第七十五話 わっひゃあっ! ~フューの対人講座、連撃編!~
鎧や衣服を脱ぎ、立派になった外套も外して肌着だけとなったトバリ。昨夜の恐怖から嘆きの湖で体を洗うことは拒絶していた。
「うー、気持ち悪い、後で洗わなきゃ。
あっ、ヤモりんそんなの食べたらダメ!」
「ほんとキレイ好きよねえ、トバリちゃんは」
自分の体にこびりつく汚物を落ち葉でふき取りながら、未だに足を蠢かせるトライワームに齧りつくヤモりんを叱咤する。フューは少女の衣服から露出し、生白い肌と浅黒く日焼けした肌との対比から荒野で過ごした日々はそれなりに過酷だったのではないかと推察する。
トバリはフューの視線に気づきもせず、このトライワームが完全に死亡するか時間が経てば光となって消えるも、何か気分が悪いのだと力説した。
彼女らの衣服も汗を吸い、臭いが出る。しかしそれも一時的なもので、老廃物も全てこの世界では魔力として変換され、消えてしまうのだ。だから体を洗うという習慣に疎くなるプレイヤーが多い。
「フューだって、うんちしなくてもうんちついたら洗いたくなるでしょ」
「なんでうんち。つかうんちしないっていつのアイドルの話よ」
「えっ」
「え?」
冗談をと笑うフューに、目を丸くする少女。その様子にこちらも目を丸くする。
下の話であるが、排泄をした事がないのかと驚く彼女に少女は頷いた。そもそもワンダーランドでは食事をする必要がなく、排泄行為も行われないように思えるがそうではない。
個人サイト、〝ワンダーランド〟の管理人であるレイトはこの現象について、自分たちが消える時に魔力となってしまうように、ワンダーランド内に溢れている魔力が体に必要な栄養となって吸収されているのだと持論を述べている。
故に食事は必要でなくても排泄し、排泄したものはまた魔力となって世界へ還元されるのだ。これがレイトの推測通りであるとするならば、少女のように排泄をしないプレイヤーが存在する事は有り得ない。
(いや、有り得ない事が有り得ない、か)
排泄物を抑止するスキルとなれば、魔力をその身に溜め込んでいる事になる。しかし先の魔法の行使から魔法適正はないのだろう。とすれば。
(……〝十器〟みたいに、魔力を身体能力に向ける事が出来るって事……? そんなの〝緑座のモルファーン〟しか出来ない芸当だと思ってたけど)
帝都に座す者らの中でもより一層と特殊な男の顔を思い浮かべる。
とは言え、ただ無駄にしているだけで体の内部で魔力に還元されているとも限らないのだが。
とりあえずはとばかり、便所が設置されているのは知っているだろうと首を傾げるトバリに指摘しつつ、周囲を見回す。槍を手元に召還し、生え揃う木の中でも大きなものへ投擲した。
突きたった槍から発せられた赤の魔法陣により、木が鳴動して枝ごと表皮をめくり上げ、白々とした肌を晒す。
「……前々から思ってたんだけどさ……、魔法陣の色って、何か意味があるの?」
「あるよー。赤は攻撃系、青は移動、というか力の加わる方向を一方的に書き換える。紫は転移系で黒は変化系ね。防御力をあげたり結界ってのは黒色になるわね」
答える片手間にもフューは腕を一振りし、現れた赤い魔法陣がそのまま力波となって大木をみっつの塊へと切り捌く。
あれよと言う間にも力波で打ち込み、これを的として練習するのだと笑った。
「ほい、剣よこして」
差し伸べられた手に剣を渡すと、フューの描く魔法陣が刃を黒く染め上げた。
後方に控える的にも同じく魔法陣にて黒へと染める。フューによればそれは防御力を上げたもので、トバリの剣に対しては切れ味と魔法の効果を抑制したのだと言う。
「これであんたの馬鹿力でいくら殴っても、一日ぐらいは保つでしょ」
「へーっ、フューって魔法武器も作れそうだね」
「魔法剣とかのマジックアイテムってこと? ナイナイ、強化と同じように能力を付加しただけでしばらくしたら消えるわよ。マジックアイテムはそれそのものが魔法といっても過言じゃないからさ、ただ単に術式を刻むだけで出来るものじゃないのよねー」
と、言う訳で。
トバリに剣を返し、黒く染まる木の的を狙って連続攻撃をかけてみろと言う。
了解とばかりに明るい笑顔で敬礼する少女はすぐさまその剣を最上段で構え、えいやと踏み出す。
「違うわタワケ」
「わっひゃあ!」
踏み出した足の間に差し込まれた槍の握りが、器用に少女の両膝を捕らえた。少女はバランスを崩してくるりと回るように地に転ぶ。
何をするのかと後頭部を抑えて立ち上がる少女に、何の為の連撃だとフューは口を尖らせた。
そもそも連続攻撃と言うものは相手に大打撃を与える為のもの、あるいは相手に攻撃させない為にあるのだ。つまり初手は相手を牽制する効果があり、回避と同時に攻撃を叩き込まれるような隙だらけの動きはご法度なのだ。
