第八十二話 負けた時の言い訳? ~VSストライカー・ケイジ!①~
「しかしそれは、余りにもリスクがあります!」
「リスクを承知の武闘祭だ、それは参加プレイヤーにも周知徹底している。そんなことよりもおいらは、あのストライカー・ケイジとエンジーとを闘わせたいんだ」
声を荒げた女に対して、そう返したのは紫輪のソウベである。一個人の感情を強く押し出すワンダーランド内でも有数の権力者にベレンディは頭を抱えた。
各地に設置された対盤は、〝始術師〟レイトが作製したとされている。実際にこの対盤に施された魔法は術式の確認すら出来ず、どのような構成になっているのかも確認出来ない複製不可能な代物だ。
その上に町を半壊させる程の魔法を受けても破壊されなかった実績すらある。それを踏み込む動作、震脚だけで砕いて見せたエンジーは明らかに異常なのだ。
参加者の安否よりも経済的な部分に与える打撃が大きい。それが観客にまで及べば尚更である。貴重な対盤を失うだけでも各町や闘技関連を統べる帝都から口撃を受けるのだから、ベレンディが消極的になるのも頷ける話だ。
つまりは責任問題、その所在が自分で無ければやり易い。ベレンディの口からは決して言えぬその言葉を察したソウベは太い笑みを見せ、責任ならば自分が持とうと言葉を転がす。
「再開アナウンスにおいらの名前を出して、強く圧されたのだと印象付ければ問題ないだろう」
そのアナウンスが流れた時、少女は思わず小首を傾げた。選手登場口で並んでいるのは自分と対戦相手となる男、ケイジのみ。
紫輪のソウベ、その強い言葉によって再開が決定されたという武闘祭にトバリはそれ程の大事が起こっていたのかと驚くだけだ。
「あれを見ても、逃げる気は起きない訳だ」
「えっ、何の話?」
余裕の表情で口を開くケイジにトバリは驚き振り返る。その様に、事態を把握していないのかと呆れ顔に変じたが、まあそれも良いとケイジは首を回した。
再開を知り、集まるプレイヤーの面々の内、闘争心を燃やすデンジロウがケイジを睨みつけている。
ケイジは僅かに口元を緩めて笑い、それを適当にあしらうだけだ。
『それでは! 未曾有のトラブルに見舞われてしまいましたが対盤、選手の動きをきちんと把握する為、AブロックとBブロックを先発として前後に分け、試合を再開します!』
司会の声に導かれ入場するのはAブロックのノーズ・カッション、デンジロウとBブロックのトバリ・レンジョウ、ストライカー・ケイジ。
「トバリ、事情があってな、楽しませてくれ。次戦はどうあっても、〝楽しい試合〟になりそうにないんでね」
軽薄な笑みを浮かべるケイジ。対盤に上がるなり口から転がるその言葉は自身の勝利を信じて疑わぬもの、そして、トバリとの絶対の差を示すものだった。
握り締めた拳はその体と比較しても大きく、しかしそれに合わせるようにその全身の筋肉がにわかに膨張する。肌蹴たシャツを押し広げ、その様相を変えた肉体。が、それも僅かな間に過ぎず、すぐにその変異は収まった。
笑みをそのままに振り返った先で、ケイジは思わず目を瞬かせる。そこには審判の一人に自らの武器と鞄を預ける少女の姿があったからだ。
「……おい……何をしているんだ、お前は?」
「えっ、武器、預けてるんだよ。要らないもん」
「それは見れば分かる。いや、要らない理由が分からないんだが。
…………、お前、素手格闘の経験があるのか?」
困惑し頭を掻く男に対して、少女はそんなものある訳が無いだろうと無意味に自慢気な表情を浮かべる。
少女が求めているのは、あくまで友人たるフューとの決闘だ。だからこそ、彼女の知る武器での攻撃だけでなく素手による攻撃も学ばねばと考えたのだ。
強敵であるならばこそ、それを相手に学習する。トバリの導き出した結論はこれだった。
ならばそれは、その最大の敵たる友人も目にすることになるのであろうが。
ケイジはその言葉を飲み込んで、心底に呆れたと天を仰ぐ。
「その豪胆さともつかぬ無軌道にソウベは肩入れしたか。あいつの好きそうな性質ではあるが」
「? 喋り方を変えた所で、あたしは怖気たりしないよ!」
「…………、そうだろうな、そうだろうけども。俺はどうやら今回も楽しめないようだな?」
耳の穴を小指で穿るケイジにすっかりとやる気を失った様子を感じた少女は柳眉を逆立てる。
『おおっとトバリ選手、ここに来てあのストライカー・ケイジを前に素手で挑むようです! どうやら格闘戦にこそ自信がある模様!
