第七十八話 フューをぎゃふんと言わせてやる! ~試合前は火花咲く!~
「では、こちらにサインをお願いします」
「はーい」
求められるがままに書面に名を書く少女、トバリ・レンジョウ。その筆を目で追いながら、フューは憮然とした態度を見せている。
ことの発端は夕食中の出来事だった。特訓中、怪我をしているモンスターを発見したというトバリはあろうことか最後の回復薬を使ったらしい。翌日は武闘祭という事で精力をつける為にと夕飯に誘った際に聞いたのだ。
この世界での回復薬は数あれど、一様に値段が張る。トバリに告げてはいないが、武闘祭を最後に別れるつもりであったフューはどうしたものかと頭を抱えていたのだが。
それを狙ったかのようにやって来たのが目の前の男だ。名をスベルメクという、彼女のかつての仲間であるリズィーの部下だった。
本来ならば彼女にとって関わりたくない相手だが、物資の輸送をしてくれれば報酬として三十万メダルと、フューが懸念していた回復薬を五つ渡すと言うのだ。
物としては大きい柱で荷車につけられているが、移動にはトバリの愛でるヤモりんを使えば問題ないだろう。
目指すはシート荒野の半ば、砂漠地帯パインリバーにある町の一つ。ここ、橋の町キャンディーロードから輸送するにあたり、未だ滞在しているであろう彼女らに目がつけられたのだ。
「こんだけあれば、美味しいご飯も食べられるね」
「勿論ですとも、トバリ様。ただし契約内容にあります通り、資材の破損はトバリ様に請求させていてだくこと、お忘れなきようお願いします」
「うっす!」
資材の引渡しは武闘祭の翌日。そのまま町を出発し、荒野を抜けて砂漠を渡る予定だ。
気分も良く、契約書を片手に別れの握手を求めたスベルメクに少女は両手で応じた。続くようにフューにも片手を差し出すが、彼女はそれを拒絶する。
正直に言えばこの男、リズィーの部下とは言えこの時期に現れたこと、そしてその目標地点からギルド・タナトアルの夜明けの息がかかったプレイヤーだと判断したのだ。
「ちょっとフュー、態度悪いよ!」
「構わないっての。今日はもうさっさと寝るから、トバリちゃんも明日に備えて夜更かししないようにね」
お前は母親か。
フューの言葉に柳眉を逆立てるトバリであったが、正論である。しかし。
立ち去ろうとしたスベルメクは少女の視線に気づくと、まだ何かあるのだろうかと笑顔を浮かべて向き直った。
「あの、スデルメクさんはフューとお知り合いなんですか?」
「スベルメクですよ、トバリ様。フュー様とは、名前を知っておりますが、面識はありません」
名前の間違いを即座に訂正しつつスベルメク。柔和な対応に少女は謝りつつも、気になって仕方が無いことがあるのだとした。
それは、フューが漏らした言葉、〝ワンダーティース〟についてだ。
スベルメクは少女の言葉に頷くと、このワンダーランド内においてこの言葉が指すものはふたつあるのだと語る。
「まずひとつ、今は亡き超巨大ギルドの名ですね。複数のギルドを吸収し、現在では恐らく最大数である世界の剣と盾すらも凌ぎ、かつての帝都オレンジエッジの戦力と並ぶとされた程の桁違いな規模を誇るギルドでした。
もうひとつは存在されていると言われていますが、未だに誰も確認できていないこの世界の鍵であり、ワンダーランドのシステムに接触できると言われる代物です」
「…………、ワンダーティースを手に入れる、って言ったら、その鍵を見つけるって事なのかな?」
少女の言葉を肯定する男。とは言え、ワンダーティースは存在すら確認されていないものだ。鍵というものがアイテムを指すのか、それとも場所になるのか、何らかのエネルギー体かそんなことすら分からない。
現実世界の宝探しと同様、在るとされているだけの情報しかない現在、見つけられるものではないだろう。
