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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
白黒つけるぜ武闘祭!
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第八十四話 俺は〝現行期〟の守り手だ ~そして、彼の者は来たる!~

 廃墟を抜ける風を、男は意識した。普段はそよ風すら起こらぬ場所であったはずなのにと、この状況に困惑する。

 ここは廃墟、かつてウーラスープと呼ばれた町。今現在、橋の町と呼ばれるキャンディロードと同じく商いが盛んだったこの町は日々、多くの人が訪れた。

 それがただの一日で、〝虐殺者(ジェノサイダー)〟の登場によって全てが黒く塗り潰された。それ以降、帝都の管轄化にあり、人の入出を拒み続けていた。

「フィレッチャーからの報告はまだか」

「はい、それが、町の中から声を飛ばしておりましたので結界が崩されている事は確実かと。ただ、その後の様子が」

 白を基調とした衣服に装飾と、肩当や脛当を仕込まれたもの。それは帝都に座る天帝直下の近衛兵を表すものだ。回りの部下もそれに倣う様相だが、この男程に見た目を重視した装備では無い。

 厳めしい顔をする老いた男、その名はハンス・レイドルク。天帝直下の近衛兵をまとめる第五番隊の隊長にして、数少ない天帝との謁見を認められている存在だ。

 ハンスの部下であるフィレッチャーは彼の右腕とでも言うべき者で、参謀としても活躍しているが何より腕が立つ。そのフィレッチャーが彼の部隊から数名を動かしているにも関わらず、消息を絶ったのだ。これだけでハンスには不吉が感じられたが、何よりもこの場所というのはいかにも不吉だ。

「〝血塗れスープ(ブラッドバス)〟とは、良く言ったものだな」

 惨劇の光景を思い起こした顔を歪める。

 死した者は全て、光となって消える世界に置いて、殺すことをせず、死すらを許さず、千にも万にも勝る肉塊としながらもその命を永らえさせる忌むべき魔法。声とも取れぬ嘆きの音と血肉の臭いに汚されたその町を、虐殺者の名から取りそのように呼ばれたものだ。

 すでにそれらの命も消え、町であったこの場所から消滅している。その英雄的行動を起こしたのは栄えある帝都の者では無い、ただの傭兵だった。

「レイドルク様、我らが様子を」

「待て、私も行く。我が隊は三に分け、ひとつを廃墟へ、もうひとつは我らからの連絡なくば続き、最後のひとつは帝都へ応援を呼びに向かうのだ。

 決して、連絡に魔法を使うな。新種の魔法を扱う〝黒の集団〟の話もある」

 その命に男は彼を危険かも知れぬ場所に連れて行けぬと不服を申し出るが、ハンス自身はそれを一蹴する。危険があるからこそ腕の立つ者が必要なのだ。彼の右腕からの応答が無い以上、それを上回る強者が現地に赴かなければならない。

 本来ならただの警邏に終わるはずだったこの任務。自分の隊に緊張感を持たせながら、野営地とした場所から表に出る。荒野の上に立つ彼の目の前には、ウーラスープを、そして立ち入り禁止を示す看板が立つ石畳が続いていた。

 整備されなくなり、草が伸びて荒れてしまったその道の先の廃墟を思い起こして一人唸る。

(あそこに何ら価値のある物は無い。結界を施したのも何かしらの儀式が行われようとしたからこそ、念の為と封をしたに過ぎない。そう、報告は受けたのだ。十器がひとつ、〝赤棺のメスヌア〟から)

