第六十八話 クッソしょーもないセンスに僻むワケないでしょうが~! ~亜人とプレイヤーとモンスター!~
「……なーんか、納得がいかない……」
「その格好で言われてもさ。負け惜しみにしか聞こえないよ、フュー」
橋の町、キャンディロード付近。
町を出た二人が目指すのは大河シロップストレッチに繋がるとされる嘆きの湖、そこから群生する森林地帯だ。
移動に使用しているのは脱皮し更なる巨体を得たヤモりんであるが、彼の兜にある手綱や背の鞍、そして敷布団が少女らの移動の負担を和らげている。
ここで釈然としていないのはフューだ。ヤモりんの主人たるトバリがこれらの備品を買った際は、猛烈に否定したものだ。故に今、敷布団にごろりと寝転がって気分も良くしている事が納得出来ないとしているのだろう。
それでも五万の価値は無いはずだ、と大きく頷く彼女の言葉。少女にとってはそれこそ負け惜しみでしかないのだが。
「にしても、トバリちゃんヤモりんの運転、上手くなったんじゃない?」
「えっ、そ、そうかな?」
前回の釣り道具ではなく、きちんとした手綱でヤモりんを走らせるトバリは嬉しそうに笑った。フューの目に厚い鱗に覆われたワイルドビーストでは、その手綱を振り回す意味はなかろうがと考えつつ。
どちらかと言えばヤモりんが少女の思考を理解してくれているのだろう。モンスター用の釣り糸に従わされていた時に比べればストレスなく、彼女の進みたい方向などを理解出来ているはずだ。
その頃は首に巻かれた糸を引っ張って力業で左右の指示をされていた。この体格となってはトバリとも力に差が出たであろうし、現実世界の馬用と形は違うが、下顎に装着された手綱による誘導となったのは良い頃合いだったかも知れない。
(フレッシュビーストもそうだけど、頭は全然良いんだよねー、こいつら。野生育ちでもきっちり目上に合わせてる辺りほんと縦社会の生物ね)
「あ、見えてきたよ、フュー!」
最後の飯に不満があったとは言え、相当量を平らげた後では元気一杯だ。フューは僅かながらにその元気さを煩わしく思うが沈んでいるよりはましだろうと考え直す。
眼前に迫る緑を見て、トバリは鞍の上で尻を跳ねさせた。
「そういや話は変わるけどさ、昨日、君の名前の話したじゃん?」
「本当に全然違う話に変わったね」
再びの森林地帯故か、それとも依頼への熱意故か、フューの言葉には全く興味も無さそうだ。しかし彼女は布団を丸めて立ち上がり、とても素晴らしい思いつきだと手綱を握っているだけの少女に後ろから抱きついた。
胡散臭そうな目を向けたトバリに若干怯みつつも、これを見よとばかりに薄茶色の紙を少女の前に広げて見せる。
「……えーっと……ラ、ゼ……、何これ?」
「何も蟹も君の名前、考えてたワケ。トバリ・レンジョウのアナグラム!」
どーよ。
振り返るトバリに自信満々のフュー。しかし少女はじと目でそれを跳ね除けると、ダサい名前だと鼻を鳴らした。前方でヤモりんが同じく鼻を鳴らす。
「…………、は、はぁああああ!? ふっざけんなーっ!