これは連続攻撃だけに言えることではないが、と彼女は締めくくって人差し指を立てる。
「いい、トバリちゃん。君の剣速は確かに速いけどそれだけで、〝虚実〟が無いの。
相手からしたら振る前にどう攻撃が来るかわかっちゃうから、簡単に避けられるってワケ」
「ええ、そんな事、言われたって。キョジツ?」
「ま、そこは考える時間は無いから簡単なものを教えてあげる。まずはその振り下ろしを止めて、突きを覚えなさい」
こうか。
フューの言葉に見よう見まねで繰り出した正拳突きに、フューも阿呆と一言入れながらもくすりと笑う。
トバリは持ち直した剣で空に突きを入れると、フューはその調子だと笑った。振り下ろしと違い手応えを感じない練習に、こんなものでいいのかと少女は首を傾げた。
「牽制ってそんなもんよ。そういう攻撃があって始めて大技が活きてくるの。まあぶっちゃけ、小技だけで締め固めた方が最強なんだけどね」
あっけらかんに言う彼女に不満の目を向けると、フューは笑みを止めて続くのはこれだと盾を持ち出す。剣とセットとなる物を持たせて、普段はどのように構えるのかと少女に聞いた。
トバリは盾を受け取ると、体からやや離すように前方へと構え、右手に持つ剣の刀身を盾の右上に添える。体は右半身を後方に引くその姿勢。フューは思わず良い構えだと手を叩く。
「これもあのシュヴァリから教えて貰ったの?」
「うん。ただこっちは、何か窮屈であんまり使わないかな」
少女の言葉に勿体無いと肩を竦める。大剣を持った時の構えは回転による遠心力を活かした力任せの攻撃故か多用しているのだが、こちらは余り身に着かなかったのだろう。
奇抜な構えに対しては否定的な彼女だが、実用的なものならば話は別だ。フューはその構えの有用性をトバリに説く。
「盾を前に出す事で、体を相手の攻撃から遠ざけている構えになるのよ。相手は回りこまないといけなくなるからやり辛くなるわね。体を横にしているのも当たる面積を減らす為よ。
更に盾に添えた剣は突きを出し易くしているの。こうやって狙いを済ませて、相手の攻撃の終わりや隙を見て突く! 攻守を備えた堅実な構えね」
「へ~。何かそんな事、説明されたような」
頬をかくトバリに、これでは大剣の構えにも、他に何か要素が有りそうだとフューは溜息を吐く。
実際の所、彼女の剣速は目を見張るものがある。なのでかわされた所で返す刀で必殺とする事も可能なのだ。しかし、今回はテイマーズバトルのようなビギナークラスの話ではない、武闘祭は高熟練度のプレイヤーが集まるのだ。
回避と反撃が直結する試合では、少女の迂闊な攻撃は即、敗北となりえる。だからこそ、構えの有用性や利点、不利点を理解せねばならない。
「さっきも言ったけどこの構えには回り込みが有効。側面からの攻撃には弱いし、構え直すには時間がかかるからね。
だから相手が回り込もうとする動きを見せたら、攻撃して牽制するんじゃなく、一歩下がって牽制するの。下がって距離を開くことはこちらの死角が狭まるから、構えを崩さず敵を正面に捉え続ける事ができるからね」
実践してみよう。
フューの言葉にトバリが構えると、彼女は右前へと歩む素振りを見せてから左前、トバリから見て右前方から接近する。反応の遅れた少女が慌てて右方向へと構えを向けるが、剣の切っ先にフューの姿を捉える事は出来ずにあっさりと肉薄した彼女の拳がトバリの肩へ置かれた。
「はい、ゲームオーバー」
「ず、ずるい! フェイント入れるなんて聞いてない!」
「言ってないからね。でも、一歩下がれば簡単に対処できるんだからね、これぐらいは」
少女が追いつかないのは、剣を照準に相手を見ているからだ。それ自体は悪い事ではないが、動く的を追いかけるように照準を動かしても狙いをつけるには時間がかかる。
最初から相手の全体が見えるよう、一歩下がって対処するのだ。
フューの言葉を意識して今度は一歩下がる事にまず集中する。彼女の動きに惑わされずに近寄る動作から一歩下がったトバリは、前回と違い楽にフューへ照準を合わせる事ができた。
「おお、出来た出来た!」
「よし、そんじゃ次は突いてみなさい」
言葉を受けて少女はフューを気づかってか、ゆっくりと剣を突き出す。彼女は苦笑しつつもそれを左へかわし、トバリの右側面へ肉薄した。
攻撃とは、つまりは反撃を入れる隙でもあるのだと。それを実感させつつ、言葉を重ねる。
攻撃による隙は即ち相手の反撃を恐れるべき点となるが、相手の行動を制限する事も出来るのだと。
「今のトバリちゃんの攻撃で、私は左に、ああっと。トバリちゃんから見て右に避けたでしょ?