 しかし。ハンスは油断ならぬ女の顔を思い起こす。あの十器、何を企んでいるのか分かりはしない。

 あれが何を企んでいようと、帝都に、否、天帝に仇なす要素は排除せねばなるまい。

 自らの武器である長柄の鎚を二本、腰に差す。鎧の留め具を確認しながら胸当てと兜を装着するハンスに従い、伝令に残された部下を除く全員が装備を整える。

「レイドルク様、御武運を」

「ああ。…………、気負うなよ、報告を待て」

「はっ!」

 握手を求める部下に手を返し、自らが無事であろう事を告げる。だが。その胸にざわめく不安は良くない兆候だと彼は知っている。

 副長からの連絡が途絶したのだから当然ではあるが。

 引き連れる部下は十三名。対プレイヤー経験の無い者ばかりで、正直に言えば黒の集団が活動する中、この警邏の任務ですら不満はあったのだ。

 それでも無事に終えられると思った矢先にこれだ。

 鎚をひとつ抜き、後ろに控える部下に目配せて武器を構えるよう命ずる。各々の武器を取り出すのを確認し、石畳を行くハンス。

 途中、自らが先陣をと申し出る者も居たがハンスは一笑に付すだけだ。何もその者が名誉欲にかられた訳ではない、ただハンスの身を案じてこそだろう。

 〝忠節の騎士〟と呼ばれる、天帝からも特別勲章を戴いたハンスはその忠誠心により帝都上層部からも高い信頼が置かれている。今現在は一戦から引く形で希に新兵同様の者らと共にこの様な警邏に出ているが、十器の一人を育成した実績もあり、部下からの信頼も厚い。

 そんな彼だからこそ身を挺して危険から遠ざけようという者が現れるのだが、経験の浅い人間を先頭に置くより自分が前に出た方が遥かに安全だ。

 普段ならば育成の為、経験の為、それも良しとしただろう。

(もし、フィレッチャーが連絡を取る事も出来ずに無力化されたのだとしたら、これは……覚悟が要るな……)

 犠牲を出すかも知れない。自らを慕う者らを背中に感じながら、ハンスは険しい表情を浮かべた。



   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 荒野を行くひとつの荷車。引くは長毛の獅子の如き獣。車は帝都の紋章を戴き装飾を施されながらも最低限で、素材には高価な物を使用せず、無駄な威容を誇らぬ佇まいだ。

 その車の中で赤棺のメスヌアは椅子の上で胡座をかき、詰まらなさそうに自らの笠を抱いている。

「全く、こんなのんびりとした行程で良いんですかねぇ」

「何を言うのです、メスヌア。何事にも準備が必要、時間としても余裕があるのですから、ゆったり進むのも良いでしょう」

 ただでさえ、これから忙しくなるのだから。

 彼女を宥めるのは〝藍杯のジューダ〟。末席として、最後の十器として選ばれた者だ。

 気性の難しいメスヌアに対して柔和なジューダと行動を共にさせるという、十器がひとつ〝銀冠のアギュア〟による判断は正しかったのだろう。実際に彼女の行動をフォローし、高い剣技を誇るジューダをメスヌアは認めているようで、その言葉には良く従っている。

「しかし、橋の町、キャンディロードにソウベが居ると言うお話でしたが」

「ふん。下らない、男の酔狂に過ぎませんよ。町長のベレンディも小さな社会的欲求に拘る矮小者です。が、紫輪の、彼の酔狂も良いこととなった。

 彼の行いを通じてベレンディを絡め取れば、所詮は小さき者、我らの人形と成るでしょう」

 心底と見下げ果てる冷たい笑み。ジューダは顔を歪め、僅かな不快感を表すも言葉にすることは無い。

 メスヌアはその笑みも直ぐに引っ込める。懐から取り出した輝く符に眉を潜め、ジューダへ目配せした。その仕草に了解したとばかりに席を立ち、走る獣の背へと移動する。

 物分かりの良い人間だ。

 易く扱われてくれるジューダに笑みを浮かべ、符を叩く。同時に出現した光球にメスヌアは不機嫌に頬杖を突いた。

「何用です。ハンス殿では、無いようですが?」

『も、申し訳ありません、メスヌア様!』

「赤棺と呼べ、ハンスの子飼の犬が」

 睨むメスヌアに気圧されて、兵は慌てて謝りその名を呼び直す。自らと、自らの師を軽視する言葉にも萎縮する兵に苛立つが、それ程までに切迫しているのだろうとして何用か再び問う。

