第六十七話 男なんか要らんもん! ~依頼遂行は自分の手!~
大皿に乗せられた黄金色の生地。
薄く焼き跡のある表面には湯気上る餡のようなものがかけられ、緑溢れる煮込み野菜がその周りを囲む。運ばれたそれを店員が切り分けるのを、少女はぎこちなく生唾を飲み下して見守っている。
がっつき過ぎだ。
前のめりになっている少女にそう指摘すると、恥ずかしそうに笑った。すでに飯は幾らも食べているはずだが、あのアーロンが居た際の暴食はなかった事にされているようだ。
(大食スキルって食い溜めも利くらしいし、中々いいスキルなのよねー。私にも〝実装〟されないかな~)
しかし、長旅の中で食べ物を取れなくなると致命的か。取らぬ狸の皮算用、ただ悩むことはさておきとフューは大皿を見る。切り分けられた厚い生地の中には挽肉がぎっしりと詰まっており、甘い香りが漂っている。
実はこの料理、フューが特別に注文したもので、彼女自身は食べる気などさらさら無かった。切り分けられたあんかけミートパイとでも言うべきそれを小皿に乗せられて、トバリはフォーク二本でがっちりと掴むと一口で平らげる。
にこにことした表情はどこへやら。段々と真顔になっていくそれに笑いを堪えきれず、フューは顔を俯けた。
ぱりりとした生地の触感に見た目とは違い、塩辛い餡。その中でも存在を引き立たせる、否、存在の主張が激し過ぎる芳醇な甘みを放つ固みある大量の挽肉。
鼻から漏れる息すらも甘ったるいのではないかと思えるそれに、トバリの眉間に皺が寄る。
「……な、なんか……これ……ど、独特な味してるね……」
しかし、どこかで食べたような。
店員がいない事が幸いか。それでもフューに再三言われたせいか、直接的な表現をしない少女。食べ物を強請るヤモりんにさらに小さく切り分けて食べさせてやると、彼は気に入ったのか次々とそれを食べようと腕を伸ばした。
「こらっ、めっ! きちんと食べさせてあげるから。……フュー、これって何のお肉なの? やたらと、その……甘いんだけど」
「ん、ワイルドビーストの肉」
「…………、えっ」
食べた事があると感じたのは、あのヘイズが以前、調理した食材だったからか。あの肉の正体を知らない少女はこれが同じ物だと気づいてはいない。ヘイズが行ったような全体的な美味さを追求した料理ではなく、こちらでは素材を活かした料理が基本となっている為に、ワイルドビーストの固い肉を楽しむ為の食感ある作り、そしてその芳香を味わう為の作りとなっている。
早い話が肉の臭みが強いのだ。そしてそれがワイルドビーストの肉と知れば、好んで食しているヤモりんにとっては共食いだ。慌ててパイを退ける少女にヤモりんは不服そうに喉を鳴らした。
「駄目だったら、駄目ーっ! ねえフュー、食べるの手伝ってよ!」
「やーよ、そんな不味いの。ヤモりんに食わせりゃいいじゃない。それが嫌なら君がきちんと全部食べなきゃねー」
「……不味……、えっ、もしかしてフュー、これわざと!?」
目を大きく開いた少女に、奢ってやるのだから文句はあるまいとウインクする。その手前、跳ね付ければ次からの食事にも難癖をつけられかねないと考えた少女はやられたとばかりに低く唸って、パイを次々と口に押し込み始めた。
僅かながら涙すら浮かべる姿に指を指して笑うフュー。怒気を強める少女であったがそれは後の問題だ。
同族の肉をせがむヤモりんを押し退けて巨大なパイを平らげた少女は品もなく大きく曖気する。
「ううう……、フュー……!」
「なーにー? そんなに慌てて食べて。美味しかった?」
意地の悪い笑みを浮かべるフューに肩を怒らせたトバリだったが、やがてそれは笑みに変わる。
何だ気色悪い。
顔を歪めた彼女に少女は失礼なと頬を膨らませたが、それも再び笑みへと変わる。
「ふっふっふ、実はさっきトイレに行った時にさー、こんなの見つけたんだよねー!」
「うげげっ」
少女の広げたビラ。そこにあったのはバハムート杯と冠された武闘祭開催のお知らせが記載されている。
知れば参加をねだるであろう事を予想していたフューは、だから隠していたのだとテイマーズバトルを振り返る。
武闘祭とはこの町で年に二回程行われるプレイヤーらによる力比べだ。発祥はこの町ではないのだが、キャンディロードでも目玉のひとつでテイマーズバトルはそれにあやかったものとなる。
この季節、以前トバリが釣りを行ったキャンディーロード付近の大河〝シロップストレッチ〟の上流を目指してバハムートが群れを成して大移動を行う。この光景を見るために集まるプレイヤーも多く町の観光ポイントとしても挙げられており、その経済効果に感謝をという名目で立ち上げられたのがこのバハムート杯なのだ。
観光と扱っている通り、この時期のバハムートとの戦闘は罰則対象となっているがトバリはその事を知らない。事の詳細を聞いたフューも知らぬが仏と公言しないようにとだけ、少女には釘を刺している。
「フュー、リベンジマッチだよ! 一緒に参加しようよ」
「やーよ面倒な。何で勝ったのにやんなきゃイカンのよ」
「あたしは負けたって認めてないもん!」
