第七十九話 準決勝、あたしが貰うからね ~白黒つけるぜ武闘祭!~
「だーかーら~! 辛い、辛すぎるの! 塩辛い!」
「ふざけんじゃあねえ! これは素材を引き立たせる為の味付けだ! こっちのブラックソースで煮付けた肉なら兎も角、そっちの薄切り刺身が塩辛いってこたあねえんだよ!」
その言葉。明らかにこの食事を用意したであろう者と口論になっている様子にフューは思わず頭を抱えて蹲る。
何故にこの少女はことある毎に厄介事を巻き起こすのか。
フューの嘆きなど知る由もないトバリは、帝都よりの者、十器がひとつ〝紫輪のソウベ〟との口論を白熱させる。
「なにさ、馬鹿にして。食べてる人が辛いって言ってるんだから、素直に間違い認めたらどうなのさー!」
「辛くねえったら辛くねえんだよ小娘! 他の奴らだって何も言ってないだろうが」
「他の人はおっちゃんが偉い人だからって萎縮してるんでしょ! あたしはそんな事しないもん!」
「こっ、このおいらが、紫輪のソウベが位に胡坐をかいてるって言うのかぁ!?」
地にその豪腕を叩き付けて音を轟かせる。
料理人と言うよりは荒くれ者と言ってもしっくりと来るようなソウベは、顔を真っ赤にして皺だらけの顔に更に、更に深い皺を刻む。
それでも引かぬ少女へ、太い指をその眉間に突きつけた。
「名前は何だ、小娘」
「トバリだよ。トバリ・レンジョウ」
「すぐに次のモノを持って来てやる。待っていろよ!」
足音も大きく、怒りに任せてその場を後にする男へ、トバリは舌を出してあっちへ行けと煽った。その付き人が味もわからぬ子供の相手をせずとも、とソウベを宥めすかしている様子であったが本人は聞き入れる気は無いようだ。
その様子を遠巻きに見ていたフューがおもむろに近づくと、少女の脳天に拳を振り下ろす。
「あいたーっ! フューじゃん、何すんの!」
「あんた誰に喧嘩売ってんのよ! ちうか不味い美味いってあの紫輪のソウベが作って不味いワケないでしょうが! 他の人が美味いって言ってるなら自分の舌を疑いなさいよ味オンチ!」
「だって辛いんだもん。フューも食べたら分かるよ」
トバリに勧められ、訝しがりながらも件の薄切り刺身を一切れ、口の中に放り込む。
柔らかな肉にしっかりとした旨みが舌に刻まれ、薄切りであるにも関わらず確かな食感がある。フューは料理の技術に明るい訳ではないのだが、捌き方にも拘りを感じられる絶品だった。彼が力説していた塩加減も辛いなんてことがあるはずもなく、先述通りの旨みを引き立たせてくれるような味付けだ。
じっとりとした目で少女をねめつけると、自分の言った通りだろうとばかりに無い胸を張る。
「この馬鹿!」
「いひゃい!」
往復ビンタを受けて、声を上げた少女の首根っこを掴んで顔を寄せる。
あの森で何を食った。
フューの問いに、少女は目を丸くした。トバリが練習にと通っていた森林地帯。そこで腹を空かせた少女は町に戻る手間を惜しんで、そこらの木に生る実を食べたのだ。
とは言え、毒見とばかりにヤモりんが食らいつくものを選んで食べていた訳だが、そもそもがこのワイルドビースト、毒であろうが鉱物であろうが、何であっても食らいつく食欲の魔獣だ。毒見などという役割は無い。
「君ねえ、なんで毒草が生えてる森のモン食う気になるワケよ。その実も毒持ちよ。そんなに強い毒を持ってるワケじゃないけど、食べた時に舌がピリピリしなかった? 感覚を敏感にさせる効果を持ってる汁があるの。
だから、舌に毒がついたせいで塩加減ばっちしの美味い肉を食べてるのに、塩辛いとか怒鳴りつけるクレーマーになっちゃうのよ」
「……えっ……じ、じゃあ、これって本当は……美味しいの?」
そう言い続けているだろうが。
半眼で睨み付けた彼女に、トバリは指を合わせてしょげ返る。あの剣幕でやらかした相手、それも自分の腕に絶対の自信を持つ男だ。権力もある。あんなものに目をつけられて、この先をどうするのかと思わず俯くフュー。
しかし所詮は自分で撒いた種である。
「君のトラブルなんだから君が切り抜けなさいよ。ほら、もう来ちゃったじゃん」
「えあ、うん、おっけい」
こちらに厳しい目を向けて、大股でのっしのっしと歩いて来た大男を、先程とは打って変わって緊張した面持ちで迎える少女。