 ハンスの部下である男は廃墟ウーラスープに異変が生じ、その様子を確認に行ったハンスを含む彼の隊三十二名からの連絡が無いと報告する。

「…………、分かりませんね。ハンス殿にはここで連絡に魔法を使わぬ様に命じたはずですが」

『それは、私も命令を受けました。しかし異常事態故、急ぎここを担当なされているという赤棺様に!』

「黙りなさい。上官の命令を無視した上に他力を願うとは恥知らずな」

 メスヌアの言葉に思わず口を噤む男であったが、彼女はにわかに笑みを浮かべ援軍に向かおうと言葉を返した。

 本来ならば末端の言葉など受け付けないがとしながら、自らと同行するジューダ、そして取り急ぎ迎える戦力を廃墟付近から呼び込むとした。

「結界が崩されたとあらば何かしら敵対勢力があると見て良いでしょう、ハンス殿も苦戦もされているはずです。残りをそのまま彼らの救援に向けなさい。

 通信はもう使わないように。我らが来るまでの時間稼ぎを、よろしくお願いしますよ」

『はっ!』

 敬礼する男に向けた笑みはそのまま、符を叩いて光を消す。メスヌアは窓を開き、ジューダに用は済んだと車内に呼んだ。

 ジューダは彼女の機嫌が幾分か上向きになったと気付き、朗報かと口許を緩める。

「別に。まあ、阿呆のしでかした粗相の話です。それを許してやっただけのことですよ」

「……はあ……、何か、良からぬことという雰囲気ですが」

 まさか。ジューダの言葉に唇の端を吊り上げる。キャンディロードへの道程に変更なく、ハンスの部下からの嘆願をあっさりと握り潰したメスヌア。

 ジューダは感じる所はあるようだが、特に何を言うでも無い。やり易い手合いであるが。

「ジューダ、貴方の事無かれ主義は重宝します」

「ははは、褒められてる気はしませんね」

「無論です、褒めてる訳が無いでしょう。良いですか、貴方はただフォロー役、橋渡し役として私に宛がわれた訳ではありません。貴方もまた、私の、いえ、私たち十器の傲慢さを学ぶべきなのです」

 お前には十器としての自覚が足りない。

 メスヌアの言葉にジューダは顔を歪めたが、確かにその通りなのだろうと自認する。メスヌア程、頑なになる必要はないが周囲との壁は必要だ。それが位として相手との立ち位置を示し、秩序の素ともなるのだ。

「善処します、メスヌア」

「善処、では困りますが。まあ、それは追々ですね」

 彼女の笑みに一抹の不安を覚えながらも、ジューダはやはりそれを指摘することはなかった。



「バーンズ、下がれと言ったろうが!」

 余りの光景に動きを止めてしまう部下を左腕で弾く。

 無理もない、それは人の所業として見れぬ惨事だった。ばらばらに吹き散らされる人間の数々は、まるで紙細工だ。鎧など意味を成さないその攻撃力は、人と言わず地と言わず、触れるもの全てを破壊する。

