しかしこれはエンジーの左手によって受け止められ、少女は首を掴まれたまま対盤に叩きつけられた。

 お前の答えは分かったと、エンジーは満足そうに目を細めて、ゆっくりとその手を離す。開放された少女は体をくの字に折り曲げて咳き込んだ。

「お前には〝借り〟が有る。もう二度と会わないことを祈ろう。お前も、私に会おうとするなよ」

 もう、抑えられそうに無い。

 胸を覆う布地を自らの血と思わしき体液で赤く染め上げたエンジーの姿は、まるで死闘を終えた様にも見える。未だに流血が続いているマスクは濡れそぼり、這い蹲ったトバリを見下ろすその眼光に、先程までの熱は無い。獲物を狙う獣の眼、ぎらぎらと輝くそれを少女は動けもせずに見上げていた。

 女はその様を鼻で哂うと、自ら対盤を降りた。何の前触れも無く、試合を放棄した女に会場が呆気に取られ、罵倒の声すら上がらぬ中で、トバリだけはこの結果が認められないと左の拳を怒りのままに対盤へ叩き付けたのだった。

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