しかし相手はあのストライカー・ケイジ、注目株とは言え少女に御せる相手なのか? 今こそ開始の合図を!』
司会の言葉にひっそりと溜息を吐き、ケイジは左腕を掲げる。
左一本。これだけで勝負を決するという男の言葉に、今度は少女が目を瞬く番だった。
「負けた時の言い訳?」
「武器を捨てたお前がそれを言うのかぁ?」
「あたしが見てるのはケイジさんじゃないもん」
減らず口を。
少女の言葉。男の目にも怒りの色が混じる。ならば仕方あるまいと両の拳を構えたケイジに、トバリもこうやって構えるのかとその姿を見様見真似で形とする。
特設席では二人の茶番とも言える動きにソウベが眉を潜めていた。何をする気かとも考えるでもなく、ただ開始の合図と同時に決する試合を予想して、Aブロックのデンジロウとノーズに目を向ける。
ケイジと同じく素手にて構えを取る男に対し、両の剣を構えるノーズ。試合とはこうあるべきだとソウベは思わず歯噛みする。続いて目を向けるは、あのエンジーだ。彼女は特に変わった様子はないが、その隣にはソウベの肩入れする少女、トバリの友人たるフューの姿がある。
(…………、何故、アレの傍に人が居る? こちらも何かしら、調べておく必要がありそうだな)
となれば、それは彼の見初めた少女も同じく。ソウベは試合開始の言葉と共に、その目を対盤上で睨み合う二人へと移していた。
『第五試合前半、開始ぃーっ!』
「――あ……れ……っ」
司会者の男が高らかに試合の開始を告げたその瞬間。
少女の視界は瞬時に白く染まる。何が起きたのかすらも分からぬままに、ただ動かぬ体に身動きが取れないと焦りだけが思考を染めて行く。
「足掻くな、トバリ。そのまま立たなければすぐに試合終了だ」
何処からとも無く耳に滑る声に、ようやく自らが倒れているのだと察する少女。白き対盤の上でうつ伏せとなり、四肢に力が入らずにいるのだ。
ケイジは僅かに痙攣するその体に抵抗の意思を感じて首を回す。本来ならばその意識を完全に刈り取っている所であるがと両の拳を見下ろすのだ。
(加減が過ぎたか。まあ、良い。最早こいつは立てやしないさ)
開始と同時にその頭部と喉元に叩き込んだ拳。その速さ、少女は認識すら出来なかっただろう。自らの動きの仔細を把握した人間も会場にそうは居ないはずだ。
ケイジは絶叫する司会者へと拳を掲げ、続いてソウベに目を向ける。ソウベもまた勝って当然とばかりの表情を浮かべるものだと考えていたが、その視線は彼から僅かに離れていた。
その意味に気づいた時、ケイジは拳を下ろして腰に添えた。
「…………、寝てろと言ったろう。立つ奴があるかい」
振り返った先で、再び対盤に寝転がる少女を不服とケイジは拳を固めた。
不完全であったとは言え、一度立つ者は必ず立ち上がる。現実とは違う、夢の世界だからでもない、この対盤上という特殊な結界が張られた場だからこそ起きる〝事実〟だ。
震える足を押さえながら、慎重に立ち上がる少女は、不適な笑みで焦点の定まらぬ目を向けた。
「トバリ、次は痛みがあるぞ」
「……へ、……へ……へへーん、だ……! そんなの――」
抉り込む様な右の拳。下方から打ち出されたアッパーが少女の顎を捉え、見事なまでに直線となったその体は再び、今度は仰向けと成って対盤上に倒れた。
大の字で横たわるそれから今度は目を離さず、追撃とばかりに振り上げた足をその胸に打ち下ろす。
大きく震えて吐血する体。それでも少女はしばしの沈黙の後に横に転がり、何度となく失敗しつつも立ち上がる事に成功する。
「絞め技やリングアウトっていうのは趣味じゃない。どうやったらお前は気絶してくれるんだ?」
言いながらもその面に浮かぶ笑みは、自らの行動を確定している。ただひたすらに叩きのめす。さすればこの対盤上、痛覚を軽減する魔法への代償として大なり小なり体力を奪われるのだ。
即死するような大怪我でない限り卒倒する事はないが、打倒を続ければ昏倒するのみ。男にとっては確実に貫いたであろう急所攻撃をもってしても立ち上がる少女に楽しみこそすれ、すべきことは変わらない。
「どうした、もう軽口は聞かせてくれないのかい?」
霞む視界に揺れる人影、血の泡を鼻から噴き出して酸素を求め喘ぐ少女にその言葉は届いているのかいないのか。
続いて腹部へ打ち込まれた右拳に体がくの字に折れ、がら空きの顎を今度は左の掌で側面から打ちすえる。
痛みすら感じず耳鳴りだけが頭を支配する中で視界が歪み、今にも崩れ落ちんとするトバリの顔面へ鉄槌を下し、その鼻面を叩き潰す。
膝が抜けたように対盤へ墜ちるその体に、ケイジは侮蔑の眼差しを向けた。
(何を小娘一人に手こずるか!)
