第七十七話 こりゃー噂通りの甘ちゃんだ! ~次代の寵児・ゲイリック!~
「よう、わざわざスマンなあ、ヘイズ」
杯を上げた男に、ヘイズは苦笑して肩を竦めた。
彼らが会議を開いていたアップルバレー付近の町のひとつ。ヘイズと彼を呼び寄せたゲイリックにとっては馴染みの場所だった。彼らは共にひとつのギルドに所属していたのだから、目的を違えようと声がかかれば馳せ参じる程の信頼はあるつもりだ。
「彼方が偉大なるリーダー・ヘイズさん? 初めまして、ダナ・プルーウーです」
ゲイリックの隣で同じく杯を掲げた金髪の女に会釈する。尊大な呼び名は不要だとしながらも、勧められた酒を断って用件を問う。
ゲイリックは詰まらん男だと小さく哂った。
「いいさ、ヘイズ。あの雌狐の事だが」
「ここに居たかよヘイズ!」
ゲイリックの言葉を遮って男、アンダルーシカが現れた。ゲイリックはヘイズに向けていた友好的な表情を消すと、杯を傾ける。
空けると同時に投げたそれを、アンダルーシカは片手で受け取って、喧嘩をしに来た訳ではないと溜息を吐いた。ヘイズ、ゲイリックの間に無理やり座り込む彼を、ゲイリックは苛立ちのまま睨みつける。
「よう、鹿野郎。よく俺の前に顔を出せたな」
「お前なんざ意識してられるかよ、バーカ」
舌を出す男に、ゲイリックに追随するダナは目を細める。放たれた殺気に対してもアンダルーシカは受けて立つとばかりに腰の剣を見せ付けた。
ゲイリックとアンダルーシカ、ギルド共同の実践訓練でも幾度となく戦っており、そもそもが仲の良い間柄ではなかったが。ギルド戦争においても敵味方に別れたのだから、二人の気性を考えればこうなるのも当然だろう。
しかしここで面白くはないのがヘイズだ。少なくとも今後は協力体制にあるのだし、どちらも用件があるとしながら自分に仲裁役にでも回す気かと嘆息する。
「アン、お前が後から来たんだから後回しだ。ゲイリック、用件を」
「…………、部外者がいる前では、話せないな」
彼の言葉に目を細める。アンダルーシカは面白い話をする気なのかと唇を歪めたが、それならばそれで構わぬとヘイズに口を向けた。
〝虐殺者〟、シュヴァリの事だ。
「ヘイズよぉ、聞いた話だと例の奴、銃を武器にしてたらしいじゃあないか」
「まあ、な。銃と言っても火薬がある訳じゃないから、自分の魔力で撃っていたんだろうが」
「本当にそんな回りくどい事をやっていたのか?」
アンダルーシカの言葉にヘイズは首を傾げた。あの頃は彼も魔力を上げる為の装備が無かった事もあり、予測でしかない。アンダルーシカの言葉通り、わざわざそんな真似をするのならそのまま魔力を打ち出して攻撃した方が手っ取り早い。
少なくともヘイズにとってシュヴァリとは、最短距離で最も効果的な行動を取る人物だと感じた。だとすればその武器は、彼の想像する男とは反する物だ。
ならば、マジックアイテムか。
思わず唸って顎に手を添える。剣状のマジックアイテムの殆どは魔法剣と呼ばれ、真偽の程は定かではないが〝剣士〟レイトが製作したとされている。実際、ダンジョンに点在するマジックアイテムとは毛色の違う、戦闘に適した武器として存在しているのだ。
銃の形をして、銃として扱える代物ならば、レイトが作成したクラフトアイテムと見る事も出来るが。
「物と効果が一致するマジックアイテムは無いわけではないし、どうしてそれを聞く?」
「今回の件はダイテツの奴から聞いてるだろ。俺らの所にも被害が出たが、その中に銃使いがいたっつー話を聞いたんだよ。シュヴァリの奴はデッケエ剣が基本なんだろ? こっちは二丁拳銃だったらしいぜ」
両手で銃の形を作っておどけるアンダルーシカの言葉に、質問の意図を掴めずに眉を潜めたヘイズであったが。
言わんとしている事を察したのか、ややあってゲイリックと顔を見合わせた。隣のダナは訳がわからないという風だ。
つまり物と効果の一致したマジックアイテム、それも同様の種類が複数あるのなら、それは魔法剣と同じくそういう目的で作られたと考えられるのだ。
シュヴァリが黒の集団の一員であろうことは、まだ報告はしていない。しかしアンダルーシカは以上の事柄から見当をつけているようだ。
「この事は会合で言ったのか?」
「いいや? 聞かれちゃいねーからな。ドリームホップでの妨害用のマジックアイテムの話もあるが、俺ぁクラフト出来る奴が〝黒の集団〟の中に居ると思ってるんだよな~」
「えぇ? レイトが絡んでるっていうの?」
