第七十四話 ぎーや~! ~武闘祭に向けて、這い寄る影は獣の魔王?~
その音無き声が荒野に響き渡った時、巨肉を鋼で引き裂く事に飽きた二人は顔を見合わせて哂った。
その音無き声が砂漠に響き渡った時、道無き道を行く者は驚いて己の道程を振り返った。
その音無き声が山岳に響き渡った時、鎮座する者は仇の名を呼び立ち上がった。
その音無き声が荒野に響き渡った時。
少女は、何も感じなかった。
「へぶっ」
唐突に歩行を止めた従者に、跨るトバリは鼻っ面を固い鱗の並ぶ首筋に当てて悲鳴を上げる。
非難の目を蜥蜴面のヤモりんに向ければ、それは忙しなく周囲を見回し警戒を強めていた。その様子に異変を感じる少女。
やがてそれは、元来た道へと振り返り動きを止める。ただその一点を見つめるそれに、後退りすら始めたそれに怯えを感じてトバリは戸惑った。
怯えているのだ、この獣は。
自らより巨大な敵に対し圧倒されていた姿を見たことはある。しかし、これ程の怯えを見せたのは初めてだ。
ヤモりんの注視する方向にあるのは橋の町、キャンディロード。トバリの胸を過ったのは始まりの町ドリームホップでの惨事だった。
「……まさか、また……。あれ?」
空を飛ぶ人影を見つけて目を凝らす。それがフューだと分かった時、少女はその名を叫んで手を振った。
フューがそれに気づいたのは僅かに間があいてからだが、見つかるつもりはなかっただけに舌を巻く。その存在すら気づかなかった彼女は、この距離でトバリに視認されるとは思わなかったのだ。
なんと便利な魔法か。
目の前に降り立つ女に羨望の眼差しを向け、ヤモりんも魔法が使えないものかと思案する。しかし以前のバハムートとの戦いをフューへ話した際、ワイルドビーストやその仲間で魔法を扱える種族は見たことがないとのことであった。
「どうしたのよ、こんな所で」
「いあ、何かヤモりんが怯えてて。フューこそどうしてここに? 橋の町で何かあったの?」
「君と同じ。体動かしておこうと思ってね」
本当の所を話すはずもなく、肩を竦めた彼女になるほどそうかとトバリは疑う様子もない。
しかし問題として、動かぬヤモりんにトバリはキャンディロードで何か異変があったのではないかとフューへ問う。彼女としてはすぐに出て来たのだから分かるはずもないのだが。
「あー、祭りの準備かな? 花火か何かテストで打ち上げるように言ってたから、その音じゃない?」
「へぇー! 花火もあるんだ、凄いねえ! その音にびっくりしたのかな?」
落ち着かせるように首を上り、ヤモリンの喉元を撫でる。しかし、少女は知らないが、この世界に火薬はない。正確には魔法がある世界故にその方面が発達していない事が理由であるが、どちらにせよ火薬という存在は未だに作られていないのだ。
にも関わらずフューがそれを口にしたのは、町に少女を戻さない為である。
少女は気づきすらしなかった音無き声の正体を、彼女は知っていた。トラブルを巻き起こす少女が何かしらの反応を見せると直感したフューは、その気をそらす為に嘘を吐いたのだ。
(武闘祭に亜人どもと、……〝魔王〟か……)
あの悍ましい声を知る者は少ない。だがそれを声として認識してしまった者は、決して忘れる事はないだろう。
ワンダーランドに法を敷く帝都にとって唯一の適用外。認められない存在。個にして幾千幾万の兵を凌駕する力を持つ故に、彼らの秩序を受け入れなかった者ら。
制御不可能な規格外のプレイヤー、それをこのワンダーランドでは魔王と呼ぶ。現時点で魔王となったプレイヤーは僅か二人であるのだが、そのどちらもが〝獣の魔王〟と呼ばれており、帝都がその存在を広めないよう努めた事から魔王は一人しか存在していないと、認知すらしていない者も居る。
直接フューが会った事のある魔王は一人。〝屍団長〟の称号を引き継いだ、否、奪い取った魔人喰らい。
(あいつじゃない、この声は、〝もう一方の〟獣の魔王だ)
獣の魔王と呼ばれる者の後にその存在が発覚した、恐らくは屍団長の上を行くと目されるプレイヤー。この二人が協力関係にあることを知るのは、帝都においても限られた者だけだ。フューも出会ったことこそないが、屍団長との出会いがもう一方の獣の魔王を知る機会となってしまった。