その様子を盗み見るデンジロウは、ケイジにこそ侮蔑の目を向け、正面にて武器を構え直すノーズに意識を集中させる。
彼の蹴撃により胸部に傷を受けた男は、動きに乱れが見られた。
出し惜しみはしない。
構えた右の掌に渦を巻くように出現した赤の魔方陣。ノーズが警戒し後退るのを厳しい目で見つめるデンジロウ、その手には青い光りが走る。
「間合いだ、坊や」
ゆるりと、落とした腰に左右へ開いた足。摺るような歩法はしかし瞬時にノーズへ肉薄する。
あっさりと接近を許されたノーズが剣を払うよりも早く、彼の手がその胸へ触れる。
直後に閃く音と光は稲妻そのもので、衝撃に硬直したノーズの胸部、否、心臓目掛けて左の掌打。
「うぐう!」
「しいぃいっ!」
完全に動きを止めたノーズの腹部へ両の掌撃を放つ。甚大な威力を誇るその攻撃は、先程のトバリのようにノーズの体を曲げ、そのまま場外へと弾き出してしまった。
『リングアウトォー! 必殺の雷迅掌からの二連撃! 流石はジャイアントキリング、実力の違いを見せつけましたー!
対してBブロックのストライカー・ケイジ、流石に少女には気が引けるのか、試合が長引いているようです』
司会の言葉を鼻で笑うデンジロウ。それが真であれば、恐れるに足る相手ではないと彼はケイジを断じた。
その様子を特設席で見つめるフューは、デンジロウの感情の動きを具に見定めて、やはりこの程度の相手かとほくそ笑む。単なる技量、実力であれば自分より上だろうと考える相手であるが。
しかし今、彼女が気にしているのはトバリとケイジだ。
(まあ、大型モンスターと真っ正面からやり合ってるようなトバリちゃんのタフネスは、戦士なのもあってただごとじゃない成長ぶりだからなぁ。
ストライカー・ケイジがそれに気付いたら、向こうもモンスター用の攻撃に切り替えるだろうけど)
どちらにせよ、勝ち目はあるまい。
戦いの先を容易に見据えて、隣に座るエンジーへ目を向ける。どの試合も動じずに俯くだけの女が、少女の試合にだけは関心も強く見つめているのだ。
「愛してる人が勝つか、気になるって感じ?」
フューの軽口に対して反応すら見せないそれに、知ってはいたがと肩を竦める。
だが、これ自体はどうでも良いのだ。フューはエンジーを睨み付け、その名の縮め方、知り合いにも居ると言葉を続ける。
「エンゾガルデって知ってる? 縮めてエンジー、なんじゃないかなあと思ってさ」
笑みのままの質問。
エンジーは先程と同じく動きなく、フューはこれにも反応無しかと嘆息する。が、その後にその眼はフューを捉えた。ぎらぎらと、野性味を帯びて光る双眸に射られ、心臓を鷲掴みにされたかのように、呼吸にすら困窮する。
「ベニーの〝呪い〟をどうやって解いたのだ、フュー・アレドニィ」
「……そっ……、その、言葉、貴方が〝もう一方の獣の魔王〟と認めたってことで?」
初対面である筈なのに、名乗らなくなって久しい姓を呼ぶこの女。
腹に活を入れて、強張った笑みで返すフュー。エンジーはその涙ぐましい努力に応えるつもりはないようで、ただ無言の圧をかけるのみ。
頂点捕食者。彼女を、彼女らを表す言葉はそれだろう。押し潰されそうな息苦しさに耐えきれなくなったフューは、掠れた声で一般的な方法を用いて解決したのだとエンジーに答える。
「何を用いても、所詮は呪いか」
「ごほっ、けほっ。あー、しんど。
あの、差し支えなければ私も質問してよろしくて?」