アンダルーシカの言葉に目を見開くダナ。彼はいわばこの世界でも英雄と呼んで良いほどの男だ。各地の特性やモンスター、マジックアイテムに魔法、スキルに至るまで膨大な資料をまとめあげている。マジックアイテムを製作できる、という話や眉唾な情報も彼のサイトには掲載されているが、ここにある情報がこのワンダーランドの基礎となっているのは事実だ。
そのような人間が、もし犯罪的なグループに属しているとされればどうなるか。もしかすればレイトを信奉する者らが黒の集団に加勢するかも知れないし、サイト運営者であるレイト個人へのサイバー攻撃が始まるかもしれない。
どちらにせよ、このワンダーランド内に激震が起こるだろう。町での細工を考えれば彼の情報からもたらされた技術にも、裏があるかも知れないと考えられるからだ。
「レイトじゃないかって言われてるのは色々いるわな。〝天帝〟、〝緑座のモルファーン〟、そして我らがリーダー・ヘイズと今は亡きギルド・ワンダーティースのソルトレオンだ。
あんたは勿論、レイトじゃあないってんだろ?」
「当たり前だ。それで、お前は何が言いたいんだ?」
「俺ぁこのシュヴァリって奴が、レイトなんじゃーねえかと思ってんのさ」
ヘイズはアンダルーシカの言葉に思わず唸る。突飛な話ではあるのだが、否定できる材料はない。黒の集団の詳細は知れないが、中でも力ある者をレイトと目するのは理解できるのだ。
が、それでも強引な話に変わりはないが。
「そうだとして、それに何か意味があるのか? 下手に世間を騒がせるつもりじゃあないだろうな?」
「ま、公表するってのも面白いが、黒の集団を支持する奴等が出てきちゃつまらねえ。モチベーションの話さ。
俺ぁいかにも善人ですって奴が嫌いだからよぉ、こういう奴が敵だと思った方が燃えるのさ」
それにもしかするなら、赤棺を転がせるネタかも知れねえ。
にやりと笑うアンダルーシカに、それは無いだろうとヘイズは内心で息を吐く。しかし、本人が納得すればいいだけの話に水を差すつもりはない。話は終わったと引き上げる彼を見送って、ヘイズはゲイリックへ向き直った。
「で、そちらはなんだ? 雌狐がどうとか?」
「ふん。それはもういい。簡単な話さヘイズ。とても簡単な、な。
お前、ソルトレオンの真似事するのはもう止めろ。似合わんのだ、どうしても」
彼の言葉に、ヘイズは視線を落とした。
ソルトレオン、彼等の所属していたギルドの指導者。帝都と並ぶであろう戦力を集める事に成功しながらも、太陽教と、そしておそらくは帝都の共謀によって引き起こされたギルド間の大規模戦争によって優秀な人材を失った。
ヘイズはソルトレオンの客人としてギルドに協力していたが、いつの間にかその中でも中心的な人物となっていた。
全ては彼が居たからこそだ。だからこそヘイズは彼のように、ギルドの友和を象徴とした支援活動を主とするグループを立ち上げた。
それが現在の大規模ギルド、〝世界の剣と盾〟である。
「あの時、お前の面を見て分かったのさ。自分でも思い知ったろう。お前は何一つ変わらない、あの頃のまま、傭兵のままだ。
戦うことが生き甲斐なのさ。だから来いよ、俺達の所へ。こんなお前の枷にしかならん所に居る必要が何処にある? 最早連中はお前を重石と扱って居るじゃあないか。お前のすべきことはお前が知っているはずだ。戦おう、敵と。また、手を取り合って敵を滅ぼしてやろうじゃないか」
「…………、お前がやりたいのは亜人狩りだろう。お前の敵と言うのもそれだ。
今はクランが組織されているとは言え、目の前に敵として現れん限り、俺は亜人を攻撃するつもりはない」
「あっは! こりゃー噂通りの甘ちゃんだ!」
思わず声を上げたダナを嗜めると、失敗だと彼女は舌を出した。
ゲイリックとて彼の答えは予想していたのか、笑みをも浮かべてその肩に手を回す。
「その態度がいつまでも通用すると思わんことだ。時代は動く、次が来るのだ。対魔王の動きが表面化すれば、奴に付き従う亜人の駆除も本格化するだろう。
亜人を肯定するか、否定するかの二分となる。分かるだろう、ヘイズ。どちらにも付かないなどと戯けた言葉が通用するものか。亜人を否定しないなら、悪人となる。次代は俺達と共にあるんだ」
その言葉、ヘイズとて理解はしている。時代が変わろうとして居る、それもすぐそこでだ。だからこそ彼は慎重に為らざるを得なかったのだ。
彼に従う者の為にも、そして自らの為にも。ゲイリックはその葛藤まで見抜いているように、答えを焦る必要は無いと嘯く。