なんでネーミングセンスも胸も沈没してるあんたにダサい呼ばわりされなきゃならんのよ!」
「陥没なんかしてないよ!? 自分がセンス無いからって僻まないでよ!」
「あんたのクッソしょーもないセンスに僻むワケないでしょうが~!」
怒りの余り少女の柔らかな頬を抓り上げる。トバリは暴れて手綱を放し、反撃だとばかりにフューの両耳を引っ張った。
加減はあるとは言えトバリの怪力だ。顔を真っ赤にして悲鳴を上げたフューは堪らずトバリの両の肘を掴んで曲げさせると、そのまま少女の鼻先に鉄帽をぶつけた。
「うびッ。……この……やったなあ!」
「あだだだ、――うをっ!?」
飛び掛ってきたトバリにフューが仰け反ると、ヤモりんの巨大な背の上でもつれ合って転がってしまう。
歩行中の彼がそれに気づくでもなく、勢いのついた二人はそのまま地面に転がり落ちた。落着の直前、身を捻ってこちらに抱き付き悲鳴を上げているトバリを下敷きに、フューは無事に着地を決める。
十点。
思わずポーズを取ったフューの下で暴れるトバリ。振り落とされては敵わんと少女から離れる。
「フュー! なにするの! 急いでるんでしょ!」
「君ほんと頑丈ね。いやさ、トバリちゃんがあんまりにも非・現実的な事を言うからさ?」
何が非現実的か。
半眼で唸るトバリ。二人がいないことに気づいたか、足音を響かせながらヤモりんが戻って来た。
再びその背に乗ろうとした少女をフューは押し止め、もう森の中ではあの巨体を活かせまいとしたのだ。
トバリはなるほどそうかと素直に頷き、しかしと動きを止める。いつもならばその一言を直ぐに実行したであろうが、今回は違う。自分をフューに認めて貰う為、むしろフューの言葉を素直に聞きたくないと考えたのだ。
(うーん。……早く進む為には……あ、簡単じゃん)
どうかしたのか。
不審するフューににやりと笑ってやると、ヤモりんの背によじ登る。
嫌な予感を覚えたフューが制止をかけるよりも早く、トバリは号令を降す。
「ヤモりん、薙ぎ倒しちゃえ!」
「こっ、馬鹿ー!」
雄叫びを上げるでもなく、大人四人が手をつないでようやっと囲めるかどうかの大木を腕の一振りで薙ぎ倒す。
薙ぎ倒しついでに大木に食いつくヤモりんに、お腹が空いているのならば丁度良いとトバリは笑う。
「いい加減にせんかー!」
「あいたっ。なにすんの!」
少女の背後から拳骨を打ち下ろすフューに怒りの声を上げる。怒鳴り返す資格などあるものかとしながらも、フューはこの破壊活動を止めるよう少女に命じた。
この世界にも規律があると話したのは以前の通り、勝手にこんな事をしでかして誰かが巻き込まれたらどうするのか。そもそも地形が変わって深部のモンスターが出入り口付近を徘徊するようになったり、もし森を出て近くの町を目指そうものなら大事だ。
彼女の説得を受けて、トバリはようやく事態を飲み込んだのか、慌ててヤモりんを小型化する。彼は不服そうに木の幹に齧りついていたが、トバリは手ごろな小枝を折るとそれをくわえさせて腰の鞄へ押し込んだ。
「……はあ……。トバリちゃん、どうしたのよ? やる気があるのは良いんだけど、すんごい空回りしちゃってるよ」
「う。ごめん、フュー」
しおらしく謝罪する少女に目を丸くする。トバリと接している内に、自分もまた感情を露にする事が多くなったとフューは自覚していた。少女が追い詰められるのは得てしてそういう場面で、彼女の威圧的な態度を感じ取った時だ。
初対面の頃ならばいざ知らず、黒の集団との一件以降は友人のような感覚で接する事が多い。フューが拒絶の意思をはっきりと表に出していないにも関わらず、このように所在無さげにしている様は珍しい事だった。
(……そっか……、子供だもんね、この子)
認められたい。その想いが強いのだろうと、フューは結論する。だからこそ勝負事をして張り合ったり、こちらの言葉を素直に聞き入れなかったりするのだろう。
「めんどくっさ」
「えっ、めん、何?」
「ああ、ごめん、君と一緒にいるせいで口軽いのがうつったかも」
肩を竦めたフューに何の話だとトバリは肩を怒らせる。でもそれで良いのだ。彼女は少女の頭に手を置いて、尻拭いなら任せろと親指を立てた。
納得がいかないとむくれるトバリであったが、どこか嬉しそうにその手を受け入れていた。
二人が歩き始めてしばし。