反らされた視線に圧力が消え、むせながらも大きく息を吸う。
沈黙を否定でなく肯定と受け取ったフューは、先程の質問ではなく別の問いを投げ掛けた。
各地のダンジョンで見付けた記録、それに記された〝第一魔剣〟と〝第二魔剣〟の守り手として名の上がった者、それがエンゾガルデだ。
「そのエンゾガルデと貴方が同一なのかなー、それともたまたまか、もしくは貴方もこれを知ってその名を頂戴したのか」
「回りくどいのは好かん。要点を言え」
「…………、ワンダーティース、は、この魔剣のこと?」
幾分か遠慮がちに問う彼女に、再び目を向ける。そこには先と違い仄暗い瞳だけがあり、その感情を読み取る事も出来なければ先に感じた圧もまた、受けることは無かった。
フューの問いに考える素振りを瞳に見せるエンジーだったが、やがて違うとその言葉を否定する。
「第一魔剣と第二魔剣は始まりに過ぎない。記録は失われたが、幾つもの力が合わさりこの世界は創造された」
「なら、やっぱり、魔剣の力がワンダーランドの母体になったひとつなのね?
そしてこの世界はもう、魔剣の影響下に無い。ワンダーティースは他に在る」
勢い付くフューにエンジーは目を細めた。どこまで知っているのか。視線に含まれる疑念に素知らぬ風を装い彼女は席を立つ。
「ご協力感謝するわ、エンジー。このままだと毒の森を行かなきゃならないかなとか考えてたのよねー、本当にありがとう」
第一魔剣、深淵のエルラセルゴ。第二魔剣、深緑のディルマリア。強力な毒を封じ込める樹海シナモンフォレストにそれは眠るとされている。
生半可な結界すら破壊する毒の森、未だに攻略者は現れておらず、口伝の通りにそれらがあるとは限らない。ただし、別の口伝ならば近年事実と確認されたが。
「フュー・アレドニィ。今回だけだ。次は、食う」
淡々と、ただの返事のようにその言葉を述べたエンジー。フューは頬を引きつらせ、何故に今回は協力的なのかと言う疑問を飲み込み、もう一度の感謝を行う。
今大会での勝利は彼女で確定だろうと胸中で頭を抱えて足早に離れる。
〝太食期〟のバケモノ。エンジーの盟友とも言うべき者が使用した言葉。表現だと考えていたのだが、どうやら違うようだ。
(獣の魔王はプレイヤー、もう一方の獣の魔王もプレイヤー、それは間違い無い。だけど、あの形容しがたい雰囲気は――どっちかってーと、モンスターみたいなあの空気!
……亜人じゃない、本当に〝前期〟のプレイヤーなのかも知れないな~……)
とにもかくにも、今日を最後に彼女の視界に入らないよう生きるのが賢明だろうと十字を切る。
ちらと目を向けた対盤上では、ふらつく体で空を拳で切った少女の脇腹にケイジの蹴りが叩き込まれた所だった。
「ホント折れないなー、トバリちゃん」
腹を押さえて跪く少女に歩み寄る男。十分に近付いた所で掴みかかろうと飛び付く辺り、トバリにもまだ余力はあるようだ。
ただし、あっさりとかわされ頭部に鉄槌を受けて無様に潰されたが。
その必死さ。明らかな実力差にも構わず食らいつく姿が、フューには不快だった。何故に、こうも必死なのか。それは彼女の人となりで予想は付く。
(有り得ない。有り得ないんだけどもさ。……戦いたくないなぁ、どうせなら、笑って別れたいよ……)
椅子に付き、頬杖を付く。武闘祭でも類を見ないほどに血塗れとなったトバリの顔を見つめて、苦々しくフューは笑った。