鍋を持ち、これならばどうだとばかりに挑発的な笑みを浮かべて蓋を取る。大量の白湯気と共に甘い香りが広がり、真っ黒な汁に煮込まれた野菜の群れがそこにはあった。
「甘口で仕上げてやったぞ。食ってみろ」
「ああ、あ、いや、……その……ごめんなさい!」
勢い良く頭を下げた少女へ眉を潜める男。フューは溜息をひとつ転がして、ことの経緯を説明した。
非はトバリにあるのだ。それを大声で非難などをしているのだから、怒りを買うのは当然だ。しかし原因を聞いてもソウベは怒るでなく、ただ鍋を食ってみろと言う。
「……いあ、あの、今食べても……」
「いいから食ってみろ」
「……わ、わかりました……」
ずい、と鍋を眼前に押されて怯むトバリ。
どんな味でも美味いと言うのだと睨みつけるフュー、その合図に心得たとばかりに頷く少女。
「い、いただきます!」
煮だった野菜を口に放張り、直後に吐き出す。
「……ゲロ甘……」
「たわけぇーっ!」
すこん、と今一度拳を振り下ろし、トバリは思わず前のめりになる。目に涙を浮かべ、そんなことを言われてもとばかりだ。
恐る恐るソウベを見やればこの男、厳しい顔でこちらを見下ろしていたがすぐに笑顔を見せた。
「そうかそうか! なら次はもっと味の薄いやつを作ってやる。すぐに美味いと言わせてやるから、待っていろよ」
上機嫌に足音も荒く去って行く後姿。思わず顔を見合わせるトバリとフューに、付き人である男は溜息を吐いた。
恐らくは、としながらも、名が売れて十器となってからは料理に対する要望など無いに等しい状況が続き、毒にやられていたとしても自分の腕に異を唱える者が現れて嬉しかったのだろうと説明する。
それも確かに道理だ。あの頑固そうな顔つきでは自分の間違いは認めずとも、相手からの否定がなければやり応えを感じない面倒な人柄なのだろうとフューは内心思う。
「ま、満足するまで付き合ってやんなさいよ」
「え~」
不満そうなその顔に、お前の蒔いた種だろうと眉を潜めると力無く項垂れた。
ベレンディは言葉通りきっちり一時間後にやって来ると、武闘祭参加プレイヤーを対盤上に並べた。
四つの対盤をぐるりと囲う大勢の観客を前にし、彼女の紹介により次々とプレイヤーらが発言していく。その手に持つ光球は拡声器のように声を反響させて会場中へ拡散させている。
何の気なしにベレンディの動きを見ていたトバリは、優勝候補とされた男に目を丸くする。先程のモーデルの紹介にもあった者だ。
「前回は非常に惜しい結果となりましたが、今回も格の違いを見せつける余裕振りで予選を突破しましたね。
ストライカー・ケイジ、その名に衰え無し。前年度優勝者は参加しておりませんが、やはり優勝を目指して?」
「負ける為に出る奴はいないさ。去年は大損させてしまったから、今年は儲けさせると言わせては貰う」
肩を竦めながらも強気な発言に、場内からも野次が飛ぶ。皮肉るように唇を歪めるその顔は、やる気というものをそこまで感じられなかった為に少女の目には強者として映らなかった。
次に紹介されたのは、こちらも優勝候補とされるケイジの対抗馬だった。彼より一回り、あるいは二回りも年上に感じられるこの男はケイジ以外を敵としてすらみなしていないようだ。
見た目だけならば彼よりも数段強そうではあるのだが、前年度では予選で彼と当たり、敗北を喫しているらしい。
(やっぱ強いんだ、あの人)
モーデルに目を向けると、こちらは彼に対しても興味すら無さそうだ。その様子に小首を傾げていると、トバリの前にベレンディが立った。
女による紹介は、やはり初参加に関わらず優勝したテイマーズバトルを主としたものだった。
「あの荒野の暴れん坊を手懐け、見事、第七回テイマーズバトルにて優勝した期待の新人獣使トバリ・レンジョウ!
その実力は如何程なのか、期待が持たれます。やはりトバリ様も一番注目しているのはケイジ様ですか?」
「いあ、あの人のことは知らないんで。ただこっちの人と決着付けたいだけです」
隣で真面目腐った顔をするフューを指差す。
凍りつく司会を前に思わず額を押さえるフュー。彼女は強く吹き荒れた歓声とも野次ともつかぬ声に囲まれて目を瞬かせた少女を睨み付け、片手を上げて場内の視線を自分に集中させる。
直後にはベレンディから光球を奪い取って声を張り上げた。
「はいはーい、ここには見覚えのある人もいらっしゃいますでしょうが!