て事は相手は君の攻撃をかわすなら後ろか右か左に避けるしかないってワケ。左右に避けられたなら、君はどうする?」
「……どう、って……」
実践だ。
再び離れて、歩み寄るフュー。今度は冷静に下がって行動を注視するトバリに覚えは良いがと内心舌を巻く。
この少女、天性の才能はあるはずなのだ。トバリとの出会いが、その日の戦いが思い起こされる。
接近するフューに突きを繰り出すトバリ。フューがそれを右へとかわし、今度は少女の左側面へと回り込むと、焦りながらもぎこちない動作でトバリは盾を振るった。
「うわっち!」
咄嗟にそれをかわしたフューは、良い判断だと少女を褒める。
「単純な話だけど、盾はそのまま鈍器になるからね。逆に君の右側に避けた相手には剣を振ればオッケーよ。
基本的には突く、払う、切り上げる、このみっつをマスターしておけば状況に合わせて攻撃できるわ」
「これを組み合わせて連続攻撃にも出来るって事?」
「ザッツ・ライト!」
おどけてみせるフューの動きには興味もなく、なるほどとばかりに剣を見下ろす。
少女が構えを取り、突きと払いの練習を始めた所で、的を相手にやってみようかとフューが笑った。
そこでようやく少女はみっつの的が、結べば三角形となるように、自らを囲うように配置されている事に気がついた。回り込まれた相手への対処や方向の修正を行う為の練習を考えてのことだろう、フューの至れり尽くせりな練習方法には感謝を禁じえず、少女は照れながらも改めてお礼を言った。
「何よ、改まって」
こちらもまた照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら、目をそらす。その仕種が可愛らしくて思わず笑うが、フューは鬱陶しそうに手を振った。
助言はここまで、後は自分でやれと言うのだ。トバリは俄然やる気を出すと、見事、武闘祭で優勝してやるのだと声を張り上げる。
「はいはい、頑張ってね。私、先に帰ってるから」
「あれ、フューも何か特訓するんじゃないの?」
「いや、対戦相手に手を見せるワケないっしょ」
肩越しに手を振る仕種にトバリは、ならばやはり、自分には偵察も兼ねてかと肩を怒らせた。
フューは笑うだけでそれに答えず、振り向きもせずに去っていった。トバリはしばらくむくれていたが、彼女がいなければ知識も技術も獲得出来なかったことは確かだ。
「うーん、地味だなぁ」
などとぼやきながらも、少女は的に囲まれて剣と盾を振るう作業に入った。
最初と違い、手応えを感じるようになったのは日も傾いてからだ。まるで自分の動作に芯があるような、やり始めのふわふわとした曖昧な感触が最適化されたような印象を少女は自らの体に感じていた。
「は~、疲れる! 特訓って地味だけど、やっぱりなんか得られるものはあるんだね」
暇そうに落ち葉の上で欠伸をしているヤモりんの鼻先を指先で突きつつ、少女は笑う。
誰も彼もが、これを繰り返して強くなったのだ。
目標となるべき人が余りにも多すぎて、これが道のひとつであることを簡単に思い知らされる。優勝などを目指すのであれば、最早、近道など考えるべきではない。ただすべきことをし、為すべきことを成し、全力で臨むのだ。
「よっしゃーっ! ヤモりん、必殺剣の動きも練習だよ!」
瞼を閉じてしまった人外の友を頭に乗せて、少女は木漏れ日に剣を向けた。