 そして、部下を弾いた左腕を剛速で抜けた巨刃が両断した。

「レイドルク様!」

「騒ぐな、退け! 実力差を自認しろ!」

 叫ぶと同時に腰の鞄から取り出した回復薬を傷口に叩きつける。煙を上げて再生する腕を後ろに回し、鎚を腰から引き抜いた。

 その腕を捌いた男は、牽制で放たれた火球の群れを易々とかわし、鎖の巻き付いた柄を引き戻す。

「……虐殺者……シュヴァリ……!」

 巻き上がる爆炎を背に、自らが廃墟へと変えた町に佇むこの男の姿。黒く塗り潰された影のようで、その顔の右に嵌まる仮面だけが白く輝いている。

 額に浮かぶ脂汗を拭えずに、未だに自分を守ろうと立ち並ぶ部下を叱責する。

 これは数の問題では無い、これを倒し、あるいは止めるにはこれに並ぶ実力が必要なのだ。

「せめて、魔王で無いことが救いか」

 笑い、再生した左手を握り締める。その手に残る鎚を持ちシュヴァリを睨み付けた。

「無茶ですよ、あれはとても、人と呼べるものではありません!」

「それがどうした。この俺もまた、人の器に収まってなど無い!」

 好戦的な笑みを浮かべたハンスを中心に、白い光が生じる。それでも尚と止めに入ろうとする部下に黙れと一喝。

 睨み合う両雄の視線の狭間で、空間に揺らぎが生じる。陽炎の如く揺らめくそれは拡大し、重圧を感じてハンスは肺から息を漏らした。

 強い。その一言に尽きる。

 彼はこの世界で永らく生き、様々な修羅場を潜ってきた。ある時はプレイヤーに追われ、またある時はモンスターに囲われ、そしてまたある時は戦争すらを生き延びてきたのだ。

 天帝と邂逅し、最早、誰へも萎縮することはないと考えていたその男が、圧倒される存在。ハンスは笑みを引くことなく、敵であるシュヴァリに己の最期を見出した。

「……俺も、もう現実に還る時か……」

 一歩、踏み込むシュヴァリ。構え直すハンスに歩みを止めて、彼より更に後方へと視線を向ける。

 思わず意識を広げたハンスは帝都へ連絡の為に回したはずの部隊が、この場へ現れたことを知った。

「阿呆が、何故――、うぅっ!」

 膨れ上がる殺気に即座に反応。しかし乱された意識に対して建て直しが遅い。降り下ろされる刃の側面を叩き、刃を逃そうとしたものの威力が十分と成らず、再び左腕を、今度は肩口から切り落とされた。

 苦鳴ひとつ上げるよりも前に体を回し、シュヴァリの鳩尾へ爪先を抉り込む。

「ぐぅ!」

 動きを止めたシュヴァリをそのまま蹴り離し、開いた間合いに長柄の鎚を振るう。こめかみを狙う鎚の一撃を右手で受けるも止められず、手ごと左の側頭に叩きつけられた。

 咆哮。

 振り抜かれた鎚は巨躯を殴り飛ばす。瓦礫に突っ込むシュヴァリの姿に思わず上がる歓声、ハンスはそれに怒りを示した。

「何故、来た! 帝都へ連絡に行けと命じたはずだ!」

「そ、それはこちらを担当していた十器の方に……しかし流石は忠節の騎士……! あのシュヴァリを討つなんて!」

 愚か者め。

 男の言葉にハンスは歯を剥いた。あの程度で打倒出来る相手であれば苦労はない。それ所か、禁じていたはずの魔法による連絡も行うとは。

 滴る血に対して、脇で目を白黒させている杖を背負う部下に対し、自らの傷口を焼くよう指示を出した。驚くそれを叱咤する間も、巨躯の男が沈んだ瓦礫の山を睨みつける。

 本来ならば盾ごと頭蓋を打ち抜く破壊力を持つハンスの鎚。しかしシュヴァリはそれを手で受けながら自ら跳び、その威力の殆どを削いだのだ。自らの戦技に自信を持つハンスがそれを認めたくは無いが、右手だけは破壊したと信じたいのが本音だ。恐らくはその手すら大きなダメージを受けてはいないだろう。

 それだけの男が未だに立ち上がろうとしない。瓦礫に身を伏せ、反撃の機会を探っているのだ。恐る恐るとその傷口を焼こうと杖先に火を生み出した瞬間、ハンスの睨み続けていた瓦礫から光が生じた。

 眩いそれに目を細め、弾ける屑を右の鎚で打ち払う。

(来るか、正面!)

 目を大きく開き迫る光の中を覗く。しかしそこに影は無く、風の淀みを側面に感じて鎚を振るうよりも先に、ハンスの左へと回り込んだシュヴァリの剛剣がハンスの脇腹を貫いた。

 右の巨剣で杖ごと断ち切られた部下を背に、無表情で左の鋼剣を引き上げる。鎚を取りこぼし、その手を上げまいと掴む男を、シュヴァリは色の無い瞳で見つめた。

「……き、……貴様は……」

 その言葉、最後まで言わせるでもなく。

 小さな呼気と同時にシュヴァリの剣はハンスの体を縦に裂いた。溢れる血を浴びて染まる男、その光景に目を疑う兵共が雄叫びを上げた。

「雑魚(ずぁあーこ)が」

 黒と紫の魔法陣を生み出すハンスの体に目を細め、血を払い、鋼剣を腰のベルトに差す。襲い来るそれらに対しては振り払う巨剣。その動作に柄の留め金が外れて槍の如く柄が伸びる。迫る敵を見据えて振り回す刃は牙ある竜巻の如く、激情に駆られた新兵共を吹き散らした。