こっちのナイチチ娘はとある店で私に腕相撲に負けたことを根に持ってのリベンジ戦というわけです。色々と物を知らないコなので私と当たるか分かりませんが、一つ、言うならば!」
やはり、賭けるならば自分に賭けた方がよろしい。
少女を罵りつつもそこまでの差を感じ得ない薄い胸を張る彼女に歓声が広がる中で、優勝出来るつもりは無いがとせせら晒う。
隣でむくれる少女の頭に腕を置けば、苛立たしげにそれを弾かれた。くすりと微笑んで、これまたこちらを睨むベレンディへ光球を返す。それでもなお女はしばらく睨んでいたが、気を取り直して紹介を続けた。
「フュー、次は負けないんだからね、絶対だよ!」
「いやだからさ、腕相撲ですら勝てないのに技術が大半を占める場で君が勝てる訳ないじゃん」
「やってみなきゃ分かんないじゃ――……、?」
視線を感じて振り向いた少女を、それは見つめていた。エンジーと紹介されたその女は、仄暗い目でこちらを見つめている。
ベレンディの言葉を受けても反応が無く、彼女は諦めたように別のプレイヤーの紹介に移った。
「……ええ、っと……」
やがて正面へと向き直るエンジー。頬を掻く少女に対し、フューは女へ怪訝な目を向けていた。
(……驚く程……、なーんにも感じないわね、あの女。自分を隠している? ここまで強固に?
魔法、いや、と言うよりは自己暗示のような)
夢の世界で自らを偽るのか。
女を分析しながらもフューはその実力に考えを巡らせる。ただ己を律するだけではない、この女からは何処かで感じた異様性が有るのだ。
以前、死闘を繰り広げた黒の集団の実力者を思い浮かべて、思わず閉口する。
(結局、身代わりの護符は手に入らなかったし、これ以上の長居は厳しいんだよなー)
シート荒野での戦いにより、所持者の致命傷を肩代わりしてくれる護符。入手も兼ねてこの町に滞在していたのだが、それが露商に並ぶことは遂に無かったのだ。
出来ればこれ以上、余計なことはしたくない。思いつつもベレンディに紹介されるモーデルへ視線を向ける。予選では全ての相手を対盤から弾き飛ばしたという彼は、本選はそれほど楽ではないだろうと意外にも殊勝な言葉を述べていた。
が、そんな言葉を吐き出す間にも挑発的な視線をこちらに向けられ、フューは不快な気持ちをそのままにお返しとばかりの唾を吐く。
(何が手を出すな、よ、ライネンのバカタレ。あんたらがやらないんなら、私がやったるっつーの)
嫌悪感丸出しのその視線を感じ取って笑みを深くするモーデル。
二十八名のプレイヤーの紹介が終わり、組み合わせが発表される。
トバリはBブロック、フューはAブロックだ。
「当たるとしたら準決勝だね。それまで負けないでよ、フュー!」
「や、まず君が勝ち上がれないでしょう」
試合表を見てフューは溜め息を吐く。
一戦目で少女が戦うのは同年代と思えるプレイヤーだ。無名であろうその様子から勝ちは有り得る。が、、それ以降が問題だ。今年度の大本命、ストライカー・ケイジに続き、第三試合ではおそらくは勝ち上がるであろうあの女、エンジーの名前がある。
(まあ、実力差ってのを思い知るには良い機会よね)
などと内心の言葉は秘めたまま、幸運を祈ると親指を立てるとトバリもまたそれに続く。
「それにしてもさ、どうやって勝敗決めるんだろうね? 武器も交換しないみたいだし、スンドメかな?」
「…………、え? 交換してないワケ?」
思わず仰け反るフュー。
痛む頭を押さえながら、彼女は説明を始めた。まずこの武闘祭の成り立ちは無頼者らの腕試しから始まったのだと。
生死を賭けた戦いは帝都など有権力者の目に留まり、地位や名誉を手にする足掛かりとしていたのだ。
しかしそれでは優秀な兵もいずれ傷付き体は朽ちる。かと言って寸止めの演武然とした見世物ではその実力を測るに値しない。
「そこで、各地を渡る〝始術士レイト〟様々が、どれだけ切りつけられても体力を失うだけで傷が残らない魔法の結界、その術式を編み上げたのよ」
それが使われているのが、この対盤だ。
ステージを指差す。各地で製作されたこれらを元に対戦試合が行われているのだ。しかし対盤上での怪我は痛みも少なくなるとは言え、実際に鉄が身を食い破るのだ。
傷は回復しても、精神的な損害は免れない。傷の程度、連続戦闘によっては衰弱が進む恐れもある。実際に大ダメージを受けた場合は即座に気絶する場合も有るのだ。