「あーっそ~! 別に私の負けで良いわよ?」
終わりだ終わりとむくれる少女に気遣うでもなく席を立ったフュー。飯を食べないのかと心配するトバリに君とは違うのだと笑う。
自分だけの食事にはさすがに居心地が悪いのか大人しくなる少女へ、何も気遣う必要はないのだと片目を閉じる。
「そんなことより食べたらしっかり働く! 依頼を取りに行くわよ」
「依頼? カンナさんから?」
「んなわきゃないっつーの!」
目をしばたかせた少女の言葉に舌を出し、店員を呼びつける。
支払いをしつつ、手伝える事はないかと質問する。
「……と、言われますと……依頼ですか? フュー様にしていただく程の事は」
「あはっ、私じゃなくて、やるのはこっち」
指で示されて自分かと合点がいったように手を合わせる。
つまりは練習だ。自分で金を稼げるようにと。フューの意図を知った店員はしかし、随分と遠出する事になる為、戻る頃には夜だろうと。
「構わないって。それもこれもお勉強」
「分かりました。では、キャンディロード付近の森林にある薬草を籠みっつ分集めて欲しいのです。
臭い消しに使えるので素材の味を引き出すのに重宝しているのですが、団体客の予定があり、今はこの盛況振りで……物も人手も足りず……」
困った顔をする男にふむふむと頷くフューとそれを真似るトバリ。フューとしては暇を持て余しているであろうアーロンを使えば良かろうと考えるが、あれでも名は知れている。敵対組織と出会してはならないと言う判断なのだろうと一人で納得する。
それで、その薬草とは。
会話に入ったトバリにやる気はあるのだなと思わず笑う。血気盛んなだけではないのだろう、この世界を生きて行く為の学習として真面目な姿勢には好感が持てる。
「こちらになります」
籠をみっつ、その中に入れられた三枚の薬草。黄色の落ち葉のような目立つ物だがその数は少ないと言う。
「町を出て西に広がる森林地帯の中央部、〝嘆きの湖〟周辺にまばらに咲いています。この葉がそのまま地面から出ているような形ですが、周りの雑草も足が高く見つけ辛いかと」
「……西……この前、カンナさんと行った第三ダンジョンの所?」
「そそ。あそこよりはもっと奥に行くから、モンスターも出て来るかな」
ちなみにこの湖、僅かばかりの伝説と別離を促すジンクスがあるのだと言う。
目を瞬かせる少女に、アーロンが来る前に出発した方が良いのではないかと嫌らしい笑みを浮かべた。彼女の言わんとする事が理解出来たのであろうトバリはようやく治まった顔色を再び赤面させると、関係あるものかと一喝して出口を目指す。
フューはそれをけらけらと笑って見送り、店員へ振り返った。
「いつまでに揃えればいい?」
「そうですね、……三日……三日後の朝までに用意していただければ。勿論、多く集めていただければそれだけ報酬もお出しします。籠みっつで六千メダルを基本に、期間中に確保できるなら籠ひとつと同じ量で三千メダルを追加、三日を過ぎれば、申し訳ありませんが千メダル程でお願いしたいのですが」
「あーあー、大丈夫よ。集められればやるけど最低分をさっさと集めて、明日の朝か昼頃には戻ってくる予定だから」
余程、足りていないのか追加分の説明までする男に頬を掻く。
フューの言葉に少し残念そうではあったが男は了承し、怪我をしないようにと安全を願い彼女を送り出した。店の外では未だに顔を赤らめているトバリが彼女を遅いと叱咤する。
「あんたが勝手に出て行ったんでしょーが。報酬は六千メダル、依頼期間は三日だけど、明日の午後までには終わらせるわよ」
「了解!」
「森での行動は現地で説明するけど、薬草集めは君だけにやって貰うからね?」
「了解! …………、えっ」
意外そうな顔をした少女に、何の為の練習だとフューは肩を竦めた。
少女としては薬草探しは自分でやり、その後の収集作業に関してはフューも手伝うものと思っていたらしい。早く済ませると言われていたから尚更だ。
フューはそんなトバリの考えを見透かして、甘い見通しは駄目だと鼻で笑う。
「もう移動する予定でやってるんだから、そうそう時間かけてらんないでしょ。効率良く時間を使いなさい」
「うむむむむ、分かった」
唸るトバリは一先ずとばかりに出口目掛けて駆け出した。唐突の行動にフューも面食らったが、人を掻き分ける少女の後に逸れてはこちらも町から出るのに時間がかかると慌ててその後を追う。
迅速な行動に体力勝負を持ち込むトバリの考えは決して悪手ではない。経験が無い部分を自分の能力値に見合った場所で賄うのだ。
(町から出たらヤモりんに乗って移動して、場所は私から聞きながらってトコかな。本当はそこまでは自分でやって欲しいんだけど)
「ねえ、トバリちゃん! お手伝いにアーロンは連れてかないの?」
「男なんか要らんもん! あたし一人で十分だよ!」
「あはっ、そうだね、一緒に行ったら別れる事になるかもしんないもんね~?」
「…………っ!」
面白がるフューの言葉に、トバリは真っ赤な顔でそれを否定した。
張り上げられた声は大きく、商人達も驚く程に良く通る声だった。