陽は既に傾いた薄暗い森林地帯は少女にとって発見の連続だった。まずはやはり、荒野で見たことの無かった虫系のモンスターであろう。堅牢な外殻を持つ芋虫のような形をしたそれは、第三ダンジョンのある表層にはいなかったものの、少し進むだけですぐに出くわすようになった。
地面に、あるいは木に当然の如くすがりつき、頭頂部にあるみっつの目玉をぐるぐると回しながらそれぞれの目の下から突き出た三本の触手で木の幹を抉っている。
グロテスクな外見で夢にも見そうだと恐怖したが、こうも当たり前に居ては恐怖も薄れる。地面に居るものに至ってはこちらを恐怖するように逃げ出す始末だ。
フューの説明によればトライワームと呼ばれ、普段は特に害の無いモンスターとされているらしい。が、怪我をすると血の臭いに誘われて寄って来るので獲物を探すには役立つがこちらが怪我をした場合は即座に修復するか、臭い消しを行うなどの対策が必要となるそうだ。
他にも姿を見る事さえ出来なかったが、木の枝を飛び移ってこちらから逃げ出したサーテイル、薄い体毛に覆われた大きな体でただただいびきをかいている象の頭に熊の体を取り付けたようなビッグママなど荒野と違い気弱な、あるいは大人しい性格のモンスターが多かった。稀にこちらを興味有りと覗き込むハルベルトの姿もあった。
ハルベルトは元々、こことは別の森林地帯を主として生活していたらしいのだが、移動用に使用されるにあたり数が増え、捨てられる事もあった。その為、似たような森林地帯に移動し住み着いた個体が群れをつくって数を増やし、現在では色々な場所で見られるようになったと言われている。
道行くモンスターの説明をするフューに、まるでガイドだとトバリは笑う。フューもその言葉を受けて片目を閉じると、その通りだと肯定した。
「私が見て、私が感じた世界を、私の考えで君に語ってるの。だから君は、それを元にこの世界を旅して、今度は君の考えを持つようになるんだよ」
「……ふーん……そっか、旅か。冒険だね~!」
冒険だ。
再び少女の言葉を肯定し、その頭に肘を置く。窮屈な道でこれは邪魔だと感じたが、今はそれを払う気にはなれずにトバリは口だけの悪態を吐き、開けた視界に目を丸くする。
湖、と言うには小さく池と呼べるそれが、陽の光を照り返して輝いていた。
遂に到着したのだと、思わず駆け出す少女の背中に制止をかけるフュー。彼女は、例の薬草を見つけて集めるだけだとしながらも、ぎざぎざになった鋸歯縁の草には毒があるので、手袋をしていても間違って手首などを切らないようにと注意を促す。
了解とばかりに敬礼したトバリは両腕に外套をはそれらに気をつけながら薬草を探すのだが、最初に見つけ辛いと言われていた割りにその黄色の歯はあちらこちらで塊のように生えているのが見つかった。
フューの考えとしてはギルドマスターらと古い付き合いのある相手、わざと大げさに言葉を並べて不満を買わないように努めていたのだろうと解釈している。
夢中で収集作業に勤しむ少女へくれぐれも怪我には気を付けるよう言葉を投げて、自らはそのへんの木に背を預け休憩を取る。欠伸をして待つ事しばし。
「…んー……トバリちゃん、そろそろ暗くなってきたけど、どんな感じ?」
「箱みっつ目ー! 見えなくなるまで頑張るよー」
「ふむ。今止めても明日の昼には十分、間に合うわね。まあ好きにやらせますか」
指を鳴らして出現させた白い光量を木に浮かべ、明かりとする。鎧の背に縫い止められた鞄から、手帳と単眼鏡とを取り出して調べ事を始めるフュー。
トバリは遠目にその様子を確認して、その便利なものを分けて欲しいと嘯くのだった。
そんな折、暗がりから突如として何かの塊が転がり込んだ。驚く事も無く、ただ何者かと目を凝らす少女。蠢くそれに不吉な予感がすると同時、それを理解する。
足掻くように必死で振り回される短く小さな手足、ぐるぐると回る目玉と混乱を表すかのように所構わず差し伸ばされる触手。
「うおをええあえう!」
起き上がろうと暴れまわるトライワームの姿を至近距離で直視してしまったトバリは、奇妙な声をあげて仰け反り尻餅をついた。
その間にも体勢を正せたトライワームは少女の側から逃げるようにのそのそと離れて行く。開いた口もそのままの少女だったが、トライワームの転がって来た方向から他にも塊が跳んでくるのを視認する。おそらくはどれもこれもトライワームだろう。