唯一救いであることは、魔王は帝都の法を受け付けないだけで分別なく暴れ回る存在ではないことだ。だからこそ帝都はその存在を黙殺し、その存在を知るプレイヤーもそれを受け入れた。
だが、フューは知っている。恐らくは帝都も。
(もう一方の獣の魔王はニトロの煮詰まる樽山を乗せた馬車みたいなもんよね。それがこんな町にさぁ。下手したら橋の町壊滅どころの騒ぎじゃ済まないわよ)
怯えるヤモりんを何とか宥め、昨日の森林地帯に向かうトバリに同行するフュー。明るく行進するトバリの姿は、怯えた獣を元気付けているようだ。
その様子を見ながら、ふと思う。この危機はむしろチャンスなのではないかと。橋の町を逃げ出すには騒ぎを起こしすぎているのだ、黒の集団の情報網に捉えられていると考えるのが妥当だろう。
(そんなら奴が暴れている間に逃げる、か。この時期に来るなんて、お目当ては武闘祭だろうし)
暴れないのであらば、暴れさせるしかない。例えどれだけの犠牲が出ようと。
しかし、その考えも陽気な少女の後ろ姿を見て霧散する。もう、あれらから逃げることを考える必要はないのだ。
(あんなバケモンに関わって一か八かの大博打したところで、トバリちゃんが突っ込んでくだろうしなぁ)
考える必要の無いことに区切りをつけて、フューは肩の力を抜いた。
それからしばらく、トバリは森林地帯に入って直ぐの場所で自らの背負う大剣を抜いていた。
あの眩い光と空間ごと引き裂くようなその力、使用法さえ分かればとてつもない武器となるであろうそれは、ただの鉄の塊とばかり黙してトバリの手にある。
「炎の剣は木が燃えたら危ないし、とりあえずこれで練習だよね」
傍にフューが居ないことを確認する。武闘祭では競う相手だからこそ、練習時は別々でと約束を交わしているのだ。
トバリは小型化したヤモりんを地に下ろし、まずはとばかりに思案する。
「……炎の剣じゃあありきたりだし……、よし、この子は〝必殺煉獄剣〟! こっちは闇をも蹴散らす〝遖天仰剣〟!
……フューから貰ったのは……なんか溶かしちゃうから〝ドロっち〟かな?」
己の武器に命名し、満足そうに頷く。
取り外したそれらを並べてトバリは大剣を担ぎ、睨む虚空に敵の姿を映し出した。
敵。
それは、トバリに殺意を向けた黒の集団の一人。武器を構えた少女を、あっさりと組伏せた相手を思い浮かべて剣を大上段に構えた。
今度は負けない。思いを胸に剣を降り下ろす。
「ちぃいええーいっ!」
気合と同時に繰り出された一撃は落ち葉を巻き上げ、風を生み出した。
虚空を薙いだその剣から生み出された力は確かに少女のものである。だがそれは、初のダンジョンで経験した破壊を伴う力ではなく、ただ風を起こしただけだ。
「うーん。パワーは絶対に上がってるんだけどなぁ、なーんか、不安」
「それに気づけりゃ上出来だって」
不意に降りてきたその声に、慌てて見上げれば大樹の上、フューがにやけた面でこちらを見下ろしていた。
「あっ、あっち行ってるって約束したじゃん! スパイめ、このっ」
そこらに転がる石を投擲するも、それはフューのはるか頭上だ。
コントロールが悪いと笑うフュー。しかしその目の前に、突如として落下する塊を思わず抱き止める。
「…………! ぎーや~!」
彼女の腕の中で丸まるそれは、目玉をぐるぐると回し触角を振り回すトライワームだ。先程の投擲は木の幹にしがみつくこれを狙ったものだったのだろう。
突如の事に驚きはしたものの、直ぐに顔を引き締めて彼女はこちらを指差し笑う少女にトライワームを投げつけた。
「甘いっ」
即座に大剣を構え、打者とばかりに振りかぶったトバリの剣が丸まったトライワームに直撃。フューへ打ち返そうとしたのだろう。
が、重い手応えと共にひしゃげた甲殻が柔らかな中身を抉り出し、どろりとした中身をトバリになすりつけてその残骸が落下する。
直後に蔓延する強烈な青臭さと粘着質な〝中身〟を被った少女が固まっていた。
「阿呆」
肩を竦めてフューは、少女を表す言葉を口にしたのだった。
ようやく魔王について書き入れる所まで来ました。
十器、魔王と共にきちんとした登場はまだ先ですが、考えたキャラクターが登場できるとなると自分のモチベーションも上がりますね。
またスローペースな本作ですが、ブックマークも増えてとても嬉しく、励みになります。