確かにその通りだとトバリは思う。しかし、あのフューがそれを手に入れると仄めかしたのだ。巷に溢れる情報以外の、何か有益な情報を掴んでいるのかもしれない。
世界の鍵を手に入れる。フューは何を思いそれを口にしたのか。
あの様子から不穏な空気を感じ取るトバリであったが、もう用事はないかと問うスベルメクの声で我に返り、感謝と会釈を行った。
「パインリバーには、我が方のリズィーも用事があるとのことでしたので、もしかしたらまたご挨拶に向かわれるかもしれません」
「あ、その時はよろしくです!」
スベルメクの締め括りの言葉が逆にトバリから出て苦笑する。片手を挙げて背を向けた男に両手を振り、少女も宿舎へと向かった。
明日はいよいよ武闘祭が開催されるのだ。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
がさがさと大きな鍋に具材を叩き込んで、視線の先に浮かぶ女の顔へ、これ見よがしとばかりの嫌そうな顔を見せる。
その顔には深い皺が走り、生きた年月を予想するに難しい。丸く、恰幅の良い体に太い手足は、ただの脂で片付けられぬ闘志が感じられる。
「だから言ってるだろう、〝黒旗〟が動くのならやっても良いと。動けばな」
『〝紫輪〟の、私が欲しいのは確約なのです。そも、貴方達が帝都に来ないから、私が何度も確認するハメになるんでしょう』
女、赤棺のメスヌアに紫輪のソウベは知ったことではないと口元の髭を撫で上げる。
「そういうのは末席にやらせい。赤棺がわざわざ動くことか」
『軽んじて欲しくは無いですねえ、紫輪の。ジューダは剣の腕だけならば私より上です』
区別した呼び方をするのは貴様も同じだろう。
藍杯のジューダ、その綺麗な面を思い出しながらソウベは悪態を吐く。鍋の下に火を灯して、お次はと運び込まれた肉の塊に笑みを浮かべて分厚い包丁を取り出した。
『そんなに大事ですかねえ、帝都の勅命よりもたかが腕試しの無頼へ飯を作ることが』
「ふん、何が帝都だ。また貴様の謀だろうが。それに料理人にとって飯を作る事は即ち命を吹き込むことよ。命を産むのは女にしか出来んが、これは男にも出来る唯一のこと。
次に詰まらん野次を入れてみろ、お前の腹をかっ捌く」
ソウベの脅しにメスヌアの顔は見下した笑みを見せたが、それも一瞬で言葉を残すこともなくかき消える。後には飯の準備をと急ぐソウベと、メスヌアとの会話を不動で聞かぬと固まる付き人とがあった。
ぱちりと音を経てて締まるベルト。袖を通した布地に胸当てを着け、その背に札を貼って外套を現す。
朝陽を浴びて輝く月桂冠と鳩の紋章を肩越しに見下ろして、満足そうに笑うと額にバンダナを巻いた。
「行こっか、ヤモりん」
強く結ぶと、少女は床に待つ友人へ手を差し伸べて、彼を肩へ導き気合を入れてガッツポーズを取る。身に纏う武器に意識を配って、少女は扉に手をかけた。
見慣れた宿舎の廊下だが、今日という日には特別に見える。外ではいつもは盛況に走り回っている商人達も少なく、皆がある場所を目指して荷物を引いていた。今日限りの、町の中心へと場所を移すのだろう。
人々が集まるそこはすでに熱気が起こり、これからを予想させるに十分だ。
「よーし、絶対に優勝してフューをぎゃふんと言わせてやる!」
「なんだ、お前も参加するのか」
背後からの声に振り向けば大男、モーデルが意外そうな顔でこちらを見下ろしていた。
先の一件以来、どことなく苦手意識を感じていた彼に、少女は難しい顔をする。しかしそれを気にするでもなくいつも一緒のクサカがいないのは、この大会に参加出来ずに不貞腐れているのだと笑う。
その様にこちらも深く考えずに笑うが、実際の所、モーデルの関心は他にあったようだ。顔をぐい、と近づけてフューも参加するのかと問う。