そして衰弱するというのなら、傷の量によって衰弱死、とも有り得ない事態ではない。
今でこそ回復技術が進んでいるとは言え何が起こるか分からないのは確かだ。参加プレイヤーは自己責任で戦い、そのルールも魔法を打ち破る効果を持つアイテムの取り替えと、対盤上から落ちた場合、気絶による場合の失格のみ。
つまり、殆どの攻撃や魔法が容認される、実際の戦闘に非常に近い戦いの場となったのだ。
「へぇ~」
「へー、じゃない。試合開始前にはその背中の両手剣、受付のところで取り替えて貰いなさいよ」
じゃないと失格。
自らの首に手を当てるその仕草に、少女は大慌てで武器を取り替えに行った。
それを見送り、溜め息をひとつ。そう、この試合では人は死なない。
(それじゃー意味ないでしょー、それじゃあさあ)
試合表に記されたモーデルの名を確認する。ブロックはD、当たるならば決勝戦だ。
餌を撒く必要はある。勝たねばならないのであれば、決勝までに気を付けるべきは優勝候補の一人と当たるAブロック三試合目の対戦相手、そして準決勝戦となる四試合目だろう。
(トバリちゃんが勝ち上がるワケないし、相手としてはあのストライカー・ケイジか、それともエンジーって人かな)
そして、ケイジだけを敵視していた男、デンジロウ。彼はケイジと同じく素手での戦闘を得意としているようで、如何にもな拳法着がまた似合う風体だ。
(デンジロウねえ、聞き覚えある名前のプレイヤーってのが幸いね)
トバリと出会うよりも前に、砂漠地帯の町で何度か話を聞いた覚えがある。帝都主催となる大会常連のケイジ程ではなかろうが、腕に覚え有りなのは確実だろう。
確か、風の噂では〝砂漠の歌姫〟撃退戦で功を上げたとされている。
(付いた二つ名が〝ジャイアントキリング〟。本人がそう名乗ろうとしないってのは武勲よりも自分の強さにしか興味が無いからか、それとも噂通りでは無いからか)
Aブロックのデンジロウを始め、Bブロックのストライカー・ケイジ、Cブロックのダルシア、Dブロックのランス・ジーカーら四名は前大会等での成績からシード枠として、各ブロック第五試合目からの対戦となっている。
噂の真偽はともかく大会での実績を持つのであれば、油断は出来ないだろう。こちらの視線に気づいて訝しげな顔をするデンジロウにフューは頭を下げて歩み寄る。
「初めまして、デンジロウさん。彼方に会う日が来るとは思いませんでしたが、必ず勝ち残りますので全力で戦いましょう」
「俺のことを知っている風だが」
低めの声に思わず好みだと内心でガッツポーズを取りつつも、フューは自らの名を返すだけに留めた。
初老の男、その顔に違わずの佇まいに握手を求め、デンジロウは警戒しつつもそれに応える。
(ぬっふっふ。悪いけどそういう態度が目に見えてる分、あんたに心の壁は無いのと一緒なんだよねー)
勝った。その言葉を飲み込んで、ともすれば吹き上がりそうな笑いを押し殺してその場を後にする。デンジロウの視線を感じつつもこれこそが好印象だと、彼の視線に分からぬ所でほくそ笑む。
「フュー、知り合い?」
「お、早かったねートバリちゃん」
武器の交換も終わり、その背にいつもの剣よりも更に大きな物を背負っている。少女の持っていた剣は見た目以上の重さがあるため、いつもの取り回し感覚を残す為に重さを中心として武器を選んだようだ。
間合いの違いについては、少女の使い方ならば小さいよりも大きければ問題はないだろうとフューも一人で頷いている。
それはさておき、とフューはトバリの唇に自らの人差し指を重ねた。
「今の知り合いかどうかってのは、ナイショね?」
「……まーた……何か企んでるでしょー」
「あったりまえじゃん。勝つ為に来てるんだからさ」
少女の額を突くと非難の声が飛ぶが、ややあって思い直したように、その考え方もまた正しいのだろうとフューを肯定する。
いつもとは違う珍しい反応に目を丸くしていると、トバリはフューに不適な笑みを見せた。
「準決勝、あたしが貰うからね、フュー」
「はいはい、一戦目突破ぐらいは期待しといてあげますよ」
肩を竦めるフューに対し、トバリはやる気をそのままに片手を空へ向けて突き上げたのだった。
橋の町、キャンディロードで武闘祭が始まる。その結果を、二人は何も知らずに居た。