どうせそうなる、そう不適な笑みを浮かべるのだ。
「金は出してやる。お前の部下でも連れてゆっくりするんだな。これは、過去の仲間であり未来の仲間であるお前への挨拶としておこうか」
「チャオ、ヘイズ。もう少し楽しんで生きなきゃ駄目よ」
置かれた硬貨に、ヘイズは見向きもしない。席を立つゲイリックはその様子にも気を悪くすることもなく出口を目指す。最早、ギルドとの決別は確実だと踏んでいるのだろう。
それが早いか遅いか、彼の見立てでは契機となるのは魔王討伐に本格的に動き出した頃だと予測する。
しかしヘイズは実の所、ゲイリックの下へ行く気もなければ、ギルドを抜ける気も無かった。しかし、選択が迫られているのは確かだ。
(……従うか否か……答えは最初から決まっていたんだろうが……)
長々と息吹き、ヘイズはギルドマスターの顔を思い浮かべる。
彼女の行動、選択は大局を見て間違っていると叫べるものではないことなど、ヘイズ自身が良く知っている。戦闘能力に秀でないプレイヤーを戦いに出すつもりもないのだろう、だからこそトワは帝都と組み、自分たちの被害を抑える為に黒の集団との戦闘を選んだのだ。プレイヤー救助という選択を消してまでも。
ならばギルド所属の者として、隊をまとめる者として、すべきことは決まっているのだ。
ヘイズはもう一度、息を吐いて、ギルドから新しく支給されたマジックアイテムを用いて部下を酒屋へ呼び寄せた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
寒空の荒野で明かり無く、黒ずくめの一人が仕度をしている。革のベルトで手足の袖口を縛り、動き易いように調整して、背に大剣を背負う。
剣先と腹とをベルトで固定し、腰元で留める男へ、背後から声がかかった。
「どうしても行くのか、キバルト・デリック」
「聞く必要があるのか? ザルファロよ」
振り向いて野生の零れる笑みを見せたキバルトに、ザルファロは僅かに顔を歪めた。わざわざ挑発的な物言いをする程に高ぶっているのか、それとも最早、戻れぬと感じての物言いか。
今回ばかりは邪魔してくれるなよとの彼の言葉に、ザルファロは思わず呻いた。どちらにせよ追跡しようものならば、彼は行動を起こすことが無いだろうと知っていたからだ。
「ヘイズにもちょっかいを出しているらしいが、アレはあんたの思うようにはならんよ」
「してみせるさ。その為の行動だ。お前も、一緒にな」
「……そうか……そうだな……そうなるんであれば、良いだろうけどもな」
諦めたような、しかしどこか爽やかな表情がザルファロの胸をざわつかせた。
望みはある。だからこそ、彼だけが知る場所へ彼だけが行くことを黙認するのだ。だがそれは正に、一縷の望みだった。世の言う黒の集団から出奔したシュヴァリの仔細が分からぬものの、不安定な状態であるに違いは無い。
それが吉と出るか凶と出るか、望むならばそれこそ、変化を受ける前の状態の彼とキバルトが出会うことが最善だとザルファロは考えているのだ。
記憶の混濁し、壊れかけた、否、壊れた男に対し、望みを持つは危険だと自分自身感じているのだが。
(それでも捨てきれない。俺達を導いた男を、忘れるなどできはしないか)
キバルトはザルファロの考えに気づきでもしたかのように苦笑して、片手を挙げた。ザルファロも同じく苦い笑みを浮かべて片手を挙げる。
荒野を一人、歩き行くキバルトの背を見送って、ザルファロはこの先を考える。もしも、キバルトが戻って来ないのであれば。
(ヘイズ一人でどうにか出来る状況にしなくちゃならないか。だが、……その前に……俺の夢を潰すシュヴァリを殺さなけりゃいけないな)
彼らと同格であるアーグは既に、シュヴァリは敵として認識している。内心はともかくその覚悟だけは大したものだ。ならば残るはヨギル。
感情に任せてシュヴァリに就くほど愚かではないだろうがあれも女だとザルファロは唇を噛んだ。ただでさえシュヴァリの精神に引きずられて不安定な状態になっている彼女の行動が気にかかる。
「……いや、そうだな……全ては終わってからだ。決着がつけば……そう、その時に……その時は……」
呟く男の周りを熱い風が駆け抜ける。
温度の低い夜の荒野を抜けた風に吉兆を予感させたが、彼はそれを無視して寝床へ向かった。
ヘイズ、あっちこっちからお呼びがかかる人気者です。
次回からようやく武闘祭開始に漕ぎ着けます。