思わず仰け反ったものの、それを肯定する少女に男は満足そうだ。
「今回は良さそうな奴が出ていてな。本当に参加出来て良かったぜ」
そう言ってモーデルが顎で指す先には、白いシャツにスラックスと現実世界でも良く見るような細身の男の姿があった。彼とは対照的な恰幅のよい男に何やら言われているようで、顔には迷惑の二文字が浮かんでいる。
「……あ、あの人、筋肉凄い……!」
シャツから覗く胸元、腕に、着やせするタイプかと目を見張る。細身に見えたがその実、かなり筋肉質だ。無駄を感じさせない体は少女が釘付けになったヘイズと違い威圧感はないが、精悍さを感じる。
モーデルは少女の観察眼を悪くはないなと笑い、続いてはアレだ、と指を向けた。
そこに居たのも現実世界で見かけそうな、しかしそうは居ない着こなしの女だった。
ロングコートは前を留めておらず、はだけた中には隆起する腹筋と薄い布地で粗雑に覆われた胸がある。頭骨を思わせる眩いバックルにジーンズを履いた女は無造作に伸ばされた髪に暗い眼でただ前を見つめて歩いていた。向かうは会場か、やや猫背ながらも身長は高く、筋肉質でありながらもひょろりとして感じるほどだ。
その口元は白のマスクで覆われて、確かに立派な体躯のはずが覇気が感じられず、先の男と違い強さを感じなかった。
だと言うのに、そのほの暗い視線が少女に向けられた時、まるで何者かの口内に捕らえられたかのような不快感と怖気とが少女の身を襲った。
「……うっ……な、何、あの人?」
「くっくっくっ。さあなぁ。まあ、この二人とは当たらないことを願うんだな」
意味深げに笑い、会場へと歩くその背を見送って、トバリは凍えた背中を撫でた。見下ろせば鞄の中で縮こまるヤモりんとも目が合う。
恐怖を感じているかのような様子に、トバリは驚きつつも先の女へと視線を向けた。未だにこちらに顔を向けている女は、本当にこちらを見ているとも分からない感情の読めぬ視線を下げて、お辞儀をした。
思わず少女もお辞儀をすると、それは一言を発するでもなく再び歩み始める。
「…………、悪い人じゃ、無さそうだけど」
「なーにしてんの、トバリちゃん」
「あっ、フュー!」
呼び掛けられて振り返ろうとした所で、頭の上に腕が置かれる。随分と久しぶりに感じたフューの行いに、思わず口許を綻ばせながらも非難する少女。
フューはそれを受けて、にっかと笑い先を急ごうと少女から離れる。トバリはそれを残念に思いつつも笑顔でその背中に続いた。
「ようこそお集まりくださいました、参加者の皆様。こちらが試合用のステージとなります、〝対盤〟です」
案内役として現れたのは橋の町キャンディロードの長であるベレンディだった。石造りで四方二十メートルはあろうかという大きく白い石造りの対戦場がよっつ、周囲はぐるりとそれらを取り囲むように客席が出来上がっている。
「ええ、こんなに大きいの? 町に入っても気づかなかったよ」
「まあ、客席に関しては月の人口に合わせて作り直しだからねぇ。舞台だけじゃ見えないかな」
予想より遥かに大きな場所に面食らう少女であったが、フューとしてはどうでも良さそうに欠伸をしている。
にわかに緊張を始めた少女の脇腹を突きつつ、対戦相手の顔を見ろとフューは言う。見回せばそこには自分を含めて総勢二十八名もの選手が勢揃いしていた。
中には最近出会ったメイドのような体格の者もいれば、ひょろりとした草のような者、トバリと同年代と思えるような少女と様々だ。
悪鬼か羅刹かと思える顔もあれば、とぼけたような顔をしている者も居る。全てが全て、武人と呼ぶべきプレイヤーの集まりだと考えていたトバリは肩から力が抜けるのを感じた。
(ま、その見た目がファイトスタイルとか経験とかに関係しないとは言えないんだけどね)