体の作りからして彼らが跳ねているのだとも考え難い。そこでトバリが推測したのは、毒草にやられたプレイヤーがいるのではないか、というものだった。毒の種類は知らないが、それにより弱り、怪我などをしたプレイヤーがトライワームの群れに襲われているのではないかと。
慌てて駆け寄った先で、木を背にトライワームに囲まれて近づくそれらを足で蹴り飛ばす人影を確認出来た。トバリの予想通りであったのだろう、その姿から元々、嫌悪の感情しかなかったトライワームに怒りを覚える。
「こんの――!」
腰に下げていた盾から剣を引き抜き、その甲殻に剣を叩き付ける。トバリの怪力を受けてはその背も身を守るに役立てず、下の柔らかな本体ごとぐしゃりと潰れて青臭い液体を撒き散らした。
広がる汚臭に嫌悪の感情を強める中、人影を取り囲んでいたトライワームが後退を始める。
「どーせなら全員どっかいっちゃえばいいのに!」
弱り切ったその人物の腕へ縋り付く最後のトライワームを蹴り飛ばし、トバリはフューを呼んだ。さすがにこの騒ぎに気づいていたのだろうが、特に慌てる様子もなく光量を従えて歩み寄る彼女へ急ぐように声をかける。
「うげげげげっ、なーにこいつら。あー、トバリちゃんが潰したから臭いを嗅ぎ取って逃げ出したのね。こいつら体液が危険信号になってるから、一匹ヤられたら一目散に逃げ出すんだよねー」
「そんなのいーから、人が倒れてるんだよ。看てあげて!」
「ふうん? 毒にやられたって感じ? こんな所で初心者プレイヤーって事も無いだろうし」
警戒し、声なく身を起こそうとする少女のうでにも爪を立てるその者であったが、外套が巻かれている故に効果は無い。
フューが近づき、照らし出された人影がトバリの腕の中で露になる。その姿形にトバリは言葉を失った。
獣人。そうとしか呼べない見た目のプレイヤーがそこに居た。人が獣を真似ているというよりも、人型の獣と言うべきか、猫科を思わせる面に全身を覆う柔らかな体毛は、トバリが服装だと思っていたものだった。
口だけでなく鼻からも血を流し、それが毒によるものかは判別できなかったが、光を受けてぐったりとした様子で荒い呼気を繰り返している。
「こ、……この子……何だろう。ねえ、フュー、この子ってさ――」
振り向いた先。
逆光でその顔は知れなかったが、空に浮かんだ魔法陣から槍を取り出す彼女の姿が見えた。疑問に思うよりも先に、その矛先が少女の腕の中に向けられている事に気づく。
振り下ろされた一撃を素手で掴み取り、直撃寸前で彼女の攻撃を止めた。
「……な、何してんの、フュー……?」
「いや、君こそ何してんのよ、トバリちゃん。血ぃ出ちゃってるじゃん」
口調はいつもと変わらず、だがそこに底冷えする程に冷徹な意思を感じ取ってトバリは身を固めた。握ったまま、血の滴る右手を見て、自らが握るそれとフューの手に握られているそれとが同一の物であると、まるで信じられなかった。
「フュー、何、しようとしたの。……攻撃……攻撃しようとしたの? もうトライワームはいないよ?」
「はぁ? そんなのより居るじゃない、デカいのが一匹」
「この子を狙ったの? ひ、人じゃん! なんで!」
人ではない。それは亜人だ。
即座に訂正されてトバリは言葉に詰まる。これは差別ではない、区別だとフューは語った。亜人とは、人ではない。人型のモンスターなのだと。
そんな言葉を受けてトバリが納得するはずもなく、攻撃の意思を消そうとしないフューに困惑する。まるで抵抗も出来ずに弱り切ったそれを、彼女は殺すと言うのだ。
「トバリちゃん、君さ、人型のモンスターなんて見たのそれが初めてじゃないでしょ? ダンジョンでも戦ってたじゃない。なんでそれが出来ないワケ?」
「だって、……それは……っ」
「ほら、手、離して。また虫が寄ってきちゃうでしょ」
「…………っ!」
逆光のまま、その顔を窺い知ることはできない。だがトバリは握る力を緩める所か更に強めて、彼女から槍を奪い取った。
後方へと投げ捨てられた槍、その行為にどういうつもりかと静かに問う。トバリは亜人と呼ばれたそれを抱き寄せて、攻撃はさせないと、フューの威圧を跳ね除ける意思を見せた。
そこにいつものような気楽さや、我がままから出たものではない、自らの定めた信念を垣間見せる少女の姿に、フューは不愉快な感覚を募らせる。
「君さ、殺されたいの?」
それは彼女の、率直な意見だった。
だがその言葉は、言うまいとすら考えていたその言葉は、彼女が思うよりも簡単に、するりとその唇から零れ落ちた。