 否、食い散らかした、とでも言うべきか。

 ばらばらの肉片や鉄屑が空へと舞い上がり、赤の飛沫が降り注ぐ。一瞬にして十名近くの人間を、ただの大小の塊へと解体し、〝赤く染まる男〟の異様に、残る者もその動きを止めた。が、シュヴァリは止まらない。

 柄を引き戻し、巨剣を肩に乗せると同時に左手を閃かせ、外套の下に吊るされた短剣の二本が空を裂く。それらは致命傷を受けた事で転移と再生を行ったハンスの両肩に深々と突き立つ。

「〝爆〟」

 シュヴァリの放つ言葉と同時に、赤い魔法陣を生み出した短剣が炸裂し男の両肩を大きく抉った。

 ハンスが状況を把握するよりも早く、忠節の騎士を無力化したと判断したシュヴァリは巨剣の柄に巻いた鎖を解き、遠間で呆然自失の兵へ投げつける。

 投擲した剣により隣の男が肉塊へと変わり、悲鳴を上げる前に隣人をも鎖を手綱に操る巨剣で磨り潰した。

 瞬く間、と言うのは正にこの事だろう。

 色濃く満ちる血の臭い。霧のようにたゆたう薄紅の霧に、それらが光となって天へと昇る。瓦礫の町で、シュヴァリはその死と輝きという相反するようにも見える世界を歩む。黒き影が、その刃についた血を振り払い肩へと乗せこちらへと歩む姿。

 ハンスはその光景に恐れは無く、ただひたすらに美しいとすら感じていた。自らをあっさりと降し、部下の全てを挽き殺されても、ハンスの中で負の感情は全く沸かなかったのだ。

 能力値だけではない、その戦技、勘、そしておそらくは高速展開する魔法陣を読み解いたであろう的確な攻撃を行える知識。それらを総じて、ワンダーランドのトッププレイヤーとして目される自分とも明らかな差を見せ付けた男へ尊敬の念すら抱いていた。

「お前は、一体、何だ?」

 光が消えて、目前で歩みを止めたシュヴァリに率直な言葉をぶつける。力を無くして垂れ下がる腕を伝う雫は、跪いた足を濡らしている。熱が消え、冷たさを感じながらもハンスは痛みと恐怖を忘れる程、シュヴァリという〝強さ〟に魅せられていた。

「俺は〝現行期〟の守り手だ」

 言葉と同時に振り下ろされた巨剣が体を別つ時、ハンスは例え様の無い清々しさを持つ終わりを感じた。



   ◇ ◇ ◆ ◇ ◇



 その者が来るまで、シュヴァリはただ座り、黙していた。

 何かを考えている訳では無い、何かを感じている訳でも無い。ただ彼は、座り続けていたのだ。声がかかるのを待つように。

 自らの後ろで近づく足音が聞こえた時、ようやくとシュヴァリの中に思考が生じた。

 自分は、何故ここに居るのか。

 自分は、何故動き続けるのか。

 自分は、何を目的に或るのか。

「なあ、あんたはどう思うよ。シュヴァリ」

 その声を聞いた時、言葉を理解することすら無かったが、シュヴァリは確固たる意思を感じて僅かな笑みを浮かべた。

 良く知っている感情だった。恐れず、退かず、しかし尊敬を抱いてもその者の打倒を志す唯ひとつの鉄の意志。

 先程の老いぼれとは違う、勝利を目指す心意気こそ希望と、若さと呼ぶべきものなのだろう。

 ならば今から行われるのは決闘だ。だからこそ、シュヴァリはその笑みを口の中に噛み潰した。迫る老いぼれと、率いられる新兵共にも伝えた言葉、こちらから手を出す事は無いという不干渉を掲げる言葉を、シュヴァリはあえて口にすることは無かった。

 彼らのように偶々に出会ったのではない。この男は、自分を目指して来たのだから。

 しばらくは独りで喋っていた男も言葉を切り、やがてその体から力を滲ませた。戦う為の気力を漲らせ、その四肢に全力を見せる。

「立て」

 短く発せられたその言葉。

 その者から発せられる気と熱き風に満たされるものを感じて、シュヴァリは遂に動きを見せたのだった。

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