簡単にこちらの思い通りになる少女を哂いつつ、素直なお礼を述べるトバリへ片手を上げる。
「対盤の数の通り、AからDの四ブロックに分かれて試合を行ってもらいます。第一試合は二時間後、一時間前には組み合わせを発表し、Aブロック対盤の上に整列して貰いますので、それまでは自由行動とさせていただきます。
また本日の為に帝都オレンジエッジより十器がひとつ、紫輪のソウベ様がお食事を用意されていますので、ぜひお召し上がり下さい」
それでは、また一時間後に。
頭を下げるベレンディに拍手が送られた。満足げな顔の女を見つめてフューは口元を歪める。
兎にも角にも御すに易い女。彼女にとってベレンディの人物はそう映っていた。一方で皆と同じように拍手をしていたトバリはすぐに対盤前に運ばれて来た料理の数々に目を輝かせている。
薄切り厚切り様々な肉で盛り合わせられた山のようなものから、香しいスープに生野菜、煮込み野菜と種類も豊富だ。
それが二十八の人数でも食べられるかという量で所狭しと並んでいるのだから、食いしん坊でなくても目を奪われる光景だろう。
「しっかり食べときなさいよー、トバリちゃん。君の場合は特にね」
「オッケイ!」
運動前と言えその食事の量を気にする必要はない。トバリのような自らの能力値を上昇させる〝大食スキル〟の持ち主には特にだろう。
諸手を上げてはしゃぎ走る少女の背を見送って、同じように続く参加者を見つめる。トバリのように慌てる者はいないが、この料理を作ったのが料理人としても名高い人物なのだから期待はしているのだろう。
フューとしては彼ら十器の名を無断で使うことがある為に余り近づきたくないのだが、動かないでいてはまた目立つ。
(うーん、まだ紫輪は来てないみたいだし、今のうちに料理だけ持って離れるかな?)
「なんだ、食い気がねえのか? 色気よりもそっちがありそうな体をしといてよ」
聞き覚えのある声に総毛立つ。
嫌々ながらも振り向けば、嫌らしい笑みを浮かべる一人の男――、モーデルだ。
「モーデルさんも参加すんの?」
「まあな。暇してんなら色々と聞きたいことがあるんだけどよう」
「ザーンネン。お暇なんて全く無いわ。じゃねぃ」
あっさりと背を向けた女にモーデルは荒々しい息を吹き、その肩を掴んだ。
随分とつれないじゃあないか、〝亜人殺し〟。
男の言葉にフューは動きを止める。その言葉、否定するつもりはないとばかりに向き直る。今回は前回のような片手間の挨拶もしなければ顔を背けようともしない。そのままの殺意をモーデルへ向けた。
「臭いのよ。離してくれない?」
「臭いをつけとかなきゃあ、な。他に獲られんように」
余程に死にたいのか。目を吊り上げるでもなく、ただ表情を消すだけでその怒りを見せ付けたフューに、モーデルの口角も引き上がる。
肩を掴む手に力が入り、その指が肉へ食い込んだ所で制止の言葉がかけられた。会場を警備しているキャンディロードの衛兵だ。試合以外での戦いはただの喧嘩、乱闘だとして注意に現れたのだ。
モーデルは彼らに対して凄まじい形相を見せたが、それも一瞬で、フューから手を離す。フューはモーデルに掴まれた箇所を手で払い、それだけでは飽き足らず彼の足を目掛けて唾を吐いた。衛兵の一人がフューの前に立ち、参加権の剥奪をちらつかせる。
「いいんだって、あいつのやり方に従ったの。マーキングよ、マーキング」
鬱陶しそうに彼らの拘束を振り払って背を向ける。モーデルはその後姿に、やはり〝敵〟として上等だと彼女を評価した。
一方、内心穏やかでないフューはその気持ちを落ち着かせる為にもと食事の場へ向かったのだが、そこにはすでに人だかりが出来ている。
この中を掻き分けなければならないのかとこめかみを押さえた時、はっきりと通る声が人の海を割って彼女の耳にまで届いた。




